第34話 打ち明ける秘密
次の日。ルーチェが宿の外へ出ると、そこに立っていたのはキールだけだった。
「おはようございます、ルーチェさん」
「おはようございます、キールさん。あれ……テオさんは?」
「テオなら今日はちょっと野暮用だそうで……。私だけですが、ちゃんとお守りしますよ」
最近、目まぐるしい出来事が続いていたせいか、すっかり忘れかけていたことがある。
(キールさんって、やっぱり王子様みたい……)
「今日は、どちらに参られますか?」
「……その、キールさんにお話があって……」
「お話……ですか?」
「どこか、人のいない場所に……」
(!? 待ってこれ、なんか変なお誘いみたいになってる!?)
ルーチェはあわあわと手を振りながら言う。
「あ、いやその、変な意味ではなくて……!」
「ふふ、分かっていますよ。ふふふ……」
キールは顔を逸らし、クスクスと笑っている。
「キールさんっ!」
キールに案内されて来たのは、人気のない公園。高台にあるその公園は街を一望できる場所で、人々の往来がよく見える。この時間帯は人がいないようだ。
「ここなら話しやすいかと」
静かに水音を奏でる噴水のそばで、ベンチに腰かける二人。春の風が木々の間を抜け、わずかに葉を揺らしていた。
ルーチェはしばらく言葉を探していたが、やがて決心したように口を開いた。
「あのキールさん…。変なこと、聞くんですけど……キールさんは、テイマーについて……どう思いますか?」
「テイマー、ですか? またそれは唐突な質問ですね」
驚いたように目を開くキール。けれど、すぐに真剣な表情に戻り、ルーチェの表情を静かに見つめる。
「あの……その……」
ルーチェの声は揺れていた。不安を隠しきれずに、視線は落ち着かず、手が膝の上でそっと握られる。
そんなルーチェの様子を見たキールは、少し考えてから、ゆっくりと口を開いた。
「魔物は危険なもの。特に我々のように、常に命を賭して魔物と対峙する者にとっては、その危険性を軽んじることはできません」
ルーチェは、そっとキールの横顔を見つめる。
「しかしながら魔物や魔獣にも、多種多様な性格があります。中には人の言葉を理解し、意思を通わせられる存在もいると聞きます。そうした魔物と出会った者ならば、その存在を脅威とは違う形で捉えることも、きっとできるでしょう」
ルーチェは、こくんと小さく頷いた。
「テイマーや調教師といった職業は稀で、魔物を従え、操る力を持つ者として、時に恐れられ、時に拒絶されてきました。私も、過去にその力がもたらした事件や反乱の記録を学びました。しかし……中には、それらが差別や迫害によって生まれた悲劇だった事例も、あるのです」
キールの声は、どこか遠くを見つめるような静けさを帯びていた。
「“無知は罪”とはよく言われますが、知らぬことを理由に断罪し、拒絶する風潮そのものが、罪ではないかと……私は、そう思っています」
そして、キールはルーチェの方に向き直る。二人の目が、そっと交わる。
「私は、差別を全くしないと言い切れる人間ではありません。でも、知っているからこそ変えたいと思っている。そう思っていただけたら、嬉しいです」
ルーチェは目を伏せ、そして微かに、ほっとしたように口元をほころばせた。
「……ありがとうございます」
少し間を置いて、ルーチェがぽつりと尋ねた。
「ちなみに、その…テオさんは何て答えると思います?」
キールはほんの少し笑みを浮かべて、空を仰ぐ。
「んー……そうですね。テオならきっと──『要は魔物をどう操るかでしょ? 良いことに使うやつは良いやつで、悪いことに使うやつは悪いやつ。それだけじゃない?』……とか言いそうですね」
「ふふ……テオさんなら、確かにそんなふうに言いそうです」
自然と、二人の間に小さな笑いがこぼれた。
静かな風が、また木々を揺らす。
しばらく沈黙が続いた後、ルーチェは意を決したように言った。
「……明日、キールさんとテオさんに、話したいことと見せたいものがあるんです。お時間貰えますか?」
キールは柔らかくうなずいた。
「もちろん。テオにもそう伝えておきます」
***
次の日、ルーチェは詰所を訪れていた。
「話があるってキールから聞いたけどさ、どうして詰所なの? 他の場所じゃダメだったわけ?」
いつもの調子で肩をすくめながら、テオがルーチェに尋ねる。
「その…街の人とか、冒険者さんに見られたら、騒ぎになりそうだったので…」
言い淀むルーチェに代わって、キールが穏やかに付け加える。
「今回はエドガー団長の邪魔も入らないように、ちゃんと手を回しておきましたのでご安心ください」
「え、何したの? キール…」
キールは少し間を開けてからニッコリと微笑んだ。
「ふふ、内緒だよ」
「えー、こわ…」
冗談めいたやりとりの中、三人は詰所の奥にある会議室へと通された。
重厚な扉が閉じられ、部屋の中に静寂が落ちる。
「さてと、邪魔が入らないなら心置きなく話ができるね、ルーチェ」
テオが椅子に座りながら微笑む。
「……そう、ですね」
ルーチェは視線を落としたまま、小さく答える。その様子を見て、キールが静かに声をかけた。
「大丈夫ですよ、ルーチェさん。どんなことであっても、あなたの言葉を、ちゃんと聞きますから」
その一言が、心の中に溜め込んできた重さにそっと手を添えてくれたようだった。ルーチェはゆっくりと頷き、胸に手を当てて深く息を吸う。
そして、吐き出すように言葉を紡いだ。
「……私……」
静まり返る室内。テオも、キールも黙って彼女を見守っている。
「───私、実は……テイマーなんです」
その一言が、空気を変えた。
張り詰めたような沈黙が数秒続く。
けれど、それを破るようにテオが、ほんの少しだけ目を丸くしながらも言った。
「……ああ、なるほどね」
そして、キールが静かに微笑んだ。
しばらく沈黙が続いた後、テオが口を開いた。
「……それで?」
怪訝そうな顔でテオが尋ねる。
「……え?」
「いやだから、ルーチェがテイマーなのは分かったよ? ……それで?」
「え、えっと……」
(どうしよう、この先の展開、考えてなかった……)
「その顔、考えてなかったんでしょ? ルーチェってば、けっこう行き当たりばったりなところあるよね」
「う……」
(反論できない……)
ルーチェは図星というような表情を浮かべ、項垂れた。
「テイマーだから何? ルーチェはルーチェでしょ?」
ルーチェはテオの方を見上げた。
「それとも、街で魔物と一緒に暴れてやろうみたいなそんな思惑とかあんの?」
テオの問いに、ルーチェは慌てて首を横に振った。
「そういうつもりがないなら、別にいいんじゃない? 要は魔物をどう操るかと、自分の力をどう使うかでしょ? 別に俺、テイマー差別主義者じゃないし」
ルーチェの元へキールが歩み寄ってくる。
「ほら、ですから大丈夫だったでしょう? テオはこういう男なんですよ」
キールはクスクスと笑っている。
「キール、何その言い方」
「あの、えっと……」
困っているルーチェに、そっと声をかけたのはキールだった。
「よろしければ、ルーチェさんの“お友達”を、私たちに紹介してもらえませんか?」
ルーチェはしばらく悩んでから、意を決したようにうなずいた。
※会話内容を少し変更しました。(09/03 20:02)