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絆ノ幻想譚  作者: 花明 メル
第三章 閉ざされた航路の果てへ
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第150話 小さな絆の庭



『とりあえず、どこか人気のない場所へ移動しましょう。そちらにて、詳しくご説明いたします』


リヒトの慎重な声に、ルーチェはうなずいた。


「わ、分かった……」


 彼女はレオの背に飛び乗ると、進行方向を見据えた。


「ファルガンの街がある火山の方へ向かって。途中で人気のなさそうな場所があったら、そこで野営しよう」


「承知した」


 レオが大地を蹴って走り出す。風を切る音と共に、ジャングルの緑が左右に流れていく。




 

───しばらく走ったのち、視界の先に、開けた土地が見えてきた。そばには静かな小川が流れ、かつて誰かが使っていたのだろう、簡素ながら焚き火の跡と石を並べた野営の痕跡が残っていた。


「……ちょうどいい場所だね。日もだいぶ傾いてきたし、あそこで野営しようか、レオ」


「うむ、あの場所なら休むには適していよう」


 レオは川辺の野営地に向かって速度を緩め、ゆっくりと駆けていく。


 やがて足を止めると、ルーチェは静かに飛び降りた。夕日が木々の合間から差し込み、空気にオレンジ色の光が溶け込む。


「……さてと。それでリヒト、新しい能力の話って?」


 ルーチェがそう尋ねると、リヒトの声が、再び静かに響いた。


『実はですね、契約する魔物の数が増えた影響か、《魂の休息地(ソウルルーム)》の能力が派生し、新たな力が生まれました。

──その名も、《小さな絆の庭(リトルガーデン)》という能力になります』


「《小さな絆の庭(リトルガーデン)》……?」


 ルーチェが小さく呟くと、リヒトはどこか誇らしげに、わずかに笑ったような気がした。


『この能力について細かくご説明することもできますが……“百聞は一見にしかず”と言いますからね。実際に試していただいた方が早いでしょう』


 ルーチェはうなずき、野営地の端の少し開けた場所へと足を運ぶ。周囲をぐるりと見渡し、風の音と木々のざわめきに耳を傾けた。


「……ここら辺でいいかな?」


『ええ、ここなら問題ないかと』


「よし……なら早速……《小さな絆の庭(リトルガーデン)》!」


 そう唱えた瞬間、ルーチェの足元にふわりと淡い光が灯る。


 それはまるで彼女の存在に応えるように、静かに空気を震わせながら無数の光のリボンが天へと舞い上がった。光は円を描き、柔らかな螺旋となって空間をゆっくり包み込んでいく。


