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絆ノ幻想譚  作者: 花明 メル
第二章 広がる世界、潜む闇
110/152

第110話 作戦開始



 

「ではルーチェ様、ノクス様、よろしくお願いします」


 ルーチェはベルンやエドワードたちと影に潜った。

 そして街の宿まで送り届けると、すぐに戻ろうとする。


「ルーチェ様」


 戻ろうとしていたルーチェに、ベルンが声をかけた。

 

「どうかされましたか?」

 

「……ご武運を」

 

「ありがとうございます、ベルンさん」


 ルーチェは影へと戻った。


 去った後、ベルンはしばし影の残滓を見つめていた。ほんのわずかに、祖父のような優しい眼差しを浮かべる。


「部長はルーチェさんに声をかける時、少し優しくなりますよね」


 待機していたリィナが声をかけた。

 

「……そうですねぇ。間もなく孫が生まれるせいか、子供相手にはどうも甘くなってしまうのかもしれませんね」

 

「あぁ、そういえば予定日はもうそろそろでしたっけ?」

 

「えぇ。戻る頃には、孫の顔が見れるかもしれませんね」


 ベルンは微笑むと、すぐに真剣な面持ちに戻り、身なりを整えてゴホンと咳払いをした。

 

「さて、突入班に余計な手間をかけさせない為にも、こちらは先立って──静かに制圧するとしましょう」


 ベルンの言葉に、エドワード以外の人物がうなずいた。




 


──市長宅。


 キラキラと輝く装飾品や高級家具に囲まれた部屋で、一人の男が優雅に夕食を嗜んでいた。


 男の名前はバルド・ゴルマン。この中立都市ドレステルの市長である。恰幅のいい体型からも、贅沢三昧の日々がうかがえる。


「ようやく市の開催か、また金がたんまり入ってくることだろうな……」


 豪勢な食事で腹を満たし、椅子にどっかり座ってワインを嗜む。

 

「……怪しい冒険者の報告も、勘繰られたかと焦ったが……杞憂だったか。表に証拠は残していない、気づかれるわけがない」


 その時、ノックの音が聞こえた。メイドが入って声をかける。


「旦那様、お客様がお見えです」


「客ぅ? 予定はなかったはずだろう。アポなしか?」


「それが、ヴァレンシュタイン王国の第一王子、エドワード殿下が───」


(エドワード殿下だとっ!? 下手に追い返せば、私の心象が悪くなるではないかっ!!)


 バルドは慌てて応接室へ通すよう命じると、姿見で身なりを整えて、自身も応接室へ向かった。


 そこに居たのは紛れもなく、エドワードだった。


「これはこれは、エドワード殿下。第一王子自らお訪ね頂けるとは……」


「バルド市長。突然の訪問、その無礼をお許しください」


 エドワードは王子らしく頭を下げた。


「いえいえ、とんでもございません! しかしながら、王子がこの街に訪れたと報告もないとは、事前に把握していたなら、夕食をご一緒に召し上がっていただけたのに……。部下たちにはきちんと言い聞かせねばなりませんね」


 饒舌に語るバルド。しかし内心は焦っていた。


(一体何の用でこの街まで王子が来るのだ……? いや、落ち着け、下手に焦っているのがバレる方がまずい。ここは冷静に対応せねば……!)


「いやぁ、お忍びで来ていてね。街の様子を見させてもらったんだ」


「そ、そうでしたか! この街は、王子の目にはどう映りましたかな?」


「そうだね。素敵な街だ。職人たちの技術も、鉱山で働く者たちも、努力し、今日この日までこの街を発展させてきたのが伺えるよ」


「それは嬉しい評価でございます」


(ケッ、何が努力だ。このボンクラは何も分かっておらん! 私が街を管理しているからこそ、ここまで豊かになったのだ!!)


「それで、王子はどのようなご用件で我が屋敷へ訪れたのですかな?」


「あぁ、それはね……。私が、と言うよりは同行者が君に用があるらしい」


(同行者、だと?)


