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絆ノ幻想譚  作者: 花明 メル
第三章 閉ざされた航路の果てへ
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第142話 黒き救いの手



 牙鱗団のリーダーであるギルと対峙しながら、ルーチェは静かに思考を巡らせていた。

 

 そしてルーチェは光のリボンを──手や足、腰に静かに巻き付けた。

 

「……それと、ひとつ言っておきます」

 

「ん?」

 

「……貴方は、何か勘違いをしているようですね」


 ギルが目を細める。

 

「……勘違い?」

 

「私は“守られる”だけの存在ではありません。彼らと私は──対等です」

 

「対等ねぇ……ふっ、ハハハッ!」


 ふらりと、ギルの身体が揺れた。

 

(……来る───!)

 

「《光速移動(ライトムーヴメント)》!」


 言葉と同時、ルーチェの姿が閃光となって消える。 直後、別の位置にふっと現れたその姿には、先ほどのピンクから、淡い黄色に変色したリボンの光がまとわりついていた。


 その色の変化にギルは目を細め、舌を鳴らす。

 

「威勢のわりに、真正面からの勝負は避けたいって感じかぁ?」


 ニヤリと口の端を吊り上げる。

 

「まあいい。だったら──スタミナも魔力も尽きるまで、追いかけっこでもして遊ぼうか?」


 ギルが拳を握り締め、地面を蹴る。 鋭く放たれるパンチ──しかしルーチェは、再び光速の軌道でそれをかわす。


「《天使の回輪エンジェリング・ジャベリン》!!」


 光の輪が、複雑な起動を描いて飛んでいくが、易々と躱されてしまう。


 攻撃と回避。放たれる光の魔法、鋭い突進──しかし、どれも決定打にならない。


 しばらく続く、すれ違いの応酬。

 

「なあ、“アイツら”に守られる存在じゃねぇんだろ?───だったら、もっと真正面からやり合おうぜ……?」


(やっぱり、直接の戦闘技能じゃ、私の方が劣る……)


『お嬢様、別の手を講じなくては……!!』

 

 ルーチェが一瞬動きを緩めた瞬間を、ギルは見逃さなかった。

 

「───見ぃつけた」


 ルーチェが移動した先に、すでに先回りしていたギルが立っていた。

 

「っ……!」


 ルーチェは即座に棍杖で迎撃しようとする。


「《光薙刃(こうていじん)》っ!!」


 棍杖の先端に光の刃が生え、ルーチェは咄嗟に振り下ろす。


──だが、その腕をがし、とギルの手が掴む。

 

「ざーんねん」


 ニヤリと笑い、もう一方の腕を掴もうと迫るギル。

 

「《光槍(ライトランス)》!!」


 ルーチェは自由な手から光の槍を生み出し、すぐさま至近距離から放った──が、ギルは紙一重で体を捻り、それを避けた。

 

「おっと。危ない危ない……お嬢ちゃん、けっこうやるじゃねぇか」


 今度は逆手にとるように、空いていた手でルーチェのもう一方の手首を掴む。そして、彼は両手でルーチェの手首を一瞬で一本にまとめて縛り上げるように握りしめた。


 ルーチェはとっさに、リボンの力で強化した蹴りを放とうと足を振り上げる──


 だが、それすらもギルの反応が上回る。

 彼はその足首を掴み、がっしりと絡め取った。

 

「───つーかまえた」


 ねっとりとした声。 そして、ルーチェの脚の間に、自身の足を滑り込ませるように立ち入る。


 逃げ場は、ない。光を纏う少女の動きを封じたギルの笑みは、ますます醜悪に歪んでいた───。

 

「もしかして……さっき“お仕置き”なんて物騒なこと言っちまったから、ビビってんのか?」


 ギルはルーチェの足を撫でながら、低く笑った。

 

「安心しろよ。俺だって、女相手に乱暴はしたくねぇんだよ」

 

 彼は膝を曲げ、無理やりルーチェを膝に座らせるような体勢にした。

 

「……っ、やめてください!」

 

