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絆ノ幻想譚  作者: 花明 メル
第二章 広がる世界、潜む闇
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第71話 言えなかったこと



「……ってわけで、出発は明日の朝だからさ」

「今日はその前に……少しだけでも、三人でゆっくりできたらと」


 テオとキールの二人が、三人で過ごそうと提案してくる。



「三人で……」


「せっかくだし、どこか行こうよ。俺達、明日にはもうここを離れるんだしさ」


「……なら、ルーチェさん。良ければ王都でも有名な庭園にでも行きませんか? 私がご案内しますよ」


「お、いいじゃん。キールが案内する、王都観光の旅〜」


「庭園……綺麗なんですか?」


「ええ。今の時期は季節の花が咲いていてとても見頃ですし、噴水や小道も手入れされています。静かで、人もあまり多くありません。……落ち着いた時間を過ごすには最適かと」


「なら、是非行ってみたいです…!」




 ルーチェ、キール、テオの三人は、昼食後に王都で有名な大きな庭園《陽だまりの(その)》へと足を運んでいた。


 王城からもそれほど遠くなく、散策コースやベンチ、季節の花が咲き誇る花壇などが整備された、市民の憩いの場となっている場所だ。


「ここが、王都でも人気の観光スポットの一つ《陽だまりの(その)》なんですよ」


 王都出身のキールがそう教えてくれる。


「お日様ぽかぽかで、風も気持ちいいですね」


 ルーチェは顔を上げ、青空を見上げながら微笑んだ。


「へぇ、でも観光スポットって割に、この時間はあんまり人いないんだな」


 テオが不思議そうに言う。


「ここ最近は、王都の大通りやその近辺の通りにもお店が充実してきたからね。ここに来なくても王都を満喫できるっていうのは事実だと思う。ここは王城からは近いけど、商業区からは少し歩く場所だしね」


 キールが補足する。


 人通りが少ない今ならと、ノクスとぷるるもルーチェのそばに出しておくことになった。ノクスはルーチェの隣を歩き、時折くんくんと草の匂いを嗅いでいる。ぷるるはルーチェの腕の中に抱かれて、きょろきょろと辺りを見回していた。


 ルーチェはふと後ろを振り返り、少し離れた場所から控えているピーターに手を振る。それに気がついたピーターは軽く一礼し、また視線を三人へと戻した。


 池のほとりにたどり着くと、三人はそこで立ち止まり、水面をのぞき込む。ノクスが池に泳ぐ魚をじっと見つめている姿は、まるで狙いを定めているかのようだった。


「ノクス、池の魚は食べちゃダメだよ。ほら、干し肉あげるからこっちを食べて」


 ルーチェがそっと干し肉を取り出すと、ノクスは一声「…ワフ」と鳴いて、仕方ないという風にそれを口にした。


 その後、三人は近くのベンチに腰掛けて一息ついた。

 ぷるるはルーチェの膝の上でにこにこと笑っている。


『あるじ、たのしい?』

 

「うん。みんないるから、楽しいよ」


 ルーチェは柔らかく微笑みながらそう答えた。


「こういう日常も、悪くないよね」


 キールが穏やかな声でテオに言い、テオも笑顔で頷く。


「戻ってきたら、また三人でこうやって散歩する? 次は散歩だけじゃなくて、また別の美味しいものも食べに行こうか」


「……はいっ!」


 

 再び《陽だまりの(その)》の園内を歩いていると、遠くの広場の方で人だかりが見えた。


 子供たちの元気な笑い声が風に乗って届いてくる。


「なんだか賑やかですね」


 ルーチェが足を止めて言うと、テオが少し背伸びをして覗き込む。


「子供たちが集まってるな……あれ、ピエロ?」

 

「見に行ってみましょうか」


 キールが提案し、三人はそちらへ向かった。


 向かう途中、ルーチェは腕の中のぷるるに声をかける。


「ぷるる、少しだけ休んでて。人が多いから危ないかも」

 

