第4話 はじまりの相棒
壁に掛けられた大きな地図や、様々な書状。使い込まれた机と革張りの椅子が、この部屋の主が長年この場所で人々を見てきたことを物語っていた。
ルーチェは緊張した面持ちで、部屋の中のソファに腰掛けていた。
ニナがお茶のカップが乗ったトレーを持って入ってくる。
ギルドマスターは重い体をどすんとソファに沈め、じっとルーチェを見つめる。
ニナがカップを配り終えギルドマスターの隣に座る。そして、ギルドマスターは深く頭を下げた。
「……すまなかったな、ルーチェ。ギルドに来て早々、嫌な思いをさせてしまった」
「い、いえ。私は大丈夫でしたから……」
慌てるルーチェに、ギルドマスターは小さく苦笑する。
「本来なら、ここに来た者が誰であれ冒険者になる資格はあるし、そうやって来た者に依頼を仲介するのが俺らの仕事だ。……にもかかわらず、あんな連中が我が物顔で好き勝手やってるなんて、情けない話だ」
「……でも、ちゃんと見てくれる人がいて、安心しました。私……ここで頑張りたいと思ってますから」
真っ直ぐにそう口にしたルーチェの言葉に、ギルドマスターの目がわずかに見開かれる。
すぐに彼は、ふっと目を細めて笑った。
『礼儀正しく、よく対応されてますね、お嬢様』
(ありがとう、リヒト……)
心の中でそっと返すルーチェ。もちろんギルドマスターには、リヒトの声も存在も、知る由はない。
ギルドマスターは咳払いをひとつして話を切り替える。
「おっと、挨拶が遅れたな。俺はセシ支部ギルドマスターのザバラン。んでこっちは既に知ってると思うが、受付嬢のニナだ」
「改めてよろしくね、ルーチェさん」
「はい、よろしくお願いします。ザバランさん、ニナさん」
ルーチェはぺこりと小さく頭を下げた。
「さて、登録の話だったな。名前は……“ルーチェ”で間違いないな?」
「はい!」
「それじゃ、冒険者登録について説明する。ニナ」
「はい、ギルドマスター」
ニナは何か絵の描いてあるボードを取り出す、どうやらこのボードを使いながら説明してくれるようだ。
(なんか、ピラミッドみたいな絵だ…)
「冒険者ギルドでは、依頼ごとの危険度や難易度をランク付けして、冒険者の方へ適切に仲介……つまり、冒険者さんにお仕事を紹介しています。ギルドでは個人の強さに関わらず皆さん一律にFランクからのスタートとなります。そこからE、D、C...と上がっていって、一番上はSランクとなっています。まずここまでは大丈夫?」
「はい、大丈夫です」
「とは言っても、今この国にいるのはAランクまで。Sランクの冒険者はいないの」
「そうなんですね…。でも……」
(私はあくまでテイマーに……魔物たちに出会うために冒険者になっただけだから、そこまで上のランクは目指さなくてもいいよね…)
『そうですね。必要に迫られた時にランクを上げる、そのくらいの意識で良いのではないでしょうか?』
(そっか、そうだよね…)
ルーチェがリヒトと会話している中、ニナの話は続いていた。
「依頼は基本的に、自分のランクと一個上のランクまでなら受けることが出来ます。つまりルーチェさんの場合はFとEの依頼なら受けられるってことね。ランクを上げるには、依頼を達成した数、依頼の評価、それとギルドが定める一定の実力を示すこと……それらが必要になるわ」
「なるほど……」
「Dまでは依頼をこなしているだけで上がっていくけど、Cに上がる時からは昇格試験があるの。ギルドで選抜された冒険者とさっきみたいに模擬戦で戦ってもらったり、特定の依頼をこなしてもらったり……その時によってまちまちだから、一概にこうだとは言えないのよね」
「ま、弱いやつを上に上げない為の措置ってやつだ、理解してくれ」
ザバランが補足するように言った。
