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絆ノ幻想譚  作者: 花明 メル
第一章 光と絆のはじまり
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第25話 選択の行方


 

 遺跡の中はひんやりとしていて、石で作られた天井と壁が、足音を静かに跳ね返してくる。所々、崩れた隙間から草が芽吹き、蔦が壁を這っていた。奥まった空間には、木の枝が陽を求めて差し込んでいる。


「元々は、豊穣を祈るために建てられた神殿のような場所で……雨乞いや供物のお供えが行われていたそうです。ここは《緑癒獣(りょくゆじゅう)》が守る土地ですが、稀に天候不良などで不作の時期があったようです。その際に使われていたんだとか」


 キールがそう口にする。


「詳しいんですね、キールさん」


 ルーチェが感心したように言うと、キールは少しうつむいて照れ笑いを浮かべた。


「いえ、その……本で読んだことがあるだけですよ。地図に載ってた記録を見て、少し調べておいただけです」


 進んだ先の階段を降りると、空気がぐっと冷たくなった。石でできた長い通路の先、そこは天井が高く、やや開けた円形の祭壇のような空間だった。

 中央には、今は使われていないであろう石の祭壇。その周囲には火皿のようなものがいくつかあり、かつてここが神聖な儀式の場であったことを物語っている。


「すごい……」


 ルーチェが息を呑むように呟いた。


「今のところ、魔物もいないけど……妙に静かだね」


 テオが辺りを警戒しながら呟く。


 ふと、ルーチェが見上げる。天井には古びた壁画のようなものがあり、神話を描いたような絵が薄く残っていた。絵の下には何やら文字が刻まれている。


「壁画と……言葉? ……古代語か何かでしょうか……?」


 キールが眉をひそめながら呟いたその時、ルーチェは凍りついたように動きを止めた。


「……!」


 その文字は、ルーチェにははっきりと読めた。いや、それもそのはず、そこに刻まれていたのは───


『光は絆を導く』


 まぎれもなく、日本語だった。


「ど、どうして……?」


 誰にも聞こえないような小さな声が、ルーチェの口から漏れる。背筋にひやりとした感覚が走る。異世界である地球の言語の一つ、日本語。そんなはずはないのに───けれど確かにそこにある。


「『光は絆を導く……』」


 ルーチェが呟いた瞬間だった。

 石の祭壇が───かすかに光を放った。


「……え?」


 驚きつつも、何故か“読まなければいけない”と、……ルーチェはそう感じた。

 その光に誘われるように、ルーチェは続きの言葉を読み上げる。言葉をなぞるように、声に出して。


「『求める者よ、その意思を示せ……』」


 その言葉に、魔法陣のような光が床を走った。


 祭壇の下から、円を描くように広がっていく光。それは床を這い、蔦の影をくぐり抜け、奥の壁へ───まるで何かを示すように。


 やがて、壁の一部に形を描き始める。それは扉だ。


 ゴゴゴゴゴ……!


 重い音が遺跡の中に響く。

 光の描いたその輪郭は、まるで命を得たかのように動き始め、封印されていた石の扉がゆっくりと開かれていく。


「ルーチェさん、これは……?」


 キールの戸惑いの声。しかし、ルーチェからは返事がない。


「ルーチェ? ……ちょっと、聞こえてる?」


 テオが心配そうに覗き込むと、ルーチェは祭壇の上で虚ろな瞳のまま、じっとしていた。


 彼女の意識は、すでに別の場所にいた───。

 


***

 


「……ここは……」


 一面、白い光が漂う空間。

 どこまでも柔らかで、でも現実ではないと感じさせる、不思議な場所。


「リヒト……?」


 問いかけても、返事はない。代わりに、どこからともなく漂ってくる金色の光が一つ、ルーチェの元へと近づいてくる。


(……触れなきゃ)


