第110話 作戦開始
「ではルーチェ様、ノクス様、よろしくお願いします」
ルーチェはベルンやエドワードたちと影に潜った。
そして街の宿まで送り届けると、すぐに戻ろうとする。
「ルーチェ様」
戻ろうとしていたルーチェに、ベルンが声をかけた。
「どうかされましたか?」
「……ご武運を」
「ありがとうございます、ベルンさん」
ルーチェは影へと戻った。
去った後、ベルンはしばし影の残滓を見つめていた。ほんのわずかに、祖父のような優しい眼差しを浮かべる。
「部長はルーチェさんに声をかける時、少し優しくなりますよね」
待機していたリィナが声をかけた。
「……そうですねぇ。間もなく孫が生まれるせいか、子供相手にはどうも甘くなってしまうのかもしれませんね」
「あぁ、そういえば予定日はもうそろそろでしたっけ?」
「えぇ。戻る頃には、孫の顔が見れるかもしれませんね」
ベルンは微笑むと、すぐに真剣な面持ちに戻り、身なりを整えてゴホンと咳払いをした。
「さて、突入班に余計な手間をかけさせない為にも、こちらは先立って──静かに制圧するとしましょう」
ベルンの言葉に、エドワード以外の人物がうなずいた。
──市長宅。
キラキラと輝く装飾品や高級家具に囲まれた部屋で、一人の男が優雅に夕食を嗜んでいた。
男の名前はバルド・ゴルマン。この中立都市ドレステルの市長である。恰幅のいい体型からも、贅沢三昧の日々がうかがえる。
「ようやく市の開催か、また金がたんまり入ってくることだろうな……」
豪勢な食事で腹を満たし、椅子にどっかり座ってワインを嗜む。
「……怪しい冒険者の報告も、勘繰られたかと焦ったが……杞憂だったか。表に証拠は残していない、気づかれるわけがない」
その時、ノックの音が聞こえた。メイドが入って声をかける。
「旦那様、お客様がお見えです」
「客ぅ? 予定はなかったはずだろう。アポなしか?」
「それが、ヴァレンシュタイン王国の第一王子、エドワード殿下が───」
(エドワード殿下だとっ!? 下手に追い返せば、私の心象が悪くなるではないかっ!!)
バルドは慌てて応接室へ通すよう命じると、姿見で身なりを整えて、自身も応接室へ向かった。
そこに居たのは紛れもなく、エドワードだった。
「これはこれは、エドワード殿下。第一王子自らお訪ね頂けるとは……」
「バルド市長。突然の訪問、その無礼をお許しください」
エドワードは王子らしく頭を下げた。
「いえいえ、とんでもございません! しかしながら、王子がこの街に訪れたと報告もないとは、事前に把握していたなら、夕食をご一緒に召し上がっていただけたのに……。部下たちにはきちんと言い聞かせねばなりませんね」
饒舌に語るバルド。しかし内心は焦っていた。
(一体何の用でこの街まで王子が来るのだ……? いや、落ち着け、下手に焦っているのがバレる方がまずい。ここは冷静に対応せねば……!)
「いやぁ、お忍びで来ていてね。街の様子を見させてもらったんだ」
「そ、そうでしたか! この街は、王子の目にはどう映りましたかな?」
「そうだね。素敵な街だ。職人たちの技術も、鉱山で働く者たちも、努力し、今日この日までこの街を発展させてきたのが伺えるよ」
「それは嬉しい評価でございます」
(ケッ、何が努力だ。このボンクラは何も分かっておらん! 私が街を管理しているからこそ、ここまで豊かになったのだ!!)
「それで、王子はどのようなご用件で我が屋敷へ訪れたのですかな?」
「あぁ、それはね……。私が、と言うよりは同行者が君に用があるらしい」
(同行者、だと?)
「入りたまえ」
エドワードが声をかけると、鎧に身を包んだ騎士たちと、その後ろからリィナがツカツカと入室してくる。
「な、何なんだ……!?」
バルドが思わず驚いて立ち上がる。
そしてリィナが進み出て口を開いた。
「失礼。市長のバルド・ゴルマン殿ですね?」
「……そうだが? 君は何者かな?」
リィナはフッと微笑んだ。
「……失礼。私は、リィナ・エイル。ヴァレンシュタイン王国商務庁、監査部の者です」
(商務庁だと!? 王国の商務庁と言えば、王国の商業ギルドを束ねる公的な組織! しかも監査部だと!?)
