第146話 六獣将会議
ルーチェ、ザラム、マウナの三人は、兵士の案内で会議室へと向かった。
円形の部屋。中央にはドーナツ型の大きなテーブルが置かれており、等間隔に六脚の椅子が配置されている。既に四人の獣人が席についていた。
どうやら、彼らが他の将軍たちらしい。
「遅いぞお前たち」
奥の席に座る藍色の毛の狼顔の獣人が、やや低い声で苦言を呈した。
「あら、ごめんなさいね。この子を案内してたら遅れちゃったわ」
マウナが軽く手を上げて答えると、周囲の視線がルーチェに集まった。
「……人間族、なんだな」
クマ耳のついた人顔、やや丸みを帯びた体格の男が驚いたように目を見開いた。
「……」
その言葉に、隣にいたバッファロー顔の男が無言でルーチェをじっと見つめる。ただ、何も言わない。わずかに口が動いたようにも見えたが、言葉にはならなかった。
「六獣将の会議に外部の者を入れるのはどうかと思います、マウナさん」
鋭い目つきとフェネックの耳と尻尾を持つ美しい人顔の女性が、落ち着いた口調で言った。
「…昨日会った、ルーチェだな」
先程の狼顔の男が、じっとルーチェを見据える。
「は、はい…」
緊張しながらもルーチェは返事をした。
「噂の英雄少女なんだから、参加させてもいいんじゃないかと思って」
マウナが小さくウインクする。
「……、いいだろう。おい、椅子をもう一脚持ってこい」
狼顔の男がそう言うと、控えていた兵士がすぐに予備の椅子を持ってきた。ルーチェはマウナとザラムの間に座らせてもらう。
「会議の前に自己紹介でもしておこう。私はラグ・バーグ、蒼牙戦団を率いる六獣将の一人だ」
ラグは短く名乗る。
「俺はゴル=ドン。みんなそのままゴル=ドンって呼ぶからそう呼ぶといいんだな。剛護団って守りに特化した部隊を率いてるんだな」
その隣、バッファロー顔の男がルーチェを見つめるが、やはり言葉はない。
「こっちはドルグ=バッファ。角壁団って、同じく守りの部隊を率いてるんだな。ドルグは俺の友達なんだな」
代わりにゴル=ドンが説明する。ドルグは無言のまま、ほんの僅かに首を動かし、会釈をした。
「……セイラ。セイラ・フィーネです。風花団という、魔法戦特化の特殊攻撃部隊を率いています」
フェネックの獣人の女性──セイラはルーチェには一切目を向けずに名乗った。
「改めてマウナよ。私は黒艶影団って諜報とか隠密の部隊を率いてるの」
マウナが続ける。
「俺は裂空将団って高速飛行戦特化の部隊を率いてるんだぜ。どうだ、凄いだろ!」
ザラムは胸を張るように言った。
「改めまして…ルーチェです。よろしくお願いします…」
ルーチェはやや緊張気味に、けれど礼儀正しく頭を下げた。
簡単な自己紹介が済むと、ラグが再び口を開いた。
「それでは、議題に入ろう。まずは牙鱗団の件だ」
「昨日、王国からの贈呈品を護衛してきたこの子たちが、山道にて牙鱗団を捕縛したと報告を受けているわ」
マウナの言葉に、ラグは静かにルーチェへと視線を向けた。
「確かめておこう。──君が……君たちが、牙鱗団を捕えたのは事実か?」
「はい。私たちの前に現れたのは十数人ほどの集団でした。襲撃を受けましたが、亡くなった一名を除き、全員を拘束し、王都へと連れてきました」
ルーチェは背筋を伸ばし、はっきりと答えた。
「奴隷として囚われていたエルフ族のセリカ、及び白蓮のミヅキ。以上二名も、保護対象として引き渡されたと報告を受けている」
「はい。あの二人は、牙鱗団のリーダーに囚われていました」
セイラが書類に目を落としながら口を開く。
「現在、牙鱗団に所属していた者たちへの尋問を進めています。得られた証言と、これまでの被害報告を照合した結果、内容は概ね一致。北西部の治安は、これで大きく改善されるでしょう」
「うむ」
ラグは短くうなずいた。
「では──牙鱗団の処遇については、通常通り重罪人として審問にかける。必要に応じて、労役刑または禁固とする」
