第85話 王女と少女
王城の一室。
重厚な調度が並ぶ中、今宵の食卓には王女と少女、ふたりきりだった。
向かい合って座るエステルとルーチェの前に、料理が次々と運ばれてくる。
「今日は父上たちとは別だ。父上には“女子会”だと伝えてある。気負わず、楽にしてくれ」
「え、えっと…それって、大丈夫なんでしょうか…?」
ルーチェが少し不安げに首をかしげると、エステルは肩をすくめて笑った。
「構わないさ。我が家は、案外フランクなんだ。公の場では王族としての務めを果たすが、内ではもう少し柔らかい。少なくとも、私はそう在りたいと思っている」
「そ、そうなんですね…?」
「前に言っただろう? 堅苦しいのは好かない。幼い頃は“もっと王女らしく”“もっと女らしく”なんて言われたが───第二騎士団の団長になってからは、そういう声も消えたな」
その瞳に、一瞬だけ凛とした影が宿る。だがすぐに、それは優しい光に戻った。
「エステル様は今のままでも、綺麗で女性らしい強さを持っていると思います…! かっこよくて、強くて、優しくて……」
「……そうか? ふふ、ありがとう。ルーチェにそう言われると、不思議と嬉しいな」
エステルとの夕食は、とても穏やかなものだった。
王族との食卓という緊張感よりも、どこか居心地の良い空気が流れていた。
食後、綺麗に盛りつけられた小さなケーキと紅茶が運ばれる。
「わぁ…!」
ルーチェがぱっと表情を明るくしたその時───
「…ルーチェ」
「はい、エステル様?」
エステルの声音が少しだけ静かになった。
「…私は、少し嬉しいんだ」
「……う、嬉しい?」
エステルはカップを手に取り、紅茶を一口、静かに含む。
「私は、生まれた時からずっと“王女”だった。家族も、使用人も、騎士たちも……王都の民すらも、皆そう見ている」
「……」
「けれど、そのほとんどは“エステル”として接してはくれない。素の言葉で話して、私の考えに耳を傾けてくれる存在は、そう多くはない」
ルーチェは自然と背筋を伸ばして、その言葉に耳を傾けた。
「そんな中で、君は、ルーチェは……緊張しつつも、ちゃんと“私”と向き合ってくれる。礼儀を忘れずに、それでも君らしい距離感でいてくれる。……それが、とても嬉しいんだ」
エステルの視線が、まっすぐにルーチェに向けられる。
「だから───二人の時は、“様”は要らない。私は“エステル”だ」
「で、でも…そんなの…失礼じゃ……?」
「私が許す。……二度は言わせるな?」
ふっと、いたずらっぽく微笑むその顔は、騎士団の団長でも、王族でもない───
ただのひとりの「姉」のようだった。
「……わ、分かりました。エステル、さん…」
「うん、それでいい。まだ堅い気もするが、今日のところは許そう」
エステルは微笑んで、目の前のケーキを指差した。
「さあ、食べよう。城の料理人の作るケーキは絶品なんだ」
「…うん!」
ルーチェは幸せそうにケーキを一口。
紅茶の香りが広がるなかで、ふたりの時間は静かに、そして確かに深まっていった。
***
「エミル様」
穏やかな夕刻。
王城の一室に控える第二王子エミルの元へ、ひとりの使用人がやってきた。
「どうしましたか?」
窓際の椅子に腰かけて本を閉じたエミルが、柔らかな声で尋ねる。
「実は……エステル様が、ルーチェ様とご夕食をご一緒されたとのことで。内容を耳にした者がおりまして……」
使用人は、控えめながらもエステルとルーチェのやり取りについて、簡潔に報告した。
「……そうですか」
エミルは目を細め、小さく微笑んだ。
(姉上にも“友”と呼べる方ができたのですね……それは、何よりです)
エミルは、昔から一番近くで姉を見てきた。
王族としての誇りを背負いながら、孤高に振る舞うエステル。
強く、気高く、けれど──本当は誰よりも繊細な人。
そんな姉が心を許せる相手に出会えたことが、素直に嬉しかった。
「報告、ありがとうございます。ですが……姉上とルーチェ様のことは、そっとしておいてあげてください」
「……かしこまりました」
「姉上の意思を、僕は尊重したいのです」
静かにそう告げた後、使用人を下がらせると、エミルは再び窓辺へ視線を戻した。
外では、夕焼けが王城の尖塔を赤く染めている。
(……あとで、僕も混ぜてもらえたり……しませんかね?)
ふと脳裏をよぎるのは、テーブルを囲むエステルとルーチェの笑顔。
そこに自分も混ざれたなら──きっと、心温まる時間になるだろう。
(……でも。女性同士の友情の輪に、無粋に入り込むのは違いますかね)
一歩引いて見守るような、そんな控えめな優しさ。
エミルはそんな自分に小さく苦笑すると、椅子の背にもたれて目を閉じた。
(……姉上が笑える相手ができたのなら、それでいい)
窓の外には、夜の帳が静かに降り始めていた。
***
エステルとルーチェの食事が終わった頃──
「……ふふ、エステルが“女子会”などと言うとはな」
王城の執務室で書類に目を通していた国王エルガルドは、使用人からの報告に思わず笑みをこぼした。
「ルーチェ……あの少女は、やはり不思議な力を持っているな。剣でも、言葉でもなく“存在”で人を変える。しかしまさか、エステルまで変えてしまうとは……」
脇に控える宰相ザビアンが問う。
「陛下としては、どうお考えでしょうか。王女殿下とその少女───ルーチェとの交流について」
「……好ましく思っている。何より、エステルがよく笑うようになった」
そう言うエルガルドの表情も、どこか柔らかかった。
今回の話はちょっと短めです。すみません。
別件ですが、総PV数3000突破しました!ブクマも8に増えてて、サンバでも踊りたいくらいには嬉しいです。
いつも読んでいただき、本当にありがとうございます!
これからも、よろしくお願いします!
追伸、秋はどこに行ってしまったんや。寒すぎるやで。




