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絆ノ幻想譚  作者: 花明 メル
第一章 光と絆のはじまり
53/70

第53話 旅立ちの前に


 

 朝───顔を洗って身支度を整え、食堂へと向かうと、厨房の方からいい匂いが漂ってきた。


「おや、早いねルーチェ。おはよう」

 

「おはようございます、モーラさん」


 席につくと、ほどなくして朝食が運ばれてくる。

 焼きたてのパンと、香ばしい卵料理にハーブ入りのソーセージ。湯気の立つスープ。

 ルーチェは幸せそうにそれらを頬張り、静かな朝を味わっていた。


 だが、食事を終える頃には、ふと名残惜しそうな顔になる。


「……どうしたんだい?」

 

「いえ、その……ここを離れるって思ったら、しばらくこの宿のご飯が食べられないんだなぁって……」

 

「ふふ、それもそうだねぇ。……でも、あたしたちも寂しくなるよ。もう娘みたいなもんさね」


 そこへ、珍しく厨房から旦那さんが顔を出す。無言でルーチェの目の前に、フルーツのゼリーをそっと置いた。


「道中……気をつけて行け、ルーチェ」


 それだけ言うと、旦那さんはすぐに厨房へと戻っていった。


「ふふっ、口数は少ないけどね……あれでも、けっこう心配してるんだよ」

 

 モーラさんが柔らかく笑う。


「さ、デザートも食べたらちゃんと準備しておいで。お世話になった人たちに挨拶回りするんだろ?」


「……はい!」

 


***



 ギルドに入ると、受付のカウンターにニナの姿が見えた。


「おはようございます、ニナさん」

 

「おはよう、ルーチェさん」


「ギルドマスターはいますか?」

 

「えぇ、相変わらず忙しくしてるけどね。今なら入っても大丈夫よ」

 

「ありがとうございます」


 ギルドマスター室の前に着くと、ルーチェは少し緊張した様子でノックをする。


「ザバランさん、ルーチェです」

 

「おう、入っていいぞ」


 扉を開けると、ザバランが書類に判を押しているところだった。


「おはようございます、ザバランさん。本日は───」

「分かってる。王都に行くんだろ?」


「さすが話が早いですね。そのご挨拶に───」


「ええっ!? ルーチェさん、街を離れるの!?」


 後ろからお茶を運んできたニナの驚いた声が響いた。ザバランが肩をすくめる。


「ニナ、声が大きいぞ」

 

「ご、ごめんなさいっ! びっくりしちゃって…」


「そういやニナは連休だったから知らなかったか。今日の昼に出発するそうだ」

 

「そんなぁ……」


 お茶を置いたニナは、ルーチェに抱きつく。

 

「無理しちゃだめよ? いつでも帰ってきていいんだからね!」

 

「ニナさ…く、くるひい…」

 

「あっ、ごめんなさいっ!」


「ニナ、ルーチェに話がある。仕事に戻ってろ。どうせ一生会えなくなるわけじゃねぇんだから。な、ルーチェ?」

 

「はい、多分ですけど…近いうちに戻ってくると思いますよ」


「そ、そう…なら、いいけど……」

 

 寂しげな顔で、ニナは部屋を出て行った。


 ザバランはソファに座り、ルーチェに手紙を差し出す。


「これを王都の冒険者ギルド、ギルドマスター“クリス”って男に渡してくれ。急ぎじゃねぇから、謁見の後で構わねぇ」

 

「分かりました」


 ルーチェは手紙を鞄へしまった。


「それとな……お前を狙った奴が王都に現れねぇとも限らん。くれぐれも用心は怠るなよ」

 

「…はい」


「しかし……王都か。王家の住む都、こことは比べ物にならない立派な街だからな。冒険者ギルドの本部も、ここよりはるかに立派な建物だ」

 

「へぇ……楽しみです!」


「それにな、あっちのギルドマスターは俺よりずっと強ぇし───何より色男だからな。それも期待しとけ!」


 ザバランはハッハッハと笑った。


「王都近辺にも魔物は出る。このあたりじゃ見ない奴もな。新しい魔物や違った戦い方も学べるはずだが……気は抜くなよ?」

 

「はい、気をつけます。ザバランさんも無理なさらないでくださいね」


「おっ、大人に気を遣えるとは、ルーチェはほんとに優しいな」


 ザバランはその大きな手で、ルーチェの頭をポンポンと撫でる。


「せっかくだ、ラルクにも顔を見せてやれ」

 

「はい、では私はこれで」


「おう、しっかりな!」

 

「はい!」

 

 ギルドマスターの部屋から出る。

 その足で解体カウンターの方へ行こうとすると、マイヤが依頼書の束を抱えて受付から出てくるところだった。


「あ、ルーチェさん」

 

「マイヤさん。おはようございます」


「ニナ先輩に聞きましたよ。王都に行くんですよね?」

 

「そうなんです」


「気をつけて行ってきてくださいね〜」


 そう言い残して、マイヤは掲示板の方へスタスタと歩いて行った。


(マイヤさんって……なんというか、マイペースな人?)


