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絆ノ幻想譚  作者: 花明 メル
第三章 閉ざされた航路の果てへ
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第133話 獣王国の港町・ソランディル


 

 船が近づくにつれ、海上にそびえ立つ大岩が視界に現れた。その中心にはぽっかりと穴が空いており、まるで海の門のような形をしている。

 

「……あそこを通るんだ……」


 ルーチェがつぶやく中、船はゆっくりとその“門”をくぐり抜けた。


 岩を抜けた先──そこには、入り江にすっぽりと抱かれたような港町が広がっていた。


 自然に囲まれた静かな湾。水面は穏やかで、まるで街を映す鏡のよう。港町は整然とはしていないが、獣人たちの暮らしが息づく、生きた街だった。


 建物は木材や石、時には骨や獣皮など、土地にある素材を使って作られている。風雨に晒されてもびくともしない、頑丈で野性味ある作り。


 舗装されていない地面には踏みならされた獣の足跡が残り、風に乗って干し肉と煙草の香りが流れてくる。


 船着き場は静けさに包まれていた。


 桟橋に船が近づくと、久々の到着に気づいた獣人たちがざわつき始める。


 それもそのはず、船着場に船がたどり着いたということは、止まっていた海路が再び動き出したことを意味するからだ。


「……なんだか、少しだけ騒がしくなってきましたね」


 甲板に立っていたルーチェは、入港に沸く港の様子を眺めながら、そっと呟いた。


 市場は完全には再開していないようだが、それでも獣人たちが忙しなく走り回っており、停滞していた空気がようやく動き始めているのが伝わる。


 そして──空気が澄んでいるこの場所からは、遠くにそびえる大きな山の姿が見えた。遥か地平線の向こう、雲を纏うその頂きは、まるでこの地を見守っているかのように静かに佇んでいた。




 


