第143話 休息する旅人たち
遅れてすみません。
数時間に及ぶ道のりを経て、ルーチェたちは、旅人の休憩所として使われているログハウス風の山小屋へと辿り着いていた。
テオは重傷を負ったキールを抱えて中へ運び、そのままベッドに寝かせる。
ミヅキとセリカもまた、無言のままソファに腰を下ろし、ようやく一息ついていた。
ルーチェは、牙鱗団のメンバーたちを影の中から順に外へ出すと、それぞれに簡単な治癒を施し、水と簡素な食事を与え、必要な者にはトイレ休憩も取らせた。
なお、リーダーであるギルは──イモムシ状態のまま気絶しており、特に問題もなさそうなので、そのまま放置している。
『こんな山賊風情に、情けをかける必要もないと思うのだがな』
《意思疎通》を通して、《魂の休息地》にいるレオの声が届く。
(そんなこと言ったって……)
『主は、少々甘すぎるのだ』
(それは……否定できないかも、だけど……)
ルーチェはむぅっと頬を膨らませ、小さく息を吐いた。
そのとき、足音もなくノクスが近づいてくる。ここに至るまで大活躍だったノクスも、さすがに少し疲れているようだった。
「ノクス、ごめんね。王都に着いたら、ちょっと長めに休憩を取らせるから」
「……ワフワフ」
『モンダイナイ。アルジノホウガ、ツカレテル』
その言葉に、ルーチェは小さく笑って、ノクスの好物である干し肉を少し多めに渡す。ノクスはしっぽを揺らしながらそれを咥えると、一度だけルーチェを見上げ、すっと影の中へと溶け込んだ。
山小屋の中には、焚き火の爆ぜる音と、静かな呼吸音だけが残る。
ルーチェはその場に立ったまま、キールの眠る部屋の方へと視線を向け──そっと胸の奥で、無事を祈った。
「ルーチェは休んでおきなよ」
テオが声をかける。
「いえ、私は…」
ルーチェは個室に寝かせたキールのいる方へと、再び視線を向けた。
「だめ、少しは休みな。明日も、こいつらを影の中に入れておかなきゃいけないんだから」
「…はい」
「オルトは、今日は隣の部屋で寝なね?」
「うん…」
オルトは心配そうに、キールのいる部屋をちらりと見つめていた。
「《召喚》───シア」
魔法陣が輝き、シアがルーチェの前に姿を現す。
「ごめん、ノクス。出てこれる?」
ルーチェの言葉に、影から顔を出す。
「……ノクス、夜はオルトの傍にいてあげて。一緒に休んでいいから」
「ワフ…」
ノクスはオルトの横に寄り添うと、尻尾で部屋の中へ入るよう促す。
「シアは、テオさんと一緒に見張りをお願い」
『いいけど、主様もちゃんと休みなさいよね』
しっぽの飾り毛を揺らしながらそう言うシアに、ルーチェは素直にうなずいた。
「分かってるよ…」
そうしてルーチェは、キールのいる部屋へと静かに入っていった。
ベッドが二つ。左側のベッドに、キールが寝かされていた。
「キールさん…」
傍に近づきながら、ルーチェはそっと呟いた。
上半身に巻かれた包帯が、彼の重症ぶりを物語っている。
ルーチェはベッドの横に椅子を運び、腰を下ろすと、キールの手をそっと握った。
(……キールさん。綺麗な顔なのに、傷が……)
キールの頬には擦り傷が残っていた。ルーチェはそっと手を伸ばし、傷に指先を触れさせる。そして《治癒》をかけようとした瞬間、包帯に巻かれたキールの手が、そっとルーチェの手に触れた。
「……大丈夫ですよ。この程度の傷なら、すぐに治りますから」
聞き覚えのある、優しい声。
ゆっくりとまぶたが開かれ、ルーチェの目が、鮮やかな緑の瞳に捉えられる。
「キールさん……!」
キールの手が、ルーチェの頬にそっと触れた。
「無事でよかった…」
叱るでもなく、ただ穏やかに笑みを向けるキール。
「キールさん、あの…私……」
泣くつもりなんてなかったのに、ルーチェの目からはぽろぽろと涙が零れていた。
落ちた涙が、キールの包帯を濡らしていく。
「大丈夫です。私は死んだりしませんから。だから、泣かないでください」
キールはルーチェの手を引き寄せると、そっと横に寝かせた。
「あの…怪我に障りますから…!」
「嫌です。今は貴女の一番近くにいたい」
優しく、でも少しだけ意地悪な声音。そう言ってキールは、ルーチェの額に優しく口付けを落とし、彼女に布団をかけてやった。
「休んでください。貴女がそばにいてくれれば、私はすぐに回復しますから」
ルーチェは、驚いたままの表情で固まっていた。
「…どうしました?」
「あの…なんで、おでこ…」
ルーチェはあわあわと、うまく言葉にならない。
