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絆ノ幻想譚  作者: 花明 メル
第一章 光と絆のはじまり
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第12話 緑と癒しの獣



「“儂ら”ってことは…前の緑癒獣(りょくゆじゅう)さんもいるってこと? 世襲制…ってやつかな…」


『儂も、元々は通常の個体だったのじゃよ。あそこにいる子のようにな』


 あそこにいる子とは、先ほどルーチェたちを案内していたハーヴェストディアのことのようだ。


『前の緑癒獣(りょくゆじゅう)が死に、暫くした後に儂が新たな緑癒獣(りょくゆじゅう)、森の守り手として覚醒したのじゃ。そうやって自然が巡るように、森を守る役目を後世へと受け継いでおるのじゃ』


「そうだったんだ……」


 ルーチェは、ミリーナらしき子供を見る。


「この子はどうしてここで寝てるの?」


『ふーむ、それがのう…。森に入ってきてからずっと儂を呼んで泣いておったのじゃ。『おかあさんをたすけて』『びょうきでしんじゃう』となぁ…。あまりにいたたまれんので、森の獣たちにここまで連れてきてもらったのじゃ』


「じゃあやっぱり、この子がミリーナちゃんだったんだ…」


『……その内に泣き疲れて眠ってしまったのじゃ』


「…緑癒獣(りょくゆじゅう)さん。ひとつお願いがあるんです」


『───なんじゃ?』


「えっと、薬草を自在に生やせる力があると聞きました」


『この娘の母のために薬草を生やして欲しい…とな?』


「図々しいお願いなのは分かってます。……だけど、できませんか…?」


 ルーチェはおそるおそる尋ねた。


『…ふむ、その力を使うのも(やぶさ)かではないのじゃが…』


 癒しの獣は、少し考えているようだった。


『異変のせいで森が疲弊しておる。そのせいで、儂の力も弱くなっておるのじゃ…。この娘が望む薬草を、生やしてやれるかどうか…』

 

(そんなに都合よくはいかないよなぁ…)


『じゃが、そなたの魔力を借りれば、可能やもしれん』


「本当ですか…!?」


『あぁ……本当だとも』


 ルーチェはリボンを通して、魔力を送る。

 するとその体が淡く光り始めた。そして、おでこの辺りから芽が生え、急成長していく。そして白い花がぱあっと花開くと、光が収まっていった。


『この花を煎じて飲めば、恐らくはその娘の願い、叶うやもしれんのう…ふぉっふぉっ…』


 癒しの獣は朗らかに笑った。ルーチェはそっとそれを摘み取り、布を取り出して丁寧に包む。そして鞄にしまった。


「ありがとう、緑癒獣(りょくゆじゅう)さん」


『礼を言わねばならぬのはこちらの方じゃ。…あの子を助けてくれて、ありがとう』


「あの子……?」


『先ほどまでそなたが戦っておったブラッディホーンベアのことじゃ。その穢れも、あの子に付けられたものじゃろう?』


(…穢れ?)


 ルーチェはその言葉に改めてその姿を見た。よく見れば、その目は白く濁っている。


「…緑癒獣(りょくゆじゅう)さんは、もしかして目が見えないの?」


『かなり歳をとったからのう。もうあまり見えてはおらん。じゃが、感じることはできる…。柔らかな光を持つ人間と、その周りに気配が二つ…。一つは水の気を持つ魔物…スライムじゃな。もう一つは、そなたの力の影に隠れた…精霊のような…』


『《魂の休息地(ソウルルーム)》の中の私に気がついたというのですか…!? お嬢様の精神の中、本来なら認識できないはずなのに…』


「すごい…よくわかったね、緑癒獣(りょくゆじゅう)さん!」


『ふぉっふぉっふぉっ…。これでも名のある獣、見えずとも感じる術はあるのじゃ…。さて、人の子よ』


「はい……」


『お主、不思議な光を扱うようじゃが、どうやら治癒魔法は使えぬようじゃのう』


「……、うん……」


『あの子を救ってもらった礼に、儂の癒しの力を少し分けてあげよう…』


 今度は逆に魔力が流れてくる。暖かくて優しい力が、ルーチェの疲れた体をじんわりと癒してくれるようだった。


 ふと腕を見ると、赤黒く染まった傷口が徐々に元の色に戻り、傷がゆっくりと塞がっていく。痛みも引いていき、やがて完全に治っていた。


「うそ…痛くない…! 治ってる…!」


『お嬢様…傷を治してもらっただけではなく…』


 リヒトが、ルーチェの能力に新しい力が追加されていると教えてくれた。


『傷を癒し体力を回復させる《治癒(ヒール)》と、この世のあらゆる状態異常を癒す《状態異常治癒(キュア)》じゃ。この先の旅に持っていくといい…』


「ありがとう、緑癒獣(りょくゆじゅう)さん…!」


『礼はいらん。そなたはそれだけのことをしたのじゃからな……』


「ねぇ、緑癒獣(りょくゆじゅう)さん。あのブラッディホーンベアは森に還れるのかな…」


『もちろんだとも。長い時間をかけて、新たな恵みとして森の糧となる…。そうやって我々は命を紡いできたのだからな…』


「そっか、よかった……!」


 ルーチェは少しだけ真剣な顔をした。


「……あの、ひとつ聞きたいことがあるの。あの子が暴走した原因について、心当たりはない? 最近この森でおかしなことが起きた、とか……」


『……ふーむ、何かあったかのう……?』


 癒しの獣は少し考え込んだ。


『……そうじゃ、一度だけ、変なことがあったのう。数日前、森の中で妙な異音が聞こえたと、森の子らが言っておった。子らは不快に感じて、すぐ散り散りに逃げたそうじゃがの。その後からあの子の様子も変化した。しかしそれ以上のことは、儂にもわからんな…』


(妙な異音……)


「ううん、充分だよ。ありがとう」


『さて、そろそろ日が傾き始める……。森の異変が静まった今、子らも元の場所に戻り始めるじゃろう。…森の入口までは送らせる故、その子供を連れて帰るといい』


「分かった。本当にありがとう!」


 ルーチェは癒しの獣からリボンを離した。そして未だ眠るミリーナを背負った。

 それと、起きたときにぷるるを見られるとまずいので、ぷるるは一度《魂の休息地(ソウルルーム)》へと戻すことにした。


「ブムォォォ……!」


 リボンを離したので、もう何を言っているのかは分からない。だが、別れの挨拶をされているような気がする。


「ありがとうございました。…もし何かあれば、また来ます。あ、そうだ! 私の名前はルーチェです! ……おじいちゃん、またね!」


 ルーチェは笑顔を見せてから、案内役のハーヴェストディアの後ろについていった。



***

 


(よもや、おじいちゃんなどと呼ばれるとはのう…ふぉっふぉっふぉっ……)


 癒しの獣は、面白おかしく笑った。


(不思議な子だ、ルーチェ……)


 癒しの獣───《緑癒獣(りょくゆじゅう)》はルーチェが帰っていった方角を、しばらくじっと見つめ続けていた。


 

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