第109話 部隊との合流
※ルーチェとエステルのシーンの会話文を少し修正しました。内容等に変更はございません(11月18日)
その後は何事もなく、ルーチェたちは宿屋へと戻った。
部屋ではすでにベルンたちが待っており、全員で今日の収穫を共有する。
「ルーチェ様、一つお願いがございます」
ベルンが真剣な面持ちで切り出した。
「お願い……?」
ルーチェは小首をかしげる。
「恐らく今夜か明け方には、王都からの騎士団が街近くへ到着するはずです。そこで、ルーチェ様の契約しているノクス様に力を貸していただきたいのです」
「それは大丈夫ですけど……」
ルーチェが答えた瞬間、彼女の影からノクスが音もなく姿を現した。
「部隊編成の関係上、恐らくエステル様も指揮官として同行されるでしょう」
ベルンはノクスを見やりながら続ける。
「ノクス様には、騎士団が街に近寄りすぎる前にエステル様たちと合流していただきたいのです。あまりに接近すれば、関係者に作戦を悟られる危険がありますから」
「分かりました。ノクス、エステル様のこと、分かるよね?」
「ワフ!」
ノクスは自信たっぷりに吠えた。
「さらに、拠点が完成した後は一度戻ってきて、我々を騎士団の陣地まで案内していただきたい」
「ノクス、できる?」
「ワフ!」
ルーチェは笑みを浮かべ、ノクスの頭を優しく撫でた。尻尾が勢いよく左右に揺れる。
「ありがとう。じゃあ、お願いね」
カバンから取り出した干し肉を差し出すと、ノクスは嬉しそうに受け取って、影の中へと沈んでいった。
***
東の空が白み始めた頃。ドレステルへと向かう街道にて。
王家の紋章を刻んだ旗を掲げ、数十騎の馬が街道を駆けていた。先頭に立つのは、白銀のフルプレートに身を包んだ女騎士──エステル。
(予定よりわずかに遅れたか……)
眉をひそめたその視界に、ひとつの影が映る。
エステルは素早く手綱を引き、合図を送った。後続の騎士たちも次々に減速し、やがて列は完全に静止する。
鎧兜を脱ぎ、馬から降り立つ。視線の先に立っていたのは、赤いスカーフを首に巻いた《影狼》───ノクスだった。
「……ノクスか。ルーチェは一緒ではないのか?」
「……ワフ」
「……そうか」
短い応答。しかしそれだけで、エステルはおおよその事情を察した。街まではまだ距離がある──ここで止められたのは、奇襲を悟らせない為だと。
「レオニス!」
呼びかけに、レオニスが馬を寄せて、馬の背から降りる。
「周囲を探せ。街に近づきすぎない位置に天幕を張り、拠点を築く」
「了解です」
レオニスが馬に戻ろうとしたその時、ノクスが彼の周りをぐるりと回り込み、一定の方向へと歩み出した。まるで導くかのように。
「……そちらに適地があるのか?」
エステルの問いに、ノクスは尻尾を振る。
「ワフ!」
エステルはわずかに口元を緩め、うなずいた。
「レオニス、ノクスの後を追え。場所を確かめろ」
「了解!」
レオニスは素早く馬を駆り、ノクスのあとを追った。
天幕が建て終わり、騎士たちが一段落したのを確認すると、ノクスは影の中へと消えた。
10分ほどして、再び天幕の入口が揺れる。
姿を現したノクスに続いて、ルーチェ、キール、テオ、ベルンが中へ入ってきた。
リィナとモッグスは、余計な疑いを招かぬよう宿に待機している。
「ルーチェ、元気そうだな」
「エステル……様も」
ルーチェはほっとしたように、そして嬉しそうにエステルを見上げる。
「遅くなってすまなかったな」
「いえ、そんなこと……」
ルーチェが視線を巡らせると、見知った顔――レオニス。そして、その隣には、ムスッと頬杖をつき、わざとらしくそっぽを向いている青年がいた。
そこに居たのは、第一王子のエドワードだ。
「……エドワード様?」
呼びかけに、青年はようやくこちらに気づいたように顔を上げる。そしてすぐさま、キザな笑みを浮かべると、ルーチェの手を取って優雅に口づけの礼をした。
「やあ、ルーチェじゃないか!」
「こんにちは。エドワード様もご同行されていたのですね」
「ああ。こんな危険な市を放ってはおけないからね!」