「言ったでしょう? 私は、もう少し素直になると決めたんです。テオばかりにいい顔はさせられませんからね」
「それは、あの……」
「そのうち、ちゃんとお伝えしますから。今は、休んでください。ルーチェさん」
ルーチェはドキドキしながらも、そっと目を閉じた。
キールは、ルーチェが眠りにつくまで、静かに、優しく見守っていた。
ルーチェがすぅすぅと寝息を立て始めた頃、部屋にテオが入ってきた。
「……何で一緒に寝てんのかな……」
テオはまた、ピキッとこめかみを引きつらせていた。
「おはよ、テオ」
キールは気にせず、いつも通りに挨拶した。
「……怪我は?」
不貞腐れながら椅子に座るテオ。
「まあ…痛みはあるし、動きにくいけど、この程度じゃ死にはしないよ」
「そう…」
テオはほんの少しだけ、安堵したように息を吐いた。
「アイツは?」
キールの言う“アイツ”とは、ギルのことだ。
「ロープで巻いてイモムシにしておいたから大丈夫、なんだけど……」
「何かあった?」
「…ルーチェ、アイツに触られたって」
「───は?」
キールもピキッとした。
「手首と…足、だっけ? さっきレオが言ってた」
「どうしよう、今なら重罪人にもなれそうな気分…」
「それには俺も同意するけど、ルーチェが悲しむだろうからイモムシで妥協したんだよ」
キールとテオはルーチェを見た。話し声に反応することもなく、彼女はスヤスヤと眠っている。
「とりあえず、牙鱗団の奴らは食事と治療を済ませて寝かせてある。……アイツだけはムカつくから、外に放ってきたけどね」
テオはケッと、嫌そうな顔をした。
「明日は予定通りに動こう。猶予もあまりないし」
キールがそう言うと、テオは小さくうなずいた。
「うん。それはそれとして、一応聞くけどさ」
「ん? なに?」
キールが問い返すと、テオは少し睨みつけながら聞いた。
「……ルーチェに、なんかした?」
その問いに、キールは爽やかな笑みを浮かべて言う。
「…さぁ? 少なくともアイツみたいなことはしてないよ」
「それ絶対、何かしらしてるヤツの返しじゃん。この色男、イケメン坊ちゃん、ボンボン!」
「それ、あんまり悪口に聞こえないんだけど…。でもテオだって、いつもルーチェさんと距離近いよね。人のこと言えないでしょ?」
あははと笑いながらキールが言うと、テオは図星な顔をした。
「ぐ…」
「そういえば、見張りはいいの?」
「今はシアが目を光らせてるから大丈夫」
「そう…なら、テオも少し休んだら?」
「いや、明日馬車で寝るからいい」
テオは立ち上がり、扉の方へ歩いた。
「なんかあったら呼べよ、キール」
「うん、ありがとう、テオ」
テオは部屋を出ていった。
***
翌日。なぜかキールの腕枕で目を覚ましたルーチェは、あまりの距離の近さに飛び起きた。
その後、支度を整えて一行は山道を進み始めた。
牙鱗団の者たちは再び影に押し込まれ、現在馬車に乗っているのは──ルーチェ、キール、テオ、オルト、セリカ、ミヅキ、そして御者のゴートンだけである。
「ありがとうございました、セリカさん」
キールが深く頭を下げる。
「いえ。助けていただいた上に食事まで頂いてしまいましたから。礼を言うのはこちらの方です。本当に、ありがとうございました」
セリカもまた、深々と頭を下げた。
「ここからは下りの道ですから、明日には王都グラーデンに着けるはずです。何とか間に合いそうですね」
「良かった…」
ルーチェは安堵の息を漏らした。
「ねぇ、セリカさんとミヅキさんだっけ? アンタたち、一応王都までは連れていくけどさ。そのあとはどうするの?」
テオが問うと、ミヅキが答えた。
「できれば、国に戻りたいのですが。そういえば、皆さんはヴァレンシュタイン王国からやってきたのですよね? 蒼海獣には会わなかったのですか?」
そう尋ねたのはミヅキ。答えたのはテオだった。
「会ったけど、友達になった子がそこにいるから、もう脅威じゃないよ」
そう言って、テオはルーチェを指さした。
「恐らくですが、王国と白蓮にも連絡が行っているはずです。ですので、もうしばらくしたら、以前のように船も出ると思われますよ」
キールが補足する。
「そうですか。それは良かった、やっと国に帰れます」
ミヅキは心底ほっとしたように微笑んだ。
天に向かって聳え立つような大樹を目印に、一行は王都を目指すのだった。
なんか“なろうビューア”だかなんだかって、アクセス数見るとこに追加されててびっくり。
てか、昨日今日のPV数エグチで、間もなく総PV数10000行きそうでビビるってw
皆さんほんとありがとう!




