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絆ノ幻想譚  作者: 花明 メル
第一章 光と絆のはじまり
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第40話 闇を穿つ剣


 

 ルーチェは、指揮官たちの困惑にも怯むことなく──いや、少しだけ開き直ったような顔で、堂々と立ち上がった。


「ノクス、私と一緒にあの亀のところまで行くよ。動けない人たちを影魔法でここまで運ぶの。名付けて──『掬って救う作戦』! 《影の手(シャドウハンズ)》の見せ所だよ!」


「ワフ!!」


 ノクスが力強く鳴いて応える。


「ぷるるはここに残って、みんなを守ってね。私が前に出た時に、また光線攻撃が来たら──前に出てる私じゃ防げないかもしれない。その時、光線が門に当たって、近くの建物に瓦礫が飛んでくるかもしれないの。だから、そうなったらすかさず捕食! ヒーローの出番だよ!」


『ぷるる、ひーろー! みんな、まもるー!』


 誇らしげに胸を張るぷるるを、ルーチェは優しく一撫でした。


「うん、お願いね」


 そう言い残すと、彼女は迷いなく門から飛び降りた。


「ルーチェ!」


「おい! 傷は治っても、回復しきったわけじゃねぇぞ! 肉体の疲労はそのままだ!」


 エドガーとザバランが慌てて声をかけるが、彼女は振り返らずに答えた。


「無理はしません! でも、被害を最小限に抑えるためには、誰かがやらなくちゃいけないんです!」


 そのままルーチェは駆け出した。戦場へと。巨大な亀の元へと。

 

 彼女の小さな背中を見つめながら、門の上に残った指揮官二人は、肩を落とし、同時にため息を吐いた。


「……知ってたのか? ザバラン」


「……知るわけねぇだろ。だが、合点がいったよ。ルーチェがときどき何か隠してるように見えたのは──こういうことだったんだな」


「まだ14歳の女の子だってのに……どれだけのもん、背負ってんだか……」


 おじさん二人は、再び同時にため息を吐いた。




(騎士団の後衛の方が数が少ないし、ノクスの負担になりにくい……なら───!)

 

「ノクスは騎士団の人たちをお願い! 私は冒険者の人たちを助けるから!」


 駆けながら指示を飛ばすと、ノクスはすぐに反応し、花畑に倒れる騎士たちの元へと走り出した。


 ルーチェも花畑を最短距離で突っ切る。夜露に濡れた草花が足元でざわめく。


「魔法はイメージ、魔法は……イメージ!」


 頭の中で必死に唱える。ノクスが見せてくれた《影の手(シャドウハンズ)》の形、動き、質感──それらを思い出し、自分の中に落とし込んでいく。


「魔法はっ、イメージッ!! ──《影の手(シャドウハンズ)》ッ!!」


 ルーチェの影が、闇に溶けるように伸びた。そして影は意思を持ったかのように形を変え、倒れた人々をそっと掬い上げる。まるで闇の腕が花畑に手を差し伸べたように。


(光魔法とはまた違う…。でも、このまま、包み込むようにして……後ろへ運ぶ!)


 汗が額を伝い、顎へと落ちる。慣れない魔法をいきなり実戦で使っているのだ。消耗が激しいのも当然だった。


(あと少し……門の方まで!)


 影で作られた手は怪我人を抱えたまま、慎重に地を這うようにして門の前まで運び、そっと地面に横たえるように下ろした。門の下に残っていた冒険者や騎士たちがすぐに駆け寄り、治療に当たる。


 ノクスも十数名くらい居た騎士団の後衛達をすでにを運び終えたようで、怪我人を預けた後、ルーチェのもとへと戻ってくる。


「ノクス、偉い! ありがとうね!」


「ワフ!!」


 ルーチェは笑顔でノクスの頭を撫でた。


「このままキールさんたちのところまで行こう! みんなをサポートするよ、力を貸して!」


 走り出そうとしたその時、ノクスが自分の背を向けてしゃがみ込む。


『アルジ、ハヤイ、コッチ』


 その仕草は「乗って」と言っているようだった。


「ありがとう──じゃあ、行っちゃえノクス!」


「ワフ!!」


 ルーチェを背に乗せ、ノクスは再び駆け出した。夜の花畑を駆けるその姿は、まるで影を纏った騎士のようだった。


 ノクスの背に揺られながら、ルーチェはポーションの小瓶を取り出し、喉に流し込んだ。ひんやりとした感覚が、全身に染みわたる。


「……三属性のどれかで、あの亀の動きを抑えられないかな…」


 脳裏に戦術が巡る。あの巨体が再び光線を放てば、今度こそ周囲は壊滅するかもしれない。


『お嬢様。ならば影魔法がよろしいかと。あの亀は禍々しくも光の魔法を操るようです。であれば、影は対策されにくく、属性的に弱点である可能性が高いと推察されます』


「分かった! ──《影針(シャドウニードル)》!!」


 ルーチェはノクスの背から軽やかに跳び降り、着地と同時に杖を振る。彼女の影が地を這い、黒い波のように亀の足元へと伸びていった。


(鋭く、強く、亀の動きを止めるんだ!!)


