第6話 雛鳥は眠る
「はい、確認しました。依頼完了です。これが今回の報酬の銀貨2枚です。お受け取りください」
「ありがとうございます」
ルーチェは銀貨を握りしめると、ギルドを後にした。
(ねぇ、リヒト。銀貨2枚って、日本の……私の元いた世界のお金にするといくらくらいか分かる?)
『勿論です。その違いを解説するのが私の仕事ですから。この世界には銅貨、銀貨、金貨、白金貨、聖金貨という5つの硬貨が存在します。今回はお嬢様が主に使うであろう銅から金までの価値をお教えいたします』
(お願いします!)
『まず銅貨は、日本円換算で1枚100円です。銀貨は1枚1万円、金貨は1枚100万円です。とはいえ、基本的にこの街で使うのは銅貨と銀貨でしょうから、あまり気負わずに行きましょう』
「私の所持金は2万円ってことか……」
『お嬢様、そういえば鞄の中身をちゃんと見られていなかったのでは?』
「鞄?」
ルーチェが肩から下げている鞄を探ると、街に入る時に貰った身分証、冒険者カード、寝巻きと思しき部屋着、そして謎の袋が入っている。
『神からの餞別というか、お小遣い……ですかね。必要な時に困らないように……と。銅貨が20枚、銀貨が10枚くらい入ってますから、一緒に入れておいてください』
「分かった。……あ!」
『お嬢様、如何なさいましたか?』
「今日どこに泊まろう……?」
『今から探して間に合うでしょうか……。いえ、ともかく宿を探してみましょう』
キョロキョロしながら歩いていると、後ろから「おーい」と呼ばれた気がして振り返ると、そこには門で手続きをしてくれたエドガーが立っていた。
「よう、お嬢ちゃん」
「あ、えっと、騎士のおじさん……」
危うく、名乗られもしていないのに相手の名前を言い当てるエスパーになりかけたルーチェは、背筋を伸ばして会釈した。
「あぁ、そういや自己紹介してなかったな。俺はエドガー。この街の騎士団の団長だ。よろしくな」
「よろしくお願いします、エドガーさん」
「キョロキョロしてどうした? 何か探してんのか?」
「えっと、今日のお宿をまだ決めてなくて……その、どこか手頃な場所を知りませんか?」
「手頃なぁ……。お嬢ちゃんみたいな女の子が安全に泊まるとなると……んー……、そうだ、一ついい宿を知ってるぞ、詰所に戻るついでに案内してやろうか」
「いいんですか……!」
「おう、んじゃこっちだ」
エドガーの隣を歩くルーチェ。
「おや、エドガー団長じゃないか! そっちの子は……もしかして隠し子かい?」
「違ぇよ! 今日冒険者になったばっかの嬢ちゃんだ」
「ルーチェと申します、こんにちは」
「あら〜これは丁寧にねぇ! あたしはアマンダ。こうやって果物や野菜を売ってるんだ。1個どうだい?」
「んー……じゃあこのリンゴを1つください」
「まいど! 銅貨1枚だ。しかし、こんなに育ちのいいお嬢ちゃんが団長の娘なわけないわね、ごめんなさいね」
「どういう意味だ…。まあいい、とにかく行くぞ、嬢ちゃん」
「はい、ではこれで失礼します」
その後も何軒かの店主や店員に「隠し子か?」とか「養子を迎えたのか?」と聞かれていたエドガーは門の近くに着く頃には疲弊していた。
「アイツら……」
「団長さん、街の皆さんから慕われているんですね」
「ナメられてるだけの気もするがなぁ……お、そうだった! 宿に行くんだったな、すまん。こっちだ!」
そう言ってエドガーは門からすぐの宿へと案内してくれた。宿には金色のひよこのプレートが下げられており、その横には《金の雛鳥亭》という名前が掲げられている。
(ひよこだ、かわいい……!)
