第23話 聴取
野営地に戻ると、全員が少しの休息を取ることになった。ルーチェも、自分で立てたテントの中で体を休めていた。
「はぁ……一時はどうなることかと思ったよ……!」
『思わぬ救世主でしたね、お嬢様』
「《召喚》───ぷるる」
テントの中に小さな魔法陣が浮かび、ぷるるがぽよんと現れる。ルーチェが契約しているスライムだ。
「ぷるるも出してあげられなくてごめんね。人が多いと目立っちゃうし……」
『他の冒険者もおりましたから、致し方ありません』
「それより、あの子にちゃんとお礼したかったなあ。あの狼さん、どこに行っちゃったんだろ……」
そう呟いた瞬間、ルーチェの影から“ぴょこ”っと耳が生えた。
「へ……?」
影の中から、ぬるりと現れる黒いシルエット。それは先ほどの狼だった。
「ワフ……」
「君……さっきの……いてくれたんだ……!」
嬉しそうに尾をふりふりと振る。その前でぷるるがぽよんと跳ねた。
狼はそれを見て、しばらく考えるように「ワフ、ワフ……」と声を発する。
『お嬢様、ぷるる様が……』
「ん……?」
『ゴブリン、森の生き物、否定、森の先……と、言っている、と仰っております』
「……え? それって……狼さんがそう言ってるってこと?」
ルーチェとリヒトが会話していると、再び「ワフワフ」と発し、さらに何かを伝えようとしているようだった。
『それから...、少し前、森……変な音……? その後、魔物、おかしい……とも仰っております』
「つまり、少し前に森の中で“変な音”がして、その後から魔物の様子がおかしくなったってこと……? それに、ゴブリンたちは元々この森の生き物じゃなくて、森の先から来た……?」
『事実であれば、意図的に魔物を森へ誘導した者がいる可能性がありますね……』
その時、外から足音が近づいてきた。そして、その足音はルーチェのテントの前で止まった。
「ルーチェさん、キールです」
「は、はい!」
ルーチェは慌ててぷるるを鞄に押し込み、それを見た狼は音もなく影へと戻っていった。ルーチェはそれを確認し、テントの入口を開ける。
「どうかしましたか?」
「チームごとに聴取があるそうです。戦闘の詳細や状況の確認でしょうね」
「……分かりました。今行きます」
ルーチェはちらりと足元の影を見た。
「……狼さん、ちょっとここで待っててね」
(……どうにかして、狼さんのことを隠したまま、“森の先から魔物が来た”って伝えないと……)
そう心の中で呟きながら、ルーチェは伯爵やザバランがいる天幕の方へと向かっていった。
***
「お疲れ様、ルーチェ」
大きな天幕の中に入ると、座っていたザバランが手を挙げて声をかけた。
「お疲れ様...です、ザバランさん」
ルーチェは既に座っていたキールとテオの隣に腰を下ろす。向かいには、ノヴァール伯爵と秘書のエリュールさんも座っていた。
ザバランが口を開いた。
「さて、ルーチェ。実のところ、キールとテオへの聞き取りはもう終わっていてな。ルーチェが一人ではぐれて疲れているだろうと思って、少し長めに休憩を取らせたんだ」
「そうだったんですね。お気遣いありがとうございます」
「ルーチェ、単刀直入に聞こう。はぐれた後、何をしていた?」
全員の視線がルーチェに集まる。
(……う、疑われてる!?)
驚いた様子のルーチェを見て、ザバランが勢いよく立ち上がった。
「あー! 違う、誤解だ! そういう意味じゃない!」
「───ルーチェさん」
静かな声でエリュールさんが口を開いた。
「私たちは、貴女が二人とはぐれた後、この件に関わる何かを目撃したり、解決の糸口を見つけたりしていないかと伺いたかっただけです。決してあなたを疑っているわけではありませんので、ご安心ください」
「それに彼女、エリュールは人の“色”を僅かに感じ取ることができる。もし君が悪人の色を持っていたら、今頃問答無用で捕らえて尋問していたところだ」
そう言って伯爵は笑った。
「その……」
ルーチェは少し考えたあと、口を開く。
「何かに……狙われたような気がします」
「狙われたって、どういうこと?」
隣に座るテオがルーチェを覗き込む。
「……あの時、霧の中……いや、多分、森の先から何かが飛んできて……。それを私、避けて……死角になるように隠れたんです。何が飛んできたのか、なんで狙われたのかは分かりません。でも、飛んできた方角から、嫌な気配がして……。気づいたらキールさんたちとはぐれていて、しばらく森を彷徨っていたら、声が聞こえて……それで、なんとか再会できたというわけです」
(……とかで誤魔化せてるかな)
『嘘を見破る術さえなければ……ですが、言い訳としては十分かと』
リヒトの声が心に響く。
(でも、でもだよ? バレたらセシの街から追放とか言われたりしないよね…)
『流石に、それはないとは思いますが……』
二人が心の中でやり取りをしている間に、伯爵、エリュール、ザバランの三人が小声で何やら相談していた。
「伯爵様……ならば、やはり……」
「うむ。……ルーチェ」
「は、はいっ!」
ルーチェは慌てて姿勢を正す。
「実はな、エリュールが“魔物の過去の足取りを辿る魔法”を使って、ゴブリンたちがどこから来たのかを突き止めたのだ」
「はい。そしてそれが……ルーチェさんが嫌な気配を感じた場所と同じ……“森の先”からでした」
「これで確定だろう。つまり、ゴブリンたちは森の先の───遺跡から来た、ということになる」
伯爵の言葉に、キールが口を挟む。
「しかし……あれはただの遺跡で、魔物は出現しない場所のはずでは?」
「……まさか……」
ザバランが何かに気がついたように立ち上がり、声を上げる。
「まさか、あの遺跡が...ダンジョン化、しているってのか...!?」