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絆ノ幻想譚  作者: 花明 メル
第一章 光と絆のはじまり
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第37話 街を襲う悪夢


 

 その夜、街の門の前には、夜勤にあたる騎士の姿があった。昼に比べて訪れる者も少ない時間帯だが、夜行性の魔物が出ることも稀にあるため、油断はできない。


 門前で欠伸をこぼしたのは、ケインという名の騎士だった。


「おいおい、ちゃんと寝てねぇのか?」


 そう声をかけてきたのは、同僚のサムだ。ケインは苦笑しながら応じる。


「寝てはいるんだけどな……最近は魔物の出没も増えてるだろ? どうにも気が休まらなくてさ」


「そりゃ分かるけどよ。団長や副団長に見つかったら、俺まで怒られちまう。気をつけてくれよな」


「分かってるって……」


「まあ、あれだよな。ここ数日は花祭りの出店の為に、他の街や村からも商人が来てるしな。それも相まって休まらねぇってのは確かだ」


「まあでも一番大変なのは、バークス副団長だろうな」


「違ぇねぇ!」


 二人はケラケラと笑う。


──その時だった。


「──うわぁぁぁぁっ!!」


 門の上から、鋭い叫び声が響いた。


「おい、どうした! コニー!」


 上で街の外の見張りしていた若い兵士の青年──コニーが、がたがたと震えながら指を差す。


「あ、あれ……魔物です! でっかい魔物が、花畑の向こうに……!」


「ケイン! ここを頼む! 俺が上に行って確認してくる!」


「了解だ! 頼んだぞ!」


 サムは素早く階段を駆け上がり、コニーの横へ。

 その視線の先には、ドシン、ドシンと地響きを立てながら近づいてくる巨大な亀のような魔獣の姿があった。


「魔物……いや、魔獣か、あれは……?」


 街を囲う石の壁と同じくらいの高さはあろうその姿に、思わず震え上がってしまいそうになる。


 その魔獣の背後では木々や草が炎に包まれ、辺り一帯が赤く染まっている。


「コニー! 警鐘(けいしょう)を鳴らせ! 街の連中に知らせて避難させるんだ!」


「は、はい!」


 コニーは警鐘のもとへ駆け寄ると、カーン、カーン、カーン!と激しく打ち鳴らした。


「そのまま鳴らし続けろ! 何かあれば大声で知らせろよ!」


「……りょ、了解です!」


 怯えながらも懸命に警鐘を鳴らすコニーを背に、サムは迫り来る魔物を睨みつける。


「……一体、何が起ころうってんだ……?」


 

 