「入りたまえ」


 エドワードが声をかけると、鎧に身を包んだ騎士たちと、その後ろからリィナがツカツカと入室してくる。


「な、何なんだ……!?」


 バルドが思わず驚いて立ち上がる。

 そしてリィナが進み出て口を開いた。


「失礼。市長のバルド・ゴルマン殿ですね?」


「……そうだが? 君は何者かな?」


 リィナはフッと微笑んだ。


「……失礼。私は、リィナ・エイル。ヴァレンシュタイン王国商務庁、監査部の者です」


(商務庁だと!? 王国の商務庁と言えば、王国の商業ギルドを束ねる公的な組織! しかも監査部だと!?)


「これはこれは……。ですが、そんな方が私に何の用ですかな?」


「──市役所で発見された帳簿、それと、表に出ていない金の流れを示す証拠。さらに廃坑で行われている《市》について、詳しくお話を伺いたいのですが」


(馬鹿な、帳簿だと!? 役所の私の部屋の金庫に入れていたものだぞ!! こんなヤツらの手に渡っているわけがない!)


「……何を言ってる? そんなものは知らん。出ていけ、いますぐ──!」


「……そうですか。では、これはどう説明します?」


 リィナが差し出したのは、一冊の帳簿。


 そこには「鉱山施設整備費」や「街灯設置費」などと称された、多額の資金が虚偽の名目で支出されている記録があった。


「そ、それは……!」


(何故それがそこにある……!? まさか、私の金庫から盗まれたのか!?)


「我々は既に、関係者からの証言も得ています。市長の指示で、虚偽の報告を提出したと」


「ぬ、ぬかせ! 貴様らに何が分かる! この街を動かしているのはワシだぞッ!!」


「……ふぅ。やはり素直にはいかないようですね」


 リィナはポケットから取り出した手袋をはめた。


「市長、バルド・ゴルマン。国王エルガルド陛下の王命に従い、あなたを国家反逆罪及び横領罪、並びに禁制品取引の疑いで拘束します。抵抗は許されません」


「なッ──!? お、女ァあああああッ!!」


 バルドはリィナに向けて走る。リィナは構えると、綺麗に背負い投げ。騎士団員が素早く取り押さえる。


「往生際が悪いですね。まあ、想定通りですが。──運んでください」


 騎士たちはバルドを起こした。


「ぐっ……このワシが……小娘どもに……っ」


「ご安心を。今度は貴方が“売られる”側になる番ですよ、市長」


 リィナは不敵な笑みでバルドを見下ろした。


「やめろぉおおおおおおお!!」


 騎士団員たちに引きずられて、バルドは連れていかれた。


「……さて、管理所の方も今頃は制圧している頃でしょう。こちらも、家宅捜索をして追加の証拠を漁ってから、合流しましょう。……もう何人も、逃がすわけにはいきませんから」


「……僕は、まだ何かしなければいけないのかな?」


 傍観していたエドワードがリィナに尋ねる。


「いえ、もう大丈夫です。護衛騎士たちと先に拠点へとお戻りください」


「……なら、お言葉に甘えて、そうさせてもらうよ」


 リィナを置いて、エドワードは部屋を後にした。

 

 リィナが家宅捜索を終え、証拠となる書類を詰めた箱を外へ運び出していると、ベルンとモッグスが合流した。


「リィナ、首尾はどうですか?」


 ベルンが声をかける。


「こちらは問題ありません。王子様のおかげでスムーズに入れましたし、捕縛も楽でしたよ。最後まで喚いていましたけどね」


「それは何よりです。押収する証拠品はこれで全部ですか?」


 ベルンは外に積まれた箱へ視線を向ける。


「いえ、まだ二箱ほど中に残っています。管理所の方は終わったのですか?」


「えぇ。問題ありませんよ」


 リィナはモッグスの方へと目を向けた。


「帳簿、ありがとうございました」


「いやいや、お礼とかナシっすよ……。隠れて情報を集めるのが俺の仕事なんでね」

 

──そう、市役所のバルドの部屋から帳簿を持ち出していたのはモッグスだ。


 彼は持ち前の気配を断つ技術で部屋へ忍び込み、金庫の仕組みを盗み見て開けていた。やっていることは不法侵入と窃盗そのものだが……そこはご愛嬌。悪人の捕縛に協力することでチャラになっているのである。


「……あちらも、そろそろ本格的に作戦が始まる頃でしょうね」


 ベルンが懐中時計を見ながら呟いたその時、鉱山の方角から光の玉が打ち上がった。


 作戦開始の合図──ルーチェが打ち上げた照明弾だ。


「さぁ、我々は押収した証拠を馬車へ積みましょう。騎士団の拠点まで一度運ぶことになっていますからね」


「了解しました」

「うっす」



 