「ここが、俺のオススメの宿屋だ。この時間ならギリギリ空いてるはずなんだが……女将、居るか!」
宿に入ると、目の前にはフロントらしき小さなカウンターとその横には二階へ続く階段が見える。宿に入ってすぐ左側の扉の先は食堂になっているらしく、4〜5名が座れるテーブル席が複数、カウンターにも椅子が5個並べられている。その奥は厨房になっているようだ。
食堂と反対側の右側には、男女兼用のトイレが二部屋用意されているようだ。
「はいはい、そんなに大声出さなくても聞こえてるよ! おや、エドガー団長じゃないか!」
声を聞いて宿の奥から出てきたのは恰幅のいい女性だ。見た目的にお母ちゃんという印象だ。
「女将、部屋はまだ空いてるか?」
「まだ一部屋空いてるけど……それがどうしたんだい?」
「いや俺じゃなくてな、この嬢ちゃんを泊めてやって欲しいんだ」
ルーチェを見ると、女将はルーチェを品定めするように見る。
「あら、可愛らしい子だねぇ。団長の子にしては可愛らしすぎる気がするけど……」
「もうそれは聞き飽きた……勘弁してくれ……」
がっくりするエドガーを、笑い飛ばす女将。
「冗談さね! あたしはモーラ、この店の女将さ」
「初めまして、ルーチェと申します」
「ルーチェだね、部屋は二階の一番奥、陽当たりはあまり良くないが掃除はちゃんとしてある綺麗な部屋さ、それでもいいかい?」
「勿論です、よろしくお願いします」
エドガーがルーチェの方を向く。
「何かあったら詰所に走ってきてくれたら、俺でも騎士団の他の連中でもすぐに対応するから、遠慮なく言いに来てくれ。それに、女将と旦那も元冒険者だから、その方面でも頼りになるぜ」
「旦那さん……?」
「あぁ、基本的に旦那は厨房にいるよ。今は料理人なのさ」
「……んじゃあ俺は仕事があるから戻る。またな、お嬢ちゃん」
「ありがとうございました、エドガーさん!」
「さて、朝夜の食事付きで一泊銀貨1枚さね」
「じゃあこれで、お願いします」
「あいよ、これが部屋の鍵だ、食堂騒がしくなったら降りてきな。夕食、用意しとくからね」
「ありがとうございます」
***
ワイワイと賑わい始めた声を聞き、ルーチェは部屋から出て食堂兼酒場へと向かった。
ルーチェの他にも冒険者らしき男達が酒を酌み交わし、料理に舌鼓を打っていた。
「来たね、ルーチェ! 今料理を出すから、こっちのカウンターに座っとくれ!」
ルーチェが席に着くと、すぐに料理が運ばれてきた。
「おかわりも遠慮せずにいいなね、ごゆっくり!」
「わぁ……!」
ルーチェの目の前には、ふっくらと焼かれたパン、細かくサイコロ状に切られた野菜のスープ、付け合せのサラダに、メインのロックバードの香草焼きだ。
「いただきます……!」
ルーチェはまず、スープを一口含んだ。コンソメのような味付けと溶け出した野菜の甘みが見事なバランスを取っている。キャベツや玉ねぎ、人参やじゃがいものような野菜が程よい柔らかさになるまでしっかりと煮込まれているようだ。
次にサラダを食べる。シャキシャキとした食感のこれまたキャベツに程よい酸味のあるドレッシングが掛かっている。病院食のサラダはあまり好きではなかったけど、これは美味しい。
さらにパンをちぎって食べる。小麦とバターの風味が舌を安心させてくれるようだ。パンなんて久々に食べた、その感動がさらに美味しくしてくれているのかもしれない。
最後にメインの香草焼きだ。切ると脂が溶け出し口に含めば噛む度に旨味が溢れてくる。香草の香りがいい、味付けが塩コショウとシンプルなのに、飽きることなく食べ進められるのは、ひとえにこれのおかげだろう。
「んん〜!!」
『美味しそうに召し上がっておりますね、お嬢様』
(だって本当に美味しいんだもん!)
病院食の味ばかりを思い出し、今やすっかり家の味を忘れてしまったと思っていたルーチェだったが、この時ばかりは、母の作る料理の味と重ねずにはいられなかった。
「ごちそうさまでした!」
あっという間に完食したルーチェは、食堂を後にし、自室へと戻っていた。
***
「ふぅ…」
食事を終え、モーラさんに頼んで用意してもらった湯と布で体を拭いた後、寝巻きに着替えたルーチェは、開けた窓から星空を眺めていた。
「リヒト……」
『はい、お嬢様』
「《魂の休息地》ってどんな感じ? ずっと中にいてお腹空いたりしないの?」
リヒトは優しく応える。
『いえ、この《魂の休息地》内はお嬢様の魔力によって守られた空間ですから、大変居心地の良い空間と認識しております。それと私は精霊なので特にそういった三大欲求的なものはあまり感じませんね……。ぷるる様は……どうやら少し眠そうですが、特に空腹等は感じておられないように見受けられます』
「そっか。ならいいんだ」
ルーチェは窓を閉じて、ベッドに入る。
「リヒト、今日はありがとう。いっぱい色んなこと教えてくれて……」
『恐縮です、お嬢様。ですが、まだレーヴスに来て初日です。本番はこれからですよ?』
「……そうだね……ふわぁ……」
リヒトはクスクスと笑った。
『模擬戦に契約とお疲れでしょう。どうぞ、お休みください、お嬢様』
ルーチェは静かに寝息を立て始めた。
***
『……ようやくお休みになられましたね』
《魂の休息地》内に存在している部屋のような空間の中で、リヒトは椅子に座っていた。膝の上ではぷるるがぽよんぽよんと動いている。
『ぷるる様、私の代わりにお嬢様のことをよろしくお願いしますね』
ぷるるは言葉こそ発さないが、ニコッと笑った。
ルーチェは知らない内緒話。そして夜は更けていった。
ここまでで、異世界に来て一日ってマジ?って感じですがマジです(笑)
スローペースながらも、ルーチェたちの日常や冒険を書いていけたらなと思います。