 その頃、ルーチェはまだ夢の中。深く眠っていたため、警鐘(けいしょう)の音にも気づいていなかった。


「……ェ、……チェ、ルーチェ! 起きとくれ、ルーチェ!」


 宿の女将であるモーラが体を揺さぶってくる。ようやく目を覚ましたルーチェは目を擦り、ぼんやりと身体を起こした。


「ふぁ……、何かありましたか……?」


「大変なんだよ! 街に大きな魔獣が近づいてるんだ! 早く支度しな!」


「魔獣……!?」


 飛び起きたルーチェは慌てて荷物を手に取った。


「すぐに行きます! モーラさんは先に避難してください!」


「あんたも絶対避難するんだよ! いいね!?」


「はい……!」


 素早く装備を整え、赤いローブを羽織って外へ出る。


 避難しようとすると、門の前にキールとテオが他の騎士たちと準備をしているのが目に入る。冒険者たちも武装をして集まっている。


 ルーチェは慌てて二人の元へ駆け寄った。


「キールさん! テオさん!」


「ルーチェさん!」


「ルーチェ、冒険者も招集されてるから、ここにいて。これから騎士団と冒険者で共同戦線を張って、魔獣を迎え撃つって」


 とテオが状況を説明する。


「大きな魔獣が近付いていると聞きました…!」


 ルーチェの言葉に、テオはうなずいた。


「うん、そうみたい」


 その時──


「団長ぉぉ!!」


 門の上から、コニーの声が再び響いた。地上で指揮を執っていたエドガーが見上げる。


「どうした、コニー!」


「魔獣が……止まって、なんかしてます! 口を開けて、中に光が……!」


「まさか……!」


 エドガーが呟いた、次の瞬間だった。

 夜を裂く轟音、空を引き裂く閃光。巨大な光線が、花畑をなぎ払うように放たれた。


「っ……!」


 咄嗟にルーチェが身構え、キールとテオが彼女を庇うように立ち塞がる。


──だが、光はギリギリ街には届かなかった。


 花畑の一部、綺麗に植えられていた花が一直線に消え失せていた。焼け焦げた花、抉れた地面、だが街そのものには被害はない。


「魔獣が……また動き始めましたぁ!」


 コニーの叫びが響く。


「おい、エドガー!」


 その声に、エドガーが振り向いた。


「ようやく来たか。その頭じゃ寝癖もつかないくせに、何に手間取ってた?」


 遅れて駆けつけたのはザバランだ。そのハゲ頭を茶化すエドガーに、ザバランが言い返す。


「うるせぇ。今いる冒険者だけじゃ足りねぇと思って、引退組にも声かけてきたんだよ」


 その後ろには十数人の男達が立っていた。その中に、解体カウンターのラルクと、武器屋のハルクの兄弟の姿もあった。


「ラルクさんとハルクさんまで……!」


 ルーチェが声をかける。


「まあな。こんな非常時に逃げてビクついてるのは性に合わねぇ。それに、アレ倒せば素材ウハウハだろ?」


 ラルクがサムズアップしてニヤリと笑った。


「兄貴はそればっかだな……。俺は街中の武器や防具を集めてきた。店に置いてるより誰かに使ってもらった方がマシだからな」


「ありがとうございます……!」


 やがて、エドガーとザバランが声を張る。


「聞いてくれ!」


 集まった騎士団と冒険者たちが、二人に注目する。 

 ザバランが一歩前に出て、声を張る。


「確認してきた。あの魔獣、おそらくは“災害指定魔獣・デッドタートル”だ。魔族の大陸に生息すると言われていたが、まさかこんなところに現れるとは思わなかった。奴の進行を止めるため、我々冒険者と、エドガー率いる騎士団とで戦線を張る! 

場所は花畑の中央───奴を街に近づけるな!」


 場がざわつく中、今度はエドガーが鋭い声で続けた。


「住民はすでに街の高台へ避難済みだ。避難民の警護には一部の騎士と冒険者が付いている。つまり───ここにいる我々は、全力で魔物に集中できるということだ!」


 その言葉に、冒険者や騎士たちの表情が引き締まる。誰もがこれから始まる戦いの厳しさを感じながらも、士気は高まっていく。

 

 話が終わると、部隊ごとに分かれるとの事で、キールとテオは騎士団の前衛部隊と合流していた。


 ルーチェはというと少し待機していて欲しいと言われたので、一人でポツンと立っていた。

 

「───ルーチェ」


 背後から呼びかけてきたのは、ハルクだった。


「一応というか、念のためというか……ほら、これ持ってけ」


 差し出されたのは、艶のある金属で作られた円形の盾。受け取ると、見た目に反して驚くほど軽い。


「魔力を通すほどに防御力が上がる仕掛けがしてある。魔法への耐性も多少はあるが、さすがにあの光線までは防げねぇだろうな。でも、あの“デッドタートル”がどんな攻撃してくるかわかんねぇ以上、備えといて損はない」


「ハルクさん……こんな大事なものを、私なんかにいいんですか?」


 ルーチェの問いに、ハルクは少し肩をすくめて笑った。


「いいんだよ。お前が倒れたら、悲しむ奴がたくさんいる。余計なお世話かもしれねぇが、そういうのは先に潰しといたほうがいいってな」


「……ありがとうございます!」


「背負えるように紐付けといたから、ちゃんと装備しとけよ。これでお前も立派な“亀”だな」


「えぇ……私、あんなのにはなりたくないです……」


 ルーチェは小さく苦笑しながらも、盾を背にしっかりと装着した。



 そして遥か遠くの亀を見据える。

 その瞳には、覚悟の色が灯っていた。


 

 ザバランとエドガーは、防御魔法に長けた者たちを集め、光線対策の相談をしていた。しかし、集まった冒険者や騎士たちの表情は険しい。


「……いやいや、あれは流石に防げないだろ」

「無理だ、あんなのに当たったらひとたまりもない」


 誰もが尻込みし、沈黙が広がる。


 そんな中、ふとルーチェの視線にザバランとエドガーの姿が映った。二人がこちらを手招きしている。ルーチェが呼ばれるままに歩み寄ると、ザバランが口を開いた。


「ルーチェ、一つ聞かせてくれ。お前の光魔法で……あの亀の光線を防ぐことは可能か?」


「えっと…」


 ルーチェは悩む素振りを見せ、その間にリヒトへ問いかけた。


(リヒト……どうなのかな?)


『お嬢様……それは───』


 リヒトの言葉に耳を傾け、しばしの沈黙の後、ルーチェは静かに答えた。


「……正直、難しいと思います。ですが、一撃に魔力を集中するなら、もしかしたら防げるかもしれません。ただ、お約束はできませんし……連発されたら、それで終わりです」


 ルーチェの率直な言葉に、ザバランは一瞬だけ口元を緩めた。


「そうか。なら───大丈夫そうだな」


「街への余波は他の者たちに任せよう。こいつらにできることをやらせりゃいい」


「……え? えっ、つまり……?」


 状況を飲み込めずに戸惑うルーチェの肩に、エドガーがぽんと手を置く。その目は真剣で、しかしどこか優しい。


「ルーチェ。こういう時ってのはな、多くの仲間がいる意味を思い出すんだ。全部一人で背負わなくていい。お前は──特別任務だ」


「特別……任務……?」


「そうだ。亀の光線を防いでくれ。一撃だけでいい。その一瞬で、俺たちが攻め込む。ルーチェ、頼めるか?」


(ザバランさんも、エドガーさんも……こんなに短い間しか一緒にいないのに、私を──信じてくれてるんだ)


 ギュッと拳を握る。そして、顔を上げたルーチェの声は、迷いなく、強く響いた。


「……分かりました! 私、やります!」


 ルーチェは強く、ハッキリと宣言した。

 

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