第59話 書架の番人
外に開けた通路から、騎士団の訓練場が見えた。
「ここが我が国の騎士団の訓練場だ」
エステルはそう言った。
広い訓練場では、騎士たちが木製の剣を交え、実戦さながらに訓練をしている。
「今、訓練をしているのは、私が率いる第二騎士団の者たちだ」
「そうなんですね…。騎士さんたちの訓練を見るのは初めてです…!」
だが、ルーチェたちが来てから、どこか騎士たちの動きがぎこちない。
(どうかしたのかな……?)
「ふっ、さっさと次に行くか。私がいると色々と気を遣わせてしまうからな」
「えっと…?」
そう言いながら、エステルは外の通路から、城の中へと足を進めた。振り返りながら言った。
「……どうやら私は、一部の団員からは鬼のようだと恐れられているらしくてな」
苦笑を浮かべて、エステルは続ける。
「まあ、私としては、訓練で手を抜いていては、いざという時に力を発揮できない……そう思っている。だからこそ、常日頃から全力で臨んでいるのだ」
「でも、それってとても大事なことですよね」
「あぁ、その通りだ。第一騎士団は国の盾、第二騎士団は敵を穿つ矛。どちらも欠けてはならないものだ」
「ということは、エステル様も戦場に立つのですか?」
「無論だ。前線に立ち、先陣を切る。これが私の騎士としての務めだ」
「エステル様、かっこいいです…!」
その後も案内は続いた。
「遠回りになってしまったが、ここが城の書庫だ。中にいる男───フェリクスに聞けば、魔物の図鑑も用意してくれるだろう。入るぞ、ルーチェ」
「はい、エステル様」
書庫の中は非常に広く、壁一面がぎっしりと本棚で覆われている。中央にも何列も本棚が並び、奥へと果てしなく続いていた。かなり広い書庫だ。
入り口付近には静かに本を読むための読書スペースが設けられ、その隣には小さな個室のような部屋があった。
エステルはその個室の手前にあるカウンターへと歩み寄り、卓上ベルに指を伸ばした。
───チン!
甲高い音が響き渡ると、数秒後、小部屋の中から背の高い、眼鏡をかけた男がゆっくりと現れた。
「おや、エステル様ではございませんか……このようなところに何のご用件でしょう?」
「フェリクス。こちらはルーチェ。セシを救った冒険者だ。今、陛下の命を受け、城を案内しているところなのだ」
フェリクスはルーチェを見下ろすようにじっと見つめ、
「そうでしたか……」と静かに呟いた。
「ルーチェ、紹介しよう。彼はフェリクス・アーベント。この書庫の司書をしている男だ」
「初めまして。冒険者をしております、ルーチェと申します」
「ルーチェ様、初めまして。フェリクスと申します。以後お見知り置き…」
フェリクスは銀縁の眼鏡をかけ、司書用の黒い服に身を包んでいた。長めの銀髪を後ろでひとつに束ね、全体に理知的な印象を与える男性だ。
「さて、フェリクス。陛下はルーチェに対し、セシを救った褒美として “書庫の閲覧許可” を与えた。そしてルーチェは “魔物の生態が書かれた書物” を欲している。ゆえに、良さそうな物をいくつか見繕って欲しい」
フェリクスは一度ルーチェの方に視線を向け、やわらかく微笑んだ。
「かしこまりました。魔物に関する資料や書籍を用意いたします…。しかし珍しいですね、魔物の弱点でもお知りになりたいのですか?」
その探るような問いにルーチェは照れたように頬を赤らめ、手を胸の前で組む。
「いえ、その…毛がふわふわで、もふもふした魔物がいないかと思いまして…」
「…はい?」
フェリクスがわずかに目を瞬かせたところで、エステルが補足を入れる。
「フェリクス。ルーチェはテイマーなのだ。それ故、新しい友……契約する魔物を探したいのだそうだ」
“テイマー”───その言葉にフェリクスの表情がわずかに変わる。
「テイマー、ですか……」
その時、書庫の扉が静かに開いた。
「エステル様、少々よろしいでしょうか?」
部下の騎士らしき人物の声に、エステルは耳を傾け、そしてルーチェに向き直った。
「分かった。…すまない、ルーチェ。私は少し出てくる。後ほど迎えに来るから、それまではここで本を読んでいてくれ。何かあればフェリクスか、部屋の外の使用人に伝えてくれ」
「分かりました。エステル様、ありがとうございました!」
「…ではな」
優しげな笑みを浮かべたエステルは、そう言い残して部屋を後にした。
「ここに座ってお待ちください。いくつか持ってまいります」
フェリクスはそう言うと、奥の棚の方へと向かっていった。
ルーチェは大人しく読書スペースの椅子に腰掛ける。
『お嬢様。これで新しい仲間探しができますね』
(うん、これも国王様のおかげだね)
心の中でリヒトとそんな会話を交わしていると、間もなく目の前に小さな “本の山” が積まれた。
「とりあえず、貴女でも読みやすいものを持ってきました。これをどうぞ。何かあれば呼んでください。それでは」
そう告げると、フェリクスはそそくさと小部屋の方へ戻っていった。
(なんというか……本当はあんまり乗り気じゃないのかな…?)
『本を大切になさっている方なのかもしれません。故に、見ず知らずのお嬢様に貸すのがはばかられる…とか、そういった感情があるのかもしれませんね…』
「とりあえず、フェリクスさんの邪魔をしないように大人しく読もっか」
『それが良いですね』
ルーチェはそう呟いて、さっそく一番上に置かれていた本をそっと開いた。