第24話 遺跡へ
各グループの聴取が終わった後、ザバランは討伐隊のメンバーを集めた。
「聞いてくれ。森を抜けた先にある遺跡───皆への聴取の結果、そこが怪しいという結論になった!」
ザバランが声を張ると、空気が引き締まる。
「今日はここに泊まり、明日の朝から遺跡に入ろうと思う。今日はゴブリンの群れと戦って、各々疲れただろう。まずはしっかり休んでくれ。もし物資や食料が足りないようなら言ってくれ。こちらで追加を用意する!」
そして、力強く締めくくった。
「では、解散!」
その号令に従って、冒険者や騎士たちはそれぞれの仲間と共に、各々がテントの方へと戻っていく。
「ルーチェ。晩ご飯、一緒に食べる?」
声をかけてきたのは、テオだった。
「えっ、いいんですか?」
ルーチェが目を丸くして聞き返すと、テオはにっこり笑って頷いた。
「もちろん。小さい鍋と野菜を持ってきたから、スープにしようと思ってさ。焚き火で干し肉を焼いたら、割増で美味しくなるよ」
「わぁ……楽しみです!」
「キールが今、薪を拾いに行ってるから。ルーチェはとりあえず、自分の干し肉とパンを持って、俺らのテントの方に来なよ」
「はい、わかりました!」
ルーチェは一度自分のテントへ戻るため、ぱたぱたと歩き出す。
(……ご飯の話をしたら、お腹空いちゃったな)
思わずお腹を押さえて苦笑いする。
『とりあえず今は、周りに他の冒険者や騎士もいますし、少し肩の力を抜いて英気を養いましょう』
心の中に響くリヒトの言葉に、ルーチェはそっとうなずいた。
「……そうだね。そうするよ」
夜の空には、淡く瞬く星々が広がり始めていた。
料理はほとんどテオが手際よく進めていた。ルーチェはその隣で、彼の動きを興味深そうに見つめている。薪が爆ぜ、香ばしい匂いがあたりに広がっていく。
やがて料理が出来上がると、三人は火を囲うように座った。
「はい、どーぞ」
テオがスプーンと共に器を差し出す。
「わぁ……いい匂い……!」
「テオは料理が上手なんですよ。テオが食事当番の時は、みんなおかわりするんです」
そう口にしたのは、キールだった。
その言葉に、テオは得意げにニヤリと笑ってみせる。
「キールの時は当たり外れがあるよね。……最近は当たりの方が増えてきたけど」
「ちょっ、それルーチェさんの前で言わないでよ!」
照れくさそうにテオの肩を小突くキール。
「ま、とにかく食べなよ。今日は疲れたでしょ?」
なんだかんだ言いつつ、テオは優しく声をかけてくれる。
「……いただきます」
ルーチェはスプーンを取り、そっとスープを掬って口に運んだ。
とても……あたたかくて、優しい味がした。
宿で出てくるスープより少しだけ味が濃い。その分、スパイスが効いていて、身体にじんわりと染み込んでいくようだ。
「……んー、少し濃かったかな。でも、疲れてるし汗かいただろうから、塩分は大事ってことで」
そう言って、テオはスープを一口啜る。焚き火の炎が、彼の横顔を柔らかく照らしていた。
「……ふぅ」
ルーチェは、ゆっくりと、味わうようにスプーンを運び続ける。焼いた干し肉にもかぶりつくと、じゅわっと広がる旨味に思わず頬が緩んだ。
そんな彼女の様子を横目に見ながら、二人はさりげなく別の話題を口にする。
「明日、遺跡でしょ。どう思う?」
テオが問いかけると、キールはスープを一口飲んでから、少し考えるように視線を焚き火へと落とした。
「うーん……かなり古い時代からある遺跡だし、魔物が少しぐらいいても不思議じゃないよね。でも、もしあの森で出会った魔物と同じくらい、遺跡の中にもいたとしたら……」
「……ヤバいね」
「うん。テオ風に言うなら、すっごくヤバいと思う」
そんな会話を聞きながらも、ルーチェは黙って食べ続けていた。けれどその心の中では、不安や疑問が渦を巻いていた。
(……分からないことだらけで、頭がごちゃごちゃになりそうだ……)
『お嬢様。……今日は早めにお休みください。お疲れなのですよ』
リヒトの優しい声が、胸の奥にふわりと響く。
(……うん。そうするよ)
夜は更け、焚き火の炎が、静かに揺れていた。
***
次の日の朝になった。薄明の空に光が差し始める頃、冒険者や騎士たちは、予定通りザバランや伯爵のテントの前に集まり始めていた。空気には朝露の冷たさと、これから始まる遺跡探索への緊張が混ざっている。
───ザバランが前に立ち、全体を見渡してから口を開いた。
「おはよう、諸君! これより遺跡探索の時間だ。伯爵と護衛部隊、それから俺は遺跡前で待機する。……万が一の時に備えて、だ。準備の整ったパーティから順に遺跡に入ってくれ!」
力強い声が静寂を破り、集まっていた者たちがそれぞれ動き出す。
ルーチェは一度自分のテントへ戻り、荷物を確認した。もしもの時のために小分けにした保存食に水筒、武器にポーション──忘れ物はない。深呼吸を一つし、テントの外へ出ると、ちょうど一人の人物がこちらへ向かってくるのが見えた。
「おはようございます、ルーチェさん」
声をかけてきたのはエリュールだった。いつものように凛とした佇まいで、しかしその目には何か探るような光が宿っている。
「おはようございます、エリュールさん」
ルーチェは微笑みながらも、その視線に僅かな緊張を覚えた───彼女の視線が、何かを見透かしてくるようだったからだ。
エリュールは数秒の沈黙の後、まっすぐに言葉を紡いだ。
「───ルーチェさん。貴女の言葉は“事実”ではあるけれど、“真実”ではない」
その一言に、ルーチェの心臓が跳ねた。
(……まさか、嘘が……バレた……!?)
頭の中で警鐘が鳴り響く。言い逃れる言葉を考えようとした瞬間、エリュールはふっと微笑んだ。
「……しかし、あなたの纏う光が、私に告げています。“信じていい”と。故に、信じます」
その微笑みは、柔らかく、そして静かな覚悟を帯びていた。
「……それでは。遺跡の探索、どうかお気をつけて」
「……はい。行ってきます」
ルーチェはわずかに背筋を伸ばして返事をし、その場を後にする。胸の奥に残るのは、見透かされた恐怖よりも───信じてもらえたという、温かくも苦い感情だった。