第78話 白を纏う者
ルーチェは、《風豹》の討伐依頼を受ける前に、まずリュシータから防具と鞄を受け取ることにしていた。
その完成までの数日間、彼女は久々に穏やかな時間を過ごした。書庫ではフェリクスと魔物の習性について語り合い、たまには紅茶を片手にのんびりと本を読み、アミティエやぷるるとの触れ合いにも心を癒やされる。
そして依頼した日から数えて四日目の午前──
「ルーチェ様、お客様がお見えです」
メイドのティーナが扉の向こうから声をかけてくる。
ルーチェが顔を上げると、扉が開き、見慣れた人物が姿を現した。
「ルーチェ、来たわよ」
作業着姿のまま、荷物をしっかりと抱えて立っていたのは、鍛冶師リュシータだった。
「リュシータさん、こんにちは!」
ルーチェは嬉しそうに立ち上がり、彼女を迎える。すでに事前に話していた通り、王城の者たちはリュシータの訪問を快く受け入れていた。
リュシータが、そっと部屋のテーブルに服と鞄を置いた。
柔らかい光が差し込む中、それらは静かに、まるで目を覚ますのを待っているようだった。
「まずはこの服と鞄に魔力を通してみて。そうすれば、“ルーチェの装備”として目を覚ますはずよ」
「魔力を…? 分かりました」
ルーチェは両手をかざし、静かに魔力を注いでいく。
テーブルに置かれた装束と鞄が淡く光を帯び、その輪郭に温かな魔力が満ちていく──。
「もういいわ、ありがとう。あとは最終チェックだけさせてもらうわね」
リュシータは畳まれた服を広げ、端から丁寧に縫い目や魔力の流れを確認していく。
次に鞄の中も確かめると、満足げに頷いた。
「よし、いいわ。ルーチェ、着替えてみなさい。鞄もあとで背負わせるわ」
そう言って差し出されたのは、柔らかな白銀の光を放つローブだった。
フワムシの綿毛で織られたその布は、光を内包するように輝き、ほんのりと虹色の揺らめきが浮かんでいた。
まるで月の雫を紡いだような、幻想的な装束だった。
「わぁ……すごく綺麗……」
ルーチェが目を輝かせると、メイドのティーナが手伝いながら装束を丁寧に着せていく。
白銀のローブを纏い、肩には羽のように軽やかなケープ。
腰にはポーチ付きベルトを巻き、そこにハルクから贈られた剣と、初心者用の杖を収めた袋も付けられるような設計になっていた。
──まるで夢の国から来た魔法使いのようだった。
「……うん、やっぱりあんたにピッタリね」
リュシータが顎に手を当て、目を細める。
「どうですか……似合ってますかね?」
ルーチェはその場で両手を広げ、くるりと一回転してみせた。
「ええ、見た目だけじゃなくて、機能もきっちり詰め込んであるわよ。まず──」
リュシータは指を一本立て、説明を始めた。
「この《調律装束》には、魔力の調律機能があるの。あんたみたいな繊細な魔力の持ち主には特に必要なやつね。
詠唱中に魔力がブレたり、暴走しかけても──
自然に整えてくれる。精神が乱れたときもね」
「それって、何だかすごく安心できますね……!」
「まだあるわ。契約魔物とのリンクも補正してくれるの。感情がぶつかったときに起きる干渉も抑えてくれるし、小型魔物とのリンクも安定するわ」
「わぁ、凄い……!」
『お嬢様、これは戦場での連携にも大きく役立つ機能です』
リヒトもどこか感心したように呟く。
「それと、緊急時には自動で《夢想結界》が発動するの。数秒だけだけど、魔力の高まりを感知して発動する小規模障壁よ。意識して出すこともできる。命の保険になるわ」
「……ありがとうございます、リュシータさん。本当に、すごい……」
ルーチェは袖に触れながら、感動に震える声をこぼした。
そんな彼女の様子に微笑みながら、リュシータは今度は鞄を手に取った。
「それと、こっちが《ふわっとリュック》。フワムシの綿毛で編んだもので、光に当たると虹みたいな微細な光が浮かぶの。魔力を通せば軽く浮いて、背負っても重さを感じにくい設計よ」