 解体カウンターでは、ラルクが魔物の解体を終えたところだった。鉈のような解体用の剣を丁寧に拭いている。


「ラルクさん、おはようございます」

 

「お、ルーチェ。おはよう。別れの挨拶か?」


「あれ、ご存知だったんですか?」

 

「まあな。なんとなくそんな気がしてたってだけだが」

 

「そうですか……」


「そういやハルクのやつが『ルーチェが旅に出るかもしれないから』って何か作ってたぞ。街を出る前にアイツのとこにも寄ってやってくれ」

 

「分かりました。ではラルクさん、お元気で」


「おう、ルーチェもな」


 ギルドを出て、ハルクの営む武器屋へと向かう。



 店に着いて扉を開けると、奥からカンカンと金属を打つ音が聞こえてくる。


 ルーチェは息を吸い込んで、大きな声で呼びかけた。


「ハルクさーん、おはようございまーす!」


 金属を打つ音が止まり、間もなくハルクが顔を出す。


「おっ、ルーチェじゃねぇか。おはよう!」

 

「実は今日のお昼に王都へと出発することになりまして。そのご挨拶に来たんです」


「そうか……しかし今日の昼とはまた急だな」


「あ、そういえばラルクさんから、ハルクさんが何か作ってくれたって聞きましたけど……?」


「おぉ、そうだったな。ちょっと待ってな」


 ハルクは奥へ引っ込むと、小さな箱を持って戻ってきた。それをカウンターに置いて、蓋をパカッと開ける。


「ルーチェへのプレゼントだ」


 箱の中には、小さなナイフと、黒い石のチャームが収められていた。


「これは……?」


「前に一緒に依頼に行ったとき、ルーチェは解体用のナイフを持ってなかっただろ?」

 

「あっ、確かに持ってなかったです……」


「だと思って、作っておいたんだ」


「ありがとうございます……。あの、こっちは?」


「不格好だが……その、端材を使って作った───その、なんつーか、お守りみてぇなもんだ。嫌じゃなかったら受け取ってくれ」


「嫌だなんてとんでもない。すごく嬉しいです! ありがとうございます、ハルクさん!」


「そうかそうか。そう言ってもらえるなら、作った甲斐があるってもんだ」


「あの、お代は……」


「要らねぇって。言っただろ? プレゼントだ」


『お嬢様、ここは素直に受け取っておくのが正解ですよ』


 リヒトの声に、ルーチェはそのまま素直に箱を抱えた。


「分かりました。大切に使いますね」

 

「おう!」


「じゃあ私はこれから騎士団の方にも顔を出すので……」


「ルーチェ」


「はい?」


 ハルクはルーチェの前に立ち、ポンと頭に手を置いた。


「何かあったら、いつでも言えよ? 新しい武器が欲しくなったら、すぐ作ってやるからな」


「ありがとうございます、ハルクさん」


「よし、いってこい!」

 

「はい、いってきます!」


ルーチェは箱を抱えて、店を後にした。



 門の詰所へ向かう前に、パン屋や肉屋で日持ちする食材を買い込んでおいた。


 そして詰所へ着くと、エドガーとバークスの元へ向かう。


「キール達から聞いてるぞ。三人で王都に向かうんだってな?」


 エドガーがそう言った。


「三人がいなくなると寂しくなりますね」


 バークスも続けて言葉を添える。


「エドガーさん、バークスさん。いろいろとお世話になりました」


「よせよせ、俺らは何もしてねぇって」

 

「そうですよ。いつもルーチェさんを助けていたのはキールくんとテオくんですから」


「……そういえば、お二人は?」


「ん? あぁ、旅支度をな……」

 

「しばらくここを離れますし……」


 二人の口ぶりがどこか濁されているのを、ルーチェは感じた。

 

(……どうしたんだろう……?)


「ともかく、今は宿舎の方にいるぞ。案内するか?」


「団長? そう言って書類整理をサボりたいだけでは?」


「そ、そんなことねぇよ……」


 目を逸らすエドガー。どうやら図星のようだった。


『アルジ』


 影から耳をひょこっと出したノクスが、ルーチェに声をかけてくる。


『テオ、バショ、シッテル』


「そうなの? ……エドガーさん、ノクスが案内してくれるそうなので、エドガーさんは仕事をしてくださいね」


「そんなぁ……!」


 少女の素直な言葉に、エドガーは肩を落とす。


「貴方という人は……。やっぱりサボろうとしてたんじゃないですか」


 バークスの背後からはゴゴゴゴッと怒りのオーラが噴き出していた。


「えっと……それでは、私はこれで」


「はい、ルーチェさん。どうか道中お気をつけて。この人はギタギタにしておきますから」


(あっ、切り替わった…)


