第137話 オルトの気持ち
杖をついて歩くダグの後ろを、ルーチェとオルトが手を繋いで歩いていた。夜の集落はしんと静まり返っており、空には星が瞬いている。
やがて、彼らは集落の外れに建つ一軒の家に辿り着いた。
「ここが……我が家だ。大したもてなしはできないが……」
「いえ、泊めていただけるだけでありがたいです」
ルーチェは丁寧に頭を下げた。
中に入ると、素朴な作りのログハウスで、木の香りがほのかに漂っていた。どこか落ち着く匂いに、ルーチェは少しだけ肩の力を抜いた。
リビングへ通されると、棚の上に飾られた一枚の絵が目に留まった。少し大きめの写真立てに収められたその絵は、丁寧に描かれた肖像画だった。
「これは……」
ルーチェがそっと呟くと、ダグが微笑んで答える。
「あぁ、それはね……グラーデンにいる画家に頼んで描いてもらった、家族の絵さ。赤ん坊のオルトを抱いているのが、妻のリューネだ」
そこには、少し若いダグと、その隣に優しげな表情の紺髪の女性、そして腕に抱かれた赤子の姿───まぎれもなく、今のオルトの面影を残す赤ちゃんが描かれていた。
(オルトくん、顔立ちはお母さん似なんだ……。毛の色はお父さん寄りだけど)
「素敵な絵ですね」
ルーチェがそう言うと、ダグはうっすらと目を細めた。
「ありがとう。さて……お茶でも入れよう。ソファに座って待っていてくれ」
ルーチェがオルトと一緒にソファに座っていると、ほどなくしてダグがトレーを手に戻ってきた。
「か、代わりに持ちましょうか?」
慌てて尋ねるルーチェに、ダグは少し笑って首を横に振る。
「大丈夫だとも。杖にも……この歩き方にも、もうだいぶ慣れてきたからね」
トレーをテーブルに置くと、丁寧に湯を注いでいく。
「さあ、どうぞ」
「ありがとうございます」
ルーチェがカップを受け取ると、オルトが隣でそわそわと落ち着かなさそうにしていた。そんな様子もどこか、懐かしいのかもしれない。
「ルーチェさんは……彼らよりも若いように見えるが、共に冒険者の仕事をしているのか?」
ダグの問いに、ルーチェは一口お茶を飲んでから答えた。
「はい。三人でパーティを組んで、一緒に旅をしているんです」
「そうか……」
ダグの目が、ふとオルトへと向けられる。何かを噛みしめるような表情だった。
「いや、変なことを聞いてすまない。その……失礼な言い方になるかもしれんが、あまり強そうに見えなくてな……」
ダグの言葉は、率直ではあるが悪意のないものだった。
実際、彼の目の前にいるのは、背丈150cmちょっとしかない、華奢な14歳の少女。見た目だけでその力を推し量るのは、確かに難しいだろう。
「確かに……私はいつもギリギリの戦いばかりで。強いとは言えないかもしれません……」
ルーチェは苦笑しながら肩をすくめた。
「剣と杖を持っていたようだが……職業は、魔法戦士とかか?」
「いえ。───テイマーです」
「……そうか。なるほどな。道理で……魔物の匂いがするわけだ」
「えっ!? わ、私、魔物臭いですか!?」
ルーチェは慌てて自分のローブを引き寄せて、クンクンと匂いを嗅ぐ。その様子に、ダグは目を丸くし、思わず吹き出した。
「いやいや、そういう意味じゃない! 君が臭いってわけじゃないんだ。我々牙獣族──犬人族や狼人族は、嗅覚が人より遥かに鋭い者が多い。だからちょっと気になっただけで」
「そ、そうなんですね……よかった……」
胸を撫で下ろすルーチェに、オルトも小さく笑ったような気がした。
「さて……そろそろ夕食の準備を始めないといけないな。
二階の一番奥の部屋を使ってくれ。もともと、オルトのために用意していた部屋なんだ。今日はそこに泊まるといい」
「分かりました。それじゃあ荷物を置きに行ってきますね。……オルトくんはどうする? リビングで待ってる?」
オルトは首を横に振った。そして、そっとルーチェの袖をつまんだ。
「……じゃあ、お部屋に行こうか」
ルーチェが優しく微笑みかけると、オルトは小さく尻尾を振った。
二階に上がり、一番奥の部屋の扉を開く。
そこは日当たりの良さそうな、明るい部屋だった。
ベッド、机、椅子、クローゼットといった家具が整然と並び、全体的な色味は落ち着いたパステルグリーンでまとめられている。
特に印象的だったのは、ベッドの掛け布団や椅子のクッションにあしらわれた、四葉のクローバーの刺繍だった。
