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絆ノ幻想譚  作者: 花明 メル
第三章 閉ざされた航路の果てへ
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127話 闇の少女との遭遇



 ノクスの後を追い、三人は村の奥にある森のさらに奥──古びた墓地へと辿り着いた。


 昼だというのに、鬱蒼とした木々が陽光を遮り、薄暗い影が地面に落ちている。湿った空気が肌にまとわりつく。


「ワォンッ!!」


 ノクスが吠えた。その鋭い声に、墓標の並ぶ奥で、ひとり佇んでいた影がゆっくりと振り返る。


 そこに立っていたのは、ルーチェと背丈の変わらない、若い少女だった。


 深く被った黒い魔女帽、肩まで隠す黒いローブ、とんがり靴。どう見ても“魔女”としか形容できない出で立ち。髪は淡い水色のショートヘア、瞳は薄紫色。雪のように白い肌が、周囲の闇に浮かび上がって不気味さを増す。


 その手には、黒の魔法杖と、妖しく光る宝玉。


「……明らかに容疑者っぽいんだけど」


 テオが小声で漏らす。

 少女はその声に反応したのか、ぽつりと短く呟いた。


「……だれ?」


「アンタに聞きたいことがあるんだけど」


 テオが一歩踏み出す。

 少女は少しだけ沈黙し、淡々と言葉を返した。

 

「……質問するだけなら、勝手にすればいい」


「この霧、アンタの仕業?」


 テオが問うと、少女は無表情のまま小さく首を傾ける。


「……そうだと言ったら?」


 その瞬間、三人に緊張が走り、キールとテオが武器を構えた。ルーチェも棍杖を握り直す。


 少女は淡々と続ける。

 

「この霧は、生命にのみ反応する。肉体と精神を蝕み……数日も中にいれば、死に至る」


「なっ……!?」


 ルーチェが息を飲んだ。

 少女は興味深そうにこちらを見回す。

 

「貴方たちは、平気そう。不思議。どうして?」


「敵に教えてやる義理はないね」


 テオが低く言い返す。


「……この霧を止めて貰えませんか」


 キールが静かに提案すると、少女は即答した。


「……断る」


「そうですか……」

 

 キールが表情を引き締める。


 すると、ルーチェが一歩前に出た。

 ノクスが心配そうに隣へ並ぶ。


「私からも、聞きたいことがあります」


 ルーチェの言葉に、少女の薄紫の瞳がわずかに揺れた。

 

「……影狼(シャドウウルフ)と契約している、子供のテイマー。……そう、貴女が、ルーチェ?」


 その名を呼ばれ、キールとテオはルーチェを庇うように立ちはだかった。


「……はい。確かに、私がルーチェです。……貴女は、ここで何を?」


 ルーチェが問い返す。

 少女は宝玉を撫でながら呟くように答えた。

 

「……魂を、集めている」


「「魂……?」」

 

 三人の声が揃う。


「実験に、必要」


「実験……?」

 

 ルーチェが眉をひそめる。

 少女は小さく瞬きをして、ぽつりと言った。

 

「でも……足りなかった」


 その言葉に、テオがハッと目を見開く。

 

「……っ、だから村人を殺したのか?」


「殺したって……えっ……?」


 ルーチェの瞳が、困惑したように揺れる。

 少女は呆けたように目を丸くし──すぐに無表情へ戻った。


「殺す? この霧から逃げない選択肢を選んだのは、彼ら。流行病と決めつけて、村に籠もる道を選んだ……その末路なだけ」


 薄く笑い、冷たい瞳で言い放つ。


「そうですか……貴女は──死霊術師(ネクロマンサー)なのですね」


 キールが静かに告げると、少女は楽しげに目を細めた。


「……ご明察の通り。確かに私は死霊術師(ネクロマンサー)……」


 墓地に寒気のような風が吹き抜ける。

 彼女の周囲に、ぼうっと淡い死霊の光が漂い始めた。


「もう一つ、聞きたいことがあります!」

ルーチェは一歩踏み出し、少女をまっすぐに見据えた。


「魔物の凶暴化……あれは、貴女の仕業ですか?」


 少女は瞬きを一つし、淡々と答えた。

 

「……あれは、私じゃない」


「なら、その犯人に心当たりがありますか?」


 ルーチェがさらに問う。

 少女はわずかに視線を伏せ、短い沈黙ののちに呟いた。

 

「仮に知っていても……教える義理は、ない」


 次の瞬間、少女は黒い長杖をコツン、と地面へ打ち付けた。乾いた音が墓地に響き、彼女の足元に紫色の魔法陣が広がる。


 墓地の空気が一気に冷え、圧が増す。


「……来なさい」


 魔法陣が脈動し、死霊の瘴気が吹き上がった。

 骨が軋む音と共に、骸骨(スケルトン)が姿を現し、続けて腐敗した肉をまとった食屍鬼(グール)、淡い霧のような幽霊(レイス)たちが次々と浮かび上がる。


「……あの子も、呼ぶ」


 少女が小さく呟いた瞬間、魔法陣の輝きがさらに強くなり、地面ごと揺れた。


 重い鼓動のような音が響き、魔法陣の中心から──巨大な影がゆっくりと頭をもたげる。


「な……に、あれ……!?」


 ルーチェが思わず息を呑む。


 黒ずんだ鱗、半ば崩れた翼、燃え尽きた瞳孔。

 そこにいたのは、かつて空を統べたはずの存在の“亡骸”。


 ルーチェは瞬時に《鑑定》を発動させた。


『ドラゴンゾンビ……! しかも、あの巨大さ……ワイバーンなどではありません。正真正銘の、“ドラゴン”です、お嬢様……!』


 リヒトの声にも焦りが滲む。


「ドラゴンゾンビ……!?」


 ルーチェが震える声で呟いた。


 死霊たちを従え、巨大なドラゴンゾンビが咆哮のような気配を放つ。


 少女はその中心で淡々と告げた。


「貴方たちの魂も……頂く」


 その一言が、戦いの開始を告げる合図のように、墓地全体に響き渡った。

  