 港の奥に建つ石造りの施設。


 ここは、他国からの旅人を受け入れる獣関所、《フェング・バラル》。


 普段なら人の出入りが絶えないが、海が封鎖されていたこの数週間は、受付窓口もひっそりしていたようだ。


 そこにいたのは、猫人族の女性職員───ミーネ。

 人懐こい笑顔が印象的で、獣人でありながらも他国の人々に警戒心を与えない柔らかな雰囲気を持っていた。


「うわぁ、ほんとに来た!  船だ船っ! ひっさしぶり~! しっかり対応しなきゃ……オリー所長に怒られるし!」


 慌てて書類を手にするミーネに、同行していたディアスが静かに近づく。


「王国より派遣された者だ。届け出の手続きを───そしてこれが、獣王陛下への贈呈品となる」


 ディアスは箱を開け、贈呈品の中身の確認の説明を行った。


 蒼海獣(そうかいじゅう)の狂乱は収まり、海路は安全を取り戻したと説明すると、周囲の職員たちが安堵したように肩を撫で下ろす。


「おい、ミーネ。船が来たって本当か?」


 やってきたのは、犬人族の所長・オリーだった。

 茶と黒の毛並みに、賢そうなオーストラリアンシェパードのような顔を持ち、獣人ならではの大柄な体躯でやって来た彼は、職員たちの頷きを見て、小さくうなずいた。


───が、その直後。


 ルーチェたちの後ろに立っていたオルトを見た瞬間、オリーの目が鋭くなる。


「……その子供は、何者だ?」


 重たい声でそう言ったオリーは、しばし黙り込むと、ルーチェたちに静かに告げた。


「……奥で、少し話がしたい。君たちだけで構わない」


「ルーチェ。私はここに残り、贈呈品の引渡し手続きを進めておく」


「はい、分かりました、ディアスさん」


 ルーチェ一行は、ディアスを受付へと残し、獣関所の一階、奥まった場所にある所長室へと向かった。


「船旅は大変だっただろう。まずは、お茶でも飲んでくれ」


 オリーがそう言って立ち上がり、自らポットを手にして湯を注ぐ。


 部屋の中央には、二人掛けの長椅子が向かい合う形で置かれていた。キールとテオ、ルーチェとオルトがそれぞれ腰を下ろす。


 ルーチェがカップを手に取り、一口すする。


 すぐ隣で、オルトも小さな手で両手にカップを抱え、おずおずとお茶を飲む。


「熱くない? 大丈夫?」


「……ん、平気……」


 オルトは小さくうなずいて答えた。


「突然すまなかった。改めて自己紹介させてもらう。この獣関所の所長、オリーだ。この街の代表も兼任している」


 犬人族らしい堂々とした声音で、オリーが名乗る。

 その表情は穏やかだが、どこか真剣さを滲ませていた。


「初めまして、オリー所長。私どもはヴァレンシュタイン王国から、獣王陛下への贈呈品の護衛任務を受けてやってまいりました。私はキール・ランゼルフォード。こちらは仲間のテオ、ルーチェさん──そして、私たちで保護しているオルトです」


 キールが丁寧に名乗りつつ、順に仲間たちを紹介する。

 皆それぞれ軽く会釈を返した。


「まずは……蒼海獣(そうかいじゅう)の件、解決に感謝する。これで、ようやくこのソランディルにも活気が戻るだろう」


 オリーは手元のカップを飲み干し、そして表情を引き締める。


「それで……だ。そこの、狼人族の少年──オルトくんの件だが……」


 その言葉に、オルトはぴくりと反応する。ぺたんと耳を伏せて、ルーチェの服の裾をぎゅっと握りしめた。


「オルトくん……?」


 ルーチェが小さく声をかける。

 だが、オルトは何も言わず、ただ彼女にしがみついた。


「ねぇ、所長さん。子供に聞かせにくい話もあるでしょ? だったら話相手は、俺ら大人だけで十分じゃない?」


 テオがひとつ眉を上げて言った。


「そうですね。可能であれば、二人を別室に移すか……あるいは、街を少し見て回る許可を頂けませんか?」


 キールの静かな提案に、オリーは少しだけ思案するように視線を落とし──やがて口を開いた。


「では、この建物の屋上はどうだ? 潮風が気持ちいい。街もよく見えるぞ」


「どうする、オルトくん? 私と行く?」


 ルーチェが優しく尋ねると、オルトは小さくうなずいた。


「分かった。屋上へ続く階段は、受付の横だ。受付のミーネにひと声かけてから行くといい」


「ありがとうございます、オリー所長」


 ルーチェは頭を下げ、そっとオルトの手を握ると、部屋を出ていった。


 ルーチェとオルトの足音が去っていくのを確認したオリーが、口を開いた。

 

「あのオルトくんという少年とは、一体どこで……?」


「言いにくい話なのですが……我がヴァレンシュタイン王国と隣国ロンダールの国境にある、鉱山の街ドレステルにて、違法な闇取引の市が開かれていたのです。その摘発の際、亜人の子供たちが囚われているのを発見し───その中に、彼がいました。そして彼自身が、恩人であるルーチェさんと共に居たいと……そう言ったのです。それで今、こうして旅に同行させているという訳です」


「……そうか……」


 オリーの表情が険しくなる。


「ルーチェさんも我々も、オルトがなぜドレステルまで連れてこられたのか……そのルーツを知りたいのです。けれど、オルト自身はあまりよく覚えていないようで。所長さん、何かご存じないですか?」


「───そうだな……もう十年ほど前になるか。あの頃は少し国の情勢も不安定でな。盗賊や海賊が跋扈(ばっこ)していて、この町の近くでも、獣人の子供がさらわれる事件がいくつか起きていた。……恐らく、オルトくんに関係しているのはそのあたりの事件だろう」


「オルトくんの両親については?」


「そういえば、事件が続いた後、自主的に捜索隊を組織して、行方不明の子供たちを探していた者たちがいた。だが、その活動も数年ほどで途絶えてしまってな……。今では、その人たちがどこで何をしているのか、私にも分からない。───獣人族は種族ごとに集落を作って暮らしている。狼人族の村に行けば、何か手がかりが得られるかもしれんが……」


「情報、感謝いたします」


 キールとテオは丁寧に頭を下げた。

 

 しばし沈黙が流れた後、オリーが口を開く。


「ルーチェという少女にも、直接話を聞いておきたいのだが……」


「じゃあ、交代してこよっか?」


 テオがキールに目を向ける。


「そうだね。テオがオルトを見ていてくれる? 僕はここに残るよ」


「了解〜」


 テオは軽く手をひらひらと振りながら、部屋を出ていった。




 

