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絆ノ幻想譚  作者: 花明 メル
第二章 広がる世界、潜む闇
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第117話 ドワーフの工房




 街を歩き、宿へと戻ろうとした時だった。

 ルーチェは見知った顔を見つけ、思わず足を止める。


「あら? ルーチェじゃない!」


 声をかけてきたのは、王都の魔法具職人の女性、リュシータだった。


「リュシータさん! こんにちは」


 ルーチェがぱっと笑顔を見せてお辞儀すると、オルトも慌てながら小さく会釈をする。


「どうしたのよ、こんな辺鄙な街で」


「えっと、王都から依頼で来てたんです。リュシータさんは?」


「あたしは鉱石の調達と、師匠のところに顔出しにね。……で、そっちの子は?」


 リュシータが覗き込むと、オルトはびくりと肩を揺らし、慌ててルーチェの背に隠れてしまった。


「この子はオルトくんです。訳あって私が保護しています」


「そうなのね」

 

 リュシータはそれ以上踏み込まず、軽くうなずく。


「あ、そうだ……リュシータさんに、折り入ってお願いが……」


 ルーチェは思い出したように鞄を探りはじめた。


「?」


 そして、ふわっとリュックの中から取り出したのは、先日山の精霊から譲り受けた真っ白な鉱石───“清輝石(せいきせき)”だ。


「ちょ、ちょっと! こんな所でそんなもの出さないで!」


 リュシータが慌てて声を潜める。その剣幕に、ルーチェは思わず鉱石を握りしめ、不安そうに眉を寄せた。


「え、え?」


 リュシータは顔を寄せ、さらに声を潜める。


「だってこれ、清輝石(せいきせき)じゃない! 一体どこで手に入れたの!? 超がつく程のレア鉱石なのよ?」


(確かにリヒトから希少なものだって言われてたけど…、こんな反応されるくらいレアなものだったんだ……)


「えっと……色々あって、山の精霊様にいただいて……」


「………………、はぁ」


 そこまで聞くと、リュシータは呆れたようにため息をついた。


「とりあえず着いてきて。その先で話を聞くわ」


 ルーチェはオルトの手を取り、リュシータの後について歩き出した。




 

 リュシータの後に続いて辿り着いたのは、街の奥まった場所にある一軒の工房だった。建物の奥からは、カンッ、カンッと金属を打つ音が絶えず響いている。


 リュシータは無造作にカウンターへ歩み寄ると、そこに置かれていたベルを容赦なく連打した。


「うるせぇ! そんなに鳴らさなくても聞こえてる!」


 荒々しい声が奥から返ってくる。しばらくして現れたのは、立派な髭をたくわえた年配のドワーフだった。


「なんだ、誰かと思えばリュシータじゃねぇか。何しに来た?」


「久しぶりに会った弟子に、何しに来たはないでしょ? 鉱石の調達のついでに、師匠の顔を見に来たんじゃない」


「ほーん……で、そっちは?」


 レギンはその眼光を、ルーチェとオルトに向けた。


「私のお客さんのルーチェと、その連れのオルトよ」


「ほう? 頑固なお前にもようやく客がつくようになったか」


「頑固って、師匠にだけは言われたくないんだけど。まあいいわ。それで、ここからが本題なんだけど──ルーチェ、アレ出して」


 促されて、ルーチェはおそるおそる白い鉱石を取り出した。


「たまげたな。……こいつは清輝石(せいきせき)じゃねぇか」


 レギンの目が驚きに見開かれる。


「そうなのよ!」


 リュシータも思わず食い気味に応じた。

 視線がルーチェに集まる。


「えっと、手に入れた経緯は、冒険者としての守秘義務とかがあるので詳しく話せないんですけど。その……私の杖が、折れてしまって……」


 そう言って、ルーチェは魔力に砕けて破片となった杖の残骸を取り出した。


「それで、新しい杖を作れないかと思って…」


「杖って……お前さん、そっちがあるじゃねぇか」


 レギンはルーチェの腰に提げられた棍杖エーテリオンを指差した。今は魔力で縮小されてステッキ程度の大きさになっている。


「これも使えないわけではないのですが……初心者用の杖の方が、握りやすく慣れていて。取り回しも良かったんです。だから、その初心者用の量産品くらいのサイズ感で新しく作っていただけないかと……」


