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絆ノ幻想譚  作者: 花明 メル
第一章 光と絆のはじまり
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第8話 村への道


 

 ギルドの掲示板の前で、ルーチェは依頼書を一枚一枚真剣に見つめていた。


(Dランクの依頼も受けられるようになったけど……無理しすぎてもダメだし、うーん……)


 そこへ、背後から足音が近づいてきた。


「よう、ルーチェ」


「……えっと、ラルクさん?」


 振り返ると、屈強な体格にオレンジの短髪の男が、笑って立っていた。

 

 彼の名はラルク。冒険者ギルドの解体カウンターを任されている男で、元は腕利きの冒険者だったという。今は依頼外で倒された魔物の解体や、素材の鑑定や買取を担当している───ニナさん曰く、筋金入りの素材マニアとのこと。

 

 まだ解体カウンターを利用したことがなかったので、少し挨拶した程度だったが、ルーチェは普通に答えた。


「こんにちは。どうしたんですか?」


「いやー、そのな? ルーチェ、依頼探してるとこだったろ?」


 ラルクは迷ったように目を泳がせながら問いかけた。


「その……Eランクになったばかりなので、Dランクを受けようか、どうしようかって感じで……」


 ルーチェが小さく笑うと、ラルクは腕を組みながらうなずいた。


「そうかそうか。……だったらちょうどいい、Eランク向けの依頼が一つあるんだが、頼まれてくれねぇか?」


「……それは大丈夫ですけど、何の依頼をでしょうか?」


「実はな、俺の弟のハルクが明日、ここからそう遠くないリーベル村ってとこに行くんだ。本来依頼を受けるはずのヤツが怪我をしちまって、ソイツに代わって村で開かれる祭り用の物資を届けることになってな。当日使う食料や保存用の干し肉、祭りで使う布類なんかを運ぶそうなんだ。ついでに、ぶっ壊しちまった仕事道具の修理に行くらしい」


「お祭りの物資を…ですか」


「俺も手伝ってやりたいんだが、あいにく解体の依頼が立て込んでてよ。数日は街を離れられねぇ。だから、代わりに運搬の護衛として同行してくれる人材を探してたんだ。ルーチェは護衛依頼はまだ受けたことがないだろ? 経験を積むにはいいかと思ってな」


「なるほど……」


「それにニナが、お嬢ちゃんのことを『真面目で手を抜かない子』ってベタ褒めしててよ。信頼できるってんなら、ぜひお願いしたい」


 ラルクの真剣な眼差しに、ルーチェは胸を張ってうなずいた。


「私でよければ、大丈夫ですよ」


「……本当か? 助かるぜ。ハルクには後で話しとくから、明日の朝、西門前に集合ってことでいいか?」


「はい、それで大丈夫です」


「よしよし、頼もしいな。俺に似たマッチョで緑の髪のやつがハルクだ。見たらすぐわかる。……だから安心してついてけよ」


「ふふっ……わかりました。よろしくお願いします、ラルクさん」


「おうよ! 期待してるぜ、ルーチェ!」


 ラルクは親指を立てて笑い、再び解体カウンターの方へと戻っていった。

 

 ルーチェはふっと息を吐き、改めてギルドの外の光を見つめた。



***



 翌日。朝の陽射しが差し込む中、ルーチェはいつも使う東門とは反対の、西門へと足を運んでいた。門の近くにはすでに一人の男が立っていた。がっしりとした体格、広い背中、逞しい腕。それに、どこか見覚えのある顔立ち。


「君がルーチェだな。今日はよろしく頼む」


 声をかけてきたのは、緑色の短髪の男性だった。人懐っこい笑顔に、どこか抜けたような穏やかさがある。


(そっくり……、違うのは髪の色だけかな? あ、でもハルクさんの方がなんというかちょっと優しげ? ラルクさんはもっと凛々しい感じがするよね…)


