表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
絆ノ幻想譚  作者: 花明 メル
第二章 広がる世界、潜む闇
80/151

第80話 地中からの刺客



 風豹(シルファング)との静かに見つめ合っていた、そんな中──


 突如、地面が「ガガガッ」と大きく揺れた。


「っ、地震──?」


『違います、お嬢様。これは……!』


 地面の一角が大きく隆起し、砕けた岩の間から何かが這い出てきた。


 それは、鉱石のような歯をギチギチと鳴らしながら、二足で地面を踏み砕くように歩く巨体──まるで猿のような顔付きをした魔物だ。


「何、あれ……」


『《土喰鬼(グロウルマウラー)》このあたりに棲む大型魔物の一種です。通常はもう少し山奥の地中に潜んでいるはずですが──』


 大猿は、黒豹に向かって咆哮をあげる。


 黒豹も一歩引き、ルーチェと並ぶ形になる。


「……どうやら標的は私たちの方、みたいだね」


 牙のような岩石を口から吐き出し、大猿が突進してくる。


「《天使の回輪エンジェリング・ジャベリン》!」


 ルーチェが杖を振ると、いくつもの光の輪が空中に生まれ、回転しながら大猿目がけて射出された。


 輪は狙いすましたかのように魔獣の周囲へと飛来し、着弾と同時に衝撃を与え、眩い光で視界を奪う。


「グルゥ……ッ!」


 大猿は思わず顔を背け、腕で目元を庇う。


 その隙を突くように、黒豹が岩場を駆け、風のように回り込んだ。


 そして、側面から鋭い爪を振るう。


 しかし大猿は気配に気づき、反射的にその腕を振って、風を操る黒豹を払い除けようとする。


 続けて、怒りの咆哮と共に地面を踏み砕くと、自らの足場ごと大地を割り、範囲衝撃を生み出した。


 バキバキバキッ──!


 音が広がるように、亀裂が地面を走る。


「──っ!」


 ルーチェは咄嗟に光のリボンを腕と足に展開。


 地割れが迫る瞬間に身体を跳ね上げ、間一髪で岩陰へと飛び込んだ。


『素晴らしい判断です、お嬢様』


 リヒトの落ち着いた声が脳裏を走る。


(魔法で動きを封じれば……!)


 岩陰から飛び出し、ルーチェは再び杖を振った。


「《光粒爆(グリッターボム)》!」


 無数の光粒が空に舞い、きらめく星屑のようにグロウルマウラーの正面に集まる──そして、爆発と共に白熱の閃光が弾けた。


 魔獣が顔を仰け反らせ、咆哮を上げる。


「グ、ルアァッ!?」


 巨体がよろめき、爪が空を裂くように振るわれるが、その軌道は明らかに鈍い。


 眼を灼かれたのか、首を左右に振り、苛立つような呻きが岩場に響く。


『お嬢様、今です!』


 ルーチェは即座に頷き、地を蹴った。


 それと同時に、黒豹も風をまとって走り出す。


 緑がかった漆黒の毛並みが揺れ、しなやかな脚が岩を蹴って滑るように駆ける。


 風を切る尾が鋭く鳴り、その身体は、音すら置き去りにして大猿の背後へ──!


 シルファングは岩柱の上から、風を纏った咆哮と共《風刃(ウインドカッター)》を放った。


 鋭く切り裂く風の刃が、岩場の向こうにいる大猿を狙って駆ける。


「ッ!」


 その一瞬、大猿は野生の勘で身をひねった。その魔獣の姿を視界で捉えたわけではない――本能が向けられた殺気に反応したのだ。


 「グロォッ!!」


 大猿の口から、鋭く尖った岩石が吐き出された。それは黒豹のいた方向、すなわち岩柱の上へと放たれる。


 「──いけないっ! 《光線(レイ)》!!」


 咄嗟にルーチェが杖を構える。杖先から放たれた一直線の光が、空中を飛ぶ岩石を直撃し、粉砕する。


 砕け散った破片が閃光を浴びてきらめきながら舞い落ちる中、岩柱の上の黒豹がこちらを見た。


 その緑の瞳が、微かに見開かれる。


───助けられた? 人間に?


