表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
絆ノ幻想譚  作者: 花明 メル
第三章 閉ざされた航路の果てへ
141/161

第141話 海喰いの蹂躙

新年明けましておめでとうございます。

皆さんお正月はいかがお過ごしでしょうか?

のんびりしつつバタバタと忙しく、三日なんてあっという間でしたね。

数日間待たせてしまって申し訳なかったですが、ここからまた、数日に一回は休みを入れつつ、投稿していこうと思いますので、今年もよろしくお願いします。



「情けねぇなぁ……」


 滝の近く、平たい岩の上に腰掛けていたギルが、退屈そうに呟いた。彼の隣には、鎖に繋がれたまま項垂れる奴隷の女たちが座らされている。


 その言葉に、剣を構えたままのテオが一歩前に出る。

 

「で? アンタしか残ってないけど…どうする? 大人しく投降するなら、半殺しで許してやってもいいけど」


 その皮肉混じりの挑発に──ギルは腹を抱えて、豪快に笑い出した。

 

「はっはっはっ! ……するわけねぇだろうが!」


 その瞳には、焦りも怯えもない。むしろ、ようやく“遊べる”とでも言いたげに輝いている。

 

「───次は俺が遊んでやんよ」


 ゆっくりと、だが確実にギルは立ち上がる。外套の裾が風に揺れ、黒い鱗と鍛えられた肉体が露わになる。


 そして、歩き出す。


 向かう先は──テオでもキールでもなく、馬車。

 ルーチェとオルトが乗る、あの場所だった。


 キールとテオは即座に動き、彼の進路を遮るように立ち塞がる。その背後では、戦いを終えたぷるるが満足そうに跳ねながら、ルーチェのもとへと戻っていく。


 ルーチェはその姿を見て、そっとぷるるを抱き上げた。


 そして──ギルは口元を釣り上げ、酷薄な笑みを浮かべた。

 

「蹂躙してやんよ……!」


 その声には、ただの荒くれ者ではない、“力への確信”が滲んでいた。

 

 ギルの体がふらりと揺れた───その次の瞬間には、キールの目の前に立っていた。

 

「っ!?」


 いつも穏やかで冷静なキールの目が、驚きに見開かれる。

 

「この距離じゃあ……槍は使えねぇよなぁ?」


 ギルはニヤリと笑いながら、キールの顔を掴むと───そのまま地面へ叩きつけた。

 

「ぐぁっ───!」


 すかさず斬りかかろうとしたテオの手首をギルが掴み、腹に膝蹴りを一発。さらに回し蹴りを浴びせ、テオの体を吹き飛ばす。

 

「かはっ───!!」


 馬車の帆の隙間からその様子を見ていたルーチェが、思わず声を上げた。

 

「キールさんっ、テオさんっ!!」

 

「お? 今、女の声が聞こえたなぁ……」


 ギルはズボンのポケットに手を突っ込んだまま、ゆっくりと馬車の方へ歩いていく。


 その足を、倒れていたキールが掴んだ。

 

「あ? うぜぇな、掴むなよ───なっ!」


 振り返りざま、ギルはキールの脇腹に強烈な蹴りを叩き込む。

 

「ぐっ……!」

 

「こんのっ!!」

 

 息を整えて戻ってきたテオが、怒りに任せて剣を振るう。だが、ギルはあっさりとそれを躱し、逆にその首を掴んだ。

 

「かはっ───!!」

 

「っ、テオさんっ!!」


 ルーチェが思わず馬車から飛び出そうとする。


 だが───その腕を涙目のオルトが掴み、ローブの裾をノクスが必死に咥えて引っ張っていた。

 

『アルジ、ダメ……!』

 

「お姉ちゃん、行っちゃダメっ……!」


 ルーチェの目には、堪えきれない涙が滲んでいた。

 

「なぁ〜? そろそろ出てくる気になったかぁ〜?」


 ギルが馬車に視線を向け、大声で叫んだ。片手では、まだテオの首を掴んだままだ。

 

「今出てきてくれたらさぁ───コイツ、殺さないであげてもいいぜ〜?」

 

「!?」

 

『お嬢様っ、なりません!』


 リヒトの声が、馬車の中に響いた。

 

「…っ、出てくるわけ…ないだろ……」


 テオが苦しげに、絞り出すような声で言う。

 

「あ? さあ、どうだろうなぁ〜?」

 

 ギルの目が細まり、手にじわりと力が込められた。

 

「ぐぅっ───!」


 テオの顔が歪み、呼吸が詰まり始める。

 

「スリーカウントで殺すからな〜?」


 ギルの声が響く。






 

「3───」








 

「2───」






 


 

「1───」






 

「ゼ───」

「待ってください!」


 声が響いた。ルーチェが、僅かに赤い目をしながら、馬車の帆をくぐって飛び出してきた。

 

「っ、馬鹿……!」


 青ざめた顔で、テオがそう呟く。

 ギルはルーチェの姿を見つめ、ニタリと笑った。

 

「へぇ? まだガキっぽいけど……見た目は悪くねぇな」


 ねっとりとした視線で、下から上まで舐めるようにルーチェを見るギル。舌なめずりしながら、口元が歪む。

 

「来いよ」

 

「っ、ダメです、ルーチェさ───」


 体を起こしかけたキールが、止めようとしたその瞬間。

 

「お前は黙ってろやっ!」


 ギルの蹴りがキールの脇腹に叩き込まれる。

 

「うぐっ……!」

 

「キールさんっ!!」


 ルーチェが声を上げる。


 ギルは、ただルーチェを見据えていた。獲物を捉えた捕食者のように。

 

