第115話 子供たち
ルーチェは組んでいた手をそっと開いた。そこには、真っ白に輝く鉱石があった。
(山の精霊様がくれるってことは、何か特別な石なのかな…)
『どうやら“清輝石”という鉱石のようです。かなり希少なもののようですよ』
(え、そんなにすごいんだ……)
ルーチェは慌てずにハンカチで石を包むと、丁寧にバッグの中にしまった。
「すみません、お待たせしました。拠点に戻りましょう」
「おう、了解」
レオニスがそう言うと、捜索隊の騎士団員たちは整列し、ゾロゾロと歩き出した。
「ルーチェさん。良かったですね、精霊獣を助けることが出来て」
「はい、嬉しいです」
ルーチェは微笑みながら、キールの方を見た。
「とりあえず戻ったら、残りの面倒事も済ませて休もう。連日色々ありすぎて疲れちゃったよ……」
テオが肩を落としながら答える。
「そうですね、私も早くふかふかのベッドで休みたいです」
ルーチェがにっこり笑うと、三人は並んで歩き出した。
ルーチェたちは、騎士団の天幕へと戻っていた。
「無事に戻って何よりだ。それで──精霊獣は?」
エステルの問いかけに、ルーチェは気まずそうな顔を見せた。
「え、エステル様……あの……実は……」
ルーチェはそっとエステルに耳打ちする。
その内容を聞いたエステルは、しばらく状況を理解しきれずに沈黙したあと、眉間をぐりぐりと押さえながら、深いため息をついた。
「……そうか。分かった」
軽く頭を抱えるようにしながらも、エステルは納得したように頷いた。
そのまま、ルーチェはエステルと共に、子供たちが休む天幕へと向かう。
「奴隷商の話によれば、子供たちの首輪の鍵は魔物の檻に投げ込んだと…。捜索はしたのだが見つからず、私たちではどうすることもできなかった」
天幕の中へ入ると、子供たちがルーチェの姿に気づいて駆け寄ってくる。
その中に──あの獣人の少年オルトの姿もあった。
「っ……お姉ちゃん……!」
「オルトくん……!」
ルーチェはしゃがみ込んで、その小さな体をぎゅっと抱きしめた。
「皆、安心していい。このお姉さんが、今から首輪を外してくれる」
その言葉に、子供たちの表情がぱっと明るくなる。
ルーチェはオルトを離すと、立ち上がって、そっと手を掲げた。
「……いくね」
そして、深く息を吸って──
「《断ち切る悪絆》!!」
眩い光が天幕内に広がり、子供たちの首にかかっていた枷が、次々と音を立てて外れていく。
「……やった、外れた!」
「おねえちゃん、ありがとう!!」
子供たちは跳ねるように喜び、ルーチェのまわりに集まって笑顔を見せる。
「……ありがとう、ルーチェ」
エステルが穏やかな顔で礼を言った。
「いえ……私にできることをしただけです」
ふと目が合った二人は、自然と顔をほころばせて、静かに微笑みあった。
(子供たちをどうするか決めるまで、ここでただ待たせておくのは、子供たちも退屈しちゃうよね)
ルーチェは、ぷるるとノクスを呼び出して、子供たちの遊び相手を任せることにした。
「ぷるぷるのスライムだぁ!」
「やわらか〜い!」
「黒いわんちゃん!」
「もふもふ〜!」
子供たちは目を輝かせて二匹のまわりに集まり、楽しそうに遊びはじめる。
(シアは子供苦手そうだし、アミティエは潰されちゃいそう…。ソンティもグイグイ来られるのは得意じゃないしね…)
ルーチェはそんな光景を、やさしい眼差しで見守っていた。その隣では、エステルも静かにその様子を眺めている。
──そのとき。
天幕の入口がそっと開き、一人の騎士が足を踏み入れた。
「エステル様……」
声に応じて、エステルは立ち上がり、天幕の外へと出ていく。
ルーチェも気になって、入口の近くまで歩み寄った。