 黒豹はそう言いたげな視線をルーチェへと向けた、だがすぐに大猿を見据えた。


 そして黒豹は風のように動いた。岩を蹴り、斜面の壁を一度反射するようにして───すぐにルーチェの隣に降り立った。


「……」


 何も言わないまま、ルーチェの隣に立つ。そのしなやかな四肢は、風のような静けさと、共闘の意志を滲ませていた。

 

『お嬢様が助けずとも、あの距離なら回避できたと思われますが……』

 

「それでも、なんか咄嗟に助けなきゃって思っちゃったんだもん…」


 ルーチェは苦笑しながら杖を握り直した。


 目の前の大猿は、片目を押さえながら唸り、頭を振っている。先ほどの《光粒爆(グリッターボム)》の閃光が、まだ目に残っているようだ。


「もう少しだけ手伝ってくれる? 風豹(シルファング)さん」


 そう声をかけると、黒豹はルーチェを一瞥し───静かに体勢を低くした。


 しなやかな四肢が沈み込む。次の動きに備えて力を溜めているのがわかる。


「よし…タイミングを合わせて──」


 ルーチェは杖の先に光を溜める。《天使の回輪エンジェリング・ジャベリン》を再度展開するつもりだ。


 その瞬間──大猿が咆哮し、腕を振り上げて突進の構えを見せた。


(今!)


「行こう、風豹(シルファング)さん!」


 ルーチェが放った回転する光輪。その軌道が大猿の進行方向を塞ぐように展開されると、直後、深緑の風が走る。


 黒豹が疾風のごとく走り出した。ルーチェの光の軌道と交差する形で、風の刃が生まれ、大猿に迫る。


 二重の攻撃に対応しきれず、大猿の動きが鈍る。鋭い一閃が、やがて大猿の肩を浅く裂いた。


「よし…!」


 ルーチェが思わず声を上げる。


 その横で、黒豹の尾が静かに揺れた。今だけは、風と光が、敵ではなく───同じ方向を見ていた。


「《光輝槍(シャイニングランス)》!!」


 ルーチェが杖を掲げると、頭上に輝く光が収束し、鋭い槍の形を取る。光がきらめきを増しながら回転を始め、彼女の手の動きに合わせて、空へと放たれた。


 眩い光の槍が、音もなく空を裂く。


 その後を追うように───黒豹が風を裂いて走った。


 大猿は直感的に危機を察し、身を捩るようにして回避を試みる。だが、槍はその脇腹を抉るように貫通した。


「グルアァァァッ───!?」


 怒りと痛みに咆哮を上げたその瞬間。


風豹(シルファング)さんを守って…! 《柔光の守護(エアリーベール)》!」


 ルーチェが再び杖を振ると、黒豹の身体を淡い光のベールが包む。まるで風と調和するように、光は黒豹の体に馴染んでいく。


 それを合図にするように───


 黒豹が岩の柱を蹴って駆け上がり、さらに空中を軽やかに跳躍。そのまま宙を蹴るようにして大猿へと迫る。


 その爪が、風そのものとなって喉元を切り裂いた。


 大猿───《土喰鬼(グロウルマウラー)》の喉から血が噴き上がる。叫びすら発する間もなく、巨体は後方へと崩れ落ちた。


 ──沈黙。


 風が一瞬、何もなかったように静かに通り抜けていく。


「はぁ…、急だったからびっくりしたぁ…!」


 ルーチェは腰を下ろし、ほっと一息ついた。


『お疲れ様です、お嬢様。咄嗟のこととはいえ、よく対応されました』


 リヒトの声が耳に優しく響く。


「というか、いきなりあんな大きなお猿さんが出てくるなんて…。ここに出てくるのは風豹(シルファング)さんだけだと思ってたのに…」


『先程も言った通り……本来なら、もっと山奥の地中深くに潜んでいる魔物のはずなのですが、何らかの刺激を受けた可能性がありますね』


「んー…なんにせよ、怪我しなくてよかった…」


 ルーチェが呟いたその時──。


 ヒタ、ヒタ──と小さな足音が近づく。


 顔を上げると、黒く輝く姿が目前に迫っていた。


───《風豹(シルファング)》だった。


『お嬢様…!』


 リヒトが警戒を促すように声をかけるが、ルーチェはそっと微笑んでいた。


「やっぱり、近くで見ると……綺麗なお顔してるよね、風豹(シルファング)さん」


 その声に応えるように、黒豹は小さく瞬きをした。


 そのままルーチェの周囲をゆっくりと歩き、やがて彼女の背中にそっと体を寄せる。風のような動きで擦り寄るその仕草は、どこか静かな親しみすら感じさせた。


「ふふ、ありがとう。あの魔物を倒したのはあなただから、あの獲物はあなたのものだよ。……助けてくれて、ありがとう、風豹(シルファング)さん」


 黒豹は一歩、また一歩とルーチェから離れ、大猿の倒れている方へと歩いていく。


 そして振り返る。緑の目が、じっとルーチェを見つめる。


「……? どうしたの?」


 ルーチェが首をかしげたその瞬間、黒豹が小さく、低く鳴いた。


「……ルラァ……」


 猫のような、けれど芯の通った声。


 ルーチェはゆっくりと立ち上がった。


「……私もそっちに来いってことかな?」


 そう呟くと、ルーチェは黒豹のもとへと歩き出すのだった。

 