重々しい決定が下される。
「次だ。蒼海獣と交易路の件について」
「その件でも、今回この子が大きな働きをしてくれたのよ」
マウナが尻尾を揺らしながらそう続ける。
「蒼海獣と接触し、無力化したとの報告を王国側からも受け取っているわ。しかも──友好関係を築いた、と?」
「えっと……はい。少し戦いましたけど、落ち着いてくれたので。その後お話して、仲良くなりました。だから……もう、あの海域は安全だと思います」
「……にわかには信じがたいですが」
セイラが、半ば呆然としつつ、続ける。
「ですが、事実なのでしょうね」
「ならば、交易再開の準備に入るか」
ラグの言葉に、セイラがすぐさま補足する。
「念のため、数日の確認期間を設けましょう。商船団には準備期間を設けた上で、正式に通達を出します」
「それでいい」
会議室に、静かな同意が広がる。
「それと、魔物関連の異変についてだが──」
その一言に、ルーチェはわずかに表情を引き締めた。
「最近、北東部の山林帯で大型魔物の痕跡が複数見つかっている。今のところ実害はないが……どれも、急に出現したように見えるのが気になる」
ラグの言葉に、マウナは険しい顔をする。
「自然発生ではなく、何者かが意図的に誘導している可能性がある、と?」
「否定はできん。別件だが、魔力の残滓が異様に濃い地点もいくつか報告されている。大物の魔物、あるいは特殊な力を持つ存在が、長期的に潜伏していた痕跡かもしれん」
ラグの言葉を聞き、セイラがうなずきつつ続ける。
「現段階では調査班の報告待ちですが……場合によっては、討伐隊の編成も必要になるでしょう」
「なるほどねぇ……」
マウナが意味ありげにルーチェへ視線を向ける。
「その時は、手伝ってちょうだいね?」
「は、はい……分かりました」
「では最後の議題、《烈牙祭》についてだ」
ザラムが前のめりになる。
「もうすぐだな! 参加希望者が、例年より多いって聞いたぜ!」
「国内からの見物客も、すでに王都へ集まりつつあるわ。まだ少し早いのに……みんなせっかちよねぇ」
「警備の強化が必要ですね」
セイラの提案に、ラグは頷いた。
「各団、役割を分担する。蒼牙戦団と黒艶影団は闘技場周辺の警戒。剛護団と角壁団は街の要所と王樹の護衛。風花団は非常時の支援に備えよ。裂空将団は、例年通り、各部族への通達と空からの偵察だ。」
「「了解」」
その後、ルーチェが控えめに手を挙げた。
「あの……一つ、お聞きしたいことがあるのですが……」
六獣将の視線が集まる。
「ふむ。言ってみてくれ」
「実は先ほど、白蓮のお侍さんで、コウジロウさんという方とお会いしました。その方が……“バラグさん”を探しているそうで」
「焔牙のバラグを、か?」
ザラムが眉を動かす。
「なので、皆さんが何かご存じではないかと思って……」
ルーチェの言葉に、ゴル=ドンはうーんと、唸った。
「俺は知らないんだな。ドルグも知らないって言ってるんだな」
「私も、特に情報はありませんね」
セイラも首を振る。
「俺も知らねぇが、虎人族の集落を当たってみたらどうだ?」
「そうね。同郷の者なら、何か掴めるかもしれないわ」
ザラムとマウナが続ける。
「あるいは、火山の麓の街だ。《紅炎獣》が住まう場所でな。アレは挑戦者を拒まぬ戦闘狂だ。バラグの熱が冷めていないなら、そこにいる可能性もある」
ラグの言葉に、ルーチェは小さく笑みを浮かべた。
「ありがとうございます。皆さん」
「──では、議題は以上だ。会議、閉廷する」
ラグの宣言とともに、各団の将たちが一斉に立ち上がる。
「ふふ、なかなか面白い会議だったわ。来てくれてありがとう、ルーチェ」
マウナが微笑む。
「い、いえ……私は、なにも……」
「なーに謙遜してんだ? 英雄少女さんよ!」
ザラムが豪快に笑い、肩を叩いた。
「うぐっ!」
(け、結構痛い……!)
ルーチェは思わず背筋を伸ばしながらも、どこか誇らしげに微笑んだのだった。