「ほう、なるほどな。それは構わんが──どんな杖がいいんだ?」


「どんな…?」


 ルーチェは質問の意味に戸惑い、言葉を詰まらせた。 


「性能やらデザインやら、決めなくちゃいけねぇことが多いだろうが……まあ、とりあえず、そっちのテーブルに座れ。茶も出してやる」


 レギンは顎で工房の隅を指し示した。木製のテーブルにはすでに椅子が三つ置かれている。


 ルーチェ、オルト、そしてリュシータは席につき、やがてレギンが湯気の立つ茶を盆に載せて戻ってきた。


「……それでだ。まずは“性能”からだな」


 そう切り出され、ルーチェは少し考え込む。


「そうですね……できれば、こっちの杖みたいに小さくできたり、折り畳めたりすると嬉しいです」


 ルーチェは棍杖に魔力を流し、伸縮させて見せた。


「ほう、なるほど」


「それから……服に合わせて、白い杖がいいかなって。この石も白いですし」


「ふむふむ。白か」


「あと、丈夫な杖がいいです。今度は折れないくらいの、頑丈なやつがいいなって……」


「なるほどのう。まあ、清輝石(せいきせき)は頑丈な鉱物だ。それで作った杖なら、余程のことが無い限り、折れる心配もないだろうよ」


 ルーチェはそこで鞄から一つのクリスタルのような石を取り出す。それは壊れた杖についていた魔石だった。


「それからこれ。杖の先端に、これと同じような石をはめ込んでもらえると嬉しいです。あ、もちろんこれじゃなくても大丈夫なんですけど…!」


「それは構わんが……」


 レギンが言いかけたところで、リュシータが口を挟む。


「でもただの白い杖じゃ、シンプルすぎて味気ないわよね。何かデザインの希望は?」


「んー……じゃあ、金色のラインとか、リボンみたいなデザインを入れてもらえますか?」


 ルーチェはそう言って手首に意識を集中させ、《絆の光(コネクション)》で淡いピンクのリボンを生み出してみせた。


「ほう……その魔力、ユニークだな?」


 レギンが髭を撫でながら言った。


「……はい、そうです。光属性のユニーク魔法です」


「ユニーク使いってだけで珍しいのに、しかも光属性とはな。相当レアだぞ」


「やっぱりそうなんですか?」


「ユニークは個人固有の魔法だからな。存在そのものが希少だ。光魔法も使い手が少ない属性だしな。両方となると、さらに希少だ」


「レアとレアで、超レアってことね、ルーチェ」


 リュシータが茶を口にしながら笑う。


「まあ、その……珍しいという自覚はあります。だからこそ、私の力を活かせる杖が欲しいんです」


 ルーチェがまっすぐに告げると、レギンは黙って考え込み、やがて大きくうなずいた。


「……よし、引き受けよう。ただし時間はかかる。リュシータ、少し手伝っていけ」


「はいはい、分かってるってば」


「それで、お代は……いくらになりますか?」


「そうだな。希少な清輝石(せいきせき)を使うし、デザインも機能もこだわるなら……金貨二枚ってところだ」


「分かりました。お金は明日払いに来てもいいですか?」


「ワシは後払いでも構わんが?」


「いえ、先に払わせてください。明日にはこの街を離れてしまうので」


「そうか……なら明日の朝、また来てくれ」


「はい。よろしくお願いします、レギンさん、リュシータさん」


 ルーチェは深々と頭を下げた。


「おう、任せとけ」


 レギンは口の端をつり上げ、職人らしい自信をにじませた。

 


  

***

 

 