「っ……、《浄化(ピュリフィケーション)》!!」


 ルーチェが杖を高く掲げると、杖先に白光が集まり、前方へ一気に放たれた。


 まばゆい浄化の奔流が死霊たちを飲み込み、スケルトンもグールもレイスも、塵のように崩れ落ちていく。


 光に裂かれた死霊の軍勢の間に道が開かれる。


「今だっ!」

「行きます!!」


 キールとテオが地を蹴り、一気に前へ。


 その行く先で、少女を守るようにドラゴンゾンビが大地を揺らしながら立ちはだかっていた。


「《付与魔法・風エンチャント・ウインド》!!」

「《水流剣》!!」


 キールの槍に風が巻き、テオの剣には水流がまとわりつく。


「グルゥゥ……!!」


 ドラゴンゾンビが不気味な咆哮を上げ、腹の奥から暗紫色の炎を吐き出した。


 キールとテオは反射的に左右へ跳ぶ。


「っく……!」

「危ねっ!」


 大地が黒く焦げ、炎の余波だけで空気が震えた。


 すぐさま立て直し、二人はドラゴンゾンビの足へ斬り込む。だが──。


 ザシュッ!


「……硬すぎる!?」

「なっ……全然入らないんだけど!」


 槍も剣も、腐肉をほんの数ミリ切り裂いただけで止まった。


「テオ、もっと貫通力のある技でやろう!!」

「おう!」


 二人が後方へ飛び退き、溜めに入る。


 ルーチェはすぐ動いた。

 二人の集中を守るため、魔法陣を展開する。


「《天使の回輪エンジェリング・ジャベリン》!!」


 光の輪が空中で複雑な軌道を描き、ドラゴンゾンビへと飛んでいく。


 いくつもの光の輪がドラゴンゾンビの胴体を削り取る──が。


(……光魔法が、効かない!?)


 腐肉がわずかに焦げただけ。


 光属性すら大したダメージにならず、ドラゴンゾンビは微動だにしなかった。


「いくよ、テオ!!」

「合わせろよ、キール!!」


 二人の魔力が膨れ上がる。


「《水狼牙(すいろうが)(あぎと)》!!」

「《風擲槍(ウインドランス)》!!」


 水流が猛々しい狼の顎を形作り、同時にキールが生み出した風の槍が甲高い音を立てて回転しながら飛ぶ。


 同タイミングで、二つの技がドラゴンゾンビの胴体へ叩きつけられた。


ドガァァンッ!!


──しかし。


 抉れたのは、ほんの少しの腐肉だけ。


「……嘘だろ……」

「これでも、通らない……!?」


 ドラゴンゾンビはまるで何事もなかったかのように、ゆっくりと首をもたげ、紫炎を吐き出す準備をしていた。


 墓地の空気が、さらに重く、さらに冷たく沈んでゆく。


「無駄。この子は元々、生きていたドラゴン。生きていた頃から強かった。貴方たちの攻撃程度でどうにかなるほど、ヤワな子じゃない……」


 少女は淡々と、けれど刺すように冷たい声で言い放った。


「……反撃して、ドラゴンゾンビ」


 少女が黒い杖を掲げた瞬間、ドラゴンゾンビが低く身を沈め、口を大きく開く。その奥で、闇の魔力が渦を巻き、凝縮されていく。


「まずい……!」


 ルーチェは条件反射で二人の前へ飛び出し、棍杖を構えた。


「キールさん、テオさん、下がってください!!」


 棍杖の先に、淡いピンクの魔力が集まり、花弁のように光が広がっていく。


「《花開く光盾リフレクシオン・フローリア》!!」


 三人の前に、花畑が咲き開くように光盾が展開し、淡い光の膜が重なり合う。


「……撃て」


 少女の冷酷な号令と同時に、ドラゴンゾンビが闇の黒い光線を吐き出した。


 ドォォッ!!


 闇の光線が光盾に激突する。

 盾がきしみ、花弁の輪郭がゆらぎ、火花のような光が飛び散る。


「くっ……!!」


 ルーチェは歯を食いしばり、足を踏みしめた。


「ルーチェ!!」

「踏ん張ってください、ルーチェさん!」


 テオはルーチェの肩に手を添え、キールも反対側から支える。二人の温度が、震える体を支え、光盾の揺らぎを押しとどめた。


 闇の圧力に押されながら、ルーチェは必死に思考を巡らせる。


(ずっと、考えてた……。この盾には、“守る”以外にも、何かできるはずって。“リフレクシオン・フローリア”って名付けた時から……ずっと……)


『えぇ、お嬢様。貴女ならきっと───』


 リヒトの声が耳の奥で優しく響く。


「……いける……!」


 ルーチェの瞳に強い光が戻る。


「っ……!! 《反射(リフレクション)》ッ!!」


 次の瞬間──。


 光盾の花弁が反転し、吸収していた闇の魔力が、眩い光線となって一気に解き放たれた。


「っ!?」


 少女が初めて驚愕の声を漏らす。


 放たれた光線は闇を呑み込み、黒い光線を押し返し──そのままドラゴンゾンビの右半身を丸ごと飲み込み、抉り取った。


 ドガァァァンッ!!


 腐肉と骨が砕け散り、紫色の体液が飛び散る。

 ドラゴンゾンビは鈍い唸り声を上げ、体勢を崩して地に伏せた。


 墓地に、乾いた衝撃音と、紫の体液が滴る音だけが残っていた。

 


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