第50話 公式ファンクラブ
翌日。テオはギルドや役所に届ける書類を抱えて街を歩いていた。
すると向こうから、買い物袋を持って、少し怪訝そうな顔をしているルーチェとが歩いてくる。
「ルーチェ? どうかした?」
声をかけると、ルーチェはおずおずと答えた。
「あの、テオさん。花祭りが終わってから、騎士さんに話しかけられることが増えて……その……騎士団の中で、何かあったんですか?」
(おいおい、ルーチェが気にしてんだろ……この変態ストーカー共……)
危うく口に出しかけたテオは、咄嗟に飲み込み、言葉を選ぶ。
「いや? 特にそういうのはないけど……」
(これ……本人に伝えるべきか? でも余計な心配させそうだし……けどこの様子なら、ちゃんと教えた方が……?)
悩みながら答えるテオを見て、ルーチェは少ししょんぼりとした。
「そうですか……。私、何か騎士団の皆さんに心労をかけるようなことをしてしまったのかと……」
その時、妙な“圧”を感じてテオはふと視線を上げる。
ルーチェの後ろ、建物の影から──見知った顔の騎士団員が覗いていた。いや、覗いているというより……ものすごい形相でこちらを睨んでいる。
(目ぇ血走ってんじゃん……、なにあれ過激派?)
思わずテオの口から声が漏れる。
「こわ……」
「テオさん?」
「あー、えっとね……」
テオは頭をかいた。
(よし。もう言っちまう方が優しさってことで)
即断即決の男、それがテオという男だった。
「ルーチェ、後ろ、見てみ?」
テオが示した方を振り返ると、街で何度か声を掛けてくれた騎士が、にこやかに──いや、やや引きつった笑顔でこちらを見ていた。
「ルーチェが活躍してるから、今騎士団の中でちょっと……面白い人気の出方してるみたいだよ」
「面白い……?」
「試しに、あいつに手でも振ってみ?」
言われるまま、ルーチェは笑顔で手を振る。
──その瞬間。
男は「ウッ!?」と胸を押さえて、慌てて建物の影に飛び込んでいった。
「……まあ、アイツらにはそれとなく“困らせんな”って伝えとくから。ルーチェはなんも気にしなくていいよ」
テオはそう言い残して、ルーチェの頭を一撫でして去っていった。
***
その日もファンクラブの会合が開かれていた。昨日仕事だった者に情報を共有する為の会合だ。
「はいはい、失礼しまーす」
突然、会合の場の扉が開いた。
入ってきたのは──書類を届けて帰ってきたテオだった。正確にはまだ仕事の途中なのだが、ルーチェの不安そうな様子に釘を刺そうと宿舎の方へ戻ってきたのだ。
「テ、テオっ!?」
「なぜここに……!?」
ギョッとなる会員たちをよそに、テオは片手をひらひらと振りながらズカズカと中に入ってくる。
「急に騎士団連中に挨拶されまくって、本人めちゃくちゃ困惑してたからな」
部屋に響くその声に、場の空気が凍りついた。
「まあ一応“騎士団の人気者になったんだよ”って言っといたから。……迷惑かけんなよ、ストーカー予備軍」
ズバリと告げると、書類袋を小脇に抱え直し──。
「んじゃ、俺は仕事戻るから」
言うべきことだけ言い残し、嵐のように去っていった。
扉が閉まる音がやけに響く。
「……なんということだ」
「本人に、バレたのか……」
騎士たちは顔を見合わせ、動揺を隠せない。
その時。
「──落ち着くのだ」
ロルフが咳払いをひとつ。
「これは……むしろチャンスだ」
「チャンス?」
「そうだ。ルーチェ殿に、我々の存在を“認知”していただける絶好の機会……!」
「そ、そうか……!」
「なるほど……!」
一同がざわめき出す。
ロルフは拳を握りしめた。
「これでルーチェ殿に、正式に“認めて”いただければ……!」
「おお……!」
「い、いよいよ“公式ファンクラブ”の誕生か……!?」
俄然、盛り上がりはじめる会員たちだった──。
