第18話 備え
ルーチェがギルドマスターの部屋を後にしようと扉に手をかけた、その時だった。背後から声がかかる。
「ちょっと、いいかしら?」
振り返ると、そこに立っていたのはドレイグのパーティの魔法使い──カミラ。鋭い目がじっとルーチェを捉えていた。
「え、あ……はいっ」
少し緊張しながら返事をすると、カミラはため息をついて、腕を組んだ。
「……貴女、装備が最初の頃と何も変わってないじゃない!」
ルーチェはその言葉にビクッと肩をすくめる。
「相変わらず手ぶらだし! 武器はまあいいとして、防具くらいローブの下に何か着なさいよ! たとえば、こういう軽鎧とか!」
そう言ってカミラは自分のローブの裾をめくり、下に身に着けている皮の鎧をちらりと見せた。
「それに貴女、街の近場の依頼しか受けてないんでしょ? だったら野営用の装備も必要になるじゃないの!」
「えっと……そう、ですね?」
カミラの横から、ドレイグが顔を出す。
「すまない、ルーチェ。カミラは君のことを心配してるんだ」
「べ、別に心配してなんかないから! 足を引っ張られると困るってだけよ!」
カミラは真っ赤になってそっぽを向くと、懐から小さな紙片を取り出して何かを書きつけ、ルーチェへと押し付けた。
それは「必要なものリスト」。丁寧な字で、装備や道具の名前がずらりと並んでいる。怒ったように見せてはいるけれど、その筆跡からはどう見ても“優しさ”が滲んでいた。
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【必要なものリスト】
・武器
・軽鎧
・ポーション(体力/魔力用を複数本用意しておくこと!)
・テント
・寝袋
・火の魔石
・保存食
・水袋
・予備のローブ
・手帳とペン
・携帯用ランタン
・虫除け薬(森だし!)
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「……カミラさん、ありがとうございます」
「お礼とかいいの! ちゃんと準備して、備えておくことね!」
カミラはぷんすかと怒りながら、それでもどこか安心した様子でギルドを後にした。
皆が去った後、ルーチェはメモを手にギルドを出る。
***
訪れたのは、街の外れにある魔道具店だった。灯りの少ない店内は薄暗く、不思議でどこか妖しい空気を漂わせている。
「いらっしゃい...」
店の奥から、腰の曲がった老婆が杖をつきながら歩み寄ってきた。
「えっと……初心者向けの杖を探していて」
「ふむ……そうだねぇ……」
老婆はルーチェの顔をじっと見つめると、商品の並んだテーブルの一角を顎で示す。
「あの辺りがいいだろうね。あとは、自分の感覚で選ぶといいよ」
量産型らしき初心者用の杖がいくつも並んでいる。先端に丸い宝石がついたもの、ダイヤ型の石があしらわれたもの。黒や白、古木色、装飾の有無もさまざまだ。
ルーチェはその中から、透明なダイヤ型の宝石がついた細身の杖を手に取る。
(持ちやすいし、軽い……)
「試しに魔力を流してごらん」
「えっ、いいんですか?」
少し戸惑いながら、ルーチェはそっと魔力を杖へ注ぐ。すると先端の石がやわらかく光り始めた。
「……すごい」
「いい光だねぇ……“結晶のしずく”って名前がついてる杖さ。それにするかい?」
「はい、これにします」
ルーチェは頷いて、それから続けて言った。
「あと、炎の魔石と……ローブも買いたいんですけど」
「魔石はそこの棚さ。ローブはこっちにたっぷりあるよ。お嬢ちゃんのサイズならこの辺りだろうね」
店の奥には様々なローブが色とりどりに並んでいる。黒、青、緑、赤、白……ピンクまである。
(デザインも色もいろいろあるんだ……)
ルーチェは赤と白のローブを手に取る。鑑定を使って確認すると、それぞれ名前と効果が表示された。
『赤は《暁炎の羽衣》。耐火と集中力補助。白は《月織の羽衣》。魔力反射と魔力防御です』
そうリヒトが教えてくれる。
(耐火はまだいらない気もするけど……集中力補助はいいかも。でも、反射と防御も……んー……)
10分ほど悩んだ末、ルーチェは両方のローブを手に取り、意を決してカウンターへと向かう。
「両方、買います」
「ほう、思い切ったね。欲しいものを予備も含めてそろえるなら、それでいいさ。……さて、お代は──杖と魔石、それにローブが二着で、銀貨12枚だね」
「はい、お願いします」
「頑張るんだよ、お嬢ちゃん」
優しい声にルーチェはにこりと笑って会釈し、店を後にした。
その後、薬屋では魔力回復ポーションを少し多めに、体力用と合わせて数本購入。
続いて隣の防具屋で、小柄な自分にも合いそうな軽装の皮鎧を探す。
「お嬢ちゃんが着れるのは少ないけど……ほら、これなんか肩で調節できる」
店主の言葉通り、肩の金具と腰ベルトでサイズ調整できる一着を購入。
そして、次に立ち寄ったのは、以前お世話になった武器屋──ハルクの店だった。
「よぉ、ルーチェ。今日は買い物か?」
「こんにちは、ハルクさん。武器を見に来ました」
「武器? けど、杖はもう持ってるじゃねぇか」
ハルクはルーチェの腰にさげられた杖袋を指差す。
「はい。でも……魔法が効かない相手への備えとして、近接武器も持っておこうかと思って。それに、五日後に騎士団の方や冒険者の先輩方と合同討伐任務に行くんです……いざと言う時の保険にもなるかなぁと」
「なるほどなぁ」
「だから、子供や女性でも扱いやすい軽めの剣が欲しいんです」
そう告げると、ハルクは頷き、壁に掛けられた武器の中から一振りの剣を取り出した。
「これなんかどうだ? 少し短めの片手剣でな、刀身は軽合金と魔導鉱石の合成。普段は普通の剣だが、魔力を流せば魔法剣にもなる。見た目は華奢でも、ちゃんと鍛えてあるから耐久性も心配いらねぇ」
ルーチェは恐る恐るその剣を受け取り、手に持ってみた。確かに軽い。だが、芯がしっかりしていて、持ち手のバランスも悪くない。
「……凄い。これなら、私にも扱えそうです」
ハルクは剣と、それを持つルーチェの手をまじまじと見た。
「うーん……、お嬢ちゃんの手にはちょっとグリップが太いな。ルーチェの手に合わせてグリップを細く加工してやるよ。討伐に間に合わせるから、安心しな」
「本当ですか!?」
ハルクに代金を払い、深く頭を下げるルーチェ。
「何から何までありがとうございます、ハルクさん」
「気にすんなって! 討伐任務で怪我すんなよ? ……ああ、あと忘れもんすんなよ! 防具だけで安心してると、寝袋忘れて凍えるぞ!」
「はっ……!」
ルーチェは勢いよく店を飛び出すと、次なる目的地の雑貨屋を目指して足を速めた。