小さく開かれた天幕の隙間から、彼女にも会話が聞こえてくる。
「人間族──この街の子供たちに関しては、現在親の捜索を進めております。引き渡しの準備も整いつつあります」
「……ご苦労だった」
「それと……王女殿下に謁見を求めている者がおりまして。その内容が、少し……」
「……分かった」
短く答えたエステルは、再び天幕の中へと戻ってくる。
「ルーチェ、悪いが一緒に来てくれ」
「はい、分かりました」
ルーチェは立ち上がり、二匹へと声をかけた。
「ぷるる、ノクス。子供たちの相手をお願いね」
「……ワフ!」『アルジ、マカセロ』
『わかったー』
ノクスは元気よく吠え、ぷるるはのんびりとした声で応える。
ルーチェはエステルのあとに続き、別の天幕へと足を運んでいった。
ルーチェとエステルが案内された天幕の中には、すでにレオニスとエドワード、数名の騎士たちが控えていた。
その中で、ひときわ場にそぐわない、優雅な雰囲気を纏った貴婦人が一人、椅子に腰かけている。
「お待たせいたしました。総指揮官をお連れしました」
騎士の声に応じて、貴婦人はゆるやかに立ち上がると、スカートの裾をつまみ、お辞儀をした。
「初めまして、エステル様。私はベルナ・ユーリシアと申します。ロンダールにて貴族の家系に連なる者でございます」
「初めまして、ベルナ様。私はエステル・ヴァレンティーナ。ヴァレンシュタイン王国第一王女です」
エステルも一礼し、座るよう促す。双方が席に着いた後、エステルがベルナに視線を向ける。
「部下からの報告では、亜人の子供たちについて…と伺っております。具体的には、どのようなご用件でしょうか?」
ルーチェは天幕の端に控え、静かに見守っていた。
「単刀直入に申し上げます。亜人の子供たちを、我が家で引き取らせていただけないでしょうか」
「……子供たちの引き取り、ですか…?」
「はい。私の治める領地には、亜人の大人たちが暮らす村がございます。彼らは薬草の栽培を生業としており、長年の努力の末、ようやく安定した収入を得られるようになってまいりました。村の暮らしは豊かとは言えませんが、今では生活基盤も整い、未来に投資する余裕も出てきたところです」
エステルは黙って聞いていたが、やがて険しい表情を浮かべた。
「……子供たちの安全は、確実に保証されるのですか?」
「もちろんです。衣食住の提供はもとより、教育と村の手伝いも見据えた保護体制を整えております」
エステルは内心で思案していた。
(我が国にも孤児院はいくつかある……だが、この人数を一度に受け入れる余裕のある施設は私の知る限り、無い。分散させることはできるが、それでは兄弟や仲間たちを引き離すことになる……)
その時、ルーチェが控えめに声をかけた。
「……あの、エステル様。一つ、お聞きしても?」
「構わない。どうぞ」
ルーチェは一歩前に出て、ベルナへと向き直った。
「ベルナ様。獣人の子、オルトくんのことは……?」
ベルナはすこし困ったように視線を伏せ、答えた。
「本来であれば、オルトくんも引き取りたく思っておりました。……ですが、聞いた話では、彼が力を暴走させた際、抑え込むために他者の手を借りねばならなかったと」
ルーチェはうなずく。
「我が村には、魔力の暴走を抑える手立てがございません。申し訳ありませんが……」
そう言って、ベルナは深々と頭を下げた。
「……いえ。突然の質問、失礼いたしました」
エステルは腕を組み、再び沈黙した。
どちらが子供たちの未来にとって幸せか──その答えを慎重に探っていた。
「もちろん、必要であれば正式な証書にしていただいて構いません」
そう付け加えるベルナの声は誠実そのものだった。
