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絆ノ幻想譚  作者: 花明 メル
第一章 光と絆のはじまり
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第27話 重なり合う光



 ゴブリンキングは骨を振り上げると、鋭く床へ叩きつけた。床に衝撃波が走る。その先にいたのはルーチェだった。

 

 ルーチェはすぐに横へ飛ぶ。転がるようにして着地すると、すぐ体勢を立て直してゴブリンキングの方を見る。


 その視線の先に、再び衝撃波が迫ってくるのが見えた。


(避けなきゃ……!!)


 彼女は駆け出す。足を止めることなく、跳び、跳ね、身をひるがえしながら、次々と迫る衝撃をかわしていく。


 テオやキールが左右から攻撃を仕掛けるも、ゴブリンキングの狙いは変わらず、ただルーチェ一人だった。


(何故、ルーチェさんばかりを……!?)


「女の子ばっか狙って、恥ずかしくないわけっ!?」

 

 テオが叫びながら、水流剣を振るう。


 だがゴブリンキングは鬱陶しげに棍棒を強く握ると、その巨体に見合わぬスピードで回転し、二人をまとめて薙ぎ払った。


「ぐっ……!?」

「うおっ……!?」


 吹き飛ばされた二人は、それぞれ左右の壁に激突する。


「キールさんっ! テオさんっ!」


 ルーチェが叫ぶ。

 邪魔者がいなくなったとでも言うように、ゴブリンキングはルーチェを見下ろしながら不気味に笑みを浮かべた。


 ルーチェは冷静に、だが迅速に次の魔法を展開する。


「《聖縛鎖(セイクリッドチェイン)》!!」


 床に現れた無数の鎖が、ゴブリンキングの巨体をがんじがらめに捕らえる。


 その隙に、ルーチェはより傷の深そうなテオのもとへ駆け寄った。


「《治癒(ヒール)》!」


 彼女の手から癒しの光があふれ、テオの体を包む。

 テオはなんとか上体を起こすと、手でルーチェを制した。


「俺のことはいいから、キールも回復させてやって」


「でも……!」


「へーきへーき、ポーション、まだあるし……ね?」


「……分かりました。でも、痛かったらすぐ言ってくださいね……!」


 ルーチェはすぐにキールのもとへ走る。


(いいとか言ったけど、さっきの攻撃で骨にヒビ入ってそうなんだよなぁ……くそ……やっぱ強いな、ゴブリンキング……)

 

 テオはポーションを煽りながら、苦々しくそう思った。


「《治癒(ヒール)》!」


 今度はキールに癒しの魔法をかける。


「すみません、ありがとうございます。ルーチェさん……」


「キールさん、大丈夫ですか?」


「はい。ルーチェさんのお陰で、だいぶ痛みが引いてきました。何とか動けそうです……」


 キールの笑みに、ルーチェも安堵の笑顔を返す。


───その時だった。


「───ッ、ルーチェッ!! 逃げろ!!」


 切羽詰まったようなテオの声。ルーチェは思わず振り返る。


 ゴブリンキングが視界に入る。その体を縛っていた鎖は、ほとんど外れていた。

 そして、ルーチェに向かって巨腕を伸ばしていた。


 ルーチェは咄嗟に身を引こうとする。


───が、ゴブリンキングの目が光った瞬間、ルーチェの体が石のように固まってしまう。


(……かっ……体が……痺れて……!?)


 動かそうにも、体はピクリとも動かなかった。


『お嬢様───!?』


「ルーチェさんっ───!?」


 慌てたようなリヒトとキールの声が響く。


 ゴブリンキングは何を思ったか、伸ばした手でルーチェの体を掴むと、壊さぬようにその巨手で持ち上げた。


「きゃあっ!?」


「ルーチェッ!!」

 

 テオの叫びが響いた。

 

 ゴブリンキングは、掴んだ少女をじっと見つめていた。まるで玩具の人形でも眺めるかのように、舐め回すような視線を注ぐ。


「ガハッ……ガハハハハッ───!!」


 喜ぶように、ゴブリンキングが笑い声をあげた。


(せめて……麻痺の回復を……!)

 

 ルーチェはかすかに息を吐きながら、震える声で呟く。


「《状態異常治癒(キュア)》……!」


 魔法が発動し、ルーチェの体を縛っていた痺れが消え去る。

 だが、それを見たゴブリンキングは不快げに顔をしかめ、掴んだ手にわずかに力を込めた。


「んっ……っあああぁぁっ!!」


 その圧は、ルーチェにとって想像を絶するものだった。骨が軋むような痛みに、思わず声を漏らす。


「ルーチェッ!!」


 テオが叫ぶ。痛む体を無視し、彼は全力で駆け出していた。キールも、ふらつきながらも何とか立ち上がり、槍を構える。


「《水狼牙(すいろうが)》ッ!!」


 テオの剣から放たれた水流が、再び狼の形を取って現れる。

 痛みに意識が揺らぎ、魔力の形が崩れそうになる中、テオは必死にそれを踏みとどまらせる。


「───《(あぎと)》ッ!!」


 水の狼が咆哮と共に鋭さを増し、ルーチェを掴むゴブリンキングの腕に食らいついた。


 鋭い水の牙がじわじわと腕に喰い込み、ついには──


 ガキィンッ──


 その太い腕を、狼が噛みちぎった。


「きゃあああっ!?」


 締めつけから解放された途端、急激な落下にルーチェが悲鳴を上げる。

 その身体を、間一髪でキールが抱きとめた。


「ルーチェさん!!」


「キールさ…」


「《疾風波(ゲイルウェイブ)》!!」


 キールの手から風の波が放たれ、勢いよくゴブリンキングを押し返す。

 その巨体は玉座の方へと吹き飛ばされていった。

 

