第41話 勝利からの目覚め
「「おおおおおおおぉぉぉぉ!!」」
勝利を確信した冒険者や騎士たちは、武器を掲げて喜びを表した。それを見ていた門の騎士や冒険者たちも、遠目からでも喜んでいるのがわかる。
ルーチェはふらふらと歩きながら、亀から降りる。その身体を抱きしめるように受け止めたのは、キールだった。
「ルーチェさん……! やりましたね!」
「キールさん……」
テオも駆け寄ってくる。
「本当に、一時はどうなるかと思ったじゃんか。本当にルーチェは、突然変なことし出すんだから……」
「すみません……」
ザバランが三人の元へ歩み寄ってくる。
「ルーチェ……今回はお前と、お前の友人たちにも助けられた。本当に感謝する。ありがとな」
「いいえ。ザバランが亀をひっくり返してくれなかったら、ここまでうまくいかなかったと思います……こちらこそ、ありがとうございます……」
「疲れただろ。少し休め。事後処理は大人の仕事だ」
ザバランはルーチェの頭をポンポンと撫でた。
「ルーチェがテイマーだって隠してたのも、理由はなんとなく分かるが、少なくともこの戦場にいたやつでお前を責めるやつはいないはずだ。街の連中に何か言われたら、俺がガツンと言ってやる。だから……休め」
その言葉に安心したのか、ルーチェは小さくうなずくと、キールの腕の中でスヤスヤと眠り始めた。
***
この街の領主、セルジオ・ノヴァール伯爵が現地に駆けつけたのは、戦闘が終わって間もない頃だった。
「……なんと。報告を受けて急いで来てみれば、すでに討伐が済んでいたとはな……」
迅速すぎる決着に驚きを隠せないセルジオのもとへ、エドガーとザバランが現れる。
「……伯爵様」
「おお、エドガーにザバランか。いやはや、見事だな。この短時間で終わらせてしまうとは……」
称賛の言葉に、エドガーは首を横に振った。
「我々は、大したことはしておりません、伯爵様」
「……今回の一件を解決したのは、あの子です」
ザバランが視線を向けた先──黒い狼の背に乗ったまま、少女は静かに眠っていた。その狼は、尻尾を器用に使って背中の少女を優しくあやしている。そばでは、一匹のスライムが心配そうに跳ね回っていた。少女の無事を、何よりも案じているのが一目でわかる。
「……あのスライムと影狼は……まさか彼女の?」
驚いたセルジオの問いに、ザバランが深くうなずく。
「ええ。彼女───ルーチェは、テイマーだったのです。その身を危険に晒してまでも、街を守ろうとしてくれました。騎士や冒険者たちに怪我人が出ながらも、街の住民に被害が及ばなかったのは、彼女があの魔物の猛攻を正面から受け止めたおかげです」
「……そうか。そういうことだったのか」
セルジオの表情が僅かに引き締まる。そのまま口を開きかけた彼に、エドガーが一歩前へ出て言葉を継いだ。
「どうか、あの子に寛大なご処置を。街を守った恩人を、過去の偏見だけで裁くようなことは……したくありません。彼女が正体を隠していたのも、テイマー迫害の現実を知っていたからでしょう」
「……わかっている」
セルジオは静かに応じた。そして、そっと視線を後ろに控えていたエリュールに移す。
「……実のところ、少しは事情を察していた。エリュールの報告があったからな」
名を呼ばれたエリュールは一礼し、静かな声で言葉を継いだ。
「ルーチェさんの話には、いくつか事実と異なる点もありました。ですが、それ以上に──彼女が悪意を持って私たちを欺こうとしていたわけではないことは、すぐにわかりました。あれは、自分を守るための嘘だったのです。ですから、伯爵様にはあらかじめお伝えしてありました。彼女は、何か大きな秘密を抱えているが、それが悪意によるものではないと」
エリュールの視線は、再び少女のもとへと向けられる。
影狼の背で眠る少女。その傍には、スライムと共に、騎士や冒険者たちが集まり、感謝の言葉を口々にかけていた。
それは、彼女に向けられた真っ直ぐな敬意だった。
その光景を見たエリュールは微笑み、静かに言った。
「……杞憂でしたね」
その言葉にセルジオもうなずくと、街の騎士たちに向かって宣言する。
「この街は、あの娘に深い敬意と感謝を示すべきだ。──街を救った“英雄少女”が目を覚ましたその時、盛大な花祭りを開こう!!」
***
デッドタートルが討伐され、その巨躯は街の中へと運ばれていった。その様子を、遠くの林の影から静かに見つめる影がひとつ───
「……驚いたね。まさか、あの魔獣がやられちまうとは」
ローブに身を包んだその人物は、包帯の巻かれた手をじっと見つめる。
その指先が微かに震えていた。
「……予定が狂っちまったよ。けど──」
ふっと口元がほころぶ。笑みがゆっくりと浮かんだ。
「……良いもんを見せてもらった。街で会ったときは、ただのお嬢ちゃんかと思ってたが───こりゃ認識を改めなきゃならないかもねぇ」
くるりと踵を返すと、静かに森の奥へと歩き出す。
「次に会った時は……アンタの、絶望に染まった顔でも拝ませてもらおうか。……なぁ、ルーチェ」
低く囁いた声が、夜の闇に溶けて消えた。
「すべては《調律》のために───」
その影もまた、闇の中へと姿を消していった。
***
チュンチュン、と窓の外から小鳥のさえずりが聞こえる。朝の光が、カーテンの隙間からそっと射し込み、まぶたを揺らす。
やがて───ルーチェは、ゆっくりと目を開けた。
「ふわぁ……なんか、いっぱい寝た気がする……」
『おはようございます、お嬢様。ご自身でもお気づきかと存じますが───よくお休みになられましたね。何しろ、本日で五日目でございます』
「……い、五日?」
『はい、ちょうど五日でございます。無理を押して力を振り絞られた結果、魔力も気力も尽き果てておられましたゆえ……当然のことかと』
「そっか。何となく、そんな気はしてたかも。……あ、あの亀は?」
『お嬢様が眠りにつかれた後、翌日には街へと運び込まれ、すでに解体も完了しております。討伐報酬についても、冒険者ギルドを通じて手配が進んでいるようでございますよ』
「……そっか、なら良かった……!」
そう呟いた後、ふとルーチェの声が沈む。
「……あの、リヒト。……私が、テイマーだって……広まっちゃってるよね……?」
『はい。あの戦いを経て尚、隠し通すのは困難でございました。しかし───だからといって、皆がそれを悪い様に捉えるとは限りません』
「でも……少し怖いよ。この街に来てからずっと隠してきたし……嫌われたり、責められたりしたら……」
『お気持ちはお察しいたします。しかしながら───それは、お嬢様ご自身の目で確かめるのが一番かと存じます。事実、お嬢様が目を覚まされるその日を待ちわびていた方々も、少なくないと伺っておりますよ』
リヒトの声は、いつも通り冷静で、しかしどこか優しさを滲ませていた。
ルーチェは、ほんの少しだけ笑って、天井を見上げた。
「……うん、ありがとう、リヒト。ちょっと、行ってみようかな……」
『ええ、どうかご無理はなさらず。───ですが、皆様の声に、少しだけ耳を傾けてみるのも……悪くはないと思われますよ』