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絆ノ幻想譚  作者: 花明 メル
第一章 光と絆のはじまり
30/71

第30話 小さな安心


 

 ルーチェは大通りを真っ直ぐに、宿へと向かって歩いていた。


(なるべく人の多い場所を……誰かの目に映るように……)


 ザバランの忠告が頭をよぎり、不安を押し殺すようにして足を進める。けれど心は落ち着かず、表情もどこか硬い。


 そんな中、不意に横の路地から人影が現れた。


 気づくのが一瞬遅れ、肩が軽くぶつかる。


「わっ……あの、ごめんなさい! ぼーっとしてて!」


 慌てて深く頭を下げるルーチェ。その視線の先で、路地から出てきた人物がふっと笑った。


「いやいや、アタシの方こそ不注意だった。悪かったねぇ、嬢ちゃん」


 女性だった。濃いピンク色の口紅と、鼻をくすぐるような独特の香水の匂い。マントのようなものを羽織ってはいたが、その下の服装は目を引いた。上はビキニのように布面積の少ない装い、下は裾が膨らんだハーレムパンツらしきもの。

 とても派手な格好の女性だった。


「そういや、この近くに酒場があるって聞いたんだけど、嬢ちゃん知ってるかい?」


「ええっと……確か、あっちの通りにあったような気がします。でも、私も詳しくは……どなたか他の人に聞いた方が……」


「そうかい、手間取らせて悪かったねぇ!」


 女は快活に笑い、ひらひらと手を振って通りの向こうへと歩き去っていった。


(不安なせいで何でもかんでも気にしすぎてる……)


 ルーチェは小さく息を吐く。


『お嬢様、不安なのであれば───』


 ルーチェは、リヒトの提案で宿に戻る前に詰所へと立ち寄っていた。


「ルーチェさん! 良かった……宿に行ったらもう出かけた後だって聞いて、心配してたんですよ」


 そう声をかけてきたのは、詰所にいたキールだった。


「キールさん、ご心配をおかけしました。あの……テオさんは、無事ですか?」


「ちょっと、人を勝手に死んだみたいにしないでくれる?」


 呆れたような顔で、キールの背後からひょっこりと顔を出したのはテオだった。


「んで? ギルド、行ってきたんでしょ? 大丈夫だった?」


「はい、聴取は無事に終わりました。それで、その……」


 ルーチェの言いずらそうな態度に二人は顔を見合わせた。そして、二人はルーチェの手を握った。


 キールとテオに案内され、騎士団の会議等に使われる部屋へと通される。

 

「ここなら誰かしらに聞かれる心配無いでしょ。ほらそこ座って」

 

 テオが促す。

 

「使用中にしておきましたから、余程のことがない限り邪魔は入らないと思いますよ」

 

 ルーチェを座らせると、キールとテオは向かいの席に座った。


「一応先に言っとくけど、迷惑かけるかも〜とか、そんなこと思ってんなら、デコピンの刑だから」

 

「私達はもう既に、互いに背中を預け、戦場を生き抜いた仲ですよ。一蓮托生です」

 

 二人の言葉に、ルーチェは深呼吸する。


「...、実は...」


 ルーチェはエリュールとザバランと話した内容を、ちゃんと伝えることにした。

 細工された召喚陣のこと、ルーチェ自身が狙われていたこと、今後の一人での行動は控えるように言われたこと。


「そうでしたか...」

 

 キールが反応し、テオはうーんと唸った。


「つーか、何でルーチェが狙われたんだろ? 遺跡に入った後ならともかく、狙われたのはその前のホブゴブリン戦の時でしょ?」

 

「その召喚陣を設置した人物が犯人なのかな、ルーチェさんは希少な光魔法の使い手だし、それを察知されて狙われたとしてもおかしくない...」

 

「でも、何のために?」


 テオの問いにキールは少し考えた。

 

「例えば...その細工された召喚陣の効果を消せるのが光魔法...とか? 実際、ゴブリンキングを倒した後も、召喚陣は綺麗さっぱり消えてたし...」

 

