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絆ノ幻想譚  作者: 花明 メル
第一章 光と絆のはじまり
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第49話 小さな変化、大きな成長


 

 薬草栽培区域は、街から南、花畑を超えた先にある、手入れの行き届いた広い区画だった。木柵の囲いと見張りの小屋があり、中では薬師や助手らしき人たちが忙しなく作業をしている。 

 

「よし、今日はここでお仕事するよ」

 

 ルーチェはぷるるを召喚した。それに合わせるように、ノクスがルーチェの影から現れる。


「ぷるる、これ見てね。ここに書かれてる薬草は抜いちゃダメ。それ以外の草を抜いてくれる?」

 

『わかったー! あるじのため、ぷるるがんばるー!』

 

 《意思疎通(フレンズチャンネル)》のスキルで、ぷるるのやる気が伝わってくる。


「ノクスは周りの警戒をお願い。間違っても薬師の人たちを驚かせちゃダメだよ?」

 

「ワフ!」『ワカッタ、アルジ、マカセロ!』

 

 ノクスも張り切っているのか、尻尾をぶんぶんと振っていた。


 こうして作業がスタート。

 ルーチェはギルドで借りた草刈り用の道具を使い、指定された区域の端から丁寧に刈り取っていく。


(間違えて刈っちゃったら大変だもんね…)

 

 念のため、毎回《鑑定》のスキルで確認してから刈り取ることにしていた。


『お嬢様、その草の近くに薬草があります。採る際はお気をつけて』

 

「ありがとう、リヒト」


──その時。

 ガサガサと茂みが揺れ、ホーンラビットが飛び出してきた。


「ノクス!」

「ワフッ!」


 ノクスが素早く跳びかかり、その爪でホーンラビットを一閃──一瞬で仕留めてしまう。


「さすがだね、ノクス。契約した時から強かったもんね」

 

『ええ、とても優秀な戦闘要員ですね』


 そこへ、ぷるるが跳ねてやってきた。


『あるじー、ぷるるはー?』

 

「ぷるるは戦闘もそれ以外もなんでもできる凄いスライムだよね」

 

『ほんとー? ぷるる、すごいー?』

 

「うん、とっても凄い! 自慢の友達だよ」

 

『やったー! ぷるるもっといっぱい食べるー!』


 そう言ってぷるるは、ルーチェが刈り取った草と一緒にホーンラビットまで食べてしまった。


「ぷるる!? ほ、ホーンラビットの角だけ取れたりする?」

 

『いいよー』


 ぷるるは体を揺らし、ホーンラビットの角を吐き出す。


『んー……』

 

『お嬢様、ぷるる様の様子が…!』


 ぷるるの体がうにょうにょと波打ち、光り輝きはじめた。


「ぷるる!? どうしたの? お腹壊した?」

 

『そもそもスライムにお腹という概念はあるのでしょうか…?』

 

「今はそんなことを話している場合じゃないよ! リヒトこれは…」

 

『お嬢様、ぷるる様は…』


 ぷるるの体がさらに光を強め───


『どうやら……これは、進化の輝きのようです……!』


 その言葉にルーチェはぷるるを見守る。


 やがて光が収まり───ぷるるは一回り大きくなっていた。


「ぷるる?」

 

『あるじ、ぷるるおおきくなったー』

 

『お嬢様、ぷるる様は進化して“ビッグスライム”となったようです」


「ビッグスライム……? の割には小さい……?」

 

「進化したことで《巨大化》《縮小化》、そして《分裂》を覚えたようです。なので新しく覚えた《縮小化》で、いつものサイズ感に近い大きさに抑えているようです』


「《巨大化》と《縮小化》、それに《分裂》? ぷるる、今分裂できるかな?」

 

『やってみるー』


 ぷるるが震え、四つに分裂した。分裂したぷるるは進化前のサイズになっている。


「ぷるる、分裂ってもっとできたりする?」

 

『できるよー。でもねー、もっとすると、ちっちゃくなってー、よわくなるー』

 

『分裂体になると、元の一匹より力が弱くなってしまうようですね』


「なるほど、見せてくれてありがとうね。そのまま草刈り手伝ってくれる?」

 

『『はーい』』


 ぷるる達は意気揚々と草に向かって跳ねていく。


「大きくなったり小さくなったりは別の機会に見せてもらおうかな。ここでやると大変なことになりそうだし」

 

『それが賢明ですね。お嬢様、ぷるる様は《擬態》によってホーンラビットの姿に変わることが出来るようになりました。素早い敵を仕留める場合は、擬態させて戦闘をするのもいいかもしれませんね』

 

「分かった、それも後で試してみよう。ありがとう、リヒト」


──分裂体が手分けしてくれたおかげで、ほとんど何もしない内に草刈りが完了してしまった。


「まさかこんなに早く終わるとは…数日かかるかと思っていましたよ」


──報告に向かうと、薬師のお兄さんが対応してくれる。


「伯爵様より、街を救ったテイマーがいたとは聞いていましたが…。いやはや本当に助かりました。これが確認のサインです。本日はありがとうございました」


──こうして無事に草刈りを終えることができた。



***



「はい、確かに確認しました。報酬はこちらです。お疲れ様でした、ルーチェさん」

 

