第148話 ジャングルでの出会い
「あ、ちょ、ちょっと!レオ!止まって!」
地図と周囲を見比べていたルーチェが、何かに気づいてレオのたてがみを引っ張った。
「お、おい主よ! 引っ張るな、聞こえている!」
レオは慌てて爪を踏ん張り、急ブレーキをかけて止まる。
「ちょっと行ってくる!」
「主!!」
ルーチェはそのまま背中から飛び降りて、茂みの奥へと走り出す。レオも少し遅れて方向転換し、後を追った。
茂みの向こうから、ピーピーと弱々しい鳥の鳴き声が聞こえる。葉の隙間からは、かすかにオレンジ色の羽がのぞいていた。
ルーチェが慎重に近づいていくと、そこには小さなスズメほどの鳥が、罠に足を取られてうずくまっていた。
「鳥さんだ……。痛かったね……ちょっと待ってて」
そっとしゃがみ込んだルーチェは、細い縄をほどいて鳥の足を解放する。
小鳥の足からは、わずかに血がにじんでいた。
「少し血が出てるね……《柔癒》」
「その程度、放っておいてもすぐに治るぞ」
レオが後ろからぶつぶつと小言を漏らす。
「もー、別に減るものじゃないし」
ルーチェは頬を膨らませる。
「ねぇ、リヒト」
『はい、お嬢様』
「この小鳥って、魔物なんだよね?」
『ええ。ピオレッタという鳥系の魔物です。小さくても長距離飛行に優れた力を持っているようです』
癒しの光が消える頃、小鳥の傷はすっかり癒えていた。
ピオレッタは嬉しそうに地面をぴょんぴょんと跳ね、ルーチェの周りを駆け回る。
「ふふ、よかったね」
「次からは人の作った罠などに引っかかるでないぞ、小鳥よ」
レオの言葉に、ピオレッタはくるりと動きながら羽を広げて応えると、ふわりと舞い上がり、ルーチェの肩に止まった。
「わぁ……!」
ルーチェは肩の上の小さな命を愛おしげに見つめ、優しく微笑んだ。
「よし、じゃあ行こうか、レオ。小鳥さん、今度は気をつけてね」
ルーチェがそう声をかけると、ピオレッタはガーン!と効果音が聞こえそうなほどあからさまに肩を落とした。
「え、え?」
困惑するルーチェの隣に擦り寄るようにレオが歩いてくる。そして、ピオレッタを暫し見つめると、またルーチェの方を向いた。
「……主よ。その矮小なる鳥は、主と共に行動したいと申しておるようだ」
「……そうなの? 私と一緒に来たいの?」
ルーチェが尋ねると、ピオレッタはパァッと顔を上げて、目を輝かせた。
「ピピピ! ピピ!!」
それはまるで『一緒に行きたい! 連れて行って!』と訴えているかのようで、ルーチェにもその気持ちははっきりと伝わった。
「分かった。じゃあ一緒に行こうか」
「ピピー!」
ルーチェはそっと手をかざすと、深く息を吸い、静かに唱えた。
「今、汝と誓いを結ぶ。光を我が手に、絆を我が胸に。古き世界の理を以て、新たな盟約は結ばれる。
───《絆の誓約》」
淡い光のリボンがふたりを結び、空中をくるくると舞いながら輪を描いて絡み合う。やがてその光は静かに消えた。
「ピピピピ!」
ピオレッタは、再びルーチェの肩に止まると、ルーチェの頬にすりすりと小さな体を擦り寄せる。
「ふふ、これからよろしくね」
「主よ。名はどうする?」
レオの言葉に、ルーチェは少し思案するように顎に手を当てる。
「うーん、ピオレッタ……ピオ……ピオちゃん……ピーちゃん?」
ルーチェがいくつかの候補を口にすると、ピオレッタは「ピーちゃん」にピタッと反応を示した。
「へぇ、ピーちゃんがいいの?」
「ピピ!」
『……どうやら気に入られたご様子です』
リヒトの声がルーチェの耳に響く。
「よし、じゃあ──汝に名を与えよう。汝の名は───ピーちゃん!」
名を与えられた小さな翼の魔物──ピーちゃんは、ルーチェの手の上に軽やかに止まり直すと、羽を広げて「ピー!」と元気に鳴いた。
「じゃあ早速、空から偵察をお願いしてもいいかな? 私とレオは地上を走るから、後ろから追いかけて飛んでてくれる?」
「ピー!」
「よし、行こうか、レオ。ピーちゃんも!」
ルーチェは再びレオの背に乗り、大地を蹴って走り出す。その上空を、小さな翼がしっかりとついてくるのだった。
***
しばらくジャングルの中を走っていると、ルーチェは目を凝らした。
「あれかな……?」
ジャングルの木々の隙間から、集落を囲う柵が見えた。
「主よ、このまま向かうのか?」
ルーチェを背に乗せたレオが問いかける。
大きなライオンに乗って村に向かえば、確かに騒ぎになるかもしれない。
ルーチェは少し考えてから、レオの背から降りた。
「レオ……一度戻って──」
「いや、この辺りで待機している。あの小鳥が近くで見ているだろうから、何かあれば呼べ」
レオはそう言うと、茂みの間に身を伏せて隠れた。
「……分かった。行ってくる」
ルーチェは一人で村の方へと歩き出した。
ピーちゃんは少し離れた空を旋回している。
村の前には門番らしき豹頭の男が立っている。
「ん? なんだお前……人間族か?」
「こんにちは。私は冒険者のルーチェと申します」
“冒険者”と聞いた瞬間、門番の男は怪訝そうな顔をする。
「冒険者ぁ? こんな子供がかぁ?」
門番はヤンキー座りをして、じろじろとルーチェを見ながらメンチを切ってくる。
「こら、何してるの……」
後ろから、同じく豹頭の女性が現れる。
「あ、姉貴……」
村の中からやってきたその女性は、どうやらこの門番の姉のようだ。
「こんにちは」
ルーチェが丁寧に挨拶をすると、豹頭の女性がこちらへ歩み寄ってくる。
「あらあら、弟と違って礼儀正しい子ね。こんなに小さいのに……。こんにちは」
女性はくすくすと笑った。
「それで? こんな辺鄙な村に、何のご用?」
豹頭の女性が、ルーチェの顔をのぞき込む。
「えっと……バラグさんという方を探していて……」
その名を聞いた瞬間、二人の表情がわずかに険しくなる。
「バラグ、だぁ?」
門番の男は苦虫を噛み潰したよう顔をし、その姉は少し悲しげに目を伏せる。
「……彼は、今はここにはいないわ」
「……そうでしたか……」
ルーチェは肩を落とし、残念そうに小さく呟いた。
「どこにいらっしゃるか、ご存知ないですか……?」
「……そうねぇ。族長なら、知っているかもしれないわ」
姉の言葉に、門番の弟が反応を示す。
「お、おい、姉貴! よそ者を族長に会わせるなんてマズいだろ!」
「うるさい。門番のあなたと違って、私はちゃんと発言権があるのよ」
女性はそう言うと、ルーチェに手招きをした。
「私はゼーラ。……ついてきて。族長に会わせてあげるわ」
「ありがとうございます、ゼーラさん!」
ルーチェは深く頭を下げ、村の中へと足を踏み入れた。




