第128話 冥府へと誘う使者
少し修正入れました。
「……ここまでやるとは想定外。けど、詰めが甘い」
少女は静かに杖を構え直した。
杖先の黒い宝石が、深い闇色に鈍く光る。
右半身を失って倒れたドラゴンゾンビの口内に、再び闇の魔力が渦を巻き始める。
「なっ!?」
テオが目を見開く。
それを見た少女は淡々と告げた。
「この子はもう“死んでる”の。命が無いものに、致命傷なんて存在しない」
その声音は残酷というより、ただの事実を告げるだけの無機質さだった。
「ルーチェさ──」
キールが振り返った瞬間、息を呑む。
ルーチェは棍杖を地面に突き立て、肩を上下に震わせていた。呼吸は荒く、汗がこめかみに伝っている。
「ルーチェさん!」
「ルーチェ!!」
キールとテオが慌てて駆け寄り、倒れかけた体を支える。
「はぁ……っ、もう、一回……っ」
ルーチェは棍杖を持ち上げようとする。しかし手が震え、力が入らない。《反射》で大量の魔力を変換した反動が、体を容赦なく蝕んでいた。
「無茶です、ルーチェさん! ここは……私が!!」
キールが咄嗟に一歩前へ出る。
槍を構えようとしたその瞬間──
ゴォォォォォッ───
ドラゴンゾンビの喉奥に、闇の魔力が臨界まで膨れ上がる。
少女は薄く笑った。
「無駄。……撃って」
合図と共に、第二撃の黒い光線が、ほとんどタイムラグなく放たれようとしていた。
その時だった。空気が震え、世界が一瞬、暗くなる。
死霊術師の少女も突然の暗転に混乱し、ドラゴンゾンビも動きを止めた。
激しい突風が砂塵を巻き上げ、霧すらも吹き飛ばすような勢いで墓地を襲う。
「……っ、風が……!」
ルーチェは反射的に目元を覆った。
その風は、“ただの自然現象”ではなかった。
空気が震えていた。世界そのものが、何かに“怯えて”いるかのように。
視界が戻った時──そこにいた。
巨大な影。
全身を漆黒の炎のような気配に包まれた───
───三つ首の魔獣。
その眼が、赤く、冷たく、そして──理知のない“憤怒”を宿していた。
ルーチェは言葉を失い、ただ呟いた。
「ケルベロス……?」
『お嬢様!』
リヒトの声が震える。
『これは……《黒冥獣》。《七の魔獣》の一体、“黒”の名を冠する魔獣です……!』
『ケルベロス、ですか』
ハッキリと全員が聞き取れるような、凛とした女性の声が脳内に響き渡る。どうやら、真ん中の頭が静かに言葉を紡いだようだ。そして、真ん中の頭だけがチラリとルーチェを一瞥した。
『違うよ、ケルベロスじゃないよ! 僕らはクローディア!』
右の頭が愉快そうに口を開く。右の頭の声は、まるで幼い子供のようだった。
『我らは《黒冥獣》、冥府へと魂を誘う者…』
そして左の頭が、低く威圧的な男性の声で、目の前の少女を睨みつけながら言った。
「クローディア…」
ルーチェは呟いた。
「なっ…《黒冥獣》がどうしてここに…」
驚く少女の問いに、真ん中の頭が答える。
『我々は大地に安らかに眠る魂を、新たな命へと導く者。云わば、死から生への案内人…』
続けるように右の頭が言う。
『僕たちは世界を駆け巡って、一定の時間を大地で眠って休んだ魂を冥府に連れていくのがお仕事なんだよ!』
そして左の頭が言った。
『故に貴様のような、死者はおろか生者の魂すら冒涜するような“死霊術師”は、我らが最も嫌う者…』
そしてクローディアは、少女の傍らにいたドラゴンゾンビを一撃で食い破り、消滅させた。
「一撃…」
少女は唖然としながらも、ポケットからダイヤ型の不思議な石を取り出すと、それを地面に叩き落とした。
石から魔力が溢れ、魔法陣が展開される。
「今日は引く…。だけど次はこうは行かない…」
少女は最後にこう言った。
「───すべては《調律》のために」
そして、少女の姿は掻き消えた。
霧が晴れていく。
クローディアはドシドシと音を立てて、振り向いた。
『初めまして、英雄少女。噂は聞いていますよ』
真ん中の頭が告げる。
「噂…?」
『森にいるおじいちゃんからね!』
右の頭の言葉にルーチェはハッとした。
「も、もしかして《緑癒獣》のおじいちゃんのことですか?」
「ちょ、ちょっと待って」
テオが呆れながら口を挟んだ。
「緑癒獣のおじいちゃんって何? まさか森に入っただけじゃなくて───会ったの?」