「……お前だって、痛いのより、気持ちいい方が良いだろ? そう思わねぇか?」


 14歳のルーチェに、その言葉の意味はよくわからなかった。けれど、背筋が凍るような、耐えがたい嫌悪感が全身を走る。

 

「いや……っ、離して!」


 ギルはルーチェを見下ろしながらニヤつく。

 

「なぁ、これ本当に抵抗してんのか? 力弱すぎて、誘ってんのかと思うくらいだぜ……?」


 空いた手がルーチェへと伸びる。

 

「触らないで、くださいっ!!」


 必死に身体を捩るルーチェ。だが、手首を掴まれた体勢では、大した力も入らない。

 

「……いい子だな」


 ギルは手首を掴んだ手にわずかに力を込めた。

 

「痛っ───!」


 ルーチェの顔が歪み、動きが止まる。

 ギルの手が彼女の頭へと伸びた、その時だった。


───ヒュン!


 黒い光が閃き、空を裂いて地に突き刺さった。

 ギルの手首から血が滴り落ちる。

 

「ぐっ……!?」


 ギルは反射的にルーチェから離れた。自由になったルーチェはその場に崩れ落ちるように座り込んだ。

 

「───レオ!!」


 彼女が叫ぶと、光の中から白く輝くライオン──精霊獣レオが現れる。

 

「……もう、静観せずとも良いのだな?」

 

「うん……お願い、レオ」

 

「主に気安く触れるなど……この我が二度とさせぬよう、焼き尽くしてくれる!」


 レオの体が金色の炎を纏う。

 咆哮と共に、レオはギルに向かって突進した。

 

「舐めんなっ───!」


 ギルも魔力を練り、全身に赤い炎を纏う。


 だが、レオの金炎の奔流はそれを打ち消し、圧倒的な力でギルを岸壁まで押しやり、押し潰す。

 

「がはっ───!」


 岸壁へと叩きつけられたギルは、そのまま気絶し、崩れ落ちた。


 レオは無言で彼から距離を取り、主の元へ戻ってきた。

 

「……大事ないか、主よ」

 

「うん、ありがとう……レオ」


 ルーチェはレオのたてがみを撫で、ほっと安堵の息をついた。

 

「まったく……主も無茶をする。魔法も幻も──あの短時間で同時に使いこなすとは」

 

「うん……ちょっと無茶苦茶だったかなって思ってる」

 

『お嬢様が捕まった時は、肝が冷えましたよ……』


 リヒトの声が届く。


「もう少し早く呼べば良いものを」


「意外と入れ替えって、魔力消費とか大きいし、特にレオは仮契約中だけど、呼ぶのに魔力沢山必要だし……」


「とにかく、怪我が無さそうで何よりだ」

 

「……キールさんとテオさんにも、あとで怒られちゃうかな……」


 ルーチェはゆっくり立ち上がり、さっき地面に突き刺さった───黒い苦無(くない)を拾い上げた。


「これ……忍者が使うやつ、だよね……?」

 

『はい。しかし、どこから投げられたのでしょうか……』


 ルーチェは山の斜面をキョロキョロと見回した。

 

「お礼、言いたかったのに……」

 

「主よ、馬車と合流を。礼は、その者が本当に望むならば、向こうから現れるだろう」

 

「……うん」


 ルーチェは苦無(くない)を布で丁寧に包み、魔法鞄の中へ収める。

 

「乗れ。急ぐぞ」

 

「ありがとう、レオ」


 ルーチェはレオの背に乗った。レオは倒れているギルの首根っこを咥え、そのまま道を走り出した。

 

───仲間のもとへと、まっすぐに。


 レオに乗って道を進むと、やがて開けた場所に馬車が止まっているのが見えた。

「レオ!」

「分かっている!」


 馬車へと近づくと、中からテオが降りてきた。

 

「ルーチェ!」

「テオさん!」


 ルーチェはレオから飛び降りると、そのままテオの胸に飛び込んだ。

 

「テオさ───」

「馬鹿っ……何で、あんな無茶を……!」


 か細い声とは裏腹に、テオの抱きしめる腕には強い力がこもっていた。それは、まるで彼女の存在を確かめるような、必死の抱擁だった。

 

