第121話 公爵家へと
どうも、作者の花明メルです!
お待たせしました!三章ついに始まりましたね!
なるべく最新話を早め早めにお届けできるように努めますので、気長にお待ちいただける嬉しいです。
ドレステルを出発してから約十日。
ルーチェたちは王都へと戻ってきていた。
しかしルーチェは王城ではなく、キールの実家──ランゼルフォード公爵家へと到着していた。
鉄製の洒落た意匠の門を抜け、石畳の道を進むと、屋敷の前に広がる噴水が目に飛び込んでくる。
その前で待っていた屋敷の使用人、老執事が恭しく頭を下げた。
「お帰りなさいませ、キール坊っちゃま。そして、ルーチェ様、テオ様、オルト様」
「ただいま帰りました、セバスさん」
キールが挨拶を返す。
ルーチェ、テオ、オルトの三人もセバスへと軽く会釈した。
「奥様が皆様のお帰りを、今か今かとお待ちでございます。まずはお顔を見せて差し上げるのがよろしいかと」
セバスはそう告げながら、玄関の両開きの扉を静かに開く。
「ルーチェちゃん!! 来たわね!!」
その隙間から、勢いよく飛び出してきた女性が、勢いそのままにルーチェを抱きしめた。
「ふぎゅ!!」
「ああ〜! やっぱり小さくて可愛らしいわ〜!!」
「は、母上! ルーチェさんが苦しがっております、離してあげてください!」
キールが慌てて声を張り上げ、ようやく女性は腕を緩める。
「ぷはっ……!」
息を吸い込んだルーチェが顔を上げると、そこに立っていたのは以前一度だけ会ったことのある──公爵夫人、エリーゼ・ランゼルフォードだった。
「あらあら、ごめんなさいね。久しぶりに会えたと思ったら嬉しくて……」
エリーゼは少し頬を赤らめながら微笑む。
「お、お久しぶりです、エリーゼ様……!」
「ふふ、覚えていてくれて嬉しいわ。怪我はしていないかしら?」
「はい、無事に戻りました」
エリーゼの視線が、ルーチェの後ろでちょこんと立っている獣人の少年に向けられる。
「あらあらあら! 噂の獣人族の子って……もしかしなくても、この子かしら?」
彼女はドレスが汚れるのも気にせず膝をつき、オルトと同じ目線まで身を落とした。
「初めまして、オルトくん。私はキールの母、エリーゼよ。よろしくね」
母親らしい温かな笑みが、オルトへと向けられる。
ルーチェの後ろから様子をうかがっていたオルトは、控えめに尻尾を揺らしながらエリーゼを見つめていた。
「オルトくん、大丈夫。怖くないよ」
ルーチェも隣にしゃがみ込み、優しく声をかける。
「は……初めまして……。ぼ、僕……オルト……です……」
途切れがちな小さな声。
それでも懸命に紡がれた言葉に、エリーゼは思わず口元へ手を当て、目を輝かせた。
「まあまあ……! ちゃんと挨拶できたのね〜。嬉しいわぁ!」
その喜びように、オルトは安心したように尻尾をほんのり振る。
「奥様。玄関先でお客様を立ち止まらせてしまっておりますよ」
控えめに声をかけたセバスの言葉に、エリーゼはハッとして姿勢を正した。
「そうだったわね! だめね私、つい嬉しくて……」
エリーゼは立ち上がり、ルーチェたちへ微笑む。
「まずはゆっくり休んでちょうだい。テオくんは前に使っていた部屋を。ルーチェちゃんとオルトくんには、その隣の部屋を用意してあるわ。セバス、案内をお願いね」
「かしこまりました、奥様」
深く一礼したセバスがルーチェたちを案内し始める。その背を見送りながら、残ったキールは母エリーゼへ向き直った。
「母上、突然のお願いだったのに……その、ありがとうございます」
「いいのよ。王城よりもこちらの方が、オルトくんに負担が少ないという理由もよく分かっているわ」
──今回ルーチェたちが王城へ戻らず、公爵家を訪れたのはオルトのため。
まだ人混みに慣れない彼を、大勢がひしめく王城へ連れていくのは酷だと判断し、ルーチェの帰還前にエリーゼへと相談していたのだ。
「それにね、突然だとしても……こうしてルーチェちゃんと過ごす時間をもらえたのだもの。私はとても嬉しいのよ」
「母上……」
「キール、あなたが素直に頼ってくれたことも、母としては嬉しかったわ」
その柔らかな言葉に、キールはわずかに目を見開き、すぐに表情を引き締める。
「……感謝いたします、母上」
深々と頭を下げるキールの姿に、エリーゼはふんわりと微笑んだ。
***
「では、ルーチェ様とオルト様はこちらのお部屋をお使いください」
セバスに案内され、二人は用意された客間へと入る。
「わぁ……広いお部屋だね、オルトくん」
ルーチェは荷物をそっと床に置きながら感想を漏らした。
「……お姉ちゃん……ここ、使っていいの?」
控えめに尋ねるオルトの声は、まだどこか不安げだ。
ルーチェは自分の外套を脱いで椅子に置くと、その流れでオルトの外套も優しく脱がせてあげる。
「大丈夫だよ。私たちが泊まるために、公爵様がちゃんと用意してくれたお部屋だからね」
「……そっか……」
オルトはようやく安心したように返事をすると、そろりとベッドへ近づき、ポフポフと表面を叩いて感触を確かめた。
「オルトくん、少し休もっか?」
ルーチェは覗き込むように尋ねる。
「……うん。お姉ちゃんは……?」
心細さがまだ声に滲む。
ルーチェはふっと微笑み、少し考えるふりをしながら言った。
「……じゃあ、一緒に寝よっか」
「……うん」
二人は並んでベッドに横になった。
ふかふかの布団が身体を包み、張り詰めていた空気がゆっくりほどけていく。
ルーチェとオルトは、しばしの安らぎを得るように、静かに目を閉じた。
***
キールが廊下を進み、客間の方へ向かうと──
ルーチェたちの部屋の前で腕を組み、じっと扉を見つめているテオの姿が目に入った。どうやら中の様子を探っているらしい。
「テオ? 何してるの?」
声をかけると、テオがこちらを振り返る。
「お、キールじゃん。……何って、中の様子をちょっと確認してただけ。どうも二人ともお昼寝中っぽいんだよな。キールは何しに来たわけ?」
「母上がお茶でもどうって言っていて……でも、今は休ませた方がいいだろうし、後にすると伝えておくよ」
「おー。じゃ、俺も自分の部屋で少し休むわ」
そう言ってテオは軽く手を振り、自室の方へ戻っていった。
テオが見えなくなったのを確認してから、キールはそっと扉へ手をかける。最小限の音で開かれた扉の隙間から、部屋の中へ視線を滑らせた。
そこには──ふかふかのベッドで並んで眠る、ルーチェとオルトの姿。
オルトはルーチェの服を抱きしめるようにして眠り、ルーチェは穏やかな寝息を立てていた。
その光景に、キールは思わず目尻を緩め、静かに微笑んだ。
「……ゆっくり休んでくださいね」
誰にも聞こえないほど小さくそう呟くと、扉を再び静かに閉じた。