『そうですね』


 リヒトが同意する。


「ルーチェです。よろしくお願いします。あの……つかぬことを伺いますが……ラルクさんとは双子なんですか?」


 男はふっと噴き出し、喉の奥で笑った。


「ふはっ、いや? 違うよ。兄貴とは三つ違いだ。よく似てるってのは確かによく言われるけどな」


「そうなんですね……あの、失礼なこと言ったなら、ごめんなさい」


「いやいや、別に気にしてないさ。子供っぽくて素直なとこ、いいと思うよ」


 彼はにこやかに肩をすくめて、後ろの荷車をぽんと叩いた。


「それにしても、兄貴と一緒にされるのはちょっとな……あの人、魔物の素材を前にすると目が輝く変態だから。すじの入り方が美しいだの、魔核の色が最高だのって語り始めると止まらねぇんだ」


 ルーチェは小さく笑ってしまった。


「ふふっ……ラルクさんは素材への情熱が凄いって、前にニナさんが言ってました」


「まあ、あれはあれで役に立つからな。……さて、それじゃあ出発するか。俺がこの荷車を引くから、道中の警戒は頼んだぜ?」


「分かりました! 任せてください!」


 晴れた空の下、ルーチェとハルクは軽快に歩き出した。その道の先に、どんな出会いが待っているのか。

 ルーチェはほんの少し、胸を高鳴らせながら歩みを進めていった。



***


 

 リーベルへの道は緩やかに続く草道。荷車の車輪が小気味よく土を踏み、木々の葉擦れの音が風に揺れる。

 ルーチェは歩きながら、ふと昨日のことを思い出して口を開いた。


「そういえば、ラルクさんから“仕事道具の修理をしに行く”って聞きましたけど…」


 荷車を引いていたハルクが振り返り、にっと笑った。


「あぁ、そうそう。いつも仕事で使ってた木槌を壊しちまってな。自分で直せるなら直したかったんだけど……あれは、あの村の職人に作ってもらったやつだから。折角なら、ちゃんと職人の手で修理してもらおうって思ってな」


「なるほど…、何か特別な木槌なんですか?」


 ハルクは歩を緩めながら、。


「特別っつーほどでもないんだけど。あれ、普通の木じゃなくて、魔樹(トレント)っていう植物系の魔物の素材から作られてるんだ。リーベルじゃ祭りの時に魔樹(トレント)の木材を使った輪っかの御守りを作ったりするんだけど、村にはそのお守り専門の職人がいてな。昔、その人と知り合った時に一か八かで頼んでみたら……本当に作ってくれてよ」


「そうだったんですね……」


 ルーチェは目を丸くする。

 魔樹(トレント)といえば、木のような巨体に強靭な生命力を持つ魔物。そこから取れる木材は軽くて丈夫で魔力にも強いのだと、リヒトから以前教えてもらった。


「それがな、先週───仕事中にバキッと折れちまってよ。……まったく、急に手応えがなくなって焦っちまった」


 ハルクは頭を掻きながら苦笑いを浮かべた。


「……それは、災難でしたね」


「ホントになぁ。今じゃ予備の安物で何とかしてるけど、やっぱり使い慣れた道具じゃねぇと力がうまく入らなくてよ」


「早く直るといいですね」


「あぁ。兄貴は忙しいって言うし、ニナが“ルーチェなら安心”って太鼓判押してくれたからな。おかげで助かるぜ」


 ハルクの言葉に、ルーチェは小さく頷いた。


「私にできることなら、なんでも言ってください」


「おう、頼りにしてるぜ!」


 荷車は再びごとんと音を立てながら進み始める。初夏の風が草を揺らし、陽差しの匂いが辺りに満ちていた。



***

 


「ルーチェ!!」


「はいっ! ───《聖なる回輪(ホーリージャベリン)》!!」


 ハルクのすぐそばの草むらから、黒ずんだ毛並みのネズミ型の魔物が飛びかかってきた。

 それに反応したルーチェは素早く掌の上に光の輪を生み出し、まるでフリスビーのように投げ放つ。光の輪は鋭く回転しながら宙を舞い、ネズミの魔物の脇腹をスパッと切り裂いた。そのまま空中でパッと弾けて光の粒となって消えた。