 ルーチェは宿に戻ると、オルトの荷物を、新しくあげたショルダーバッグに丁寧に詰めていった。


「入らない分は、私のカバンに入れるからね」


 そう声をかけると、オルトの尻尾が小さく揺れた。

 すると、部屋の扉がコンコンと軽くノックされる。


「よっ、お二人さん。ちゃんと買い物できた?」


 扉を開けると、テオが軽く手を上げて言った。


「はい、今ちょうど鞄に詰めているところです」


「ならいいけど。明日の午前中に出発だから、ちゃんと準備しておいてね」


「分かりました。出発の前に、商業ギルドと、レギンさんという方の工房に寄りたいんですが……」


「了解。キールにも伝えとくよ。今日は早めに寝な? おやすみ」


「はい。おやすみなさい、テオさん」


 扉が閉まり、静寂が戻る。


 荷物を詰め終えると、ルーチェはオルトの頭をやさしく撫でた。


「いよいよ旅だね。大丈夫だよ、何かあっても私が守るからね」


 オルトは小さな手でルーチェの服の袖を握った。


「僕も……お姉ちゃんを……」


 そう言いかけたものの、すぐにブンブンと首を横に振ると、恥ずかしそうにベッドへ潜り込んでしまう。


「……オルトくん?」


 返事はないが、潜ったまま、もぞもぞと体を丸めている様子が伝わってくる。


 ルーチェもそっと布団に入ると、目を閉じて囁いた。


「おやすみ、オルトくん」


「……おやすみなさい……」


 小さな声が、布団の中から聞こえた。



 

***

 



 翌朝。街の門の前に、一台の馬車が止まっていた。

 その近くにはキール、テオ、そしてオルトの三人が揃い、出発の時を静かに待っていた。


 そこへ──

 

「お待たせしましたー!」


 ルーチェが息を切らしながら駆け戻ってくる。


「用事は済んだ?」


 テオが声をかける。


「はい、新しい杖の代金、ちゃんと支払ってきました」


「忘れ物などはありませんね?」


 確認するようにキールが尋ねる。


「大丈夫です」


 ルーチェは笑顔でうなずいた。


「なら、行こうか」


 テオが声をかけ、順番に馬車へと乗り込む。



 

 

「───ま、待ってくれ!」


 最後に馬車に乗り込もうとしたルーチェは、背後から声をかけられ振り返った。


 そこには、廃坑でコウモリの魔物の解体を教えてくれた男性が、小さな女の子を抱えて立っていた。その小さな女の子には、ルーチェもどこか見覚えがあった。


「君が……いや、君たちが、廃坑の奥から子供たちを助けてくれたと、王都の騎士団の人から聞いたんだ。街を出る前に会えて、本当に良かった……」


 男性は安堵の表情を浮かべる。


「改めて、私はエルバン。こっちが娘のエマだ。……娘を助けてくれて、本当に感謝している……ありがとう」


「おねえちゃん、ありがとう!」


 父娘は揃って微笑んだ。


「いえ、冒険者として当然のことをしただけですから。……あの、エルバンさん。管理所の職員さん、なんですよね?」


「そうだ。行方不明になった娘を探すために、管理所で働き続けていたんだ。街の噂で廃坑が怪しいというのは分かっていた。だが、下っ端職員の私では上の連中の悪行の詳細を突き止めることはできなかった……証拠もほとんど掴めなくてね」


「……そうだったんですね」


「それに、街を守るはずの騎士団が、所長から賄賂を受け取るところを見てしまってな。外部との連絡も遮断され、八方塞がりだった……。……だがそんな時に、君たちが来てくれた」


 エルバンはそっと手を差し出した。


「ありがとう、お嬢さん。……もし良ければ、名前を教えてくれないだろうか」


「ルーチェです。あちらはキールさんとテオさん、そしてオルトくん」


 馬車から覗いていた三人が、それぞれ小さく反応を示した。


 ルーチェはエルバンの手を取り、力強く握手を交わす。


「ルーチェさん……本当に、本当にありがとう」


 エルバンとエマは最後に手を振りながら、街の方へと戻っていった。

 


 

「この馬車はセシ行きです。セシに寄ってから、王都行きの馬車に乗り換えましょう」


「分かりました」


 こうしてルーチェたちは、《奈落》で蠢く闇を暴き──ようやく、穏やかな日常へと戻っていくのだった。


 

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