「えっと…あはは…」
「あははじゃないよ! あーもーほんと知らない情報がポンポンと…!」
テオが頭を抱えた。
「ありがとうございました、《黒冥獣》クローディア様」
『貴様に感謝される覚えは無い』
キールの言葉に。左の頭がフンとそっぽを向いた。
『確かに、彼の加護の気配を感じますね。命の芽吹く匂いがします…』
真ん中の頭がルーチェに顔を近づけて、スンスンと匂いを嗅ぐ。
「緑癒獣さんは喋れなかったのに…黒冥獣さんは話せるんですね」
『……アレは、森とその周辺の大地に実りを与えることに力を使っている存在ですから』
「なるほど、そういうことだったんだ…」
ルーチェは納得したようにうなずいた。
『ありがとう、英雄ちゃん! 君の仲間だけじゃなくて、この墓地も守ってくれて嬉しいよ!』
右の頭がベロリとルーチェを舐めた。
「え、えっと…?」
『フン、これは餞別だ』
左の頭がルーチェに擦り寄った。
「わわっ!」
『我ら黒冥獣の加護。ささやかですが、闇に対する耐性を貴女に───』
真ん中の頭が額をルーチェに預けるようにくっつけた。
ルーチェは少しだけ、その顔をサワサワと撫でた。
「そうだ! ……あの、蒼海獣さんのこと、何か知りませんか? 暴れていると聞いたのですが…」
『確かに! 走ってた時、下の海が荒れてたよねー!』
『だが、詳しいことは何も知らぬ』
『お役に立てず、申し訳ありません』
右・左・真ん中の順に答える。
「いえ、ありがとうございます」
『それでは、我々は役目がありますので』
『またねー!』
『…フン、光を持つ者よ。決して道を誤るなよ』
そう言うと、クローディアは空へと走り、いつの間にか姿が見えなくなった。
静けさが戻った村の墓地に、村の方から暖かな風が吹き、そしてクローディアの飛んでいった方角へと吹き抜けていく。
それはまるで、霧に閉ざされたままの時を過ごしていた村人たちの魂が、運ばれていくようだった。
それを見ていたリヒトが、ふと呟いた。
『彼らは……やっと、解放されたのですね』
「うん。さようなら……いつか、またどこかで」
ルーチェは空に向かって、手を振った。
***
馬車に戻ったキールは、荷物の中から通信用の魔法道具を取り出した。鉱山の街に行くのに、カイルから報告用に渡されていた物だ。
キールは馬車の外で、報告をした。
「父上。実は道中のトラジ村で───」
ルーチェは馬車の方に戻ると、レオを《魂の休息地》へと戻し、いつの間にか馬車に乗って伏せていたノクスのお腹に顔を埋めた。
「はぁ……」
「とりあえず報告が終わるまで待ってから出発しよう。どの道ここじゃ休憩もできないしね」
テオがそう言うと、ルーチェの頭をそっと撫でた。
「少し休んでな」
キールが報告を飛ばしてから馬車へと戻ってくる。
「お待たせしました。とりあえず少し移動しましょう」
「よし来た!」
御者が鞭を打ち、馬たちは走り始める。
しばらく三十分ほど走らせていると、キールが手に持っていた通信装置がピカピカと点滅する。
「父上からの返事が来たようですね」
パカッと蓋を開けると、中の魔石が光る。
『私だ。報告ご苦労。既に国王陛下にも進言した。黒冥獣、そして“調律”の者についても。第二騎士団がトラジ村を調査するそうだ。お前たちは予定通りに港町へと向かえ』
そうすると、魔石は光を失った。
「ふぅ…」
キールはため息を吐いた。
「お坊ちゃん、自由になったってのに、色々報告しないといけなくて大変だねぇ」
テオは木箱に肘を置き、頬杖をついて言った。
「父上も心配なんだと思う。まあ、有事の際にすぐに国に報告できるという点ではいいのかもしれないけどね」
「確かに。それすごく便利だもんなぁ。試作段階って言ってたけど、普通に製品化出来るんじゃないの?」
「そんな簡単にはいかないんだよ…。あ、今回の旅では通信可能な限界距離とかも確認して欲しいって頼まれてるんだよね」
「へぇ…海を越えても使えんのかな…」
キールとテオはそんな他愛のない会話をした。
馬車の車輪が砂利道を軋ませる音だけが、静かに響いていた。霧の村が、遠くに小さくなっていく。
多分ですが、数日に一回のペースでお休みを挟むと…思います、うん、多分。
作者のやる気次第ですが、頑張ります!




