第63話 頼れる顔ぶれ
「失礼します、ギルドマスター。お客様をお連れしました」
「……どうぞ」
低く穏やかな男性の声が部屋の中から聞こえてくる。
中へと通されると、そこはまるで貴族の家の応接室のような雰囲気の部屋だった。壁には高価そうな絵画が飾られ、奥には重厚な執務机が置かれている。その机に座っていた人物が立ち上がり、ルーチェの方へ歩いてくる。
その長身の男性は、まるでキールをそのまま年齢を重ねさせたかのような……だが、老いを感じさせない、品のあるおじさま、といった印象だった。
「初めまして、可愛らしい英雄のお嬢さん。私はこの冒険者ギルドのギルドマスターのクリス。……クリス・ランゼルフォードだ。よろしく」
そう言って、クリスは胸に手を当てウインクしてみせた。
ルーチェは呆気にとられた。
(キールさんにすごく似てるけど……お父さん……ではない? ランゼルフォードって同じ家名がついてるけど……近い親戚の人かな……)
「初めまして。セシの街から来たルーチェと申します。よろしくお願いします…!」
「キールからの手紙で話は聞いていたけど、とても愛らしいお嬢さんだ。お茶を用意させるから、そこに座るといい。レオニスもね」
「はいはい、クリスおじさん」
「へ、お二人はお知り合いだったんですか?」
「おや、キールから聞いていないのかい?」
クリスは少し考え込んだ。
「……そうか。なら、レオニス。やっぱり先にキールを呼んできてくれないか? 君なら走ってすぐだろう?」
「えぇ!? 使いっ走りかよぉ……まあ、いいけど。んじゃルーチェ。間違っても一人でどっか行くなよ? 見失ったら、護衛の俺が怒られるんだからな」
レオニスはそう言って、足早に部屋を出ていった。
「あの、キールさんのご親戚の方ですよね? すごく似ている気がするんですが……」
「ん? あぁ、キールは僕の甥っ子なんだ。キールは僕の弟、カイルの息子さ」
クリスはにこやかに笑う。
「キールってば、どういうわけか夢まで僕に似ちゃってねぇ。そのせいで、いつもカイルに怒られるんだ。ハッハッハッハ!」
(……そういう割には、あんまり気にしてなさそう……)
「そうでしたか……。あの、これ……ザバランさんからの手紙です」
「ありがとう。読ませてもらうね」
クリスはおしゃれな丸メガネをかけると、ソファへと腰掛け、手紙を丁寧に開いて読み始めた。
ルーチェはというと、別のソファへと腰掛け、出されたお茶をそっと口に運びながら、大人しくその様子を見守っていた。
「君は少し無茶をしがちな傾向があるんだってね?」
手紙に視線を落としたまま、クリスが言った。
「無茶というか……その、巻き込まれてやむを得ず……という感じで……」
「そうなんだ。でも 危なっかしくて放っておけない、とも書いてあるよ?」
(ザバランさん、手紙に何を書いてるの……!!)
「す、すみません……なるべく心配をおかけしないように気をつけます」
「いやいや、責めているんじゃないよ? こんなに可愛らしい子なんだもの、危なくなくても放っておけないよね」
クリスはそこで初めて視線を上げ、優しく微笑んだ。
───その時。
「……叔父上。ルーチェさんを困らせるのはどうかと思いますよ」
扉が開き、キールが入ってきた。後ろにはテオとレオニスの姿も見える。
「おや、可愛い甥っ子のキールじゃないか!」
「……可愛いって───いつの話をしてるんですか、叔父上……」
キールはガックリと肩を落とした。
「さて、みんな揃ったね。早速話をしようか。ルーチェ君──君の今後の話だ」
男たちの表情がやや険しくなる。
だが、ルーチェだけは状況をいまいち理解していない様子で、きょとんと首を傾げた。
「こら、なんで本人がよく分かってないの!」
テオがぴしっとデコピンする。
「いだっ!? ……うぅ、すみません……」
「ははは、それがむしろ君の良さなんだろう、ルーチェ君」
クリスが微笑んだ。
「今夜の王城でのパーティーが終わった後──つまり明日以降、どうするつもりか決めているのかい?」
クリスの問いに、ルーチェは「うーん」と少し悩む。
「えっと、とりあえず……書庫でフェリクスさんにおすすめしてもらった魔物の本を読んで……それが終わったら、王都でも依頼を受けようかなって思っていました」
「そうかい、それは助かるよ」
クリスは一つ頷いてから、改めて尋ねた。
「ルーチェ君、国王陛下や王女とは謁見の場以外で話したことは?」
