第33話 新たな仲間を得て
次の日の朝。朝食を終えたルーチェは部屋に戻ると、部屋の周りに誰もいないことを確認し、そっと扉を閉めた。
「よし、それじゃあ……」
手をかざし、静かに《召喚》のスキルを発動する。
「──ぷるる、来て」
ベッドの上に魔法陣が現れ、ぷるるが出現する。呼び出されたスライムのぷるるは、嬉しそうにぴょこぴょこと跳ね回った。ベッドの上がまるでトランポリンのようだ。
一方、ノクスはというと──
ルーチェの影からにゅるっと顔を出したかと思うと、床にちょこんと座り、のんびりと尻尾を揺らしている。
やっぱりルーチェの影の中が一番落ち着くらしく、眠そうにしている辺り先程まで影の中で寝ていたようだ。
『さて、お嬢様』
リヒトの声が脳内に響き、ルーチェは背筋を伸ばして座り直す。
『お嬢様が昨日の戦闘後に会得されたスキルについて、順にご報告いたします。まず一つ目──《自然歩行》です。このスキルは、魔物が生息する領域において、お嬢様の気配を薄め、感知されにくくする効果があります』
「感知されにくく……」
ルーチェは想像した。
──魔物の目の前で「おーい!」と手を振っている自分の姿だ。
『お嬢様……流石にそれは、バレてしまいます』
どこか呆れを含んだリヒトの声に、ルーチェは肩をすくめた。
「ですよね……」
ノクスは尻尾を小さく弾ませた。
『それと、もう一つございます。お嬢様は新たに、魔物専用の治癒魔法《柔癒》を会得されました』
「《柔癒》……?」
ルーチェが首をかしげると、リヒトは淡々と説明を続ける。
『こちらは、魔物向けに調整された治癒魔法です。通常の《治癒》は人間用の魔力出力に基づいており、力の弱い個体には刺激が強すぎて、最悪の場合、それだけで命を落とすこともあります』
「えっ、そうなの……!?」
『ええ。そのような事態を防ぐために、より穏やかで柔らかな癒しの魔力で構成された《柔癒》が存在するのです。ぷるる様やノクス様は、おそらく通常の《治癒》でも問題ありませんが……心配であれば、ぜひこちらをご使用ください』
ルーチェはしばらく考え込んでから、そっと手を伸ばして、まずはベッドの上で跳ねているぷるるを撫でる。
「魔物用の《治癒》かぁ……そういうのもあるんだ。でも、知れて良かった。二人を安全に癒せるもんね」
ぷるるはぶるん、と小さく震え、まるで嬉しさを全身で表現するかのようにピョンと跳ねた。ノクスも尻尾を元気よく左右に振っている。
「ふふっ、ありがとう、リヒト。機会があったら実際に使ってみるね」
『はい、お嬢様。どうか、お二人を末永く大切になさってください』
リヒトは少し間を置いて話を続けた。
『それと──お嬢様に関しましては、もう一つ重要な変化がございます』
撫でていた手がふと止まる。ルーチェはリヒトに意識を向けた。
『この度、新たな契約を結んだことにより、常時発動型のスキル《共鳴する繋がり》を会得されました』
「《共鳴する繋がり》……?」
耳慣れない名前にルーチェが首を傾げると、リヒトは落ち着いた声で説明を始めた。
『こちらのスキルには、二つの効果がございます。一つ目は──契約した魔物の魔法属性を、お嬢様自身が行使可能になることです。具体的には、ぷるる様の水魔法、ノクス様の影魔法を、お嬢様が使えるようになります』
「えっ……!? それって、私が光、水、影の三属性を使えるってこと……?」
『はい。その通りです。実際に扱うには多少の練習が必要でしょうが、お嬢様の魔力制御能力をもってすれば、さほど困難ではないかと』
ルーチェは思わず両手を見つめた。力が広がる感覚に、心が高鳴る。
『そして二つ目は──逆に、契約した魔物たちが、お嬢様の持つ一部の魔法やスキル、さらには耐性の恩恵を受けられるという効果です』
「……私の耐性、ってたとえば?」
『はい。人間と魔物では、そもそも習得できる耐性の系統が異なります。特に精神干渉系の攻撃に関しては、魔物は非常に影響を受けやすい。お嬢様が今後、そのような干渉への抵抗力を得れば、それは契約した魔物たちにも波及し、守る力となります』
ルーチェは、静かに息を吸った。
「……すごい。絆で、守れるようになるんだね」
『まさしく。お嬢様と魔物たちの“繋がり”が強まった証とも言えるでしょう』
ベッドの上でぴょんと跳ねたぷるると、ルーチェの足元で尻尾を振るノクス。彼らが、今まで以上に近くに感じられた。
「おっと……失念しておりました」
リヒトが言葉を継ぐ。
