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絆ノ幻想譚  作者: 花明 メル
第一章 光と絆のはじまり
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第51話 伯爵邸へ


 

「皆様。お迎えにあがりました」

 

 夕方、エリュールが馬車で迎えに来てくれた。それもルーチェたちが普段目にする荷馬車とはまるで違い、アンティーク調の装飾が施された立派な馬車だった。


「わあ、すごい綺麗な馬車……!」

 

 ルーチェは目を輝かせながら感嘆の声を上げる。


 中に乗り込むと、内部は向かい合って座れる四人乗りの作りになっていた。ルーチェはエリュールと並び、キールとテオがその向かいに座る形となった。


「ルーチェ様。伯爵様もそうですが、セレナお嬢様が貴女にお話があると仰っておりました。着いてからお食事まで少しお時間を取れるように調整いたしましたので、先にお話をされると良いかと思います」

 

「……セレナさんが?」

 

 ルーチェは小首をかしげる。


「私にならともかく、ルーチェさんに、とは……」

 

 キールは少し考え込むように口を閉ざした。


 そんな会話の合間に、エリュールがふとルーチェへと視線を向けた。


「ところでルーチェさん。ぷるるさんに、何か変化などありましたか?」

 

「よく分かりますね! 実は、スライムからビッグスライムに進化したんですよ!」


 ルーチェの言葉に、テオが思わず身を乗り出した。


「え、それ初耳なんだけど」

 

「すみません、言うタイミングがなくて……。進化したのは昨日の依頼中だったんです。スライムってビッグスライムになるんだって、私…びっくりしました!」


「それは少し違うかと思われますよ」

 

 エリュールは静かに微笑みながら言う。


「スライムは環境に適応する能力が極めて高いとされています。ですので、周囲の環境や食事、戦闘経験などによって進化先が分岐するものなのですよ」

 

「あー、確かに色々いるみたいだよね。ルーチェ、俺は前にポイズンスライムとかメタルスライムとかと戦ったことあるよ」

 

 テオが思い出すように呟く。


「きっとルーチェさんが、ぷるるさんに『大きくのびのび育ってほしい』と願っていたからこそ、それに応えたのだと思いますよ」

 

「そ、そうなんですかね……」


 そんな風に話しているうちに、伯爵の邸宅が遠目に見えてきた。

 

 

 馬車が止まると、エリュールがまず扉を開けて降りた。

テオとキールがその後に続き、最後にルーチェが降りようとしたところで───キールが手を差し伸べる。


 ルーチェもその手を取って、そっと馬車から降り立った。


 屋敷の入口の前には、セレナが立っていた。


「ごきげんよう、キール様! それに……他の皆様もごきげんよう」


(……キールとの差があからさまだなぁ、このお嬢様)

 

 テオは心の中でそう感じていた。


「貴女、ルーチェさん…と仰いましたわね?」

 

「は、はい……」


 セレナはにっこりと微笑んだ。

 

「私は彼女とお話をしてから向かいますので、キール様方は先に屋敷へ入っていてくださいな。すぐに参りますわ」


 キールは心配そうな視線をルーチェに向けていたが、やがてテオたちと共に屋敷の中へ入っていった。


「こちらへどうぞ」


 セレナに案内されたのは、庭に設置されたガーデン用の椅子とテーブルだった。そこには一人のメイドが立っており、すでに紅茶とお菓子が用意されている。


「どうぞ、お掛けになってくださいな」


 ルーチェは言われた通りに椅子へと腰を下ろす。セレナも優雅に座り、紅茶のカップに口をつけてから───静かに口を開いた。


「単刀直入に言わせていただきます。……貴女、キールさんと距離を置きなさい」


 セレナはまっすぐにルーチェを見据えて、そう言った。


「───え?」


 ルーチェは思わず聞き返した。


「……聞こえませんでしたの? キール様と距離を置きなさい。そう申し上げたのですわ」


 訳が分からず、ルーチェは戸惑う。


「あの……どういう意味でしょうか?」


 緊張を紛らわすように、そっと紅茶を口に含む。


「貴女はご存じないのかもしれませんが───キール様はただの騎士ではございません。あの方の本名は、 キール・ランゼルフォード様。王家に次ぐ、貴族の中でも高位の公爵家の一つ、ランゼルフォード公爵家の嫡男。いずれはその家を継がれるお方なのですわ」