 ネズミの魔物はそのままバタッと倒れてしまった。


「ふぅ……どうやら、一匹だけのようですね……」


 ルーチェが胸に手を当てて安堵の息を漏らす。ネズミの魔物の魔石をと手を伸ばした時、ハルクがすぐに声をかけた。


「ルーチェ、そいつに触るのはちょっと待て」


「……? どうかしました?」


 怪訝そうに首を傾げながら、ルーチェは《鑑定》を発動。リヒトの声が耳に響いた。


『どうやらこの魔物は毒鼠(ポイズンラット)。噛まれたり、血液に触れると毒を受けてしまうようですね』


「……なるほど。毒持ちだから素手で触るのは危険、なんですね」


「そういうこった。手袋してないなら、うかつに触んない方がいいぜ。新人冒険者が毒にやられたって話、何度も聞いたことあるからな……俺が血抜きしてやるよ」


 そう言って、ハルクは荷車の横に腰を下ろし、腰に差していた短剣を引き抜いた。そして毒鼠(ポイズンラット)の首に短剣をあてがうと、スパッと首を切った。


「肉は……まあ、せっかくだし村で焼いて食うか。しっかり火を通せば毒も消える。……ネズミだから、あんまし美味くはねぇけどな」


「すみません、まだ血抜きとか覚えられてなくて……」


「兄貴に聞けば教えてくれるだろうけどな。……まあ、女の子が無理してやることでもねぇし。とりあえず、“太い血管を切って血を抜く”、これだけ覚えときゃなんとかなるさ」


「分かりました!」


「ちなみに皮は剥いどくといいぜ。魔物の皮ってのは、大抵防具の素材に使えるからな」


「はい、ありがとうございます!」


 毒鼠(ポイズンラット)の処理が終わると、ふたりは再び歩き出した。鳥のさえずりと荷車の車輪が地面を転がる音が、のどかに響く。


 しばらく歩いたところで、ハルクがぽつりと話しかけてきた。


「なぁ、ルーチェ。ちょっと変なこと聞くけどよ」


「……どうされました?」


「俺と兄貴だったら、どっちがカッコいいと思う?」


 あまりに唐突な質問に、ルーチェは思わず宇宙猫のような顔をして呆けて、歩く足を止めかけた。異世界ゆえに多少許されるのかもしれないが、いい歳したおじさんが、10代の女の子相手にそんな質問をする───これがルーチェの元いた世界でのことなら完全に“事案一歩手前”である。


「えっと……お二人ともよく似てますし、筋肉もすごいですし……かっこよさも、同じくらい……じゃないですか?」


 ルーチェはかなり気を使って返答した。


「そっかぁ……」


「……何かあったんですか?」


「……俺も兄貴も三十過ぎてるのに、恋人の一人もいなくてな。実家のお袋には“いい加減孫の顔を見せろ”とか言われる始末でよ……」


(……あー……異世界にもそういうのがあるんだ……)


『きっと、どの世界でもあることですよ、お嬢様』


 リヒトが苦笑混じりに囁く。


「なぁ……誰かいい人、知らねぇか?」


「いえ……この街に来たの、一週間前なので……知り合いもほとんどいなくて……」


「そうかぁ……」


 ハルクは項垂れながら、荷車を引いていく。


「そういえば、ラルクさんは魔物の素材について話し出すと止まらないって言ってましたけど……。ハルクさんも、もしかして何か、そういうのあるんですか?」


「まあ……あるっちゃあるな。俺は武器の素材になる鉱石や鉱物を見ると、テンションが上がる。兄貴曰く、そういうときの俺は目がキラキラしてて気味が悪いらしい」


「なるほど……」


「前にニナに『似た者変態兄弟』って罵られた時は流石に凹んだけどな」


 ルーチェは二人に対して怒っているニナを想像した。 


「あー……」


『恐らく、何かに夢中になる傾向は血筋なのでしょうね……』


 リヒトの言葉にルーチェは苦笑した。


 そんな会話をしながら歩いていると、道の先に分岐が見えてくる。


「おっと、変な話して悪かったな。この分岐を右に曲がった先が、目的地のリーベル村だ」


「は、はいっ!」


 ルーチェの声に、どこか嬉しそうな笑みを浮かべてハルクはうなずいた。穏やかな陽差しの中、ふたりの影がゆっくりと村へと続いていく──。


 

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