***

 



 廃坑の入口に、ルーチェは立っていた。


 事前にベルンが手を回してくれていたおかげで、本来なら許可証がなければ入れない場所にも、誰に止められることなく辿り着けた。


「…ルーチェ。こちらの準備は完了だ」


 影の中に潜んでいた騎士たちがノクスと共に姿を現すと、エステルが静かに告げた。


「私たちもいつでも行けますよ」

「やっちゃえ、ルーチェ!」


 キールとテオもそれぞれ言葉を投げ、視線を向けてくる。ルーチェは棍杖エーテリオンを構え、魔力で長く伸ばし掲げた。


「行きます! ──《閃光弾(フラッシュボム)》!!」


 杖の先端に光の玉が生まれ、花火のように夜空へ打ち上がる。そして高みに達すると、パァンと弾け、眩い閃光を辺りに広げた。


「では、任せたぞ」


 エステルの言葉に、ルーチェたち三人は力強くうなずき合い、廃坑へと足を踏み入れていく。


「予定通り、各隊配置につけ! 一人たりとも逃がすな!!」

 

「「はっ!!」」




  


(な、なんだありゃあ…!?)


 廃坑の至る所に置かれた、採掘した鉱石を入れる大きなトロッコ。その影に潜んでいたのは、闇市の商人に仕える下っ端の男だった。


「今日は市だから、邪魔が入らないように外を見張っていろ」

 

 そう言われ、見張り役を決める遊びに負けた結果、彼一人でここに立つ羽目になったのだ。


「あーだりぃー、なんで俺だけ外なんだよ…」


 そう愚痴を零してサボっていた時に、管理所方面の騒ぎを耳にし、さらにルーチェたちが姿を現したので、慌ててトロッコの裏に隠れたのである。


(やべぇやべぇやべぇ! どうにかして伝えねぇと…、っつーかあれ)


 男の視線はルーチェの後ろに立つ白い鎧の騎士──エステルに吸い寄せられた。


(直感で分かる…あの騎士、別格にやべぇ!! しかもあの紋章旗…王国のもんじゃねぇか!)


 その直後、ルーチェの放った照明弾が夜空に弾ける。

 彼女と騎士団が坑道へ続々と突入していく中、白い騎士だけは入口に立ち、動こうとしなかった。


(な、なんでお前だけ残ってんだよ…! くそ、逃げ場がねぇ…!)




 


(…一人いるな。身を隠しているということは、市の関係者か。ならば生け捕りが望ましい、か)


 エステルは坑道を見据えながらも、背後の気配を捉えていた。

 

(挑みかかってこないあたり、多少の場数は踏んでいるのだろう)


 彼女はラグナを地面に突き立て、何も手に持たぬままトロッコへ歩を進める。




 


(こ、こっちに来やがる…! くそ、どっか行けって…!)


 男は腰のナイフを引き抜き、歯を食いしばる。


(こうなりゃ一か八かだ! 鎧の隙間に差し込みゃ、傷ぐらいはつけられるはずだ!)


 カチャカチャと鎧が揺れる音が近づく。

 

 意を決した男はトロッコの影から飛び出した。だが──そこに白い騎士の姿はなかった。


「…は?」


 困惑した瞬間、背後から凄まじい気配を感じ取る。振り返った先には、低く構えた姿勢で剣を抜く白き騎士がいた。


「───《波雷(はらい)》ッ!!」


 雷を纏った剣が閃く。刃は空を裂き、直撃はしない。だが飛び散った雷光の粒が四方に舞い、男の体を包み込んだ。


 次の瞬間、全身を貫く激しい電撃。彼は悲鳴すら上げられず、虫が叩き落とされるように地面へと転がった。


「…一人相手に、技まで使う必要はなかったか」


 剣を納めながらエステルは呟く。そんな彼女の元へ、突き立てていたラグナが自らの意思で戻ってきた。


「…地面に突き刺して悪かった、怒らないでくれ」


 槍が言葉を発したわけではない。だが、ラグナが拗ねていることをエステルは確かに感じ取っていた。


「…他の気配はないな。あとは突入班に任せるとしよう」


 エステルは静かに坑道の方へ視線を戻した。


 

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