それは誰かの“幸せを願う気持ち”が込められているように思えた。
「わぁ……素敵なお部屋だね、オルトくん」
ルーチェが思わず声を漏らす。
だが、オルトは無言のまま、俯いていた。
ルーチェが荷物を整理している間も、彼は視線を上げず、ただ静かに立ち尽くしていた。
(この世界にも、四葉のクローバーがあるんだ……。意味も、同じなのかな……。ううん、きっと同じだよね)
床に膝をつき、魔法鞄から泊まりの荷物を取り出して整理していたルーチェは、ふとそんなことを思っていた。
そのとき──そっと、横から小さなぬくもりが寄り添ってきた。オルトだった。無言で、ルーチェにぴたりと身体をくっつけている。
「どうしたの?」
ルーチェは優しく声をかけた。
だが、オルトは何も言わなかった。耳はしょんぼりと伏せられ、尻尾も力なく垂れている。
(思えば……私と二つしか歳が違わないんだよね)
ルーチェはそっと、言葉をかけるのをやめて、オルトの頭を撫でた。
すると、オルトは急にルーチェの腕を引いてベッドへと導き、そのまま座らせた。次の瞬間、まるで胸に飛び込むように、ぎゅうっと抱きついてきた。
──そして、倒れ込むようにルーチェをベッドへ押し倒した。
(……まただ)
以前も、こうやって突然抱きつかれたことがあった。
そのときと同じように、オルトは何も言わない。ただ、ぐいぐいと頭を押しつけてくる。
(ちょっとだけ、くすぐったいんだよなあ……でも、あったかい……。きっと、オルトくんも不安なんだよね……。でも、私もこうしてると安心できる……)
ルーチェは何も言わず、優しくその小さな背を撫で続けた。
心音が届く距離。お互いの鼓動が、静かに、けれど確かに、繋がり合っていた。
ルーチェはそっと目を閉じた。
──大丈夫だよ、と心の中でそっと呟いていた。
「……お姉ちゃん」
小さく、オルトが口を開いた。
「……置いていくの……?」
「え……?」
予期せぬ問いに、ルーチェは戸惑う。
「ここに……僕だけ、置いていくの……?」
オルトの瞳には、涙が溜まっていた。
(正直……まだ迷ってる。ここはオルトくんの、本当の家だけど……)
ルーチェは答えず、そっと別の問いを返した。
「……どうして、そう思ったの?」
「……お姉ちゃん、ずっと……考えてる。僕のこと……どうするか……」
その言葉に、ルーチェは驚いた。
そこまで感情を読み取られていたなんて──。
「僕……いらない子? 足手まとい……?」
その言葉が刺さった。
──記憶がよみがえる。
この依頼に出る前、キールの母であるエリーゼと話したときの、あの言葉。
《……私は、両親にとって……“生まれてこない方が良かった子”……なんじゃないかって……》
「……ちがう……!」
ルーチェはガバッと身を起こし、オルトを強く抱きしめた。
「それは……ちがうよ!」
ビクリと、オルトの耳が立つ。
「オルトくんは、足手まといなんかじゃない……いらない子なんかじゃ、絶対にない……!」
声が震え、次第に途切れ、嗚咽まじりになっていく。
オルトが顔を上げたとき──ルーチェの瞳から、ぽろぽろと大粒の涙がこぼれていた。
「お、お姉ちゃん……?」
ルーチェはそのまま、抱きしめた腕を離そうとしなかった。
泣いていた。静かに、でも深く、止めようもなく。
オルトは混乱した。
(お姉ちゃん……僕のせいで……?)
だけど──考えた。どうすれば、泣き止んでくれるのか。
どうすれば、安心してくれるのか。
そうだ、あれ──。
いつも、お姉ちゃんが僕にしてくれたみたいに──。
オルトは小さな手で、ルーチェの背中を優しく撫でる。
そして、ぽんぽんと、そっと手のひらで叩いた。
──けれど。ルーチェの涙は、逆にあふれてしまった。
(オルトくんも……私と同じように、不安だったんだ…。同じような想いを抱えてたのに……私、気づいてあげられなかった……)
ルーチェは、胸の奥からこみ上げてくる感情に任せて、ただ泣き続けた。
その姿を、そっと見守るように──
部屋の外。扉の前で、ノックしようとしたダグは、そっと手を下ろした。そして無言のまま、踵を返し、ゆっくりと歩き出していった。
クリスマスイブですなぁー。
皆さんケーキとかチキンとか食べるのかなぁー。
作者は……何食べようかなぁ。
お腹空いた。みんな、美味しいご飯をたらふく食べようね。




