第84話 許される時間
休憩と野営を挟み、約一日半。王都に着いたのは翌日の夕方だった。
シアが風の抵抗を減らしてくれたおかげで、ルーチェは何とか王都まで戻ることができた。
疲れ果てたシアは《魂の休息地》へと戻り、ルーチェはその足でギルドへと向かった。
「……ルーチェ…さん?」
中に入ると、依頼書を掲示板に貼っていた受付嬢が目を見開く。
「せ、セシの街に行っていたのでは…?」
「あ、はい。依頼を終えて帰ってきたので、その報告に来ました。クリスさんはいらっしゃいますか?」
「え、ええ。少々お待ちくださいね…!」
受付嬢は慌てて階段を駆け上がり、やがて上から声がかかる。
「どうぞ〜!」
ルーチェは二階へと上がり、ギルドマスターの部屋を訪れた。
「ルーチェ君。いや、聞いたよ? 行きは影狼に乗って行ったって」
椅子に腰かけたクリスは、どこか苦笑気味に言った。
「でもね? いくらなんでも戻ってくるの早すぎないかな? 風豹は、そんなに簡単に倒せる魔物じゃないと思うんだけど」
「えっと、クリスさん」
ルーチェもどこか申し訳なさそうに言う。
「……ん?」
「……け、契約、しました」
「……何と?」
クリスの笑顔が固くなる。
「……風豹と」
「……そっかぁ」
──クリスは静かに項垂れた。
次の瞬間、ガバッと顔を上げ、満面の笑顔で迫ってくる。
「ところでルーチェ君。君は僕に対して、他にも報告すべきことがあるんじゃないかなぁ?」
「えっ?」
『───お嬢様』
リヒトの声が頭の中に響く。
『今思い出しましたが、ソンティ様やアミティエ様との契約について、まだ報告しておりませんでしたね』
「あ……あああ、えっと! 他にも契約した魔物がいまして!」
「うんうん、それで?」
「王城の司書をしているフェリクスさんと出かけた先で、フワムシと……その進化先の繭夢という魔物と、です。繭夢は、進化先の中でも特に珍しい個体らしくて…」
「へぇ〜? 珍しいんだねぇ〜?」
クリスは相変わらず、目が笑っていない笑顔を浮かべている。
「報告が遅れてごめんなさい…」
ルーチェがぺこりと頭を下げると、ようやくクリスの笑顔がいつもの穏やかなものに戻る。
「いいんだ。ちゃんと話してくれたからね」
そして、立ち上がると窓の外に目を向ける。
「急いで帰ってきて、君も疲れただろう? 今日はゆっくり休んで、明日また来てくれないかい。君にもうひとつ、お願いしたい依頼があるんだ」
「分かりました。それでは、失礼します」
ルーチェが部屋を出ていったあと──クリスはそっと、机の引き出しから一枚の紙を取り出す。
そこには、手書きで「契約魔物リスト」と書かれていた。
───────
・スライム(現在はビッグスライム)
・影狼(よく影から出てくる)
・風豹(契約した上に乗って帰ってきた)
・フワムシ(フワフワの虫)
・繭夢(※進化先の中でも珍しい個体)
───────
「……三匹追加か……」
クリスはため息をひとつ吐いて、手元の紅茶を一気に飲み干す。
「次は……一体何と契約してくるのやら……」
けれどその声には、どこか期待混じりの笑みが浮かんでいた。
***
王城の正面ロビー。足音を立てて入ってきたルーチェを、真っ先に見つけたのは二人の専属使用人だった。
「ルーチェ様!?」
「もうお帰りになられたのですか!?」
驚いた様子で駆け寄ってくるのは、使用人のピーターと、メイドのティーナ。王城に滞在している間、彼らはルーチェの専属として世話を任されていた。
「ただいま帰りました。ピーターさん、ティーナさん」
「お疲れでしょう? お食事はいかがなさいますか? それとも入浴のご用意を──」
そこへ、奥の通路からもう一人、歩いてくる足音が響いた。ピーターとティーナがすぐに控える位置へと下がる。
──第一王女エステルが姿を現した。
「ルーチェ。影狼に乗ってセシの街へ向かったと聞いていたが……まさかもう戻ってくるとはな。私も驚かされたぞ」
「ただいま戻りました、エステル様」
「……ああ、おかえり」
そう言って微笑んだエステルは、どこか楽しげな目をしていた。彼女は王族としての威厳を保ちながらも、ルーチェに対してはどこか親しみのある態度を隠さない。
「ところでルーチェ、明日は何か予定があるか?」
「はい。ギルドのクリスさんに呼ばれていて、明日はそちらに行く予定です」
「ふむ、そうか……それは少し残念だな。もし予定が空いていれば、王都近くの平原で行われる演習に参加してもらおうと思っていたのだが」
「演習……ですか?」
「第一騎士団と第二騎士団の合同訓練だ。内容は戦技の確認と連携訓練だが、異なる戦い方をする者が入ると、より柔軟な対応力が求められる。君のように、魔法と召喚を自在に操れる者は特に貴重な存在だ」
「……私で役に立てるんでしょうか」
「むしろ期待している。私は君に、“戦場で生きる知”も学んでほしいのだ。とはいえ、無理を言うつもりはない。ギルドの用件があるなら、そちらを優先してくれ」
「今から予定をずらしてもらえれば──」
「気にするな。訓練の機会はまたある。今はまず、任務を終えて帰ってきた自分を労わるといい」
「……申し訳ありません」
「謝ることではないさ、ルーチェ」
そう微笑んでから、エステルは少しだけ歩み寄って手を差し出す。
「夕食は済ませたか? ちょうど私も訓練を終えたところでな。良ければ、一緒にどうだ?」
エステルはそっと左手を差し出した。
「ぜひ、お願いします」
ルーチェはその手をそっと取った。
自然な仕草だったが、それは王族に対して許される“特別な距離感”の証でもあった。
「それでは、行こう。今日の献立は、私の好きなシチューらしいぞ」
「えへへ、楽しみです!」




