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絆ノ幻想譚  作者: 花明 メル
第二章 広がる世界、潜む闇
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第118話 見守る者たち

遅くなり申し訳ございません。



 

 ルーチェたちがドレステルの街を発つ──その前日の夜のことだった。


 


 王都の王城、その一室。

 国王エルガルドはソファに腰を下ろし、目の前に並ぶ二人へと視線を向ける。


「珍しいな。お前たちが二人揃って顔を見せるとは……普段なら滅多にないことではないか?」


 そこに立っていたのは、公爵家当主であるカイルと、王都冒険者ギルドのギルドマスター・クリス。


 エルガルドの妻であり、亡き王妃であるエレオノーラ。

 カイルの妻であり、公爵家夫人のエリーゼ。

 二人が実の姉妹ということもあり、この三人は事実上の“親戚”なのである。


「僕はただ、カイルに呼ばれたから来ただけなんですがね」


 クリスは困ったように肩をすくめ、隣の男へ視線を移す。しかし当のカイルは、いつもの冷静さが嘘のように険しい顔をしていた。


「……何かあったのか?」


 エルガルドが静かに問う。

 だがカイルは言葉を探すように視線を彷徨わせ、なかなか口を開こうとしない。


「まあよい。せっかくなら、酒でも飲みながらにするか。今日の政務はすべて終えておる。たまには“王”という立場抜きで、親族として語り合うのも悪くあるまい」


「……承知しました、陛下」


 重い溜息とともにカイルが向かいのソファへ腰を下ろす。その横には、呆れ半分・興味半分といった表情のクリスも続いて座った。


「それで、一体何があった? 報告では、ドレステルでの奴隷市の件は問題なく片付いたのであろう?」


 エルガルドは静かにワインを注ぎながら問いかける。

 三つのグラスへ満遍なく赤い液を注ぎ終えると、二人の前へ差し出した。


「はい。奴隷市の件は、そちらに記した通り問題ないと報告を受けております」


 カイルが簡潔に答える。


 クリスは受け取ったグラスを軽く揺らし、一口ワインを含んでから小さく息をついた。


「……ってことはさ。問題は、ルーチェくん絡みなんだろうね」


 その言葉に、カイルの瞼がほんの僅かに震える。普段の彼を知る者なら、それだけでただ事ではないと察するほどだった。


「カイルよ。ルーチェに何かあったのか?」


「それが……ですね、その……」


 もごもごと口ごもる姿は、冷静で厳格な公爵の面影など欠片もない。


「ここには我とクリスしかおらぬ。気にせず話してみよ」


 促すようにエルガルドが柔らかく言った。

 カイルは観念したようにワインを一気に飲み干し、空いたグラスをそっと卓上に置く。


 そして深く息を吸ってから、言った。


「……我が息子キールからの報告によれば……その……ルーチェが、助け出した精霊獣と契約した……と」

 




 


 カイルの言葉が落ちた瞬間、部屋には重い沈黙が流れた。

  

「あー、うん……なるほどね……」


 クリスが片手で額を押さえ、頭痛でも抱えたような声を漏らした。


「なんと……ルーチェが精霊獣と契約を……? それは事実なのか?」


 エルガルドの問いに、カイルは重々しくうなずく。


「……はい。キールからの報告によれば、対話によって精霊獣の心を溶かし……“友”になったと」


 その言葉に、再び沈黙が落ちた。


 沈黙が十数秒続いたのち──


「…………あっはっはっはっは!! ルーチェくんはまた、とんでもないことをやり遂げてしまったんだね!」


 クリスが盛大に吹きだし、涙目になりながら笑い転げる。


「笑い事ではないぞ、クリス!!」


 カイルが頭を抱えて低く叱りつけた。


「いやいや、だってね? 精霊獣と“友達になる”なんて発想、純粋なあの子にしかできないよ」


 クリスは笑いながらも、どこか誇らしげだ。

 エルガルドはまだ半信半疑といった表情で尋ねた。


「カイルよ。精霊獣の姿や能力については、どこまで分かっている?」


「キール曰く……真っ白な体毛を持つ、巨大な獅子の姿をした、高位の精霊獣……とのことです」


 カイルの言葉に、エルガルドの顔つきが一段険しくなる。


「高位の精霊獣、か……」


 横でワインを傾けながら、クリスが軽く肩をすくめた。


「まあ、そんな深刻に考えなくても。ルーチェくんなら大丈夫だと、僕は思うけどね」


「その根拠は?」

エルガルドはクリスを見据える。


 クリスは指を折りながら続ける。


「ビッグスライム、影狼(シャドウウルフ)、フワムシ、繭夢(マユユメ)風豹(シルファング)……精霊獣以前の時点で、あの子はすでに五体の魔物と契約しているんだ。しかも、力に驕らず、暴走させず、ちゃんと絆を深めてる」


 エルガルドは静かにうなずいた。


「そんなルーチェくんだからこそ、精霊獣の方も心を開いたんだと、僕は思う」


 クリスはワインを置き、エルガルドとカイルを順に見やる。


「しかし、だ。精霊と契約する“精霊使い”という存在は、この国ではまだ前例がない。海を挟んだ東方の島国《白蓮(びゃくれん)》では、精霊信仰が強く根付いていると聞くが……」