「……公爵……」


 ルーチェは驚きつつも、どこか納得していた。


(そっか……確かに、王子様みたいだったし……キールさん、やっぱり貴族だったんだ)


「そんな方に、妙な噂でも立てば……キール様の名誉に傷がつきますわ。お分かりになりますでしょう?」


 ルーチェは俯き、少し考え込む。その様子を見たセレナは、ここぞとばかりに言葉を重ねる。


「それに───あんなに素敵なキール様の結婚相手には、貴族であるこの私が相応しいとは思いませんこと?」


「それは……」


 そうかもしれない、とルーチェは一瞬納得しかけた───が、ふと、以前キールが口にしていた言葉を思い出す。


(……そうだ、前にキールさん……冒険者が羨ましいって言ってた。それってきっと──本当は、お家を継ぎたくないって思ってるんじゃ……)


「───理解していただけましたかしら?」


 セレナが微笑みながら問いかける。


「……お話は分かりました。確かに……キールさんは立ち居振る舞いも上品で、私などが釣り合う相手ではないとも思います」


「そう、分かればいいんですの」


「───ですが」


 その言葉に、セレナはルーチェを睨む。


「……ですが、何ですの?」


「ですが、それは──私でも、セレナさんでもなく……キールさん自身が決めることではありませんか?」


「───!?」


 セレナは思いがけない言葉に目を見開いた。


「家を継ぐのかどうかも……この先、何をしたいのかも……誰と一緒にいたいのかも……全部、全部……キールさんが、自分で決めることだと思います」


「それは……そうかもしれませんけど……」


 セレナは思わずモゴモゴと声を詰まらせてしまう。


「キールさんも、テオさんも……私を仲間として大切にしてくれています。私も、そんなお二人がとても大切です。……この気持ちが何なのか──憧れなのか、恋なのか……私にも分からないけれど……それでも」


 ルーチェはセレナをまっすぐに見据えた。


「一緒にいたいと望んでくれる人たちに……私は応えたいと思います」


 ルーチェは静かに立ち上がると、丁寧に礼をした。


「……お紅茶、とても美味しかったです。ありがとうございました」


 呆然とするセレナを残し、ルーチェは屋敷の方へと歩き出していった。

 

  

「お嬢様、そろそろ夕食のお時間です。お戻りになりませんと……」

 

 控えていたメイドが静かに声をかけた。


 セレナはテーブルの前でじっとしたまま、紅茶のカップに手を伸ばすでもなく、膝の上にそっと手を置いていた。


「……私は……一方的に、キール様に感情を押し付けていたのかしら……」


 胸の奥にひっかかるような違和感を覚えながら、ふと──ルーチェの言葉が鮮やかに脳裏をよぎった。


『───一緒にいたいと望んでくれる人たちに……私は応えたいと思います』


(それはつまり……キール様は……)


 名指しされたわけでもないのに、その言葉が妙に重く響く。


 セレナは唇をきゅっと結び、瞳を伏せた。


 しばらくそのまま、静かに庭の椅子に座り続けていた──。


 

***


 

 屋敷に入ると、そのまま広々としたダイニングへと通された。ルーチェはキールの隣の席へと案内される。


「よく来た、ルーチェ」

 

「こ、こんばんは、伯爵様……」

 

 ルーチェは緊張しながらも、しっかりと伯爵に頭を下げた。そこへ少し元気の無い様子のセレナが、ゆっくりと入ってくる。


「どうしたのだ、セレナ……」

 

「いえ、何でもございませんわ、お父様……」

 

 表向きは笑顔を保っていたが、その視線はどこか泳いでいて、何かを考え込んでいるようだった。


「……まあいい。さあ、食事にするとしよう」

 

 伯爵は朗らかに言い、ナイフとフォークを手に取る。


「ルーチェ、食事の後に君に話がある。食べ終わったら応接室に案内させよう」

 

「分かりました。……いただきます」


 伯爵邸のシェフが腕をふるったフルコースは、どれも目にも舌にも美しい逸品ばかりだった。


 特にルーチェのお気に入りは、メインのステーキだ。切り分けるたび、ジュワ……と肉汁が溢れ、赤ワインのソースが香り立つ。柔らかな肉の旨味に思わず頬がほころぶ。


(お、おいしい……!)


 幸せそうに食べ進めるルーチェを、隣のキールと向かいのテオは静かに、優しいまなざしで見守っていた。


 一方その頃、セレナはキールの方を一度も見ることなく、黙々とナイフを動かしていた──。


 

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