『はーい』


 ぷるるを《魂の休息地(ソウルルーム)》へ戻すと、ノクスもすっとルーチェの影へと身を沈めた。


 広場に着くと、そこには仮面をつけたカラフルな衣装のピエロがいて、子供たちに風船を配っていた。周囲には笑顔の子供たちが集まり、我先にと手を伸ばしている。


 微笑ましい光景に、ルーチェたちも自然と足を止めた。


 するとそのとき、ひとりの子供が風船の紐をうっかり離してしまい、風船が空高く舞い上がっていく。


「あっ……!」


 子供の叫びに反応して、キールが即座に走り出した。


 自らに風魔法をかけて跳躍し、軽やかに空中へと飛び上がる。見事に風船を掴み取ると、風の力でふわりと降下し、着地と同時に子供の前に膝をついた。


「ほら、ちゃんと持っていなくてはダメですよ?」


 優しく風船を手渡すキールに、子供は目を輝かせながら言った。


「ありがとう、お兄ちゃん!」


 すると、パチパチと大きな拍手が鳴り響く。

 その音の主は、風船を配っていたピエロだった。


「凄イ凄イ、凄いデスネ、魔法使いノお兄サン!」

 

 カタコトの言葉で大袈裟に拍手をしながら、ピエロはキールに近づいて称賛する。


 そして次の瞬間、彼の視線がルーチェに移った。無言のまま、数秒間じっと彼女を見つめる。


(……? 何だろう……)


 やがてピエロは近づいてくると、手に持っていたピンク色の風船を差し出した。


「可愛らシイお嬢サンにも、風船のプレゼントでス」

 

「わぁ……風船だ…!」


 ルーチェが目を輝かせながら受け取ると、ピエロは何も言わず、くるりと背を向けて再び子供たちの輪の中へと戻っていった。

 


***

 


『…体の調子が良くなったら、遊園地に行きたいなぁ』

 

 それは、ルーチェがまだ「天宮(あまみや)ひかり」だった頃───


 病院のベッドの上で、窓の外の青空を眺めながら、ぽつりと呟いた独り言だった。


『ジェットコースター、メリーゴーランド、コーヒーカップ、ゴーカート、観覧車……』


 思い描く情景の中には、家族三人で手を繋いだ姿。


(お父さんとお母さんが、私に隠れてずっと喧嘩してたのは分かってた。だから、言えなかった……ううん、言わなかった……)


──あの頃の“叶わなかった願い”が、ふと胸をよぎる。




 キールとテオは、ルーチェの半歩先を並んで歩いていた。紐の先でふわふわと風に揺れるピンクの風船を見つめながら、ルーチェの表情に陰が差す。


(……あの時、もし「行きたい」ってちゃんと伝えていたら……何か、変わってたのかな……)


 ふと、ルーチェの足が止まった。


『お嬢様……』


 リヒトの声が、いつになく優しく揺れる。


 ルーチェの足音が止まったことに気づいたキールが立ち止まり、振り返った。

 

「……ルーチェさん?」


 テオも足を止め、ルーチェの顔を覗き込む。


「ルーチェ、どうかした?」


 その声は、驚くほど優しくて。あまりにも優しすぎて、胸の奥にあった何かがふっと緩んでしまった。


 ルーチェは目の辺りが熱くなるのを感じて、慌てて服の袖で目を擦る。


「……な、なんでもないんです。行きましょう!」


 そう言って笑顔を作り、二人を追い越して歩き出そうとした、そのとき───


 テオが、そっとその腕を掴んだ。


「……ルーチェ、無理して笑わなくてもいいんだよ」


 テオの声は、いつもの軽さではなく、どこか静かで優しかった。掴んだ腕に力はこもっておらず、ただ、逃げないようにそっと支えるような強さ。


「……俺たち、そういうの、気づけるくらいには……一緒にいたと思うんだけど」


 テオが優しい眼差しを向けて言った。

 キールもすぐ隣に立ち、心配そうにルーチェを見つめていた。

 ルーチェは唇を噛んで、小さく首を振る。


「……ごめんなさい。こんな楽しい時間なのに、私……」


「謝ることなんて、何もありませんよ」


 今度はキールがそう言った。

 

