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絆ノ幻想譚  作者: 花明 メル
第一章 光と絆のはじまり
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第39話 少女の決断


 

「ルーチェ、これを使え。高濃度の魔力ポーションだ。普通のやつよりも、すぐに魔力が戻るぞ」


 ザバランが差し出した小瓶を、ルーチェは両手で受け取り、そのまま一気に飲み干した。ごくん、と喉を鳴らすと、冷たい液体が体の奥に染み渡り、すぐに体の内側から魔力が湧き上がってくるのを感じた。


(すごい……前に飲んだポーションより、回復が早い……)


 すぐさまルーチェは魔力を練り直し、両手に魔力を込めた。光が広がり、焼けただれた手にじわじわと癒しの力が染み込んでいく。傷が、痛みが、あっという間に消えていく。


「……助かりました」


「何言ってる、助かったのは俺らの方だ。ありがとうな、ルーチェ」


 そう言いながら、ザバランはルーチェの頭をぐしゃぐしゃと雑に撫でた。


「いえ……それよりも、私たちはどうしますか?」


 真剣な顔に戻ったルーチェの問いに、ザバランはすぐに答える。


「一旦後退だ。二方向から攻められたら、流石のデッドタートルも、あの光線は撃てねぇはずだからな。とりあえずは前線に向かった連中に任せて、俺たちは門の上から戦況を確認。必要な時に備えて、万が一には降りて支援だ」


「分かりました……」


 返事をしつつ、ルーチェはそのまま騎士団と冒険者たちが突撃していく方角を見つめた。


(キールさんとテオさん……大丈夫かな)


 不安と祈りを抱えながら、ルーチェは心の中で静かに願う。


(みんな、無事に帰ってきて……)


 


 突撃部隊は前衛と後衛、それぞれ二班ずつに分かれ、作戦を実行していた。


「魔法攻撃、放てーーー!」


 騎士団の後衛と、冒険者の魔法職たちが、炎・水・雷といった様々な魔法を次々と放つ。魔力の奔流は弧を描き、亀の甲羅に向かって一直線に飛んでいく──が、直撃することはなかった。


 正確には、甲羅の上に展開された三重の魔力障壁によって、すべて弾かれてしまったのだ。


「なっ!」

「そんなのありかよ!」


 魔法を放った者たちが口々に叫ぶ。


「怯むな! 当て続けろ!!」


 その声に応えるように、彼らは再び杖を構える。しかし、亀の肉体や甲羅に届かない魔法は、ただの無駄撃ちに等しかった。正確に言えば、肉体を狙いたくても、前衛が密集して亀を囲んでいるせいで、足や顔などの急所に魔法を通すことができないのだ。


 テオとキールも、騎士団側の前衛部隊の一員として戦っていた。武器に魔力を纏わせて攻撃を繰り返すが、足や首に刃を当てても、その皮膚はまるで岩のように硬く、まったくダメージが通っていないように感じられた。


「まるで通ってないじゃん!!」


 テオが水流の剣で斬りつけながら、苛立ち交じりに叫ぶ。その刃は確かに命中しているはずなのに、手応えはほとんどない。


 その時だった──。


 亀がゆっくりと片足を上げる。そして、次の瞬間、勢いよくそれを地面に叩きつけた。


 前衛の面々は反射的に身構える。衝撃波が来るのか、はたまた地割れか?

──しかし、何も起きない。ただの威嚇行動かと、皆が一瞬気を緩めかけたその時。


 テオの持つ《危機感知》が、その脳裏に強烈な警鐘(けいしょう)を鳴らした。


「──後衛、散開!! 狙われてる!!」


 叫びと同時に、後衛の者たちが動こうとする。だが、ほんの刹那遅かった。


 ズンッ──と鈍く唸るような音とともに、地面から禍々しい光が柱のように突き上がる。


「「うわぁぁぁ!!」」


 悲鳴が上がった。魔法職を中心とした後衛部隊が、光柱に打ち上げられるように空へと投げ出される。そして、そのまま花畑の中へと無惨に叩きつけられていった。


 各所で衝撃音が響き、花弁が舞い上がる中、倒れた者たちは地面にうずくまり、すぐには動けない様子だった。


「マジかよ…!」


 テオの顔が歪む。剣を握る手に、自然と力がこもっていた。



 


「───何だあの攻撃は!?」


 エドガーが叫ぶ。門の上から戦況を見守っていた彼の声には、混乱と焦りが滲んでいた。隣で同じく戦場を見下ろすザバランも、思わず眉をひそめる。


「確認されてた情報じゃ、口から出す光線と、甲羅の障壁だけだったはずだ……なんだありゃ…!」


 あの光の柱──地中からの攻撃は明らかに新たな脅威だった。動けなくなった後衛の姿に、誰もが言葉を失っていた。


「同じ攻撃をもう一度食らったら、今度こそ死人が出るぞ!」


「だが、あの人数を一気に後退させるだけの人員がいねぇ! 門の近くに残ってるのは治癒魔法の部隊と防御魔法の部隊……どっちも少数部隊だ、どっちにしてもこの数をさらに割いて前線に向かわせるのは無理だ……!」


「じゃあどうすりゃいいんだ……!!」


 エドガーとザバランは、指揮官として必死に打開策を模索する。だが目前の現実はあまりに重く、思考は袋小路に追い込まれていた。


「人員……」


 ルーチェは黙ってその会話を聞いていた。ふと視線を戦場に向ける──今も剣を振るい、動けなくなった後衛の元へ駆け寄ろうとする仲間たちの姿が見える。彼女の中に、ある可能性が浮かんだ。


 自分がテイマーであると明かせば、ぷるるとノクスの力を使えば──あの人数でも、後退させることはできるかもしれない。


──でも、その後は?


 後衛が下がれば、前衛だけで戦線を維持しなければならない。もし再びあの攻撃が来て、今度は前衛が吹き飛ばされたら?



───キールやテオが巻き込まれて、傷ついたら…?



 一瞬の逡巡ののち、ルーチェは迷いを振り払った。


「ザバランさん、エドガーさん。お話があります!」


 二人がルーチェを見る。


「私なら…いえ、私たちなら、後衛の皆さんを安全に後退させることができるかもしれません!」


「私…たち?」


「──《召喚(サモン)》! ぷるる!」


 ルーチェが魔法陣を展開すると、ぷるるが弾けるように現れる。その小さな体からは信じられないほどの気迫が感じられた。決意に満ちた瞳が、戦場をまっすぐに見据える。


「ノクスも来て!」


 影の中から飛び出したノクスが、力強く吠える。響く遠吠えが、空気を一瞬で引き締める。


「ルーチェ……お前は……」


「サモナー…いや、テイマーだったのか……!?」


 驚きと戸惑いを隠せないザバランとエドガー。その間にルーチェは、迷いのない声で告げた。


「私が───私が前線まで行きます!」


 

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