「はい……!」
「そして報酬は、依頼の内容と危険度次第で大きく変わるわ。もちろん高難度な依頼ほど沢山報酬が貰えるけれど、依頼によっては違約金が発生する場合があるからそれは気をつけてね? それと依頼とは別に、魔物の素材をギルドの中にある、解体や買取を専門に行う解体カウンターに持っていくと追加で報酬が貰えたりするわ。依頼以外で魔物を倒したら持っていくといいわよ」
「……分かりました。ありがとうございます」
「よし。一応身分証を見せてくれ。...ん、大丈夫だ、後はコイツに触れてくれ」
ザバランが取り出したのは魔法陣が描いてある石板だった。触れると石板が淡く光り、しばらくそのままにしているとやがて光が消え、魔法陣の上側に付いていた丸い石から溢れた光が形を作り、カードとなった。
(なんて便利なんだろう……異世界ってすごーい…)
「これがルーチェの冒険者カードだ」
ルーチェはカードを受け取ると、それをじっと見つめた。
『順調ですね、お嬢様。これで正式に“冒険者”となるわけです』
(……やっと、ここまで来たんだ)
「ありがとうございます。精一杯頑張ります!」
***
ルーチェは、受付の方へ戻ってきた。柱に付けられた時計は15時半を示していた。
(せっかくなら何か依頼をやっていこうかな…)
『お嬢様、それでしたら……そちらのスライムの討伐依頼を受けるのは如何でしょうか? 先程の冒険者ライノスとの戦闘で少しレベルが上がったようですし、魔物との戦闘に慣れるという意味合いでも、スライムはちょうどいい相手だと思われますよ』
「なら、やってみようかな……」
ルーチェはスライム討伐の依頼書の紙を剥がすと、それを持って受付へと向かった。
「あら、ルーチェさん。依頼を受けていくの?」
「はい、スライムの討伐依頼を受けたいと思って……」
「スライム三匹を討伐する依頼ね。スライムは花畑の先にある草原にいるわ。スライムは最弱の魔物だから大丈夫だとは思うけど、くれぐれも怪我とかしないように気をつけてね?」
「はい、分かりました!」
***
ルーチェは街を出て、花畑の先にある草原へと来ていた。風に揺れる草や小川が見え、風が草の香りを運んでくる。
「ここがその草原……だよね?」
『はい、その通りです。さて、まずはスライムとの戦闘で魔物との戦い方に慣れるところから始めましょうか』
「うん!」
ルーチェはリヒトの助言を受けながら、魔法攻撃と回避、受け身の取り方等を学んでいく。
『お嬢様のユニーク魔法は特に自由度の高い魔法です。模擬戦の時にも申しましたが、自由度が高い分、集中力とイメージ力が重要になってきます』
「集中力とイメージ力……」
『そしてお嬢様は《魔法創造》のスキルも持っていらっしゃいますから、適性のある光の魔法であれば、イメージ次第で自由に扱うことが可能です』
近くの草むらから、ガサガサと音が鳴る。
『お嬢様、右から参ります!』
ルーチェは咄嗟に指先へ魔力を集める。
「《光線》!!」
ルーチェの指から放たれた一筋の光線はスライムを貫き、その体の残骸から核が落ちると、体だった液体が溶けて消えていく。
『お見事です。まさかスライムを一撃とは……流石お嬢様ですね』
ルーチェは散らばったスライムの残骸の中から落ちた透明な石を見つけると、拾い上げた。
「えっと、これがスライムの核? 宝石みたいにキラキラしてる...」
『えぇ、そして、それを三匹分持ち帰ることで依頼達成となります。さて、二体目と参りましょうか』
「うん!」
その後も、スライムに後ろから体当たりされたり、魔法を躱されたり、何も無いところで転んだりとハプニングもあったものの、何とかスライムの核を集めることが出来たのだった。