 そう、直感でわかる。

 ルーチェがその光にそっと手を伸ばすと、風景が変わった。


 目の前には、花畑に佇む二人の姿。

 ひとりは柔らかい雰囲気の少女。

 もう一人は、肩に小さな竜を乗せた青年。


 二人は並んで座り、笑顔で語らっている。

 とても、幸せそうだった。


(……誰なんだろう。でも、あたたかい……)


 そのときだった。

 背後から、微かに聞こえる少女の声。


───……を、助けて……───


 はっきりとは聞こえない。それでも、切実な想いだけは胸に残った。



***

  


「……っ!」


 ルーチェは一気に現実へと引き戻された。気づけば、祭壇の上。全身に冷たい汗をかいていた。


「ルーチェ! 気がついた!」


 テオの声に顔を上げると、キールとテオが心配そうに覗き込んでいた。天井が正面に見える、床に寝ている状態のようだ。


「大丈夫か? 状態異常の類ではなさそうだが……」


 低く落ち着いた声と共に、ドレイグがルーチェを覗き込んでくる。屈強な体に鋭い眼差し。だが、その目には優しさも滲んでいた。


「……すみません。もう、大丈夫です」


 ルーチェはゆっくりと体を起こしながら答えた。


『お嬢様、大丈夫でございますか? 突然お嬢様とのリンクが途絶えてしまったので心配しておりました...』


(そっか、だからさっき何も聞こえなかったんだ...)


『リンクが途絶えていた間に一体何が...』


(それは...うん、後で話すね...)


 ルーチェが顔を上げると、あることに気がついた。


「あれ、他のパーティの人たちは……?」


「ヴェルナーのパーティが、扉の先へ先行した。ロッシュのパーティは、伯爵たちに報告のため地上へ戻ったよ」

 

 ドレイグは壁にもたれながら、淡々と現状を伝える。


「とりあえず、どちらかが戻ってくるまで、俺たちはここで待機だ。もう少し休んでおけ。……気付け薬があるが、使うか?」


「いえ……大丈夫です。ありがとうございます、ドレイグさん」


 ルーチェが微笑んで礼を述べると、ドレイグは「そうか」と短く頷き、また祭壇の周囲に目を配った。


 しばらくすると、奥の通路からロッシュのパーティと、エリュールの姿が現れた。足早に歩いてくるロッシュが、ルーチェを見つけて声をかける。


「お嬢ちゃん、大丈夫か?」


「はい……ご心配をおかけしました」


 ルーチェは立ち上がり、小さく頭を下げる。

 その横で、エリュールが壁の文様や扉をじっと見つめながら、静かに口を開いた。


「……なるほど。ルーチェさんの言葉によって、祭壇が起動したのですね」


(どうしよう……勝手に動かしちゃったから……怒られる……?)


 ルーチェが不安そうに目を伏せたそのとき──


「乗っ取られてたっぽい感じだったし、別にこの子のせいじゃないでしょ」


 声を挟んだのは、テオだった。ルーチェの肩に手を添え、淡々としながらも、さりげない擁護の意志をにじませる。


「...えぇ。確かにあの時のルーチェさんは、明らかに何かに引き込まれていた様子でした」


 キールも続くように言った。


 エリュールは頷き、ルーチェの方をまっすぐに見つめる。


「責めてなどいません。むしろ、貴女が反応したという事実こそが、我々にとって重要なのです」


 その言葉に、ルーチェはほんの少しだけ、肩の力を抜いた。


 その時、ヴェルナー達が戻ってきた───のだが、ボロボロだった。

 

「ヴェルナー!」

 

 バタバタと倒れるヴェルナー達、ドレイグはすかさず治癒(ヒール)をかける。

 

「ぐっ...! 逃げろ...ゴブリンが、居た理由は...この先にある...!」

 

「なんだと...!?」

 

