第64話 騎士とバーガー
街を歩きながら、レオニスは言った。
「なあルーチェ。昼なんだけどさ、俺のオススメの店に行ってみないか?」
「レオニスさんのオススメのお店…ですか?」
ギルドから十分ほど、大通りから脇の路地へ入り、さらに一本裏の通りへ入る。一本裏にしては人通りが多く、賑わっている。
「それって、どんなお店なんです?」
「フッフッフ…ウザってぇ貴族連中はほとんど寄り付かない、平民に人気の店だ。お、見えてきたぜ」
ルーチェが視線を向けた先には、木の温もりが感じられるカフェ風のお店があった。
「ここが俺の最近のオススメ! ───バーガーサンドの店だ」
「バーガーサンド…?」
店外に出されている看板には、ルーチェにも見慣れたハンバーガーのイラストが描かれている。
(リヒト。これって、ハンバーガー…だよね?)
『どうやらこの世界のハンバーガーは“バーガーサンド”と呼ばれているようですね』
リヒトが応える。
(じゃあ間違ってハンバーガーって言わないようにしないとだね)
「バーガーサンド、初めて見ました!」
「だろ? これは他の街でも流行ると思うんだよなー!しかもこの店はテイクアウトも対応してるんだ。すごいよな!」
「へぇ、すごいですね!」
店内に入ると、ちょうど昼時で盛況な様子だった。
「いらっしゃいませー、何名様でしょうかー?」
ウエイトレスの女性が声をかけてくる。
「二名だ」
「かしこまりましたー。お席にご案内します!」
ルーチェとレオニスは端のテーブル席に案内された。
「お冷とおしぼり、そしてこちらがメニューです。お決まりになりましたらお呼びください」
メニューを開くと、バーガーサンドやポテト、サンドイッチ、ジュースなどが並んでいる。
(本当にファストフードのお店って感じだなぁ)
ルーチェは興味深そうにメニューを眺めた。
「とりあえず、一番人気がちょー美味いのは保証するぞ。どうする?」
「えっと、じゃあそれを…」
「よし来た。揚げ芋スティックも付けて……飲み物はどうする? どれも美味いけどな。柑橘系のジュースか冷たいお茶とかだと、比較的さっぱり食えるぞ?」
「じゃあ冷たいお茶を…」
「了解。すいませーん!」
レオニスが手を挙げて声を張ると、すぐにウエイトレスがやってきた。
「はい、ご注文をお伺いします!」
「一番人気のバーガーサンド、揚げ芋スティック、冷たい茶を二つずつくれ」
「かしこまりました。少々お待ちください!」
注文を終えてルーチェが辺りを見回す。
「王都はもっとレストランとかが多いのかと思っていましたけど、こういう気軽に入れる感じのお店もあるんですね」
「まあな。王都は人の出入りが多いとはいえ、全員が金持ちって訳でもねぇからな。必然とこういう店も増えるってもんだ。……あ、だけどな? 大通りの菓子の店は平民から貴族の婦人まで幅広く人気なんだぜ? 特にクリームのたくさん乗ったケーキが美味いって話だ。俺は甘いのが得意じゃねぇからあんまり食わねぇけど……キールに言ったら連れてってくれると思うぜ?」
「わぁ……ケーキ!」
(セシの街はフルーツのジャムクッキーとか焼き菓子が多かったけど、こっちにはそんなケーキがあるんだ。ショートケーキとかチョコケーキとかもあるかな?)
『ふふ、行くのが楽しみですね、お嬢様』
心做しかリヒトも嬉しそうな声だった。
そのとき、料理が運ばれてきた。
「お待たせしましたー! 王都風バーガーサンド、揚げ芋スティック、アイスティーですね! それではごゆっくりどうぞー!」
テーブルに置かれたハンバーガーは、かなりボリュームのある見た目だった。
分厚いバンズの間には、ジューシーそうな牛のパティが二枚、その上にとろける黄色いチーズ。シャキシャキのレタスと輪切りのトマトも挟まっている。
ルーチェの小さな手では持ちきれないかもしれない。
揚げ芋スティックは、細くスティック状に切った芋を油で揚げ、軽く塩が振られている。添えられた小皿には三種類のソース。
「これがトマトを使ったソースだろ? こっちが卵と油と酢を混ぜて作った酸味のあるソース。んで、こっちはちょっと大人向けの辛いやつな」
「へぇー……色んな種類があるんですね」
(ケチャップとマヨネーズと……チリソースみたいな感じかな?)
「んで、バーガーサンドはな? こうやって……」
レオニスは慣れた手つきでバーガーを包み紙ごと両手で掴んだ。
「手で持って食うのが一番なんだ! さ、冷めねぇうちに食おうぜ、ルーチェ!」
「はい!」
ルーチェは汚れないように紙ナプキンをつけると、両手でその大きなバーガーを掴んだ。
「いただきます」
なるべく大きく口を開けて、思い切ってかぶりつく。
パティからあふれ出す肉汁と、ハーブが効いた香り高いソース──それらをとろけるチーズが包み込んでくれる。
シャキッとしたレタスとみずみずしいトマトが加わり、ふっくらとしたバンズとともに、全体的に食べ応え抜群な一品だった。
次に、揚げ芋スティックにも手を伸ばす。
まずは王道のケチャップで──。
(これは王道だよね…!)
ポテトは外がカリカリ、中はホクホク。揚げ加減も絶妙だった。
「レオニスさん、バーガーも揚げ芋も美味しいです!」
ルーチェは口元を紙ナプキンで拭きつつ、冷たいお茶を飲んで口の中をさっぱりとさせた。
「だろ?」
「キールさんとテオさんにも、後で教えなきゃなぁ……!」
二人が美味しそうに食べる姿を想像して、笑みが零れる。
「……あ。ルーチェ」
レオニスはふいに気まずそうに辺りをキョロキョロと見回した。
「間違っても、このこと…団長の前で言うなよ?」
「団長……って、エステル様ですよね? どうしてですか?」
「……護衛のくせに、何ジャンキーなもの食わせてんだって怒られたくねぇ……」
よほど気にしているのか、レオニスはしょんぼりと肩を落とす。
「あはは、分かりました。エステル様には内緒にしておきますね」
「助かる……!」
そんなふうにして、ほんの少しジャンキーなランチタイムは、穏やかに過ぎていった。
食べ終えた余韻に浸りながら、ルーチェは残り少ないお茶を飲み干した。
「さ、王城に戻るか」
「はい!」
二人は立ち上がりお会計を済ませると、食後の満足感とともに店を出た。
「ルーチェ、午後はどうする?」
「午後は、フェリクスさんのところに行こうかと」
「あー、つーと書庫か……。あ、そういやルーチェ」
「はい?」
ふとレオニスが思い出したように尋ねる。
「お前、パーティー用のドレス持ってんのか?」
「……………あ」
ルーチェの表情が一気に青ざめる。
「その顔は……忘れてたんだろ?」
「ど、どうしましょう……!?」
「まあ、パーティー自体が国王陛下の急な発言で決まったもんだからなぁ。用意させてるかもしれねぇぞ? 戻ったら確かめに行こうぜ」
「はい…!」
二人は城へと戻るのだった。
すいません、今回は女の子とお兄さんがハンバーガー食っただけの話なんです……。