「起きたら、馬車にルーチェがいなくて……心臓、止まるかと思った。アイツに何かされてるんじゃないかって。だから……もう、こんな無茶しないで……」


「……ごめんなさい」


 ルーチェは顔を上げ、テオの顔を見た。テオは苦しそうな表情で、じっとルーチェを見つめ返していた。

 

「……その、首……」

 

 テオの首元には、掴まれた手の痕がくっきりと残っている。

 

「へーき。ルーチェは? 何かされたり、どこか触られてない?」

 

「だ、大丈夫です……」

 

「……嘘だな。両手首は掴まれていたし、足も撫でられていたはずだ」

 

 未だ気絶しているギルを引きずりながら、レオが淡々と告げた。

 

「───は?」


 テオの表情が一変し、ピキリと何かが切れる音がした。

 

「ちょっとそいつ、ミンチにするから」

 

「だ、ダメです!」

 

「チッ……じゃあ、全身をロープでぐるぐる巻きにしてやる……」


 テオは馬車に戻ると、荷物の中からロープを引っ張り出し、ギルをしっかりと拘束し始めた。

 

「───あの、キールさんは……?」

 

「……中で、治療中」

 

「治療……?」


 ルーチェはその言葉を聞くなり、馬車の扉へと駆け寄った。


 馬車の中に入ると、包帯で巻かれたキールが寝かされていた。傍には、耳をぺたんとしたオルトと、先程救助した女奴隷達が座っていた。


 キールの傍らに座るエルフの女性が、治癒魔法をかけていた。

 

「キールさんっ!」


 ルーチェの声に、オルトは不安そうな顔でルーチェを見た。

 

「お姉ちゃん…」


 駆け寄ると、エルフの女性が口を開いた。

 

「…彼は大丈夫です。息はしています。ただ、腹部を執拗に蹴られたせいで、骨が何本か折れて、内臓も傷ついている恐れがあります」

 

「…あの、ありがとうございます、治療…」


 そう言うと、エルフの女性はルーチェを見た。

 

「こちらこそ助けて下さり、ありがとうございます。私はセリカ。見ての通りエルフ族です」

 

「…私は深月(ミヅキ)と申します…。本当にありがとうございました…」


 もう片方の黒髪の女性、ミヅキが深々と頭を下げた。

 

「あの…牙鱗団の者たちは…?」


 ミヅキの問いに、ルーチェは答えた。

 

「私の契約しているノクスにお願いして、影の中に捕らえています。傷の酷い人には治癒を施しておきましたので、首をはねられた人以外は…多分無事です…」


 ルーチェはそう言った。

 

「そうですか…」

 

「よし、縛り付けたよ!」


 テオが馬車を覗きながら言った。

 

「その人、炎を扱うんです…ロープ燃やされたりしないですかね?」


 ルーチェがそう言うと、ミヅキが立ち上がった。

 

「なら私がロープに水の封じを掛けましょう。気休めですが、ロープを燃えないようにくらいはできると思います」

 

「お願いします…」


 ルーチェはゴートンの元へ行った。

 

「ゴートンさんは怪我とかありませんか?」

 

「心配すんな、俺はそんなにヤワじゃねぇ…で、これからどうする?」

 

「……馬たちは?」

 

「コイツらなら大丈夫だ。まだ走れる」

 

「なら先を急ぎましょう」


 ルーチェが冷静に言うと、ゴートンは地図を広げた。

 

「今はここだ。で、ここから数時間の所に旅人の休憩所として使われる山小屋がある。そこまで向かうっつーことでいいか?」

 

「はい、お願いします」

 

「水の封じ、施し終わりました」


 馬車に戻ってきたミヅキの言葉を聞いて、ルーチェはギルを影の中に引きずり込んだ。

 

「レオも一度戻って」

 

「承知した。主よ、くれぐれも気をつけるのだぞ」


 レオは光となってルーチェの中へ戻っていった。

 全員が乗り込んだことを確認して、ルーチェは言った。

 

「出発しましょう…!」


 ルーチェの言葉と共に、馬車はゆっくりと進み始めた。 

 

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