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絆ノ幻想譚  作者: 花明 メル
第二章 広がる世界、潜む闇
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第72話 おまじないの朝


 

 次の日の早朝───。


「ふああ……ねむ……」

 

 テオは大きな欠伸をかみ殺しながら、目元を擦った。


 王都の街を囲う城壁の、その門の前。


 キールとテオは出発準備中の馬車のそばで待機していた。商人たちは、砂漠の街へ届ける積荷をまだ積んでいる最中で、出発まではもうしばらくかかりそうだった。


「流石にこの時間は眠いね。馬車に乗ったら、少し仮眠しようか」

 

「護衛も任されてるから、交代でな」


 そんな会話をしていたその時───


「キールさん! テオさん!」


 街の方から、何かが駆けてくる。驚いて振り返る二人の目に飛び込んできたのは、ノクスに乗ったルーチェの姿だった。

 

「……え!? ルーチェさん!?」


 ノクスを降りると、ルーチェは急ぎ足で二人の元へと駆け寄る。


「もう……! こんな早朝じゃなかったら、今頃大騒ぎになってるよ、ルーチェ」


「どうされたんですか? こんな時間に」


「あの……えっと……」


 言葉に迷いながらも、ルーチェは二人を見つめ、ぎゅっと拳を握った。


 二人はその様子を静かに見守った。


「ちゃんと……待ってますから! いい子にしてますから……!」


 その言葉は、心の奥から絞り出すようだった。

 

「だから……無事に、帰ってきてください……!」


 キールとテオは一瞬だけ顔を見合わせ、すぐにルーチェへ優しく微笑みかけた。


「もちろん、必ず無事に帰ってきます」

「ん、約束」


 ようやくルーチェの表情にも、柔らかな笑顔が戻る。

 だが、テオはそこでふと思い出したように目を細めた。


「でもルーチェ、そんなに心配してるなら、一つ良さげなおまじないがあるんだけど……知りたい?」


「おまじない……?」


「昔さ、旅の途中で寄った村で聞いたんだ。狩りに出る男たちに、女の人たちが頬にキスをして“無事に帰ってきてね”っておまじないをかけるんだって」


 テオは思い出すように空を見上げて言った。


「“必ずまた会うためのおまじない”。俺もその村から旅立つ時にしてもらったんだ、その村のばあちゃんにね。ちょっと気恥ずかしかったけど、まあ悪い気はしなかったよ」


 そう言いながら、テオは少し腰を落としてルーチェの目線に合わせ、にっこり笑って───自分の頬を指でトントンと示した。


「だから気休めでも、どう? 試してみる?」


「なっ……!? な、何言ってるんだよ、テオっ!!」


 キールが顔を真っ赤にして声を上げた。


(頬っぺたにキス……おまじない……)


 ルーチェの頬も自然と赤く染まる。


「え〜、だってこれでルーチェが安心できるかもしれないんだよ? そう考えたら安いものでしょ? ……ね、ルーチェ?」


 テオはルーチェに優しく微笑んだ。


「そ、それでも! そもそも、頬とはいえ、未婚の男女が口付けなんて……!」


「……そんなこと言ってるけど、お前だって前にルーチェの手の甲にキスしてたじゃん。あれはいいの?」


 テオがニヤリと笑った。

 

「あ、あれは騎士として、敬意を表すものだから!」


 あたふたするキールの横で、ルーチェは少し俯いて、頬を染めながら小さな声で言った。


「……それで、二人が無事に戻ってこられるなら……私、したいです……」


 その言葉に、テオの顔がふわりと和らいだ。


「ありがと。じゃあ───お願い」

 

 テオは優しくルーチェを見つめていた。


(……テオさんのこの目……何でだろう、少しドキドキする……)


 ルーチェはそっとテオに近づくと、彼の服の裾を軽く掴み、そっとその頬に唇を寄せた。


 すぐに離れると、テオは満足そうに笑った。


「ありがと、ルーチェのおかげで俺“絶対負けないテオ”になったから。……んで、キールはどうするの? してもらう? それともやめとく?」


「~~~~っ……してもらうっ!!」


 覚悟を決めたらしいキールは、顔を真っ赤に染めながら、ぎこちなくその場に跪いた。

 

(……キールさん……いつも穏やかなのに、真っ赤になってる……)


 ルーチェは僅かに微笑むと、そっとキールの頬に手を添え、同じように唇を寄せた。


 キールは呆然としたように固まっていたが、頬が熱を帯びたまま、やがてぽそっと呟いた。


「あ、ありがとうございます……ルーチェさん……」


 そんな微笑ましいやり取りを見ていた御者の男が、気まずそうに声をかけてくる。


「あの〜、坊ちゃんがた。そろそろ……」


「……んじゃ、行ってくるね、ルーチェ」

 

「すぐに戻ってきますから、待っていてくださいね、ルーチェさん」


 キールとテオはそれぞれ馬車へと乗り込み、出発していく。


 ルーチェは満面の笑顔で、馬車が見えなくなるまでずっと手を振り続けていた。


───そして、頬に残る温もりと共に、ふたりの旅路が始まる。





『お嬢様、平気ですか...?』


 リヒトが、そっと語りかけてくる。


「うん、大丈夫。言いたいことはちゃんと言ったから」


 隣に立っていたノクスが、ルーチェの足に小さく身体を擦り寄せた。


「...ワフ」

『アルジ、オレナデルトイイ』


 その真っ直ぐな声に、ルーチェは小さな笑みを浮かべてしゃがみ込むと、その黒い毛並みにそっと手を伸ばした。


「ノクス、ありがとう」


 撫でられて気持ちよさそうに尻尾を振るノクスの姿に、ルーチェの頬がふっと緩んだ。


「リヒトも、ぷるるも……みんながいてくれるから、寂しくないね」


「ワフ!」


 嬉しそうなノクスに、ルーチェはぎゅっと抱きついた。ノクスは大きな尻尾をふりふりと激しく揺らした。


『お嬢様、ぷるる様が出たがっておられますよ。お嬢様を案じております』


 リヒトの声に頷きながら、ルーチェはそっと手を掲げる。


「うん。じゃあ、出ておいで、ぷるる!」


 光の魔法陣から、ぷるるが召喚された。


『あるじぃー!』


 ぷるるはすぐにルーチェの頭の上へと乗り、ぴょこぴょこと跳ねるように弾んだ。


「ぷるる……!」


『あるじ、ぷるるもあるじといっしょ! ずっといっしょにいるー!』


 その言葉に、ルーチェは小さく笑った。


「うん、ありがとう、ぷるる」


──その時。


 控えめな足音が近づいてきた。振り向くと、そこにはピーターの姿があった。


「ルーチェ様、お迎えにあがりました」


「ピーターさん……」


「護衛もつけずに突然飛び出して行かれた時は、流石に肝を冷やしましたよ」


 少しだけ苦笑いを浮かべている彼の顔に、ルーチェはぺこりと頭を下げた。


「ごめんなさい……でも、二人の出発前に、どうしても伝えたくて」


「……えぇ、ティーナから聞いておりましたので、存じております。お二人には伝えられましたか?」


「はい。ちゃんと言いたいこと、言えました」


「それは、何よりでございます。では、戻って朝食に致しましょう」


 朝の光が、ゆっくりと王都の街を照らし始めていた。

 その光の中で、ルーチェは小さく笑って、言った。


「……はい!」


 

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