「さあ、来いよ……“ルーチェ”。お前は俺の隣に座らせてやる……」


 ルーチェは、ゆっくりとギルに向かって歩みを進めていた。


 その姿を見て、ギルはまるでいらなくなった玩具でも捨てるかのように、テオを無造作に投げ飛ばす。

 

「テオさんっ!」


 ルーチェが叫ぶも、ギルは構わず迫る。

 

「早く来いって。俺はあんまり気の長い方じゃねぇんだよ……」


 やがてルーチェは、ギルの目の前に立った。

 

「……いい子だなぁ……」


 ギルはルーチェの頬を撫で、涙を拭う。そして、その濡れた指を、ペロリと舐めた。

 

「お前には、何色の枷が似合うんだろうな……特注の、綺麗な飾り付きにしてやるよ」


 ねっとりとした声で囁くと、ギルの手が、ルーチェの首元へと伸びていった───。

 

「……約束してください」

 

「───あ?」


 ルーチェの首に触れそうになったところで、その手がぴたりと止まる。

 

「これ以上……私の仲間に、酷いことをしないと」

 

「……するよ。もちろんしてやるさ、約束な」


 ギルはにやりと笑って答えた。

 

(コイツを手に入れたら、全員じわじわと(なぶ)り殺してやる……)


 心の中でそう毒づきながら、ギルは再びルーチェの首に手を伸ばした。

 

───だが、指先が触れる寸前、まるで霧を掴むかのように、ルーチェの姿は掻き消えた。

 

「あ?」


 キョロキョロと周囲を見回すギル。

 

「どこに行きやがった!!」


 苛立ちに任せ、近くで倒れているキールを蹴ろうとしたが───その足も虚空を蹴っただけだった。

 

「なんだと……!?」


 驚きながらも、ギルはすぐにテオの方へと跳び、拳を振るう。だが、それすらも───ただ硬い地面を叩いただけだった。

 

「……なんだ、これ……」

 

「───不思議ですか?」


 その声に、ギルが振り返ると───いつの間にか、すぐ背後にルーチェが立っていた。

 

「てめ……ッ!」


 ギルは掴みかかろうと手を伸ばすが、ルーチェはまたもや淡く掻き消える。

 

(幻惑……!?)


 ついにギルはその異常に気づき、唇の端を吊り上げる。

 

「チッ……面白ぇことしやがるじゃねぇか……」

 

「ところで、海喰いのギルさん。貴方は“フワムシ”という魔物をご存知ですか?」


 ルーチェの静かな声が、幻影の中から響いた。

 

「……あ?」


 訳が分からないという顔で、幻影のルーチェを見つめる。

 

「主にヴァレンシュタイン王国の限られた地域で大量発生する、虫の魔物です」


 ギルは警戒するように、辺りをぐるりと見回す。そこには複数のルーチェの幻影がゆっくりと歩いており、ギルは無闇に手を出さずに様子を窺った。

 

「彼らの特徴は大きく分けて二つ。一つ目は、ふわふわの綿毛です。これは防具や装備品の素材として利用されることもあります」

 

「そしてもう一つ。彼らは、スライムのように進化の分岐を持っているのです。環境や摂取したものによって、能力も姿も大きく変化します」

 

「……で、何が言いてぇんだ?」


 ギルが苛立ち混じりに問いかけると、幻影の一つがふっとこちらを向いた。


 その傍らに、ふわふわと浮かぶ白い蚕のような魔物が現れる。 薄く輝く羽をゆっくりと動かしながら、蚕はその場に静かに滞空していた。

 

「これは《繭夢(マユユメ)》というフワムシの特殊進化個体、名は“ソンティ”。その能力は───対象に“夢と幻影”を見せることです」


 蚕の魔物───ソンティがふわりと高く舞い上がった。

 

 すると、じわじわと辺りの空気が澄んでいくように、景色が変わり始める。

 

───ギルが視線を巡らせると、誰もいなかった。


 倒れていたはずのキールも、テオも、馬車も、すでにその場にはなく、 滝の岩場にいたはずの奴隷たちすらも消えていた。


 そこに残されていたのは───無造作に放られた鉄の枷だけ。

 

「あ……?」


 混乱の色を浮かべながら滝の方に目をやったギルだったが、やはり人影はどこにも見当たらなかった。

 

「アイツら……どこへ行きやがった……ッ!?」

 

「───申し訳ありませんが、皆さんには先に行ってもらいました」


 その声に振り向くと、ソンティを肩に乗せたルーチェが立っていた。


 その姿を見て、ギルは直感する──これは本物だ、と。

 

「……貴方の仲間たちも、回収させていただきました。戦闘で負傷した方の処置も含めて」


 ルーチェがそう言うと、ソンティは彼女の肩から舞い上がり、淡い光となってルーチェの身体の中に吸い込まれていく。

 

「……仲間を逃がすために、一人で残ったってのか?」

 

「ええ。貴方の狙いは私ですし、先ほどの“お約束”もあります。万が一でも、仲間を巻き込むわけにはいきません」

 

「───確かに。狙いのお前さえここに残ってるなら……他の連中にゃ用はねぇか」


 ギルは納得するように何度か頷いた。

 

───が。


「けどよ。俺を“(たばか)った”んだろ?」


 ギルはニィ、と口角を吊り上げながら、ゆっくりと外套を脱ぎ、地面へと投げ捨てた。

 

「なら、“お仕置き”してやんねぇとなぁ……?」


 その金の眼が、野獣のように鋭く光った───。


 

新年一発目だって言うのに、明るくない話で申し訳ないですが、まあ楽しんで貰えたら嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