「ゲホッ、ゲホッ……!」


 テオが膝をついた。立っているのもやっとという様子だ。キールもかろうじて動けてはいるが、ルーチェを抱えたまま肩で荒く息をしている。


『お嬢様。お二方のこれ以上の戦闘継続は困難です。消耗が激しすぎます』


 リヒトの声が、ルーチェの頭に響く。


(……分かってる……)


 ルーチェは、黙って二人の前へと歩み出た。


「ルーチェさん……何を……?」


 キールが問いかける。

 テオも弱々しく声を張り上げた。


「ルーチェ……!」


 しかし、ルーチェは何も答えず、振り向きもしなかった。

 そのまま、静かに杖を構える。


 目を閉じ、呼吸を整える。

 杖の先端に、淡いピンクと純白の光がゆっくりと集まり始める──それは《絆の光(コネクション)》を象徴する神聖な輝き。


 対するゴブリンキングは、骨の武器を振り上げ、衝撃波を放とうとしていた。


(私が……私が二人を守る───!)


「───《絆の崩撃(リンクバースト)》!!」


 放たれた光は一直線に突き抜け、ゴブリンキングを狙う。それを見たゴブリンキングは、咆哮を上げながら骨を振り下ろし、光線の相殺を試みた。


 光と骨がぶつかり合い、激しく火花を散らす。


(この二人は……私のわがままを聞いて、ここまでついてきてくれた。痛くても、辛くても、私を励ましてくれた。私は……まだ何も返せてない……! だから、せめて───!)


 ルーチェの手に、ぐっと力が込められる。


 その時───、


 左右から、彼女の手を優しく包み込むように重なる手があった。


「大丈夫、信じてるからさ……!」


 いつものからかうような声じゃない、テオの優しい声がする。


「ルーチェさんなら、必ずできます……!」


 キールもまた、穏やかな声で励まし支える。


「……っ、はい!!」


 ルーチェの声に力が戻る。


 光線の輝きが増し、出力が一気に跳ね上がった。

 骨は熱で軋み、音を立てて溶け、そして──砕けた。


 そのまま光は、ゴブリンキングの胸をまっすぐに撃ち抜く。

 

 やがて光は静かに消え、場に静寂が戻る。


 ゴブリンキングは胸にぽっかりと穴を開けたまま立ち尽くしていたが───膝をつき、その巨体を前に倒した。

  

「ゴブリンキング、倒しちゃった……。すげぇや、ルーチェ……」


 テオがぽつりと呟いた。

 そのまま、糸が切れたように力を失って倒れ込む。


「やりましたね、ルーチェさん……」


 キールもまた、静かに地面に膝をついた。


 二人は限界だった。立っているのも、もはや奇跡に近かったのだ。


「キールさん! テオさん!」


 慌てて駆け寄ったルーチェは、すぐに《治癒(ヒール)》を唱える。

 しかし、思ったほどの回復は見られなかった。


(効きが悪い……? なら──)


 ルーチェは二人の手を握り、直接癒しの魔力を流し込む。すると、さっきよりずっと回復の感覚が早くなったように感じた。


 ルーチェは目を閉じ、集中して魔力を注ぎ続ける。少しでも、二人の痛みが和らぐようにと願いながら──


 そして数分後。


 そっと握っていた手のひらに、何かが触れた。指先で撫でられる感触に、ルーチェは思わずびくりと肩を震わせ、目を開いた。


 覗き込んできたのは、少し意地悪な顔をして笑うテオだった。


「て、テオさんっ!!」


 顔を真っ赤にして怒るルーチェ。


 そんな彼女に、今度はキールが声をかけた。


「ルーチェさん」


 そちらに視線を向けると、キールは片膝をつき、紳士のような所作でルーチェの手を取ると、そっと唇を寄せて優しく手の甲にキスを落とした。


「っ──!?」


「私は貴女に助けられました。心から感謝いたします」


「はわ……」


 王子様のような仕草に、ルーチェは目を見開き、言葉を失う。キールの凛とした微笑みから、目が離せなかった。


 その様子を横目で見ていたテオが、にやにやと笑いながら、まるで恋人繋ぎのようにルーチェの手を自分の指で絡めるように握る。


 そして──手の甲に、ちゅっと音を立ててキスを落とした。


「ぴっ……!?」


「ありがとね、ルーチェ」


 二人の青年が、ルーチェに優しく微笑みかける。

 頬を赤く染めながらも、ルーチェはその笑顔に応えた。照れたように、でも確かに、幸せそうに──微笑んだ。


 

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