***
「……それで、ルーチェさんに挨拶を?」
非番だったキールは、目の前のファンクラブ会員の騎士に問い返した。
「そうだ。会長──いや、ロルフさんが、そう言っていた。だからな、キールかテオのどちらかがついていた方がルーチェ殿も安心だろう、とな」
(ルーチェ“殿”って……。ていうか、テオ、知ってたなら僕にも教えてくれたらよかったのに……)
内心ため息をつきつつも、キールは軽くうなずいた。
「話は分かりました。ルーチェさんにも、そう伝えておきます。ロルフさんがいつ挨拶に行くのか、それだけ分かったら教えてください」
「了解した。よろしく頼む」
騎士団員は、軽く会釈をして去っていった。
***
「……というわけで、ルーチェさんのファンの代表が挨拶したいそうです」
宿にやってきたキールがそう言った。ルーチェは、ぽかんとした顔で小首を傾げた。
「はぁ……なるほど、です……?」
どうにもピンと来ていない様子だ。キールは苦笑しつつ続ける。
「まあ、ルーチェさんに悪いことをしよう、という邪な考えはないと思いますので。ご安心ください。もし何か嫌なことがあれば、私かテオに言ってくだされば──いい感じに対処しますので」
(……“いい感じに”…? って、どんな感じだろう……)
気にはなったが、ルーチェはあえて聞かないことにした。
その日はやることもなかったので、午後の明るい時間なら空いているとキールに告げた。
お昼を食べ終え、食堂でのんびりしていると、キールが再びやってきた。
───数名の騎士と共に。
女将のモーラに、少しの間、食堂を貸してもらえるように頼んだら、二つ返事で快く了承してもらった。
「ルーチェ殿──!」
宿の食堂に入るなり、ロルフは姿勢を正し、一歩前に出る。
「───本日は、ご挨拶に参った次第であります」
真剣そのものの表情。
一緒に来ていた若い団員たちも背筋を伸ばして控えている。
ルーチェは少し戸惑い気味に返す。
「えっと……」
ロルフは深くうなずき、胸に手を当てて続ける。
「我ら、セシ騎士団非公式──いや、これより“公式”たらんとする、ルーチェファンクラブ一同──」
「──!?」
さすがのルーチェも驚き、思わずキールの方を見る。
キールは横で小さくうなずいて「大丈夫ですよ」とジェスチャーした。
「ルーチェ殿のご武勇とご活躍に深き敬意を抱き、日頃より陰ながら見守らせていただいております。今後とも、ご迷惑とならぬよう心して活動いたす所存──本日、この旨、正しくお伝えすべく参上仕りました!」
最後は背筋を伸ばしてビシッと一礼。
宿の食堂に、なんとも言えない空気が流れていた──。
食堂のテーブルを囲んで座る。ルーチェの隣にはキールが座って、ルーチェが怖がらないように配慮してくれている。
「ルーチェ殿──これは、ほんの気持ちです」
ロルフは丁寧に両手でひとつの箱を差し出した。
ルーチェは受け取って、箱を開けてみる。
中には、セシの街でも評判の高いお菓子屋さんのアソート──クッキーやマドレーヌ、パウンドケーキなどがぎっしり詰められている。
どう見ても高価そうな詰め合わせだった。
「……わぁ、お菓子だ……!」
ぱぁっと笑顔を咲かせるルーチェ。
その様子を見た会員たち──(ヨシッ!)と思わずガッツポーズをした。
「それで……なのですが」
ロルフが口を開いた。
「ルーチェ殿に、いくつか許可をいただきたく……」
「許可、ですか?」
「はい。まずは──我々をルーチェ殿の公式なファン、正式なファンクラブとして認めていただきたく……」
「それは……別に……大丈夫ですけど……」
「ありがたき幸せ──!」
ロルフは深々と頭を下げた。
「それとですね。会員も少しずつ増えてきておりますゆえ……ファンクラブの会員証を正式に作成しようと考えておりまして」
(なんというか……ガチのやつだ……!)