「これはこれは……。ですが、そんな方が私に何の用ですかな?」
「──市役所で発見された帳簿、それと、表に出ていない金の流れを示す証拠。さらに廃坑で行われている《市》について、詳しくお話を伺いたいのですが」
(馬鹿な、帳簿だと!? 役所の私の部屋の金庫に入れていたものだぞ!! こんなヤツらの手に渡っているわけがない!)
「……何を言ってる? そんなものは知らん。出ていけ、いますぐ──!」
「……そうですか。では、これはどう説明します?」
リィナが差し出したのは、一冊の帳簿。
そこには「鉱山施設整備費」や「街灯設置費」などと称された、多額の資金が虚偽の名目で支出されている記録があった。
「そ、それは……!」
(何故それがそこにある……!? まさか、私の金庫から盗まれたのか!?)
「我々は既に、関係者からの証言も得ています。市長の指示で、虚偽の報告を提出したと」
「ぬ、ぬかせ! 貴様らに何が分かる! この街を動かしているのはワシだぞッ!!」
「……ふぅ。やはり素直にはいかないようですね」
リィナはポケットから取り出した手袋をはめた。
「市長、バルド・ゴルマン。国王エルガルド陛下の王命に従い、あなたを国家反逆罪及び横領罪、並びに禁制品取引の疑いで拘束します。抵抗は許されません」
「なッ──!? お、女ァあああああッ!!」
バルドはリィナに向けて走る。リィナは構えると、綺麗に背負い投げ。騎士団員が素早く取り押さえる。
「往生際が悪いですね。まあ、想定通りですが。──運んでください」
騎士たちはバルドを起こした。
「ぐっ……このワシが……小娘どもに……っ」
「ご安心を。今度は貴方が“売られる”側になる番ですよ、市長」
リィナは不敵な笑みでバルドを見下ろした。
「やめろぉおおおおおおお!!」
騎士団員たちに引きずられて、バルドは連れていかれた。
「……さて、管理所の方も今頃は制圧している頃でしょう。こちらも、家宅捜索をして追加の証拠を漁ってから、合流しましょう。……もう何人も、逃がすわけにはいきませんから」
「……僕は、まだ何かしなければいけないのかな?」
傍観していたエドワードがリィナに尋ねる。
「いえ、もう大丈夫です。護衛騎士たちと先に拠点へとお戻りください」
「……なら、お言葉に甘えて、そうさせてもらうよ」
リィナを置いて、エドワードは部屋を後にした。
リィナが家宅捜索を終え、証拠となる書類を詰めた箱を外へ運び出していると、ベルンとモッグスが合流した。
「リィナ、首尾はどうですか?」
ベルンが声をかける。
「こちらは問題ありません。王子様のおかげでスムーズに入れましたし、捕縛も楽でしたよ。最後まで喚いていましたけどね」
「それは何よりです。押収する証拠品はこれで全部ですか?」
ベルンは外に積まれた箱へ視線を向ける。
「いえ、まだ二箱ほど中に残っています。管理所の方は終わったのですか?」
「えぇ。問題ありませんよ」
リィナはモッグスの方へと目を向けた。
「帳簿、ありがとうございました」
「いやいや、お礼とかナシっすよ……。隠れて情報を集めるのが俺の仕事なんでね」
──そう、市役所のバルドの部屋から帳簿を持ち出していたのはモッグスだ。
彼は持ち前の気配を断つ技術で部屋へ忍び込み、金庫の仕組みを盗み見て開けていた。やっていることは不法侵入と窃盗そのものだが……そこはご愛嬌。悪人の捕縛に協力することでチャラになっているのである。
「……あちらも、そろそろ本格的に作戦が始まる頃でしょうね」
ベルンが懐中時計を見ながら呟いたその時、鉱山の方角から光の玉が打ち上がった。
作戦開始の合図──ルーチェが打ち上げた照明弾だ。
「さぁ、我々は押収した証拠を馬車へ積みましょう。騎士団の拠点まで一度運ぶことになっていますからね」
「了解しました」
「うっす」
***
廃坑の入口に、ルーチェは立っていた。
事前にベルンが手を回してくれていたおかげで、本来なら許可証がなければ入れない場所にも、誰に止められることなく辿り着けた。
「…ルーチェ。こちらの準備は完了だ」
影の中に潜んでいた騎士たちがノクスと共に姿を現すと、エステルが静かに告げた。
「私たちもいつでも行けますよ」
「やっちゃえ、ルーチェ!」
キールとテオもそれぞれ言葉を投げ、視線を向けてくる。ルーチェは棍杖エーテリオンを構え、魔力で長く伸ばし掲げた。
「行きます! ──《閃光弾》!!」
杖の先端に光の玉が生まれ、花火のように夜空へ打ち上がる。そして高みに達すると、パァンと弾け、眩い閃光を辺りに広げた。
「では、任せたぞ」
エステルの言葉に、ルーチェたち三人は力強くうなずき合い、廃坑へと足を踏み入れていく。
「予定通り、各隊配置につけ! 一人たりとも逃がすな!!」
「「はっ!!」」
(な、なんだありゃあ…!?)
