第35話 大切な友達
「分かりました。少し待ってください…」
ルーチェはそう言うと立ち上がり、何もない床に手をかざした。キールとテオは、その後ろからそっと覗き見る。
「《召喚》───おいで、ぷるる」
光る魔法陣が床に浮かび上がる。次の瞬間、そこから水色のスライムが飛び出し、ぴょんと跳ねてルーチェの頭の上に着地した。ぷるるは、まるで笑うように表情を浮かべる。
「顔のあるスライムなんて初めて見た…」
テオが目を丸くする。
「契約したら、顔がついたんですよね。どうしてなのかはよく分からないんですけど…、多分…契約の恩恵とかそういう感じので……」
ルーチェがそういうと、テオがぷるるを突っついた。
「はえ〜、不思議なもんだね…」
そしてルーチェは、ふと足元の影に目を落とした。
「──ノクスもおいで」
ルーチェの影に耳が生える。そのまま影が躍るように跳ね上がると、狼の姿を形作った。
「影狼!?」
テオの声がわずかに震える。
「まさか、影狼とも契約していたなんて…」
驚きを隠せない様子でキールが言う。テオは屈んでノクスと目を合わせた。
「へぇ、俺の《気配察知》には引っかからなかったんだけど…凄いね、お前」
テオがノクスにそう言うと、ノクスは誇らしげな様子で「ワフ!」と鳴いた。
「そうなんです、かなり気配を抑えることができるみたいで…」
(そういえば……リヒトのことは、まだ内緒にしてても大丈夫だよね?)
ルーチェは心の中でリヒトに問いかける。
『ええ、お嬢様。私は仮にも精霊ですから──精霊との契約が知れ渡れば、今以上に危険な目に遭う可能性もございます。いずれ、お嬢様の力が高まれば、私も姿を見せられるようになりますので、その時でよろしいかと』
(……うん、じゃあ今はこれだけにしておこう)
ルーチェは二人に向き直る。
「───この子たちが、私の友達です!」
ぷるるは、ぷるぷると弾んで嬉しそうに。
ノクスは、その足元に座って尻尾を振っている。
テオもキールも、しばらく言葉を失っていた。
そしてルーチェは、契約の効果や今できることなどを二人に軽く説明した。
「つまり、今のルーチェはこの二匹の使役だけじゃなくて、ぷるるとノクスの力を借りて、自分の魔法として使えるってこと?」
テオが確認するように尋ねる。
「そうみたいです…」
ルーチェがうなずいた。
「なるほど、それで俺らに打ち明けたって訳ね」
テオが腕を組んで納得したように言う。
「確かに、現時点で三属性となると、かなり目立つことになりますね」
キールは冷静に分析しながら続ける。
「……なので、今後の身の振り方というか…どういう方針で行くかを、お二人と相談したくて…」
ルーチェの声音には、不安と決意が混じっていた。
「なるほど、分かりました」
キールが真剣な顔で頷いた。
「ま、しょうがないから付き合ってあげるよ」
テオがいつもの調子で軽く言って、笑みを浮かべる。
「…ありがとうございます…!」
ルーチェの表情が少しだけ和らいだ。
「とりあえず人前で二匹を出さないのは大前提として、三属性を全部大っぴらにするのもやめた方がいいと思う」
テオが真剣な表情で言う。
「確かに。基本的に一人につき一属性。二属性を操る者ですら少なく、それ以上の属性を操れる人間は極小数ですから。私達といる時は多少使っても問題ないと思いますが、誰かに見られているかもしれないという警戒は必要ですね」
キールも同意しながら続けた。
「なるほど…」
ルーチェは小さくうなずく。心のどこかで覚悟はしていたものの、現実にその重みを感じているようだった。
「それとルーチェさん。すぐにとは言いませんが、近いうちに、国王やギルドマスター等にはこのことを伝えるべきかと思います」
キールの声は穏やかだが、芯のある提言だった。
「えっ、そんな…偉い人たちに……」
ルーチェの肩がピクリと震える。
「下手に隠して別の形で知られたら、ややこしいことになるからね。信頼できる相手にだけでも、情報を開示しておいた方がいいと思うよ」
テオも補足する。
「は、はい…努力してみます…」
ルーチェは小さく答え、ぷるるとノクスを見上げる。彼らは静かに寄り添っていた。
「まあでも急がなくていいと思うよ。あくまで、その内ね?」
テオが穏やかな声で言ったその時、不意に彼の視線が扉の方へ向けられる。同時に、ノクスは静かに影へと溶け、ぷるるはぴょんと跳ねてルーチェの腕の中に降りてきた。
「ルーチェさん、ぷるるを戻せますか?」
キールが小声で促す。
「あ、はい……ぷるる、戻って」
ルーチェが囁くと、ぷるるはふわりと光になって、彼女の胸元へ吸い込まれるように消えた。
──その瞬間、コンコンと控えめなノックが響く。
「はい、どうぞ」
キールが答えると、扉が開き、そこには見知った顔。
副団長のバークスが現れた。
「すみません、キールくん、テオくんも。ルーチェさんもこんにちは」
「バークスさん、こんにちは」
ルーチェは軽く会釈をした。
「バークス副団長、どうされました?」
キールが尋ねた。
「ルーチェさん宛です、ギルドマスターからの呼び出しですね。君たち二人も来ていいと書いてありますから、今から三人で行くといいでしょう。それでは、私はこれで」
彼は簡潔に用件を告げると、丁寧に一礼し、扉を閉めて去っていった。
しばし静けさが落ちる部屋の中、テオが言う。
「…話せるかどうかは置いといて、とりあえずあっちの話を聞きに行こうか、ルーチェ」
「…はい」
「ルーチェさん。仮に追及されたとしても、私達は味方です。お忘れなく」
キールが優しく言い添える。
「…はい!」
ルーチェの声は、今度ははっきりとした強さを帯びていた。