「ゴブリンキングとの戦闘を経て、お嬢様はいくつかの耐性を獲得されています。具体的には───瘴気耐性、麻痺耐性、恐怖耐性の三つです。詳しい解説が必要であれば説明いたしますが……」
「ううん、大丈夫」
『そうですか。お嬢様に関する追加情報は、以上になります』
「ありがとう、リヒト。……すごく、大事なことを教えてもらった気がする」
『さて──お次はノクス様について、ですね』
ぴくり、とノクスの耳が跳ねる。
『ノクス様の属性は影。主な能力は《影移動》《影潜り》《影の手》となります。《影潜り》は文字通り、影に出入りする能力──お嬢様もよくご覧になっている、あの影にスッと出入りするあの動作ですね』
「あぁ、あれか。よく足元からひょいって出てくるやつだね」
『はい。そして《影移動》は、以前お嬢様が襲われた際に入った空間、あの“影の中を移動する”現象。あれが意図的に可能となる能力です』
「なるほど……便利だね。じゃあ、《影の手》は?」
『ふふ、それは──ノクス様に見せていただくのが一番かと』
ルーチェが視線を向けると、ノクスはぴしりとお座りしたまま、自らの影を見つめる。次の瞬間、影からギザギザとした黒い“手”のようなものが、にゅるりと伸びてきた。まるで「これがそうだよ」と教えるかのように、伸びたり、引っ込んだりを繰り返している。
『テ、ノバス、トオク、テキ、タオス』
「……離れた敵を、影の手で攻撃できるってこと!? ノクス、すごい!」
ノクスは尻尾を勢いよくブンブンと振った。今にもちぎれそうな勢いだ。
『続いては──ぷるる様についてです』
「えっ、ぷるるも新しいスキルを?」
『はい。以前、ぷるる様が“猫帽子”と化した件を覚えておられますか?』
「うん、あのときは完全に変な生き物になっちゃってたよね……」
『この度、正式に《擬態》のスキルを習得されました。そして《捕食》と併用することで──捕食した魔物や物体に擬態し、その能力を模倣することが可能になります。性能は若干劣化しますが、非常に柔軟性の高いスキル構成です』
「ぷるる、天才だよぉ……!」
『さらにもう一つ。今回の討伐任務において、お嬢様はぷるる様を───“便利な処理係”として扱っておられましたよね?』
実はルーチェ、討伐隊で野営をした夜、ぷるるを呼び出した際に、要らないゴミや使い終わって効果の無くなった魔石などを密かに食べさせていたのである。
「……う、うぅ。ご、ごめん、ぷるる。スライムって何でも食べるって聞いたから、つい……」
『むしろ、それが功を奏しました。ぷるる様は新たなスキル《異空間収納》を会得されております。重要な物品を預けておけば、必要なときに安全かつ即座に取り出せるというものです。空間スキルゆえに、外部からの干渉も防げます』
「ぷるるぅぅぅ!! 本当にありがとうぅぅぅ!! こんなポンコツなご主人でごめんねぇぇぇ!!」
ルーチェは涙ながらにぷるるを抱きしめた。
『いいよ、あるじよろこぶ、うれしい』
「……え?」
『へ?』
「ワフ?」
ルーチェ、リヒト、ノクスの三者に静かな動揺が走る。今、確かに聞こえたのだ。子供のような、無垢な声が。
ルーチェはぷるると目を合わせた。
『……あるじ?』
沈黙の中、もう一度その声が響いた。
「───ぷるるが喋ったぁぁぁ!?」
それは、この日一番の驚きだった。
「それとね? ……皆に相談したいことがあって…」
『昨日仰られていた、今後のお話…ですね?』
リヒトの言葉に、ルーチェは頷いた。
「《共鳴する繋がり》の話を聞いて、少し考えたの。私が三属性の魔法を使えるようになったなら……私は、今以上に目立つ存在になると思う。もともと珍しい光属性使いなのに、どうして新しい属性まで使えるようになったのかって……」
『確かに……そこは追及されるでしょうね』
「だからその……信頼できる誰かに、私がテイマーだと伝えたくて。もちろん、転生者であるというのは隠します。だから……誰に伝えるかを一緒に考えてほしいの…」
『あるじ、いたいの?』
ぷるるがルーチェの顔を見上げている。どうやら不安そうな様子を見て、体のどこかが痛いのだと勘違いしたようだ。
「痛くないよ、ありがとう、ぷるる」
ルーチェは優しくぷるるの頭を撫でた。
『そうですね……お嬢様に近しい方で、信頼のおける人物となると……やはりキール様とテオ様でしょうか。あとは、ギルドマスターや騎士団長あたりも信頼に足る人物かと思われますが……』
ルーチェはその日一日悩んでいた。