リュシータが鞄をルーチェの背中にそっと当て、固定すると──ふわりと、身体が軽くなる感覚がした。まるで、優しい風の精が背に乗ったかのようだった。
「わ、ちょっと浮いてるみたい……!」
「でしょ? 見た目はふわふわでも、機能は本格的よ。
内部は仕切りで分かれていて、魔道具、魔石、契約魔物用品……あんたの旅に合わせて自由に分類できるの。呼び出しも魔力で一瞬。収納した物を即座に取り出せるわ」
「便利すぎる……!」
「さらに──」
リュシータは小さく笑って続けた。
「さっき魔力を流してもらったときに繋がったと思うけど、ここのポケットには、貴女の《魂の休息地》に繋がる転移魔法陣を彫っておいたわ。ここに物を入れると、直接あの空間に物を送れるようになってる」
「……えっ? 《魂の休息地》のこと、どうしてご存知なんですか?」
「あんたたちが店を出たあと、フェリクスが戻ってきてね?“ルーチェが魔物たちのために、もっと便利に使えるようにしてあげてほしい”って頼まれたの」
「フェリクスさんが……?」
「えぇ。魔物たちを精神の隔離空間にしまえるなんて話、聞いちゃったら──職人魂がうずいたのよ。ついこの機能を付けたくなってね。結構ギリギリだったけど、今朝ようやく彫り込みが終わったのよ」
「今朝…!? 休んでから来てくださっても良かったのに…」
「ルーチェの喜ぶ顔が早く見たかったのよ。戻ったら寝るわ」
「リュシータさん……!」
「さて、話の続きだけど──鞄の内部空間もかなり広めにしてあるから、野営用品から必需品まで、全部持ち運べると思うわよ」
リュシータは腕を組んで、改めてルーチェの姿を見つめた。
「てなわけで、これで完成。あんたの魔力、魔物との絆、そして旅を“調律”するための装備よ。大事にしてくれるなら、私の苦労も報われるってもんよ」
「もちろんです! すごく、すごく嬉しいです! 大切にします!」
ルーチェは胸に手を当て、真っ直ぐに深く頭を下げた。
その姿を見て、リュシータは少しだけそっぽを向いた。
そして、バンダナの下から──照れと誇りの入り混じった、職人だけの特別な微笑をこぼした。
リュシータの手による装備の受け取りを終えたルーチェは、まっすぐに書庫へと足を運んだ。
静かな空間に、いつものように本をめくる音だけが響いている。
カウンターの向こうでペンを走らせるフェリクスの姿を見つけると、ルーチェは小さく息を整えた。
「……フェリクスさん」
「ああ、ルーチェ君か。おや…その装備はもしかして……」
フェリクスは顔を上げ、少し驚いたようだが、穏やかな笑みを向けてくる。
「おかげさまで、装備が無事に完成しました。
……その、リュシータさんから聞きました。《魂の休息地》のこと、話してくださったって」
「いやその……申し訳ない。あれは僕が勝手に口を滑らせただけなんだ。でも……ちょっとだけ、役に立ちたいと思ったんだよ。君の旅が、少しでも穏やかなものになればいいなと」
ルーチェはそっと胸元に手を置いて、深く頭を下げる。
「とても、助かりました。本当にありがとうございます」
「感謝されるほどのことじゃない。むしろ僕の方が、君の話をたくさん聞かせてもらって感謝してるくらいだ。君のおかげで……魔物たちの記録がまた一つ増えたよ」
フェリクスは手元の分厚いノートを閉じ、目元を細めた。
「次は……確か《風豹》だったかな?」
「はい。実際はCランク以上かもしれないっていう依頼ですから、私には無謀な挑戦かもしれませんが……」
「無謀かどうかは、結果が出てからでいい。君には、君なりのやり方があるだろう? それに……」
フェリクスは一瞬、真剣な眼差しをルーチェに向ける。
「“誰かを守りたい”って気持ちは、魔法や装備よりずっと強い力になる。僕は、そう信じている」
「……はい」
その言葉を胸に、ルーチェはしっかりと頷いた。