ルーチェとエドワードの間にさりげなく割り込み、ルーチェを庇うようにキールが間に立つ。
「やあ、エドワード兄さん。この間ぶりだね」
「キールも元気そうじゃないか!」
いとこ同士の会話が弾む間に、テオがエステルへ視線をやり、ぼそりと尋ねる。
「……で、なんであの王子様まで一緒にいるわけ?」
「いや、それがな……」
エステルは言葉を選びつつ、経緯を簡潔に語った。
要約すると───王子としての公務も騎士団長としての責務も放り出してばかりのエドワードに、ついに父である国王エルガルドが痺れを切らし、「たまには働け」と叱責。
その結果、今回の突入作戦は、総指揮官をエステル、副指揮官をエドワードとする編成が組まれるに至った、というわけだった。
主要メンバーが揃ったところで、会議が始まった。
「皆、よくここまで耐え、危険を顧みず調べてくれた。まずはそのことに礼を言おう」
エステルが一同を見渡し、静かに口を開く。
「さて――《奈落の市》突入作戦についての会議を始める。まずは、我々が到着するまでに得られた情報を聞かせてもらおう」
うなずいたベルンが手を挙げる。
「では、僭越ながら私から。どうやらドレステルの騎士団は……黒寄りのグレー、といったところです。上層部は市や闇商人の存在を黙認し、外から来た商品も全て素通りさせている様子。賄賂もかなりの額が彼らの懐に流れ込んでいるようですね」
エステルは眉をひそめ、腕を組んだ。
「なるほど……。ならば正面から行っても足止めを食らう恐れがある、か」
「ええ。ですので、ノクス様に力を借り、騎士団ごと街中へ運んでいただければ、余計な障害は避けられるかと」
「……そうだな。どのみち陛下から“市を壊滅させ、奴隷と精霊獣を救出せよ”との王命を受けている。強硬手段は最後の策としても、必要とあれば使わせてもらう」
続いてキールが地図を広げる。
「廃坑探索班からも。こちらが現時点で判明している市内部の地図です」
「内部は蟻の巣みたいで入り組んでるから、手間取ると逃げられる恐れがあるよ」
キールの発言にテオが言葉を添えると、レオニスが立ち上がった。
「ならば、騎士団を小隊ごとに分け、地上への出口をすべて押さえる。内部から逃げてくる連中は一網打尽にできるでしょう」
その発言はいつもの調子の良さそうなレオニスではなく、騎士レオニスの発言だった。
エステルは即座にうなずいた。
「よし。現場での突入と内部制圧はお前に一任する、レオニス」
「了解!」
エステルの視線が隣に移る。
「……兄上」
「……なんだい?」
「兄上にはベルンやリィナ、そして第一騎士団と共に、管理所と市長邸の制圧を任せます。異論は?」
「ああ、構わないとも」
エステルの視線が最後にルーチェへ向けられる。
「……そして、ルーチェ」
「は、はい!」
呼ばれると思っていなかったルーチェはビクリと立ち上がる。
「お前にはキール、テオと共に最序盤で市へ突入し、子供たちと精霊獣の救出を頼みたい」
「……わ、分かりました」
ベルンが補足する。
「順番についてですが、まず精霊獣を救い、子供たちの救出に助力してもらう形を考えています。精霊獣は捕縛され鬱憤も溜まっているでしょうし、共闘に持ち込めればかなり心強いかと」
「危うい策ではあるが……まあいい。お前たちで決めたことに、後から水を差すつもりはない」
エステルは短く息を吐く。
「市の開催は何時からと分かっている?」
「モッグスの話では、今夜──日付が変わる少し前とのことです」
「よし。ルーチェ」
「は、はい!」
「まず夕刻、兄上とベルンらを街の宿へ送り届けろ。その後すぐ戻り、今度は我々を廃坑へ運べ。そして作戦開始の合図は光魔法による照明弾……。どれも、お前にしか任せられぬ任務だ」
「……はい!」
ルーチェの返事は、少し震えながらも確かな決意を帯びていた。
「失礼します……」
会議の後、呼ばれてエステルの天幕を訪れたルーチェは、控えめに声をかけて入った。
中にいたエステルは、先ほどと変わらず鎧姿のままだった。ルーチェを見やると、彼女は手招きし、湯気を立てる紅茶を二人分用意する。
