表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
絆ノ幻想譚  作者: 花明 メル
第二章 広がる世界、潜む闇
69/70

第69話 笑みの間に


 

「……ところでルーチェ、そろそろお腹空いた?」


 テオが問いかける。

 

「うーん……ジュースでちょっとタプタプしてる気がします…」

 

「だよねぇ、3杯くらい飲んでたし」


 そのとき、ルーチェの元へノクスが歩いてきた。

 

「……ワフ!」『アルジ。オレ、チャント、ツレテキタ』

 

「うん、ノクス、ありがとう。えらいえらい」


 ルーチェはノクスを撫でる。ふとノクスは近づいてくる気配を感じ、ルーチェの影の中へ飛び込む。


「君がキールの言っていたルーチェだな。……まったく、公の場で無茶をしたものだな」


 着飾った中年の男性が歩み寄ってきた。口ぶりからして、キールの知り合いのようだ。

 

「ち、父上…!」

 

「キールさんのお父さん…?」

 

「カイル・ランゼルフォード、キールの父だ」

 

「は、初めまして、カイル様……!」


 ルーチェは慌てて頭を下げた。

 

「国王の前であれだけ堂々としていられるとは……、やはりただの娘ではないな」

 

「あ、あはは……」

 

(それって悪い意味かな……?)

 

「父上、あまりルーチェさんを困らせないでください」


 キールの言葉に、カイルは僅かに眉間に皺を寄せる。

 

「困らせてなどいない。褒めているのだ。……誤解を生むようなことを言うな」

 

「……あ、ありがとうございます」

 

 ルーチェは控えめに微笑んだ。


「ルーチェ君。カイルはね、顔が怖いからよく誤解されがちなんだ、気にしないであげてね」


 カイルの後ろから着飾ったクリスが顔を出した。


「クリスさん…!」

 

「お前はまた……余計なことを……!」


 カイルがクリスに向かって文句を言った時、コツコツとヒールの音が近づいてくる。

 

「まあ! まあまあまあ……、本当にかわいいお嬢さんだわ!」


 若々しく美しい女性が声をかけてきた。その顔立ちはキールとよく似ている。

 

「なんてかわいいのかしら……!」


 女性はルーチェが挨拶する間もなく、その胸にぎゅっと抱きしめた。

 

「母上っ!?」

 

「ちっちゃくてかわいいお人形さんみたいな子ね、キール!」

 

(ちょ、ちょっと苦しい……この人が……キールさんのお母さん……?)

 

「エリーゼ、離してやりなさい」


「分かったわよ、あなた……」


 カイルが言うと、エリーゼと呼ばれた女性は渋々抱擁を解いた。

 

「ぷはっ……!」


 ルーチェは何とか解放された。

 

「キールの母のエリーゼよ。……良かったら“お義母さん”って呼んでくれてもいいんだからね?」


「え……?」

 

「はっ、母上っ!!」


 キールが赤い顔で割って入る。

 

「私とルーチェさんは、け、決してそういう関係ではなく……!!」

 

「そういう……?」

 

 ルーチェはぽかんとした顔でキールを見た。

 

「うふふ、冗談よ。ルーチェちゃん、今度一緒にお出かけでもしましょうね」

 

「……はい! 分かりました、ぜひっ!」


 ルーチェはとびきりの笑顔でエリーゼを見た。


「あらまあ……本当に可愛いわ……!」


 エリーゼは今度はふんわりと優しく抱きしめた。

 

「ルーチェちゃん、貴女なら歓迎するわ。いつでも我が家にいらしてね?」

 

「はいっ!」

 

「ん゛ん゛ん゛っ……!!」

 

 ルーチェが即答すると、キールは真っ赤になって咳払いした。


「る、ルーチェさん……母が言いたいのは、そういう意味じゃなくて……」

 

「えっ……えっと、それはどういう……?」


 ルーチェは小首を傾げた。

 

「うふふ。あとでキールに教えてもらうといいわ」


 エリーゼは楽しそうに微笑んだ。


「母上っ……!!」

 

(……ちゃんと“息子”してる……。キールさんのこういう顔を見るのは初めてかも……)


 ルーチェはその様子を、どこか少しだけ羨ましそうに見守っていた。


 

 

 パーティーがお開きとなり、部屋に戻ると、ティーナがドレスの着替えや化粧落としを手伝ってくれた。ひと通り支度を終えると、用意されていたパジャマに袖を通す。


「ルーチェ様。ピーターのこと、本当にありがとうございました。……その、こうしてお尋ねするのは不躾と分かっておりますが、怖くはないのですか? 私が囚われ、未遂とはいえルーチェ様は殺されかけたのに……」


 その問いに、ルーチェはにこりと微笑んで返した。


「会場でドリンクを渡してくれたピーターさん、とても葛藤しているように見えました。……もちろん、まったく怖くないわけではないです。でも、さっきも少し言いましたけど、悪いのは彼をけしかけた貴族の人たちだと思いまして……。だから私は、ピーターさんをこれ以上責めるつもりはありません」


「ルーチェ様……!」


 ティーナの目に涙が浮かぶ。ルーチェはそっとティーナの手を握った。


「でもその、色々あって、ちょっと疲れてしまいました。今日はもう休みます。なので、明日からよろしくお願いしますって、ピーターさんにも伝えてください」


「かしこまりました。それでは、どうかごゆっくりお休みくださいませ…」


 ティーナが部屋を後にすると、ルーチェはふうっと息をついてベッドへ身を投げ出した。


「はぁ……やっと休める……」


『お疲れ様でした、お嬢様』


「ん……ふぁ……」


 小さく欠伸を漏らしながら、ルーチェは静かにまぶたを閉じた。そのまま、穏やかな眠りに落ちていく。


 

*** 


 エルガルドから、毒殺の件の詫びとして、以降も王城に泊まっていいと許可を貰ったルーチェはそこから数日は、穏やかな日々を過ごしていた。


 ピーターとティーナは、ルーチェのために献身的に仕えてくれ、彼女の身の回りの世話を丁寧にこなしてくれていた。


 ルーチェはというと、日課のようにフェリクスのいる書庫を訪れては、魔物について語り合う時間を楽しんでいた。知識豊富なフェリクスとの会話は、学びも多く、何より心が落ち着いた。


 そんな穏やかなある朝───


 食事を終えて部屋へ戻ろうとしていたルーチェのもとに、どこかへ出ていたピーターが姿を見せた。


「ルーチェ様。王都の冒険者ギルドより、本日昼頃にお越しいただきたいとの連絡がありました」


「ありがとうございます、ピーターさん」


「では、外出のご準備をいたしましょうか、ルーチェ様」


 後ろにいたティーナがそう言う。


「はい…!」


 ルーチェは小さく頷き、微笑んだ。外へ向かう心の準備も、少しずつ整っていくようだった。


 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