「有り得そうな話だけど...根拠ないもんね」


 二人は「うーむ」と首を捻っている。


 その時、ガチャリと扉が開く。 

 

「キール、テオ、入っても構わないか?」

 

 コンコンと叩きながら入ってきたのはエドガーだった。


「良いとか悪いとか言う前に入ってんじゃん。てか普通ノックのが先でしょ」

 

 テオが思わずツッコむ。


「どうされましたか? エドガー団長」

 

 キールが尋ねる。


「悪いな、ザバランから至急の手紙が届いたからこうして来たんだ。さて...キール、テオ」

 

 真面目な顔をしたエドガーが二人を呼ぶ。二人は察したように立ち上がり、エドガーの前に整列した。


「ルーチェが何者かに狙われている。よって、二人にはルーチェの護衛として暫くの間傍にいてもらう。誰かしら冒険者を付けるより、信頼してるお前らが付く方がいいだろうというザバランなりの配慮だな」


「その間の、街周辺の巡回任務はどうしますか?」

 

 キールが尋ねる。


「しなくていい。最優先はルーチェだ。討伐は他の奴らと、後は冒険者にも少し依頼を回すから問題ない」


「暫く……って具体的にはどれくらい?」

 

 テオの問いに、エドガーは少し考えた後、答える。


「とりあえず、花祭りまでだな。残り半月、ここから外部の人間がグッと多くなる。街中でも気は抜けんだろう。...ルーチェ、二人は自由に...それこそ馬車馬のように使え。使いっ走りにしても構わんが、必ずどちらかとは共にいるように心掛けてくれ」


「はい...」

 

 ルーチェは少し戸惑いながらも頷いた。


「そういう訳だ、とりあえず今日はお前らも休め。ルーチェを送り届けてからな」


「了解しました!」

「...了解」


 詰所から宿まで一分もかからないが、念の為と送って貰った。


「はい、到着。と言っても詰所が目と鼻の先なんだから散歩にもならないね」

 

 テオがボヤく。


「門前宿を営む夫妻は、元冒険者ですから、宿の中に僕らが居なくても大丈夫とは思います。が、もしもの事があったら真っ先に頼ってくださいね、ルーチェさん」

 

 キールが穏やかに告げる。


「そうそう、何かあった時『きゃー! 助けてー!』って叫んだら秒で駆けつけるよ......、キールが」

 

「いや僕だけ!? テオも護衛なんだから、一緒に来てよ!」

 

「えー...なんてね。冗談だよ、ちゃんと来るから安心しなね」


「はい、ありがとうございます、キールさん、テオさん」

 

 ルーチェの笑顔に、二人は少し安心した様子を見せた。


「やっと少し笑ったね」

 

「やはりルーチェさんは笑顔でいる方が良いと思います。先程まで不安そうな顔をされていましたから...」


「それに、敵がもしまた狙ってくるなら、不安そうにしてるよりも堂々としてる方が狙いにくいもんだよ」


 キールはさりげなくルーチェの手を取った。


「笑っていてください、ルーチェさん」

 

「ま、しょげてる顔よりも笑ってる顔の方がいいと思うよ」


 二人の言葉に、ルーチェは微笑んだ。



***


 

 ルーチェは一人、宿の部屋で休んでいた。少し開けた窓からは、澄んだ夜空に月と星が煌めいている。


(……これから、どうなるのかな)


 ふと、ぽつりとこぼれた心の声。


『お嬢様……』

 

 心に優しく響く声。リヒトだった。


「そういえば、あの狼さん……さすがにもう居ないよね」


 そう呟いた瞬間、部屋の隅で──カタッ、と微かな音がした。


 驚いてベッドから身を乗り出すと、暗がりの中、静かに伏せていた黒い影が姿を現した。


「……ずっと、いてくれたの?」


 ルーチェの言葉に、影狼(シャドウウルフ)は黙って彼女を見上げる。その瞳には、強く揺るがぬ意志が宿っていた。


『お嬢様。その影狼(シャドウウルフ)は、お嬢様を主と見定めたのでしょう。であれば、契約を交わし新たな仲間として迎えるのが最善かと』


「でも……」


 ルーチェが不安げに言いかけると、影狼(シャドウウルフ)は小さく「ワフッ」と鳴き、すっと一歩前に出た。真っ直ぐに、まるで「あなたを選んだ」と言わんばかりに見つめてくる。


