第5話 契約の恩恵
『さてお嬢様、まずは改めて契約成功、おめでとうございます』
ルーチェの内に響くリヒトの声は、どこか誇らしげだった。
『契約成功に伴いまして、お嬢様は新しいスキルを会得されました。この世界に来てからまだ説明していないこともありますし、現状使用可能なものを順に解説させて頂こうと思いますが、よろしいでしょうか?』
「うん、お願いします」
ルーチェはこくりと頷いた。リヒトは静かに語り始める。
『一つ、まずはこのぷるる様を、私が今いる場所と同じ空間───つまり、お嬢様の精神の中に入れることが可能です。これは空間系統のスキル 《魂の休息地》と呼ばれるものです』
「精神の中に……?」
ルーチェが首をかしげると、リヒトは続ける。
『主な効果は二つあります。一つ、この空間は結界で守られており、外部から干渉・観測する術は殆どありません。故に契約者たちはこの中で安全に過ごすことができます。二つ目、傷ついたぷるる様を《魂の休息地》へ戻すことで、自動的に回復や状態異常の解除が行われます』
「う、うん……というかこれだけでも凄い…」
リヒトの説明に、ルーチェは目を丸くした。
『続いて二つ目。これは新しいもので、契約した者にのみ使用可能な能力強化の支援スキル《バックアップ》です。このスキルは常時発動し、契約者のステータスを底上げし、同レベルの魔物よりも数段上の力を発揮できるようになります。お嬢様やぷるる様がレベルアップすることで、その恩恵は大きくなっていきます』
「つまり今の段階だと、普通のスライムでも、ちょっと強いスライムになる……ってこと?」
『お嬢様の仰る通りです』
簡潔に肯定し、三つ目の説明に入る。
『三つ目、《意思疎通》というスキルです。これにより、ぷるる様と感情の共有が可能となります。今こうして私と会話できているように、ぷるる様ともある程度の対話が可能になります』
「スライムって感情は……あるんだろうけど、話せるのかな」
『ふふ、後ほど試してみれば判るかと』
静かな余裕を漂わせ、リヒトは最後の説明に移る。
『そして最後に、これは最も重要なスキル《召喚》についてです。これは、魔力を消費することで、契約した魔物を任意のタイミングで呼び出せるスキルです。スライムであれば消費も少なく、非常に扱いやすいかと』
リヒトは間を空けてから口を開いた。
『───説明は以上となりますが、ご不明な点はございますか?』
ルーチェは自分の胸元に手を当て、小さく呟いた。
「《魂の休息地》《バックアップ》《意思疎通》《召喚》……うん、大丈夫だと思う」
『焦らずとも、後でゆっくり練習しましょう』
柔らかな声に、ルーチェはふっと笑みを浮かべた。
木の影に座って説明を聞いている間にルーチェの腕から降りていたぷるるが、足元でちょこんと跳ねる。
(これから、少しずつ覚えていけばいいよね……)
ルーチェはぷるるを見て、静かに微笑んだ。
***
ぷるるを腕に抱え、ルーチェは草原を街へ向かって歩いていた。陽は少しだけ傾いているが、吹く風は柔らかい。そんな中、彼女の心は今までにない高揚感で満ちていた。
「ぷるる、ほんとに仲間になったんだね……」
スライム───ぷるるは、ルーチェの腕の中でぷるぷると揺れ、応えるように小さく跳ねる。
『お嬢様』
心の中に、リヒトの落ち着いた声が響いた。
『歩きながら聞いていただいて構いませんので、ぷるる様の簡単な能力解説をしてもよろしいでしょうか?』
「うん、お願い」
『ぷるる様の現状の主な能力は二つ、《水魔法》と《捕食》ですね』
「《水魔法》は分かるけど……《捕食》?」
ルーチェが不思議そうに問い返す。
『はい。《捕食》とは、対象を体内に取り込み、分解・消化する能力です。現時点では小型の物や魔物に限られますが、能力が進化すれば、相手の性質や情報を獲得し、戦闘に応用することも可能になるでしょう』
「おお、すごいねぷるる! つまり可能性は無限大ってやつだね!」
彼女の言葉に、ぷるるはぷるぷると全身を揺らしながら、嬉しそうに跳ねた。
『……お嬢様』
少し緊張感を帯びたリヒトの声が届く。
『離れていますが、前方に冒険者らしきパーティが見えます。ぷるる様を一度《魂の休息地》へ戻しておくのがよろしいかと』
「あっ、うん!」
ルーチェはすぐに反応し、小さく頷いた。
「ぷるる、ちょっとだけおやすみしててね」
そう声をかけながら、彼女の胸元に意識を集中させると、ぷるるはやわらかな光に包まれ、ふっと消えた。その時胸に僅かな暖かさを感じた。
(……もしかしてこれが、ぷるるの感情なのかな?)
『───転送完了しました。ぷるる様は《魂の休息地》にて休息中です』
「よかった……」
一人になってしまったことで少しだけ寂しさを覚えながらも、ルーチェは再び足を進める。
「おー! ライノスをぶちのめしてたお嬢ちゃんじゃないか!」
その声と共に冒険者の男女が目の前で立ち止まった。
「こんにちは」
お辞儀をするルーチェを見下ろすのは、魔法使い風の女性だ。ツインテールにしているちょっと気の強そうなお姉さんといった印象だ。
「ねぇ、本当にこの子がライノス倒したの?」
その言葉に答えるのは剣士風の男だ。ルーチェに向かって無遠慮にグイグイと近づいてくる。
「俺はこの目で見たんだって! なぁ、お嬢ちゃん!」
「えっと……」
「お前達、お嬢ちゃんが困っているじゃないか。すまない、セルトもカミラも悪気はないんだ」
そう言って割って入ってくれたのは、僧侶風の男だ。と言っても格好が僧侶なだけで、体はやや日焼けした肌にムキムキの筋肉が特徴的だ。
「俺は僧侶のドレイグ、こっちが剣士のセルトに魔法使いのカミラだ。俺達は三人でパーティを組んでいる。よろしく頼む」
ルーチェは頭を下げた。
「ルーチェです。よろしくお願いします」
「採取か討伐で来てたのか?」
戦士のセルトが問いかける。
「はい、スライムの討伐で来ました」
その言葉にカミラがフンと鼻を鳴らした。
「まあ、まだ初心者のひよっこちゃんだもんね」
「やめないか、カミラ。……引き止めて悪かった、気をつけて帰るんだぞ」
「はい、それでは失礼します」
ルーチェを見送るドレイグ達。距離が離れるとカミラは少し息を吐いた。
「…………、なんかこう子供っぽさがないというか……」
「あの幼さで一人で生きていかなければいけない事情があるのかもしれない……」
「強く生きろ、お嬢ちゃん……」
謎の励ましを受けているとは知る由もないルーチェであった。
初めての仲間と、新しく得た力。
その一歩一歩は、確かな冒険の始まりを示していた。