「貴女がどんな気持ちでいても、私たちは貴女の味方ですから」 


 テオは軽く手を握り直した。


「俺も、キールも、それぞれいろんなことを乗り越えてきた。だから、もし少しだけでも言葉にできるなら、ちゃんと聞くから」


ルーチェは小さくうなずいて、ぽつりと口を開いた。


「……昔、風船が欲しかったんです。外に出て、家族と一緒に遊んで、笑ってみたくて。でも……ずっと叶わなかったから」


 言葉は少し震えていたけれど、しっかりと伝えようとする意志があった。


「だから……今みたいな時間が、すごく、眩しくて……少し、羨ましかったのかもしれません」


 キールが穏やかな声で応える。


「なら、これからは一緒に、少しずつ叶えていきましょう。貴女の願いも、大切な思い出も」


「俺たちと一緒に、ね」


 二人の言葉に、ルーチェはうつむき、そしてそっと顔を上げた。涙をこらえるように微笑んで──けれど、その笑顔はどこまでも優しかった。


「……はい。ありがとうございます」


 風船が、ふわりと揺れた。

 

 過去の痛みも、今のぬくもりも──その手の中に、しっかりと結ばれているようだった。



  

 日が傾き、街は夕焼け色に染められていた。

 王城の門の前で、ルーチェはキールとテオに見送られていた。


「んじゃ、そろそろ戻ろっか、キール」

「そうだね。ルーチェさん、それでは」

 

「……はい。また!」


 二人はルーチェに軽く手を振ると、街の方へと歩き出した。


「明日、ちょー早起きしないとだよね」

 

「うん、六時くらいには起きないとかな…」

 

「うーわ……めんどくさすぎ」


 少し離れた場所で、二人は軽く息を吐いた。


「……あんな泣きそうなルーチェさん、初めて見たかも」

「だよね……いつもはもっと、のほほんとしてるくせにさ」


 二人の顔は、どこか真剣だった。


「……一緒にいるって決めたからには、強くならないとだよね」

「まずはサクッと試練突破して、あの子の笑顔を取り戻すとこからかな」


 冗談めいた口調で、テオが笑う。


「やるよ、テオ」

「ああ、当たり前だろ、キール」


 ふたりは拳を突き合わせる。夕陽に染まるその影が、ゆっくりと歩みを進めていった。


 


───一方、ルーチェはその背中が見えなくなるまで、じっと手を振り続けていた。


 その後ろにはピーターと、城の方から迎えに来たティーナが静かに控えていた。


 手を下ろしたルーチェは、まだ遠くを見つめたまま、小さく息を吐いた。

 

(……結局、励まされるばかりで、何も言えなかったな)


「ルーチェ様、そろそろご夕食のお時間です。お戻りになりませんと…」


 ピーターが控えめに促すと、ルーチェは小さく頷き、城へと戻っていった。



 

 夕食を終え、寝る支度を整えても、ルーチェの気持ちは晴れないままだった。


 ひとり、テラスへと出て、夜空を見上げる。


(……明日の朝には、二人が行っちゃうんだよね)


 そんな時、ティーポットとカップを手にしたティーナが、そっと現れた。


「ルーチェ様、夜は気温が下がります。お部屋でお茶でもいかがですか?」


「……はい……ありがとうございます、ティーナさん」


 窓辺の椅子に腰掛けたルーチェの前に、温かな紅茶が注がれていく。


 その紅茶の水面に、不安げな彼女の顔が映っていた。


「……ルーチェ様。僭越ながら、一つよろしいでしょうか?」

 

「……ティーナさん……?」


 ティーナはにこやかに言葉を続けた。


「明日、ルーチェ様も早起きをして、お見送りに行ってみては? あのお二人に、言いたいことを……ちゃんと伝えるべきかと思います」


「お見送り……」


 ルーチェは紅茶に口をつけ、少しの沈黙の後、ふっと微笑んでティーナの方を向いた。


「……ありがとうございます、ティーナさん。……私、お見送りに行きたい。明日の朝、早めに起こしてもらえますか?」


「かしこまりました。ピーターにも申し伝えておきます。ですからどうか、本日は早めにおやすみくださいませ」


 ティーナは丁寧に一礼すると、そっと部屋を後にした。



 笑顔を取り戻したルーチェは、窓の外の星を見上げながら、胸に決意を灯した。


 

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