ルーチェは驚愕した。
「えっと、私は特に関与しないので……悪いことじゃないなら、好きにしてください」
その時、横から若手の会員が勢いよく手を挙げた。
「では──グッズの作成や販売などは!?」
「……グッズ?」
ポカンとするルーチェ。
「ルーチェ殿は冒険者であり魔法使いですから、その邪魔にならぬようなグッズをと思いまして。魔法晶石を用いた飾りやアクセサリーのようなものをと……」
「魔法晶石?」
ルーチェの問いにキールが補足する。
「魔法晶石は、通常の魔法石よりも純度が高く、魔力の伝導率も良い特別な石なんですよ。高位の術具にも使われることが多いものです」
「……それを私も、もらっていいんですか?」
「もちろんです! むしろ第一作目はぜひルーチェ殿に、と考えておりました!」
そう言うと若手会員は鞄から何枚かの紙を取り出し、机の上に広げた。
「すでに街の細工職人にも話を通してあります。あとは、ルーチェ殿にデザイン案からお好みのものを選んでいただければと……」
「ルーチェ殿はどれが好みですかな?」
ロルフの問いかけに、ルーチェはじっと案を見つめる。
(なんだかもう作る流れになってるけど……。でも、魔法的な効果を持つアクセサリーなら、私にもプラスになるかもだよね……)
『そうですね。ここは好意と思って快く受け取っておきましょう』
リヒトの言葉に頷き、ルーチェはいくつかを指差した。
「えっと……これとか、これ……あとは、これが好きです」
若手会員はすかさずメモを取りながら、満面の笑みで応じた。
「なるほど! ルーチェ殿はこういったデザインがお好み、と……了解しました、細工職人にしっかり伝えてまいります!」
その後……
「本日はお時間をいただき、ありがとうございました、ルーチェ殿」
ロルフを筆頭に、挨拶に訪れた会員たちが一斉に深々と頭を下げた。
「いえ、こちらこそ……わざわざ来ていただいてありがとうございました」
ルーチェも慌てて頭を下げて返す。
「ルーチェ殿。キールやテオがいない時に、もし何かお困りのことがあれば、我々を遠慮なく頼ってください。全力でお力になりましょう…!」
「はい、その時はぜひ、お願いします」
ルーチェの穏やかな笑顔に、会員たちは感激したように胸を張りつつ、そのまま揃って宿を後にした。
ファンクラブ会員たちが去った後、ルーチェはふと思い出してキールに尋ねた。
「……ちなみに、キールさんは知ってたんですか?」
「いえ、私も今日知ったばかりで。……テオは知ってたらしいですよ」
「そうだったんですね……急にファンクラブとか言われて、びっくりしちゃいました」
「まあ、そうですよね。私も驚きましたよ。まさか騎士団の中にそんな会ができているとは夢にも思いませんでした」
「でも……ファンクラブってことは、ファンサービスとか、しないといけないんでしょうか……」
「今のままで充分だと思いますよ?」
そこへ───。
「───ファンサービスって何?」
宿の扉が開き、声が聞こえたかと思うと、ゼーゼーと息を切らしたテオが飛び込んできた。
「テオ、仕事は終わり?」
キールが尋ねると、テオは肩で息をしながら答えた。
「そう。……ストーカー予備軍集団が挨拶に行ったって聞いて、急いで全部終わらせてきた……」
「今日は急遽代わりに書類とか手続き関係の仕事だったもんね。お疲れ様。さっき、ファンクラブ軍団は帰っていったよ」
キールの言葉に、テオはふぅっと深いため息を吐いた。
「んで? ファンサービスって何の話?」
「ファンクラブってことは、私が何かしらしないといけないのかなって思ったんですけど……違います?」
「違わないけど……何もしなくていいよ。あいつらはルーチェを愛でて観察してるだけで満足な連中だから。ほっといて、たまにニコニコしてるだけでいい」
そう言いながら、テオはルーチェの両肩に手を置いた。
「───ほんと、それ以上のことして、ガチのストーカーにグレードアップとかされたらシャレにならないから。何もしなくていい。分かった?」
「……わ、分かりました……」
「まあ、何かあれば私たちが守りますからね、ルーチェさん」
「ありがとうございます。そういえば……仕事終わりなら、宿舎に戻らなくていいんですか?」
ルーチェが首をかしげて問いかけると、テオは不思議そうにした。
「あれ、聞いてない? 今日の夜、俺らも伯爵んとこに呼ばれてんだけど」
「え? そうだったんですか?」
「はい。なので、エリュールさんが迎えに来るまで、一緒に待ちましょうか」
「はいっ……!」