「あ、はい……私が何者かに襲われた時のことを聞かれました。もしかしたら、王都近辺での魔物の凶暴化と関わりがある可能性があるとか……。複数犯、あるいは組織的なものなのではと仰っていました」
「……そうか……」
ルーチェは少し首をかしげた。
「……ずっと疑問だったんですけど、何のためにそんなことするんでしょうか?」
「何のために?」
「だって、魔物を暴走させてもすぐ討伐されて、今のところほとんど死人は出ていないって聞いてます。それなのに、どうしてわざわざ続けるんでしょう……?」
「……なるほど、それは僕も気になっているところだよ」
クリスは腕を組んで、しばし思案する素振りを見せた。
「このまま凶暴化だけで終わるわけはない。確実に、何か目的があるはずだ……」
一呼吸おいて、クリスはルーチェの方に目を向けた。
「ルーチェ君。しばらく王都に滞在して、依頼をいくつかこなしてくれないかい? もちろん、国王や王女から何か頼まれたり、他にやりたいことがあればそちらを優先して構わない。どうかな?」
「……ちょっと待って」
横から口を挟んだのはテオだった。その顔は険しい。
「ルーチェのこと……わざと泳がせて、食いつかせるつもりじゃないよね?」
クリスは苦笑しつつ、ほんの少しだけ悪戯っぽい笑顔で言った。
「ルーチェ君を囮にするつもりはないよ。けれど──君が狙われている事実は変えられない。なら、うまくタイミングを合わせて尻尾が掴めれば、一掃できるかもしれないからね」
「はー……こわいこわい。やっぱりあの噂、本当だったんじゃないですか?」
レオニスが肩をすくめる。
「レオニスさん。あの噂って何ですか?」
ルーチェがレオニスに聞いた。
「この人、元Sランクの冒険者なんだけどさ──現役時代、盗賊とか荒くれ共が泣き出すほど強くて怖かったらしいんだよ。魔法を纏わせた剣でバッサバッサ斬って、たしか“鬼神”とかなんとか呼ばれてませんでしたっけ?」
「さあ? そんなこと言われてたかな? あははは!」
クリスはとぼけた様子で笑った。
「ザバランさんが『俺より強い』って言ってましたけど、クリスさんはSランクだったんですね」
ルーチェの言葉に、クリスは軽く頷いた。
「うん。ザバラン君は元Aランクの冒険者だからね。確かに、彼よりは強いかな」
クリスはフッと笑った。
「さて、ルーチェ君の話はこんなところかな。ある程度落ち着いたらまた顔を見せてくれ。依頼を受けてくれる時は、掲示板の依頼書じゃなくて、僕のところへ直接顔を出してほしい。頼みたい案件があるからね」
「分かりました」
「レオニス、ルーチェ君を王城まで送ってあげなさい」
「はいはい、了解しましたよ」
レオニスが立ち上がる。その隣でキールも立ち上がろうとしたが、すぐに腰を下ろし直した。テオも動かない。
ルーチェは首をかしげた。
「あれ、キールさんとテオさんは……?」
キールが軽く微笑む。
「私たちは別件で──叔父上と話があるんです。ですから後ほど、王城で会いましょう、ルーチェさん」
「ルーチェ君、心配しなくても、パーティーの前にはちゃんと合流できるよう時間は作っておくよ。僕も今日は呼ばれているからね。また後でね」
クリスがヒラヒラと手を振る。
ルーチェは丁寧に会釈をして部屋を後にした。
「ルーチェ、なんか食べてから戻るか? それとも王城で食べるか?」
「どうしましょう……?」
そんな二人の話し声が少しずつ遠ざかっていく。
「ふむ、二人とも──随分と気に入っている様子だね。ご執心じゃないか」
クリスが肩を竦めると、キールは慌てて口を開こうとした。
「なっ──!?」
そこにテオが割って入った。
「まあね。ちょこちょこ動くから見てないと心配になるんだよね〜」
「……それは僕も思ったよ。彼女はあまりに素直すぎる。悪い輩に利用され兼ねない。今夜は特に、注視してあげるんだよ?」
クリスの忠告に、テオがさらりと答える。
「ま、キールはともかく──俺はちゃんと側に付いてようって話はしてたし。俺が見てる前でちょっかいかけられるやつは、そうそういないでしょ」
「……だと、いいんだけどね……」
クリスは意味ありげに視線をそらした。
「さて──君たちの本題の方に移ろうか」
そういえばお伝えしてなかったんですが、今しばらく戦闘関連の話はお預けなんです。……もうしばらく日常回が続く予定です。お許しを……何卒ご慈悲を……(震え声)