「いいじゃないか、エステル。心まで美しいベルナ様が、子供たちのことを本気で思っておられる。僕はぜひ引き渡して差し上げるべきだと思うね!」
場の空気を読まず口を挟んだのは、ふんぞり返っていた第一王子エドワードだった。
エステルはちらりと彼に一瞥をくれ、ようやく口を開く。
「……分かりました。では、証書を二通作成し、私とベルナ様で一通ずつ保管するということで」
「ええ、それで構いませんわ」
数刻後──
証書が完成し、エステルとベルナがそれぞれに署名する。内容は、主に子供たちの安全保障について記されたものだった。ルーチェも、その文面にきちんと目を通した。
「ありがとうございます、エステル王女殿下」
「どうか、子供たちをよろしくお願いいたします、ベルナ様」
「はい。お任せください」
それから間もなくして、亜人の子供たちとの別れの時がやってきた。
「おねえちゃん……!」
「さみしいよ〜!」
子供たちは名残惜しそうにルーチェに抱きつく。
「……そうだ、ベルナ様」
ルーチェが声をかけた。
「はい、何でしょう?」
「しばらくしたら、子供たちに手紙を書いてもいいでしょうか?」
「ええ、もちろんです。《フィッス村》という名の村です。ロンダールの北東部に位置しております。こちらからも、子供たちに手紙を書かせましょう。どちらに送ればよろしいですか?」
ルーチェが思案していると、エステルが口を開いた。
「王都の冒険者ギルド宛でお願いします。冒険者ギルドであれば、ルーチェがどこにいてもすぐに連絡がつくだろう」
そう言って、エステルはルーチェを見やり、やさしく微笑んだ。
「ありがとうございます、エステル様……」
そして、ルーチェは小さな手を握りしめ、別れの言葉を噛みしめながら、子供たちを見送った。
(子供たちの引き取り手が見つかって良かった……)
『えぇ、そうですね、お嬢様』
見送りを終え、まだ名残惜しげにその場に立ち尽くしていたルーチェの隣に、そっとエステルが並ぶ。
「ルーチェ」
「はい、エステル様」
「……オルトのことだが、ルーチェはどうしたい?」
不意の問いに、ルーチェは少し驚きながらも、まっすぐに答える。
「私は……。オルトくんの事情はまだ全部は分かりません。でも、だからといって私の勝手な意思で、彼のこれからを縛るつもりはありません。…決めるのは、オルトくん自身です」
エステルはわずかにうなずいた。
「そうか。ルーチェがそれでいいなら、私に異論は──」
その時だった。
後ろから、ぱたぱたと小さな足音が聞こえてくる。二人が振り返ると、そこには、不安げに立ち尽くすオルトの姿があった。
「オルトくん……?」
オルトはもじもじと指を絡めながら、視線を落とす。
「お姉ちゃん……その……」
言いづらそうに言葉を探していたオルトだったが、やがて決意を込めて顔を上げる。
「ぼく……お姉ちゃんと……一緒にいたい」
その言葉に、エステルがしゃがみ込んで目線を合わせ、優しく尋ねる。
「それが……オルト自身の意思なんだな?」
オルトは、こくん、と小さくうなずいた。
その瞳はまだ少し怯えていたけれど、そこにあるのは確かな“意志”だった。
「……オルトくん……」
ルーチェの声も、ほんの少し震えていた。
エステルはゆっくり立ち上がると、穏やかな目でルーチェに言う。
「これから先、どこまで共に行くのか……いずれ故郷に帰してやるのか……それを決めるのは、ルーチェでいいだろう。少なくとも今、彼は君を選んだ。ならば、それに応える覚悟を持つといい」
ルーチェは真剣な眼差しでうなずいた。
「……分かりました。じゃあ──オルトくん、一緒に行こう」
その言葉に、オルトはぱっと顔を明るくした。
「……うん!」
その尻尾が、ほんの少しだけ、嬉しそうに揺れた。