「楽にしてくれ。私しかいないのだからな」
「じゃあ……あの、いただきます」
カップを口に運び、少し緊張をほどいたルーチェは、鎧姿のままのエステルを見て首を傾げる。
「鎧って、重くないんですか?」
問いかけに、エステルは柔らかく笑った。
「もちろん重いさ。だが、私は鍛えているからな。慣れてしまえば重さは仲間のようなものだ」
「そっかぁ……」
紅茶を一口含んだエステルは、改めてルーチェへと向き直った。
「ルーチェ」
「はい?」
「……すまない。今回の作戦は、どうしてもお前に負担が大きい。ルーチェとノクスがいなければ成立しない作戦だ。正面突破で街へ乗り込むこともできる。だが、それでは子供や精霊獣だけでなく、罪なき街人まで巻き込みかねない。それだけは避けたいんだ」
ルーチェは一瞬きょとんとしたあと、ふっと優しく笑った。
「分かってます。それに大丈夫。私もノクスもやる気満々ですから。ね?」
呼びかけに応えるように、影からノクスがぬるりと姿を現し、ルーチェの隣に座り込む。
「ワフ!」と頼もしい声が天幕に響いた。
「感謝する……。そうだ、精霊獣を見たんだろう? どんな姿だった?」
「大きなライオンさん!」
「……ライオン?」
ルーチェは慌てて紙とペンを取り出し、可愛らしくデフォルメされたライオンの絵を描く。
「えっと……真っ白な獅子で、たてがみがファサッて広がってて、金色の目がすっごく綺麗だったんです」
「なるほど……凛々しい姿なのだな」
「うん、かっこよかった。でも、ぐったりしてて……すごく辛そうだったから、助けてあげたい、そう思います」
エステルは真剣な眼差しでうなずいた。
「必ず助ける。お前たちが救い出す間、逃げ場を作らぬよう我らが包囲する。無理に突破しようとする者は……私と《ラグナ》で止める」
「……ラグナ?」
不思議そうに首を傾げたルーチェに、エステルは視線で白い槍を示した。
「《白雷槍ラグナ=ヴォルテクス》、王家に伝わるものだ。今は私の槍──そこに立てかけてあるだろう?」
ルーチェは目を輝かせて近づこうとしたが、すぐにエステルに制された。
「それは気難しい奴だ。持ち主と認めぬ者が触れれば、容赦なく感電させてくる。だから、うっかり触れぬようにな」
「えっ……こわい……」と、慌てて一歩下がるルーチェ。
「でも……やっぱり綺麗な槍ですね」
二人はふっと笑い合う。
「作戦開始までは、まだ半日ほどある。束の間だが……ここで休んでいくといい」
「うん。ありがとうございます、エステルさん」
湯気の立つ紅茶と共に、静かで穏やかな時間が流れていた。
夕陽が山の端に沈みかけ、鉱山の影がじわりと長く伸びていた。
ルーチェはその方角をじっと見つめる。
(いよいよ、なんだね)
胸の奥で呟くと、リヒトの穏やかな声が返ってきた。
『お嬢様、緊張しておいでですか?』
(そりゃあするよ……。突入作戦なんて、ドラマの中だけだと思ってたし)
『確かに。実際に当事者として関わる人間は限られているでしょうね』
ルーチェは自嘲するように小さく笑った。
(ねぇ、リヒト。あのライオンさんとお友達になりたいって言ったら、笑う?)
『……それは、契約したい、という意味でしょうか?』
(できるならしてみたいけど……でもね。きっとあのライオンさん、人間を恨んでると思うんだ。捕まえられて、辛い思いをして……)
『ええ、根深い怒りや憎悪が芽吹いておられるでしょうね』
(だから……せめて、それだけでも拭ってあげられないかなって。無理かもしれないけど……)
『お嬢様らしいですね』
(夢見すぎかな?)
『夢を見てもいいのです。実際に可能かどうかより、やりたいと願うこと自体が大事なのですから』
「ルーチェ!」
背後から声が飛ぶ。テオが手を振っていた。
「そろそろ作戦開始だから、こっち来て!」
ルーチェは振り返り、息を吸い込む。
(うん、夢を現実にできるように……頑張るね)
『はい。私も微力ながら、共にお支えします』
「……じゃあ、行こうか」
ルーチェは夕闇に溶けゆく鉱山を最後に一瞥してから、仲間たちの方へと駆け出した。