「この先にいるのは...ゴブリンキングだ...!」


 その瞬間、場の空気が凍りついた。


「ゴブリンキングだと……?」


 ドレイグが目を見開きながら呟く。ロッシュやエリュールの表情も険しくなった。


「そんなはずは……ゴブリンキングなんて、普通は大規模編成でようやく討伐できる相手じゃ……」


 キールが青ざめた顔で言うと、倒れたヴェルナーが呻きながら続ける。


「……しかも、ただのゴブリンキングじゃ……ない……魔力を纏っていた……ありえない、異常個体だ……!」


「異常個体……!」


 テオの声も震えていた。

 周囲の焦りようを見て、ルーチェは不思議そうに首を傾げた。


「あの、ゴブリンキングが魔力を持っているのって、そんなに珍しいことなんですか?」


 彼女は近くに立っていたキールに、小声で尋ねる。


「そもそも、ゴブリンという種は、本来ほとんど魔力を有していないのです」


「そうなんですか……?」


「ええ。ですから昨日のように、木の棒や棍棒を手に襲ってくるのが基本です。つまり、物理的な攻撃を多用するわけですね。稀に魔法特化の個体もいますが……それでも有している魔力量は人間の比ではありません」


 キールは言葉を区切り、続けた。


「ゴブリンキングとは、ゴブリンの進化個体にして、群れを統率できるほどの力を持つ強力な存在です。その性質は大きく二つ。一つは今言った通り、群れを率いる長としてのカリスマ。そしてもう一つは、通常のゴブリンよりも数倍大きい巨体。大きさに比例して、その力も桁違いになります」


「そんな危険な魔物が……」


「しかも今回は魔力持ちですからね。どんな攻撃をしてくるか分からない───それこそが一番恐るべき点でしょう」


 キールは険しい表情でそう締めくくった。

 話を聞いたルーチェは手に汗を握りながら、倒れたヴェルナーたちを見下ろす。


(私の言葉で扉が開いてしまった、私のせいで……)


 心の中に、不意に響いた“───を、助けて───”という声が蘇る。


───この先にいるのは、ただの敵じゃない。

 何か、大きな力が動いている。


「……どうする? 引き返すか? それとも──」


 ロッシュが皆を見回して、言った。


 その視線の中に、ルーチェの瞳も静かに映っていた。


「事実ならこの人数で倒せる敵じゃない、一度撤退して討伐隊を再編成するべきだ」 

「ギルマスにも話を通す必要があるな...」

 

 と大人達が戻る雰囲気になっている中、祭壇の上では不安そうなルーチェにキールとテオが寄り添っていた。

 

「ま、もし怒られることになったら一緒に謝ったげるからさ」


「大丈夫ですよ。私たちはルーチェさんの味方です」

 

「はい...」

 

 ルーチェが視線を動かした時だった。

 床に新たな文字が刻まれていた。

 

「これ...」

 

「何これ、さっきまで無かったよね?」

 

「これも何かの言葉なのでしょうか...」


 キールが不思議そうにそう言った。

 テオはルーチェと目線を合わせるように屈んだ。

 

「……ルーチェ、これ読める?」

 

「でも、また何か起きたら...!」

 

「今更なんか起きても、全滅しなきゃノーカンでしょ」

 

「大丈夫ですよ、何が起きても守ります。その為に私たちはここにいるのですから」

 

 ルーチェは床の文字を読んだ。

 

「『挑む者よ、覚悟を決めよ──』」

 

 祭壇から溢れた光に大人たちは振り返った。しかしそこにルーチェたちはいなかった。


「ルーチェ!?」

「おい、どこ行った!?」


 祭壇を見た者たちが一斉に駆け寄るが、そこには光の余韻がわずかに残るだけで、ルーチェ、キール、テオ、三人の姿は消えていた。


「一体、何が──!」


 ロッシュが驚愕の声を漏らす。隣にいたエリュールが祭壇の残留する魔力を読み取るように手をかざすと、確かに微弱な転移の痕跡があった。


「これはもしや……“試練の扉”かもしれません」

 