『お嬢様、口に出してはいけませんからね』


 ルーチェは詰所を後にした。


(キールさんとテオさんから“書類仕事が苦手”とは聞いてたけど……余程嫌なんだろうなぁ)

 

『そのようですね……』


その時、詰所の中から声が響いてきた。


「勘弁してくれバークスぅ───!!」

 

「問答無用です。今日こそきっちり仕事をしてもらいますからね!」

 

「ぎゃああああ───!!」


 詰所を出て、普段通らない道を歩く。


『アルジ、コッチ』


 ノクスが案内してくれた先には、二階建ての大きな建物と、それに併設された訓練場が広がっていた。


「ここが騎士団の宿舎……?」


「おや、ルーチェ殿」


 堅い口調の、ファンクラブの会員らしき若い騎士が声をかけてくる。


「こんにちは。あの、キールさんとテオさんはまだいらっしゃいますか?」


「あぁ、呼んでくるか?」


「い、いえ。準備の邪魔をしたくないので……」


「なら、そこのベンチに座って待っているといい。恐らくすぐに来るぞ」


 そう言い残し、騎士は去っていった。

 ルーチェはベンチに腰かける。ノクスは足元で伏せ、周囲を警戒するようにしていた。


「そうだ、馬車で街を出るなら、ぷるるもお外に出たいよね。今のうちに呼んでおこうか」


 ぷるるを召喚し、膝の上に乗せる。


『あるじー、まちでるのー?』


「うん。この国で一番偉い王様に会いに行くんだよ」


『おうさまー?』


「そうだよ〜」


 そんなふうに話していると、宿舎の扉が開いた。


「ルーチェ」


 現れたのは、木箱を抱えたテオだった。


「テオさん、おはようございます」


「ん、おはよ。キールもすぐ来るから、待っててね」


「はい! ……そうだ、ぷるる。この間失敗しちゃった帽子の擬態、今度はちゃんとできるかな?」


『やってみるー』


 ぷるるはルーチェの頭の上に乗り、姿を変える。


「どうですか? テオさん」


 振り向くと、テオが笑いを堪えていた。


「いや……ぶふっ……、似合ってんじゃない……?」


「なんで笑ってるんですか!?」


 慌てて窓の方を見ると、ぷるるはまた猫のような帽子になっている。


「どうして……」


『だって、あるじ、にあうー』


『どうやらあの時の失敗は、失敗ではなく、お嬢様に似合いそうだと、ぷるる様が自己判断した結果だったようですね……』


「んー……なら、これでいっか」


『わーい!』


「お待たせ。おや、ルーチェさんも……」


 キールが姿を見せ、帽子と化したぷるるに目を留める。


「随分と可愛らしくなってますね」


「えっと……あはは……」


「さて、役者も揃ったことだし、馬車もそろそろ到着している頃かな。行こっか、二人とも」


 三人で門の方へ向かうと、大きな荷馬車の前には、先ほど挨拶した面々や街の住民たちが集まっていた。


「皆さん……」


 キールとテオが荷物を積んでいる間に、ルーチェは人々の方へと向かう。ぷるるの擬態を解いて抱き、ノクスは後ろをついてきた。


「態々来てくださったんですか?」


「当たり前だよ! なんたって英雄少女の門出なんだからね!」


「俺らはパン屋のおばちゃんから聞いたんだ。お嬢ちゃんが王都に行くってな〜。見送りに来たぜ!」


「皆さん……ありがとうございます」


「ルーチェさん」


 集まった人集りを抜けて、エリュールが姿を現す。


「エリュールさん! 来てくださったんですか?」


「言い忘れていたことと、渡すものがありまして」


 エリュールは大きな袋を手渡してくる。手にした感触から、中身は布類らしい。


「これは王都で必要になるかと。王都に着いたら中を確認してください。それと……王城に着いたら国王陛下からの手紙を見せて、“セシの街から謁見に来た”と伝えれば問題ないと、伯爵様が仰っておりました」


「ありがとうございます」


「───それでは」


 エリュールは馬車に魔法をかける。


「魔除けの魔法です。精霊の加護ほどではありませんが、気休め程度にはなるでしょう」


「何から何まで、本当にありがとうございます」


「ルーチェさん」


「はい、エリュールさん」


「───どうか、ご自愛ください」


 エリュールはフッと微笑んだ。


「はい……!」


「ルーチェー、そろそろ出るから馬車に乗りなー!」


 テオが声をかけてくる。ルーチェは馬車に乗り込んだ。


「気をつけてなー!」

「またいつでも戻ってくるんだぞー!」


 住民たちが口々に声をかけてくる。

 馬車はゆっくりと動き出す。


「皆さん、いってきまーす!」


 ルーチェは大きな声で返し、見えなくなるまで何度も手を振り続けた。


 

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