(……もう、決まってるんだね。私のほうが、覚悟を決めなきゃ)


「……分かった。なら──」


 ルーチェは影狼に掌を向ける。


「今、汝と誓いを結ぶ。光を我が手に、絆を我が胸に。古き世界の(ことわり)を以て、新たな盟約は結ばれる。

───《絆の誓約(エンリシア・コード)》」 

 

 言葉に呼応するように魔法陣が現れ、彼女と影狼の間に淡い光のリボンが走る。


 繋がる心、重なる想い、ひとつになる絆。


「汝に名を与えよう。汝の名は──ノクス!」


 光が静かに収まると、影狼(シャドウウルフ)──ノクスはルーチェの足元に伏せた。その黒い毛並みは、夜そのものを纏ったように深く静かで、どこかあたたかい。


『よくやりましたね、お嬢様。ノクスはきっと、お嬢様の大きな力になります』


「うん……ありがとう、リヒト。ノクスも……よろしくね」


 ノクスは応えるように、そっと尾を振った。

 夜は静かに、けれど確かに──絆を育み始めていた。


 そしてルーチェは、ベッドへと体を預けた。


『お嬢様。ゴブリンやゴブリンキングとの戦闘、そしてノクス様との契約を経て──お嬢様は大きくレベルアップされました。それに伴い、いくつかの新たな能力を会得しております』


「そっか……」


 リヒトの丁寧な報告に、ルーチェは小さく返事をする。けれどその声はどこかぼんやりしていて、まぶたも重そうだった。


『……ふふ、改めてご報告いたします。本日は、どうぞゆっくりお休みください』


 リヒトの声音は、どこかあたたかく、優しい。その言葉に応えるように、ノクスがベッドの上に乗り、ルーチェのお腹の上に顔をちょこんと乗せた。まるで「もう寝る時間だよ」と言っているかのように、じっと見つめてくる。


「……うん。おやすみ……」


 ルーチェはそのまま、静かに眠りについた。



***



 翌朝。


 ルーチェは早めに目を覚ました。昨日の戦いや契約の疲れは、すっかり取れていた。

 部屋の窓から差し込む朝日がまぶしい。


「今日は……ちょっと、外に出てみようかな」


 そう思ったルーチェは、詰所へ向かった。

 詰所の中に入ると、キールとテオが、いつものように準備を整えて待っていてくれた。


「お、気分はどう? しっかり寝れた?」


「顔色はいいですね。よかった」


「はい、おかげさまで。……今日は、少しだけ出かけてみたいんですけど……いいですか?」


「もちろん! 今日は護衛任務なんだから、どこへでもどうぞ、お嬢様♪」


「……お、"お嬢様"はやめてくださいよ、もう……」


「じゃあ、ルーチェ嬢? ルーチェ隊長? それとも"姫"?」


「……いつも通りで……ルーチェで、お願いします……」


 軽口を交わしながら、三人は歩き出す。

 そして二人は気がついていないようだが、ルーチェの影にはノクスが潜んでいる。


 契約した魔物たちは精神の中に存在する《魂の休息地(ソウルルーム)》に隠しておく方がいいと、リヒトも言っていたし、ルーチェもそうしようとしたのだが、ノクスは頑なにそれを拒んだ。


 きっと、ルーチェを心配しているのだろう。


 ルーチェはノクスの想いを受け取り、妥協案として影の中での護衛をお願いしたのだ。その影は静かに、だが確かに彼女のすぐ傍を離れない。


 今日もまた、新しい一日が始まる。 



ようやく契約しましたね、ノクス!真っ黒ふわふわ赤目のワンコ…ではなく狼です。


ちなみに、ノクスはラテン語で「夜」や「暗闇」意味するそうです。

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