「……何だと?」


 ドレイグが鋭く問い返す。


「古代の神殿や遺跡によくある構造です。意志を持って進んだ者だけが通される“選択の間”……彼女たちは、選ばれたのです」


「そんな勝手な……!」


 ロッシュが叫びかけたが、すぐに言葉を飲み込む。

 消える直前の、ルーチェの迷いの中にあった“覚悟”の色を思い出したのだ。



***



──その頃、ルーチェたちは。


 遺跡の地下深く、静寂に包まれた石造りの広間に転移していた。天井には淡く揺らめく光の紋様が浮かび、目の前には重厚な一枚の扉がそびえている。


 その扉の中央には、再び“日本語”でこう記されていた。


『ここは選択の間───ここより先は試練の間』


 ルーチェは扉を見つめながら、少し首を傾げた。


「ここは選択の間で、この先が恐らくヴェルナーさん達の入った、ゴブリンキングのいる試練の間だと思うんですが……」


「ん? どうかしたの?」


 横にいたテオが尋ねる。


「いえ、その……どうしてヴェルナーさんたちは、いきなりゴブリンキングの部屋に飛ばされたんだろうって……」


「うーん、もしかすると───あの扉自体がフェイクだったのかもしれませんね」


 キールが腕を組んで考え込むように言った。


「フェイク……? 偽物ってことですか?」


「偽物というより……“この選択の間に来る資格のない者”は、前段階を飛ばされて、直接ボス部屋に転送される仕組みだったのかも。逆に、選ばれた者だけがここに転移できる……準備のために。まあ、あくまで仮説ですが、ありえない話ではないかもしれません」


「なるほどね。資格がなくても、扉を通れば一応ボスには挑めると。……昔の人、なんだかずいぶん面倒な仕組みにしたんだね」


 テオが苦笑する。


「きっと、遺跡の中にある何かを守るための仕組みなんだよ」


「お宝でもあるとか?」


 キールとテオが会話をしていると、


「……でも、私、きっと呼ばれたんだと思います」


 ルーチェがぽつりと呟いた。その声音に、キールとテオが顔を向ける。


「だったら、行くっきゃないって感じ?」


 テオがにこっと笑って尋ねた。


「でも……お二人を、危ないことに巻き込みたくありません」


 ルーチェはそっと振り返る。背後には、光の輪がゆっくりと回転していた。おそらく、祭壇への転移門。ここで帰ることもできる───そう、選ぶことができるのだ。


 だが、キールは静かに首を振った。


「ルーチェさん。今の僕たちは“パーティ”です。あなたが進みたいと思うなら、私たちも一緒に行きますよ」


「でも……!」


「いいからいいから。子どもは大人にもっと頼っていいの。わがままも、言っていいんだから」


「……わがまま……」


 それは、ルーチェがこの世界に来るよりもずっと前から言わないようにしてきたものだった。家族にも、周囲にも迷惑をかけまいと、我慢して、気をつけていたもの。


(……頼っても、いいの?)


「ルーチェさんは、どうしたいですか?」

「何を選んでも、俺らはついてくよ」


 キールとテオのまっすぐな声に、ルーチェは少しだけ目を伏せ、そして───静かに口を開いた。


「……私は、“試練の間”に進みたいです」


「よし、決まり! これでゴブリンキング倒しちゃったら、俺ら英雄じゃね?」


「気が早いってば、テオ……。戦力的に戦いになるかどうかもまだ分からないのに……」


 テオの言葉に、キールが苦笑しながら言った。


「ルーチェ、準備はいい?」

「私達はいつでも行けますよ」


「あ、少し待ってください……!」


 ルーチェは荷物から白いローブを取り出した。


(何となく、こっちを着ておいた方がいい気がする……)


 ルーチェは着替え終わると、二人の間に立つ。


『...お嬢様、くれぐれもお気をつけて』


(うん、ありがとう、リヒト)


「……キールさん、テオさん、行きましょう……!」


 ルーチェの言葉に二人がうなずく。三人は並んで重々しい扉に手を伸ばした。


 

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