第113話 悪意と呪縛
※話数の打ち間違いという凡ミスをしました。訂正いたしました。(11月22日)
30分ほど山を昇った頃だ。
「そろそろ祠のある立ち入り禁止区域だな」
レオニスがそう言った。
木々の合間から見えた木製の柵は、すでに原形をとどめていなかった。斜めに裂けたその板には、まるで猛獣の爪でも通ったような、大きな爪痕が刻まれていた。
朽ちかけた「立入禁止」の看板も、真っ二つに折れて地に伏している。
「こいつは……!?」
その異様な光景に、誰もが息を飲んだ。
「レオニス副隊長、どうしますか?」
同行する捜索隊の騎士の言葉に、レオニスは短く考え込むと、決断を口にする。
「キール。ルーチェたちを連れて先に。俺たちは周囲の様子を調べてから後を追う」
「レオニス……本当に大丈夫?」
キールの問いかけに、レオニスはニッと笑う。
「俺の独断だがな、たぶん団長がここにいても同じ判断をしたと思う。だから気にすんな。先に行け」
「……ありがとう。行きましょう、ルーチェさん」
「はい! ありがとうございます、レオニスさん!」
「おう、何かあったら、すぐ戻ってこいよ!」
───ルーチェたちは、崩れた柵を越えて立入禁止区域へと足を踏み入れた。
土の地面には、確かに四足歩行の大型動物の足跡。そしてそれを追うように、人間のものと思しき靴跡が並んでいる。
「どうやら、ここを通ったのは間違いなさそうだね」
「足跡の間隔から見ても、精霊獣は自力で歩いていたんじゃない……引きずられてるか、抵抗してる可能性もある」
そう言いながら、彼らは山の奥へと歩を進める。
───そして数分後。
木々が途切れた先には、円形の広場が広がっていた。
直径にして20メートルほど。大地、山、竜、そして女神のような存在が描かれた神聖な文様が、苔むした石畳の中に刻まれている。
周囲には崩れかけた石柱や、風化した祭具の残骸が散らばっていた。
「儀式に使われていた……聖域、でしょうか」
その奥、数段の石階段を上った先には、重厚な石の拝殿があった。石の扉は、こじ開けられたように一部が欠け、削られた痕が残っている。
その扉の向こう。
───男の腕に引きずられながら、白い精霊獣が今にも中へ連れ込まれようとしていた。
「……いた!」
彼女の目が見据えたその先にいたのは、あの檻の中で傷つきながらも耐えていた、白きライオンの姿。
───戦いの予感が、背中を駆け上がる。
足音に気づいたのか、祠の中から男が姿を現した。
冒険者風の身なりをした男の手には、太く重そうな鎖が握られている。鎖の先には首輪──紫と黒の雷を帯びた魔具が、精霊獣の首に巻かれていた。
バチバチと紫と黒の電流が迸り、首輪から精霊獣の身体へと容赦なく流れ込んでいる。
それでも精霊獣は、必死にその場に踏みとどまるように腰を落とし、抵抗の意思を示していた。
男はルーチェたちの姿を見るなり、目を細め、軽蔑と嘲笑を織り交ぜた笑みを浮かべた。
「んだよお前ら……邪魔しに来たってのか?」
ルーチェは一歩前に出ると、真っ直ぐにその目を見据えた。
「……その子を、解放してください」
男は「はぁ?」と間抜けな声を出した後、ニヤリと笑った。
「解放? なぁにわけわかんねぇこと言ってんだ。ああ……そうかそうか。お前、コイツが欲しいのか? 悪ぃな、コイツは俺がちゃんと金を払って買った“ペット”なんだわ」
「ペット……!?」
ルーチェが震えた声で呟く。
男は鎖を強く引いた。ビリリッと電撃が走り、精霊獣の身体がビクンと跳ねる。それでもなお、精霊獣は動こうとせず、苦悶の表情を浮かべながらも抵抗の意志を見せていた。
「それ以上、その子を傷つけないでください…! そんな風に、鎖や枷で無理やり従わせた“絆”なんて、本物じゃありません!」
「“絆”ねぇ……あーあー、わかったわかった。お前が噂の“英雄少女”とか呼ばれてるテイマーのガキか。見た目通り、お花畑な頭してんな」
男の視線がいやらしくルーチェの全身を舐め回すように動いた瞬間、キールが彼女の前に立ちはだかった。
「その精霊獣がただの魔物ではなく、精霊の力を宿す存在であると……ご存知ですか?」
冷静な声音とは裏腹に、怒りがにじむキールの言葉。
男は鼻で笑った。
「当たり前だろ? だから買ったんだよ。いや〜、マジでいい掘り出し物だったわ!」
キールの目が細まる。
「……精霊の売買は、国際法で明確に禁止されています。精霊獣もその対象です。あなたがやっていることは、明確な重罪です」
「法律? ハッ、知ったこっちゃねぇな。そんなもん、力があれば踏み潰せる。“強い奴”が正しい──この世はそういうもんだろうが!」
「……酷い……」
「酷い? お前だって魔物を従えてるんだろ? 何が違うんだよ? 綺麗事ぬかしても、お前も同じ穴の狢だろ?」
そこでテオが一歩前に出て、低い声で言い返した。
「違う。ルーチェは自分のためじゃない。……魔物と、人と、ちゃんと向き合って仲良くなって、信頼しあってる。お前みたいな、鞭と電撃で従わせるクズと一緒にすんな」
男の表情が歪み、唇の端が吊り上がった。
「……チッ、うぜぇな。だったら見せてやるよ。俺の“ペット”がどれだけ従順か──」
男は鎖を振り上げた。
「全部壊せ!! 全員ブッ殺していいぞォ!!」
──ビリビリビリッ!!