 エルガルドがそこまで言ったところで、カイルが静かに口を開いた。


「下手に公表すれば、ルーチェを取り込まれかねない……そう懸念されているのですね、陛下」


「うむ……。あの国の女帝は、癖のある御仁だからな。気に入れば容赦なく引き抜きに来る可能性は充分にある」


 エルガルドの表情は、王としての警戒と、父親めいた心配が入り混じっている。


 カイルが補足するように言う。


白蓮(びゃくれん)は、ヴァレンシュタインを含む他四国とは文化そのものが違うと聞きます。建築、衣服、価値観……生き方まで、我々とはまるで異なる」


「僕も冒険者時代に一度だけ訪れたけど、確かに“別世界”と言っていい景色だったよ」


 クリスも深くうなずいた。

 

 そして、三人の間に静かな溜息が一つ、また一つと重なる。


「……いよいよルーチェが、国を挙げて守らねばならぬ存在になってきたな」


 カイルが呟く。


「でも、それはルーチェくん自身の望むところではないはずだよ」


 クリスがたしなめるように言った。

 エルガルドはワイングラスを置き、穏やかな父の顔をのぞかせる。


「王家としても、ルーチェの自由を最大限尊重したい。他ならぬ……あの子にはそう約束したからな」


 カイルは静かに息を吐き、肩の力を抜く。


「陛下のお言葉、承知しました。……キールとテオには、今以上にルーチェを守るよう、それとなく伝えるに留めましょう」


 そのやり取りの後、クリスがふと何かを思い出したように顔を上げた。


「そういえばもうすぐ、獣王国への贈呈品を送る時期じゃなかったっけ?」


「……贈呈品は既に手配済みだ。間もなく王都へ届くはずだ」


 カイルが答えると、エルガルドはうなずく。しかしカイルは続けた。


「……ただ、一つ問題がありまして」


「問題?」


「“七の魔獣”の一匹、《蒼海獣(そうかいじゅう)》──海蛇竜(シーサーペント)が現在、海上で暴れていると。船を沈めているようです」


「なんということだ……」


 エルガルドは額を押さえる。

 クリスも腕を組み、苦い顔をした。


「《蒼海獣(そうかいじゅう)》は巨体の魔獣だ。海上戦となれば、普段通り戦える冒険者は限られるね」


 カイルは一つうなずき、姿勢を正した。


「故に、陛下。一つ承認していただきたい議がございます」


「ほう……。聞こうではないか」


エルガルドはグラスから手を離し、カイルに視線を向ける。


 カイルは静かに息を整え、二人へ向き直った。


「──今回の贈呈品の護衛任務について、ルーチェ、そしてキールとテオの三名を推薦いたします」


 エルガルドとクリスが、同時に目を丸くした。


「……今、なんと?」


 エルガルドが思わず聞き返す。

 カイルは真剣な面持ちで続けた。


「彼ら三人は、ドレステルの件で証明した通り、連携、判断力、対処能力……どれに関しても申し分なく、互いを補い合っている。精霊獣を含めれば、戦力としてはもはや小隊規模。なにより── ルーチェの“絆”の力は、海蛇竜(シーサーペント)のような強大な魔獣に対しても、有効な可能性があります 」


 クリスが口に手を当て、低く唸った。


「確かに……ルーチェくんの“心を通わせる力”は、従来の戦力とは性質が違う。暴走や衝突を避けられるなら、間違いなく大きい」


 エルガルドはしばし黙し、グラスに触れることすら忘れて考え込む。


「……だが、精霊獣と契約した直後のルーチェを、“護衛任務”として前線に立たせるのは、あまりにも荷が重いのではないか?」


「もちろん、強制はいたしません。あくまで──“本人たちの自由意思であれば”の話です」


 カイルははっきりと言い切った。

 その姿を見て、エルガルドもクリスも小さく笑う。


「お前は本当に……あの三人を信じているのだな」


「ええ。あの三人の成長ぶりは、誰よりも私が知っています」


 しばらく、三人の間に穏やかな沈黙が流れた。

 やがてエルガルドが静かに口を開く。


「……よかろう。ルーチェたちが望むなら、その任務を任せる。ただし──」


 エルガルドの瞳が、王としての光を宿す。


「王としてではなく、親族として言う。ルーチェの負担が重すぎると判断した場合は、直ちに撤回する。ルーチェの自由と安全は、何よりも最優先だ。」


 クリスが笑ってグラスを掲げる。


「ギルドマスターとして異議はないかな。むしろ僕は、ルーチェくんが“引き受けたいと思うかどうか”を見てみたいけどね」


 カイルも深くうなずき、グラスを手に取った。


「……では、三人の判断に委ねるということで」


「うむ。後は、彼らがどう応えるかだ」


 ワイングラスが三つ、静かに触れ合う。


 それはまるで──ルーチェたち三人に託す“次の物語”への乾杯のようだった。



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