 

「おーい、ルーチェ」


 屋上の扉が開き、テオが顔をのぞかせた。


「所長さんが、ちょっと話聞きたいんだってさ」


「はい、分かりました」


 ルーチェが立ち上がると、テオはオルトの前に屈んだ。


「オルトは俺と待ってような?」


 オルトは小さく頷き、ルーチェの手をぎゅっと握ってからそっと離した。ルーチェは微笑み返し、階段を下りていった。



 


 一階の所長室へ戻ると、先ほどと同じソファに腰を下ろす。


「お待たせしました」


「いや、こちらこそ。君にも話を聞きたくてね」


――オリーはそう言ってから、机の端にある小さな装置を手に取った。


「ルーチェくん。先に冒険者カードを見せてもらえるかな?」


「……えっと、はい。これです」


 ルーチェがカードを差し出すと、オリーはそれを装置にかざす。青白い光が瞬き、空中にルーチェの登録情報が映し出された。


「なるほど……君が、あの……。すまない、ありがとう」


 一礼し、カードを返却する。


「ルーチェくん。キールくんとテオくんには、オルトくんについて、私が知り得る限りの情報を伝えたよ」


「そうでしたか……」


「それで───彼をどうやって助けたのか、君の口からも聞いておきたくて。テオくんの話では、君が一人でオルトくんを止めたと」


 ルーチェはお茶に口をつけ、静かに話し始めた。


「はい。テオさんが亜人の子供たちを助けている間に、私は……暴走していたオルトくんを抑えようとしていました」


 ルーチェの表情が少し陰る。


「オルトくんは、悲しみと怒りに身を任せて雷を纏っていました。天井や壁を跳ね回って、速くて……とても止められそうにありませんでした。でも、目の前に来たとき、思わず……抱きしめたんです。それだけでしたけど、なんとか、落ち着いてくれて……」


 ルーチェの言葉を聞いて、オリーは腕を組み、しばらく考え込んでいた。そして静かに呟く。


「なるほど……オルトくんは“雷牙流(らいがりゅう)”の使い手だったのか」


「らいがりゅう……?」


 ルーチェが首をかしげると、オリーは真面目な口調で説明を始めた。


「獣人族の多くは、他の種族に比べて魔力の総量が少ない。だから、純粋な魔法とは異なる戦術体系、“獣牙流(じゅうがりゅう)”という武術が編み出されたんだ。“雷牙流(らいがりゅう)”はその中でも、雷の気配を纏い、圧倒的な速さで戦う近接型の流派とされている」


「そうなんですね……」


 ルーチェはそっと視線を落としながら呟いた。

 

「───さて、話が逸れたな。二人とも、この地図を見てくれ」


 オリーは壁に掛けられた大きな地図の前へと移動し、指示棒を手に持った。


「この特徴的な入り江の形……見覚えがあるだろう? ここがソランディルだ。獣王国大陸のちょうど真北に位置してる」


 指し示されたその場所には、確かに独特な入り江のくびれが描かれていた。


「で、ここから南西──少し行ったところの森に、《ガルヴェ》という村がある。俺みたいな犬人族や、狼人族……つまり《牙獣族(がじゅうぞく)》が多く暮らす村だ。俺の名を出せば、たぶん村の長にも普通に通してもらえると思う」


牙獣族(がじゅうぞく)……」


 ルーチェが小さく呟くと、オリーはうなずいて続けた。


「それから──王都はここだ。地図の中央、でっけぇ木があるだろう?」


「はい、目立ちますね…」


「あれが《ラオバル》──王樹だ。そして、その根元にあるのが王都、《グラーデン》。獣王ラオバルク陛下のおわす場所さ。ま、道なりにでっけぇ木を目指して歩きゃ、迷わず着くさ」


 オリーは地図の道筋をなぞりながら、丁寧に説明してくれた。


「ありがとうございます、オリーさん」


 ルーチェは深く頭を下げた。


「いやいや、これくらいしか手助けできんのが歯がゆいが……。君たちは問題なく通しておく。くれぐれも道中、気をつけてな」


「はい、気をつけます」


 ルーチェの素直な返事に、オリーはどこか安心したように微笑んだ。

 

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