 ふわり、ふわり──揺れる光が一際強く輝いた刹那、世界が白い閃光に包まれた。


 思わず目を閉じるルーチェ。


──そして、そっと瞼を開くと。


 そこには、空中に漂う光のリボンが形作った半球状の結界のような空間があった。


 リボンからはレースカーテンのように繊細な光の布が垂れ下がり、まるで祝福された夢の中の庭のよう。


 そのカーテンの向こうには、白い小さな扉がぽつりと佇んでいた。


 それはまるで、世界から切り取られた“ひとときの絆の空間”──小さな、誰かとの心を繋ぐための扉。


 ルーチェの手には──いつの間にか、小さな銀の鍵が握られていた。


「……もしかして、これが……」


 静かに息を呑みながら、ルーチェは白い扉の前に立つ。


 鍵を鍵穴に差し込み、ゆっくりと捻る。カチャリ──と小気味よい音がして、扉が解錠された。


 ドアノブにそっと手をかけ、開け放つと──


 そこには、あたたかな光に満ちた、小さな部屋が広がっていた。


 木のぬくもりを感じる床には、丸くてふわふわとしたラグが敷かれている。


 中央には丸いテーブルと、それを挟むように二脚の椅子。まるでカフェの片隅を切り取ったような、どこか懐かしく落ち着いた空間。


 窓際には風に揺れるレースのカーテン。


 その向こうには現実世界の景色が、ゆらゆらと水面のように映っていた。


 まるでこの部屋が、世界とつながっているようで、同時に切り離されているようでもある──そんな不思議な感覚。


 壁際には小さなキッチンと、こぢんまりとした食器棚。


 手を伸ばせばすぐに届きそうなサイズの、まさに「絆を結ぶためだけに在る空間」だった。


 そして、正面。


 柔らかな光の中に立っていたのは、この世界に来る前──ほんの一度だけ出会った、あの存在。


「リヒト……!」


 ルーチェの目が驚きに見開かれる。


 そこに立っていたのは、神によって創られた精霊であり、ルーチェを今まで傍らで見守ってきたリヒトだった。


 今やその姿はより確かに、温かく、そして少しだけ親しげに微笑んでいた。 


「お嬢様、どうぞお入りください」


 入口の先で、リヒトが恭しく一礼する。


「……リヒトに会ったのは、あの時以来だね」


「えぇ。こうして直接お会いできる日を、心より楽しみにしておりました。……もっとも、直接召喚されるよりも先に、派生能力の中で再会するとは夢にも思いませんでしたが」


 そう言って、リヒトは静かに胸に手を当てた。


「ですが、いずれにしても喜ばしいことです。お嬢様がこの世界で成長し、仲間を得て、ここまで歩んでこられたのですから──」


「それもこれも、リヒトが居てくれたおかげだよ」


 ルーチェの言葉に、リヒトは目を細め、穏やかに微笑んだ。


「おっと、これは失礼いたしました。主であるお嬢様を、いつまでも立たせておくわけにはいきませんね。どうぞ、お入りくださいませ」


「うん!」


 ルーチェは元気よく返事をして、扉の中へと足を踏み入れた。


 そこには──彼女と契約した魔物たちが、皆そろっていた。


 ぷるるはアミティエと一緒に、床の上をコロコロと転がって遊んでいる。


 シアはその近くで、彼らが壁にぶつからないように時折尻尾でふわりと止めていた。


 ノクスはルーチェが入ってくるのを扉の前で待ち構えており、ソンティはお気に入りのクッションにくっついて、気持ちよさそうにまどろんでいる。


 レオは広めのスペースに悠々と伏せ、リラックスした様子だ。


 新入りのピーちゃんは、窓辺で光を浴びながら静かにくつろいでいた。


「お茶をお入れいたします、お嬢様」


 そう言って、リヒトが優雅に動き出す。


 ルーチェは自然と笑みを浮かべながら、部屋の中央にある椅子へと腰を下ろした。


「……あれ?」


 ルーチェは不思議そうに首を傾げながら、レオを見つめた。


「……なんだ、主よ」


「レオ……凄く縮んだね」


 ルーチェの言葉通り、レオは普段よりも明らかに小さい。ノクスやシアと同じくらいの、いわゆる“普通のライオン”ほどのサイズになっている。


「致し方ありませんよ、お嬢様」


 リヒトの静かな声に、レオは小さくため息をついた。


「この部屋の大きさに合わせているのだ。……主が成長し、この空間が広がれば、自ずと我の姿も元に戻ろう」


「なるほど、そういうことか。わかった、がんばるね」


「お嬢様、紅茶でございます。お口に合えば良いのですが……」


 リヒトが差し出したティーカップを、ルーチェはそっと受け取った。


 一口含むと、ふわりと芳醇な香りが広がる。


「わぁ、美味しいよ、リヒト!」


「それは何よりです。……お嬢様、このままお食事もいかがですか? テオ様から預かった食材をお借りしてよろしいでしょうか?」


「あ、うん。というか……リヒトって、料理もできるんだね?」


 鞄から食材の袋を取り出しながら、ルーチェが感心したように問いかけると、リヒトは袋を受け取り、優雅にキッチンへと向かっていく。


「ふふ……多少なりとも、神より知識は授かっておりますので」


「そういえば……レオは私とリヒトのこと、どこまで知ってるの?」


 レオは片目を開ける。


「ん? 主が神によりこの世界へと転移し、神が創りし精霊リヒトを導き手として遣わせた……と、そのように聞いているが?」


「……そっか。私の知らないところで、ちゃんと話してたんだね」


「ふむ、一通りはな」


 しかし、レオの表情が急に険しくなった。


「どうしたの?」


「……主は今、非常に特異な状態にある。精霊である我と、神によって創られた精霊リヒト──二体と契約を結んでいる。我とは仮契約中とはいえ、これは極めて稀な例だ」 


「稀って、どのくらい?」


「元来、精霊契約は一対一が基本だ。どれほど強き者であろうと、二体と契約した例など聞いたことがない」


「……そっか」


「故に、これからの行動は慎重にな。目立つ動きや力の行使は、場合によっては大きな波紋を呼ぶ。……いいな?」


「うん、わかった。ありがとう、レオ」


 その言葉に満足したように、レオは再び身体を伏せ、目を閉じて静かに休み始めた。


 仲間に囲まれ、あたたかな空間の中で、ルーチェは心からの安堵を感じていた。


 ここは──彼女のためだけの、小さな絆の庭(リトルガーデン)


 

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