 ギルドに戻るとマイヤさんが対応してくれる。


「マイヤさん、一応確認なんですけど…」

 

「どうされました?」

 

 ルーチェは腕の中のぷるるをカウンターへそっと置いた。


「実は今日、ぷるるがスライムからビッグスライムに進化したんです。こういう場合って、ギルドに何か届け出が必要なのかなって…」


「はぁー…なるほど。ちょっと待っててください、ギルマスに聞いてきますね〜」

 

 マイヤさんはパタパタと奥へ走っていった。

 そして戻ってきたかと思うと、今度はカウンターではなく奥の通路の方から顔を出す。


「ギルマスが部屋で話がしたいって言ってます〜。こちらへどうぞ〜」

 

「わ、分かりました…」


 ザバランの部屋に通される。


「おう、よく来たな。元気そうでなによりだ」

 

「ザバランさん、こんにちは」


「マイヤから聞いてる。ビッグスライムに進化したって? このスライムが」

 

「はい、そうなんです。さっきの依頼中に…」


「ほう……ふむ、そうか」

 

 ザバランは大きな手で顎をさすりながら言った。


「実はな、冒険者ギルドに所属してテイマーやってる奴は稀でな、正直言って事例がほとんど無いんだ。だからな──正直こういう場合にどう取り扱うか、こっちもまだ決まりきってない。だが……何かあった時に “ギルドが把握してなかった” じゃあ困るだろ?」


「はい、それは確かに…」


「だからこういう進化とか、能力が変わった時は、簡単でいい。俺には報告してくれ。他の街に行った時はその街のギルドマスターに報告してくれりゃ、それで充分だ」


「分かりました、そうします」


「よし、助かる。───それと、だ」

 

 ザバランは机の引き出しから封筒を取り出して、ルーチェの前に差し出す。


「さっきエリュールのやつが来てな。これをお前宛に、って預かってる」

 

「これは…?」

 

「まあ、見りゃ分かるさ」


 ルーチェが封筒を開けると、そこには綺麗な字で綴られた手紙が入っていた。ルーチェは静かに読み始めた。


───

 


ルーチェさん、こんにちは。

ご機嫌いかがでしょうか。


本日お手紙を差し上げたのは、伯爵様より屋敷へと招待するようにと命を受けたからでございます。

明日の晩、共に食事をしたいと。

そして重要な話があるとも仰っておりました。


明日の夕方、セシの街の東門の前までお迎えにあがります。

礼儀や服装など気にされず、いつも通りの貴女で大丈夫ですよ。


───エリュール・クレマンティスより

 


───


「お呼ばれ慣れしてないことがエリュールさんにバレてる…。けど、何の理由で呼んだかは書かれてない…」

 

 手紙を見つめながらルーチェは小さく呟いた。


「まあ、伯爵が呼ぶっつーことは、相当重要なことなんだろうが……。ま、気負わずに行ってこい!」

 

 ザバランがにっと笑う。


「はい、そうします」

 

 ルーチェは頷き、手紙を丁寧に鞄にしまうと立ち上がった。


「それでは、私はこれで」

 

「おう、気をつけて帰れよ?」

 

「はい。お邪魔しました」


 ルーチェは軽く会釈をして、ギルドマスター室を後にした──。

 


***

 

 

 その日の夕方。たまたま非番だったテオは、団長エドガーから宿舎に届いた荷物の受け取りを頼まれていた。「空き部屋に仮置きしておいてくれ」とのこと。


「ったく、こういうのは俺の仕事じゃないと思うんだけどな……」


 ぼやきながらも、箱を抱えて奥の部屋へと向かう。普段ほとんど使われていないその部屋は、妙に空気が澄んでいた。


「……なんか片付いてる?」


 埃っぽいはずの床はきれいに掃き清められ、壁際には積まれた小箱。ふと目に入ったひとつの箱の蓋が、ほんの少し開いている。


「……風で開いたか?」


 何気なく蓋を直そうとしたその時。


 箱の中、丸めて仕舞われた布が目に入った。


「ん?」


 引き出して広げてみる。


──【ルーチェ殿 武運長久(ぶうんちょうきゅう)】──


 見事な達筆でそう書かれた垂れ幕だった。


「……え、なにこれ?」


 さらに箱の下を探ると、何枚かの紙束が挟まっている。


【ルーチェ殿を影から見守り、ルーチェ殿を称える】

【〜ルーチェファンクラブ〜 会員募集中】


 明らかに誰かが書いたチラシの下書きのようなもの。中には推敲中らしき赤ペンの修正跡もある。


「……ストーカー予備軍の集まりかよ……」


 呆れ半分、苦笑いしながら垂れ幕と紙を元通りに箱に戻す。


「ま、ルーチェに害がなければいいか」


 そう呟いて、テオは荷物を置いたまま部屋を後にした。


──ファンクラブの存在が、彼の知るところとなった最初の出来事だった。


 

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