廃坑の至る所に置かれた、採掘した鉱石を入れる大きなトロッコ。その影に潜んでいたのは、闇市の商人に仕える下っ端の男だった。
「今日は市だから、邪魔が入らないように外を見張っていろ」
そう言われ、見張り役を決める遊びに負けた結果、彼一人でここに立つ羽目になったのだ。
「あーだりぃー、なんで俺だけ外なんだよ…」
そう愚痴を零してサボっていた時に、管理所方面の騒ぎを耳にし、さらにルーチェたちが姿を現したので、慌ててトロッコの裏に隠れたのである。
(やべぇやべぇやべぇ! どうにかして伝えねぇと…、っつーかあれ)
男の視線はルーチェの後ろに立つ白い鎧の騎士──エステルに吸い寄せられた。
(直感で分かる…あの騎士、別格にやべぇ!! しかもあの紋章旗…王国のもんじゃねぇか!)
その直後、ルーチェの放った照明弾が夜空に弾ける。
彼女と騎士団が坑道へ続々と突入していく中、白い騎士だけは入口に立ち、動こうとしなかった。
(な、なんでお前だけ残ってんだよ…! くそ、逃げ場がねぇ…!)
(…一人いるな。身を隠しているということは、市の関係者か。ならば生け捕りが望ましい、か)
エステルは坑道を見据えながらも、背後の気配を捉えていた。
(挑みかかってこないあたり、多少の場数は踏んでいるのだろう)
彼女はラグナを地面に突き立て、何も手に持たぬままトロッコへ歩を進める。
(こ、こっちに来やがる…! くそ、どっか行けって…!)
男は腰のナイフを引き抜き、歯を食いしばる。
(こうなりゃ一か八かだ! 鎧の隙間に差し込みゃ、傷ぐらいはつけられるはずだ!)
カチャカチャと鎧が揺れる音が近づく。
意を決した男はトロッコの影から飛び出した。だが──そこに白い騎士の姿はなかった。
「…は?」
困惑した瞬間、背後から凄まじい気配を感じ取る。振り返った先には、低く構えた姿勢で剣を抜く白き騎士がいた。
「───《波雷》ッ!!」
雷を纏った剣が閃く。刃は空を裂き、直撃はしない。だが飛び散った雷光の粒が四方に舞い、男の体を包み込んだ。
次の瞬間、全身を貫く激しい電撃。彼は悲鳴すら上げられず、虫が叩き落とされるように地面へと転がった。
「…一人相手に、技まで使う必要はなかったか」
剣を納めながらエステルは呟く。そんな彼女の元へ、突き立てていたラグナが自らの意思で戻ってきた。
「…地面に突き刺して悪かった、怒らないでくれ」
槍が言葉を発したわけではない。だが、ラグナが拗ねていることをエステルは確かに感じ取っていた。
「…他の気配はないな。あとは突入班に任せるとしよう」
エステルは静かに坑道の方へ視線を戻した。