『これで基礎的な魔法と動きの訓練は大丈夫ですね。お嬢様、今のスライムとの戦闘でお嬢様はまたレベルアップされました』
「わぁ、また上がったんだ!」
『お嬢様は異世界から来た転生者ですから、他の方よりも成長が早いようです。さてお嬢様。次に行うことですが……』
リヒトの言葉を遮るように、草むらからもう一匹のスライムが現れた。他の個体より少し大きいし、透明感があるような気がする。
「あ、四匹目……」
『お嬢様。レベルが上がったことでお嬢様は新たな能力を会得されています』
「新たな、能力……?」
『お嬢様がやりたがっていた魔物との契約、つまりテイムです』
「ついに……やった、やった……!」
驚いたように目を見開いたルーチェは、嬉しさを隠せずにぴょんぴょんと跳ねた。
『とはいえ今のお嬢様では、どんな魔物とも契約できるという訳にもいきません。なので、最初の契約相手としてスライムは最適だと思われます』
「なるほど、それでその……どうすればいい?」
『ではまず手加減してダメージを与えます。倒してしまっては契約不可能ですから』
「手加減か...。じゃあ...《光粒爆》!」
ルーチェの手から生まれた光が何度か煌めきながらスライムの方へ飛んでいく。それがスライムに触れるか否かというタイミングで花火のような小さな爆発を起こす。スライムは爆風に飛ばされ、何度か地面に体を打ち付けると、体をぷるぷると震えさせている。
「これ、大丈夫かな? 手加減したつもりなんだけど、倒しちゃってない……?」
『……かなりギリギリでした。危うく倒してしまうところでしたが、大丈夫のようです。では手を翳して魔力をスライムへ。後は私に続いて言葉を───』
ルーチェが手を翳すと、体から僅かに力が抜けていくような感覚を感じる。
リヒトの声をなぞるように、ルーチェは言葉を紡いだ。
「今、汝と誓いを結ぶ。光を我が手に、絆を我が胸に。古き世界の理を以て、新たな盟約は結ばれる。
───《絆の誓約》」
ルーチェの手に淡いピンク色の魔法陣が現れ、そこからリボンがのような光が伸びていくと、ルーチェとスライムを囲うように空中でクルクルと回る。そしてリボンの端同士が結ばれていくと、リボン結びになった光が二人を包んだ。
「えっと……これは?」
『これは…、成功ですね。では契約したスライムに名前を付けましょう。何という名前に致しますか?』
(名前……うーん……水、ぷるぷる、水まんじゅう……うーん、どうしよう……あ、そうだ!)
「汝に名を与えよう、汝の名は───ぷるる!」
スライムに光が降り注ぎ、光に包まれると、スライムがブルブルと震える。そして光が収まると、軽快にぽよんと跳ね、スライムはルーチェの懐へと飛び込んできた。
「おぉ……! ん、あれ? ねぇ、リヒト……、このスライム、顔がついてるよ?」
ルーチェの言う通り、ぷるるには他のスライムと違って顔がついている。デフォルメされたキャラのような可愛い顔だ。ωのような口が可愛らしい。
ぷるるはぴょんと飛び降りて、草むらを跳ねている。
『名を付けると進化したり新たなスキルを得たりする事があるそうです。もしかしたら顔が現れたのもその類なのかもしれませんね。……ともあれ、契約完了ですね。お疲れ様でした、お嬢様』
「かわいいねぇ……、これからよろしくね、ぷるる」
ルーチェの言葉に、ぷるるはニコニコと笑う。
ぷるるはルーチェの足元を跳ね回り、そしてまたルーチェの腕の中へ戻った。
───これがルーチェとスライムのぷるるの、人と魔物の新たな絆が芽生えた瞬間であった。
ようやくルーチェもテイマーとしての一歩を踏み出しました。
記念すべき最初の相棒は……スライム!王道!(※異論は認めます)
小さくて頼れるぷるるとの冒険、どうぞお楽しみに。