首輪から強烈な電流が放たれた。精霊獣の身体がビクンと跳ね、口から苦しげな呻きが漏れる。だがそれでも、首を振り、わずかに踏みとどまろうとしていた。
ルーチェは、胸の中に怒りと悲しみと、決意を同時に燃やす。
「……必ず、助ける……!」
精霊獣は咆哮を上げながら、勢いよく突進してきた。
ルーチェたちは咄嗟に左右へと散開し、鋭い突進をかわす。精霊獣はその巨体を支える爪を地に食い込ませながら素早く向きを変えると、ルーチェへ向けて炎を吐きつけた。
「《防壁凪》!」
キールの放った魔法が風の壁を形成し、炎を弾いて拡散させる。炎の熱がかすめる中、ルーチェは必死に次の行動を模索していた。
(どうにかして、あの首輪を外さなきゃ──!)
一方その頃、テオは暴走を操る男へと迫っていた。
「こんの……!」
鋭く踏み込んで斬りかかるが、男はすかさず飛び退いてかわす。腰の鞭を握りつつ、男は薄ら笑いを浮かべて言った。
「俺を倒せば首輪の鍵が手に入るとでも思ったか? 生憎だが──そんなもんとっくに捨てたぜ。あの獣はなぁ、一生俺のペットなんだよ!!」
「はあ!? クソッ……やっぱ斬ろうとして正解だったな、お前!!」
怒りをぶつけるように斬撃を振るうが、男は嘲笑うかのように距離を取り続ける。
「やれるもんならやってみろよ、クソガキどもがァ!」
キールの声が響く。
「ルーチェさん! 僕が精霊獣の注意を引きます。だから……あの枷の呪縛を解く方法を、あなたに託します!」
キールの目は真剣そのものだった。
(……キールさんが信じてくれてる……私ならできるって──!)
精霊獣は黒と紫の雷をまとったまま咆哮し、再び突進しようと体勢を整える。
(枷を壊す。傷つけずに……暴走を止める方法を……!)
彼女は強く棍杖を握りしめた。
「《風刃》!」
鋭い風の刃が精霊獣の足元ギリギリをかすめるように走る。
「相手は私です!」
精霊獣の注意を引きつけながら、キールは動きを読み、全身で圧をかけていた。
その背後で、ルーチェは必死に思考を巡らせていた。
(どうしたら……あの枷を外せる? あんな風に、無理やり繋がれた“繋がり”を……)
ルーチェは呟く。
「《絆の光》……」
思い出されるのは、かつてリヒトが語ってくれた言葉だった。
『貴女のユニーク魔法《絆の光》は、リボンを通して魔力を伝え、あらゆるものとの繋がりを作る力です。貴女の想像力、そして使い方次第で、如何様にも利用できます。貴女のリボンは、貴女が望む形に応えてくれます』
(望む形……? そうだ、《絆の光》は心の繋がりを、絆を象徴する力……。なら、あんな一方的な“呪縛”だって───)
確信を胸に、ルーチェは精霊獣の方へ走り出す。
(リヒト……!)
『お嬢様。これは賭けでございます。成功の保証は──』
(それでも……私の想像力で、望む形にできるのなら!)
キールと精霊獣の間へ飛び込むように立ちはだかる。
「ルーチェさん!?」
その光景を見た男はニヤリと笑う。
「ハッ、勝手に飛び込んできやがって……食い殺せぇぇぇ!!」
精霊獣が咆哮とともに突進してくる。
迫る牙と爪、唸る炎。
だが、ルーチェはその手に魔力を集中させた。
(構築に必要なのは……“同意のない、一方的な繋がり”──それを断ち切るイメージ……!)
「《断ち切る悪絆》ッ!!」
ルーチェの掌から放たれたピンク色の光が一直線に精霊獣の首輪へと走り、バチンッ!という鋭い音と共に砕け落ちる。
「……やった……!」
「嘘、だろ……!?」
精霊獣の体が淡く光り始めた。
その姿はルーチェと同じくらいだった体高から、ぐん、と伸びていく。
頭まで含めて2.5メートルを超える巨体へと変化する。
「まさか……これが、本来の精霊獣……?」
圧倒的な存在感。
精霊獣はゆっくりと、鎖を手にしていた男を見据える。
男は目を見開いたまま、言葉を失っていた。