 瞬間、地面が蠢き、漆黒の棘が次々と突き出す。まるで闇の剣山。亀の巨大な足を、腹を、鋭く貫いた。


「ビャアアアアアアアッ──!!」


 断末魔とも咆哮ともつかない、耳を裂くような悲鳴が辺りに響き渡る。その音の圧に、ルーチェは思わず目を瞑り、両耳を塞いだ。ノクスもその場で立ち止まり、身を縮めてしまう。


「───チェさん、…て…さい!!」


 かすかに、キールの声が聞こえた気がした。反響の中に、彼の呼びかけが混じっていた。ルーチェは恐る恐る片目を開く。


──亀が、こちらを正面に捉えている。


 その巨体に魔力が収束していく。口元に光が集まり、まさに光線を放たんとする構え。


(今からじゃ、《花開く光盾リフレクシオン・フローリア》は間に合わない──!)


 時間がない。距離もない。逃げる暇もない。


 ルーチェは咄嗟に、杖へと魔力を集中させた。

 

「───《光粒爆(グリッターボム)》!!」


 この技は以前に、ぷるると契約する前に手加減してダメージを与えようと考案した技だ。だが、今回は違う。魔力を大量に込めた光の煌めきが亀の口の方へ流れ、そして口元で一気に爆発した。


 口から黒い煙が上がり、亀はブンブンと頭を振っている。


「───お前は本当に無茶をしやがるなぁ!!」


 後ろから聞こえた声に振り返ると、ザバランがいた。どうやらルーチェが心配で追ってきたらしい。


『あの方も無茶をなさいますね…!』


 心の中でリヒトがそう言った。


 その時、ルーチェはふと思い出した。


(ザバランは地属性の魔法が使える。さっきだって地属性の魔法で足場を固めてくれてた。……なら、もしかして……!)


「ザバランさん! あの亀をひっくり返せませんか!?」


「ひっくり返すだぁ!? ……ふ、面白ぇ。やってやろうじゃねぇか!! 前衛は退いてろ! 怪我しても知らねぇぞ!!」


 その言葉に、前衛たちが亀から距離を取る。


「《土流波(アースウェイブ)》ッ!!」


 ザバランが両手を地面に付けると、地面が波打ち、亀の左半身を持ち上げるように隆起する。亀はその勢いで転び、そのまま腹を上に向けるように横転してしまった。


「よっしゃ…行け、ルーチェ!!」


「はい!!」


 ルーチェはこの街に来てから……いや、この世界に来てから、初めて剣を抜いた。買ってはいたものの、ずっと杖を使っていたから、使う機会がなかったのだ。


 ルーチェは亀に向かって走る。目の前にはキールとテオが見えた。


「キールさん、風をください! 私を亀の上に!!」


 小さくうなずいたキールが地面に手を付くと、ルーチェの体がふわりと浮き上がる。そして、亀の上で風が消えると、ルーチェは亀の腹の上に着地した。


「……私は大切なものを守る。そのためにここにいる」


 剣に、ルーチェの光の魔力が集束する。亀とは対称的に、柔らかく暖かな光だ。


 ルーチェは思い切って亀の腹に剣を突き刺した。


 ズブリ、と剣が突き刺さり、亀は暴れる。起き上がって、人間の少女を振り払おうと必死に抵抗する。


 ルーチェは剣をそのまま内臓の奥まで進める。その時、剣先に触れた。何か動くものを感じた。


───それは亀の心臓、明確な命の鼓動だった。


 今まで魔物と戦った時も、魔法でしか攻撃をしなかったのは、本で読んだ魔法使いに憧れを抱いていたから、というだけではない。剣で命を奪うという行為に少しだけ怖さを感じていたからだ。


「だけど、あなたは多くを傷付けすぎた……だから。ごめんね……! 私は皆を守る───!!」


 ルーチェは剣を強く握り直し、僅かに引き抜いてから、もう一度深く深く突き立てた。


 剣が刺さった場所から、亀の血液がまるで源泉のように湧き出し、溢れてくる。手に伝わる鼓動の感覚が徐々に弱くなっていく。


 亀はバタバタと暴れていたが、やがてゆっくりと動きを止め、最終的には動かなくなった。


「はぁ……はぁ……」


 ルーチェは亀から剣を引き抜いた。そして剣を鞘に戻すと、グッとガッツポーズを天に掲げた。


 紛れもなく、セシの街の脅威が消え去った瞬間だった。


 

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