「……ねぇ、これどうしよっか」


 首を押さえ、苦悶の表情を浮かべた猿のような魔物──《土喰鬼(グロウルマウラー)》が、地に倒れていた。


「なんか毒殺された人みたいだね」


『毒を盛られた経験のあるお嬢様が言うと、皮肉にもなりませんね……』


 ルーチェは苦笑しながら、そっとシルファングに目を向ける。


「このお猿さん……風豹(シルファング)さんは食べないの?」


 問いかけに、シルファングはほんの少し眉をひそめるような表情を見せた。嫌そうな目だった。


「まぁ……魔物にも好き嫌いあるよね」


(どうしよっかな……解体はまだ出来ないし……)


 考え込むルーチェの目がふと輝く。


「あっ、そうだ!」


(リヒト、ぷるるの《異空間収納(アイテムボックス)》に入れられないかな)


『そうですね。既に命を失った個体であれば、収納は可能かと思われます』


「よし、ラルクさんのところに持って行って解体してもらおう。───《召喚(サモン)》ぷるる!」


『あるじ、なーにー?』


「ぷるる、ごめんね。《異空間収納(アイテムボックス)》の中にこの大きなお猿さんを入れてもらえる?」


『いいよー』


 ぷるるは《巨大化》でその身体を膨らませると、もこもこと魔物を包み込むように覆い被さった。そして数秒後──魔物の姿は消え、ぷるるは《縮小化》でいつもの小さな姿へ。


「ありがとう、ぷるる。このままセシの街に戻ろうね」


『あるじにほめられた、わーい!』


 ルーチェはぷるるを抱き上げ、立ち上がった。


 その視線が、再び黒豹に向く。


 黒豹もまた、まっすぐにルーチェを見つめ返していた。


「本当はね、風豹(シルファング)さんを“討伐”してほしいって言われて来たんだ。でも……私には、貴方が悪い魔獣さんには見えないから。だから、帰るね。じゃあね、風豹(シルファング)さん!」


 ルーチェは小さく手を振り、踵を返す──が。


───クイッ。


 ローブの裾が引かれた感覚に、思わず足を止めた。


「わっ……!」


 振り返ると、ルーチェのローブの裾を咥えながら、黒豹がその場に座り込んでいた。


 その口元から、クルル……と、低く柔らかな音が漏れる。


(リヒト、これって……?)


『えぇ。お嬢様と共に行きたい、そう思っているのではないでしょうか』


 ルーチェは膝をつき、黒豹───《風豹シルファング》と視線を合わせる。


「私と……一緒に来る?」


 そっと、手を差し出す。


 その手を、黒豹はじっと見つめる。時が止まったような静寂。


(……勘違いだったかな……?)


 そう思った瞬間だった。


───スゥ。


 ルーチェの頬を、やさしい風が撫でた。


 そしてその風に導かれるように、黒豹は尻尾を伸ばし、ポン、とルーチェの手のひらに乗せる。


風豹(シルファング)さん……!」


 ルーチェはゆっくりと立ち上がり、手を黒豹へと向けた。


「今、汝と誓いを結ぶ。光を我が手に、絆を我が胸に。古き世界の理を以て、新たな盟約は結ばれる。

───《絆の誓約(エンリシア・コード)》」


 光のリボンがルーチェの手元から溢れ、黒豹の体へと巻きつく。二つの存在が、やがて一つの絆で結ばれる。


 そして──その光の中から、どこか誇り高く、凛とした女性の声が聞こえた。


『まったく……放っておけない子ね』


「もしかして……これ、風豹(シルファング)さんの声?」


『どうやらそのようですね』


『それで? 他の魔物たちみたいに、私に素敵な名前はつけてくれないのかしら?』


「あっ、そうだった……! ───汝に名を与えよう。汝の名は───シア!」


 その言葉に、シア──かつての《風豹(シルファング)》は、尻尾でルーチェの肩を優しくなぞり、おでこをこつんとすり寄せる。


『よろしくね、小さな主様』


「うん、よろしく、シア……!」


 ルーチェは新たな仲間が加わったことに、とても嬉しそうに微笑んだ。


 柔らかな風が二人を包むように吹くと、岩場を吹き抜けていった。

 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