第108話 廃校調査へ
次の日、再び魔物討伐の依頼を受けたルーチェは、前日と同じ手順でキールとテオを廃坑へと連れてきていた。
今日の調査対象は坑道A区画。立ち入り禁止とされているルートがいくつも存在し、それを一つずつ確認していく必要がある。
三人は影を伝い、探知系の罠や魔物避けの結界を避けながら、静かに坑道を進んでいった。
「……こっちからは何が見えるかな」
テオが小声で呟く。
「まずは坑道の地図を作りたいね。どこがどこと繋がっているのか、なるべく詳細に。突入の時に彼らに逃げられるのは避けたいから」
キールは紙片にペンを走らせながら答えた。ルーチェとテオも、その言葉に黙ってうなずく。
やがてルーチェが周囲を確認してから二人を影から引き上げると、進路は左右に分かれていた。
「……はい、さらに二手に分かれる感じですね」
テオが苦い顔で肩をすくめる。
「どうします?」
ルーチェが二人を見上げた。
「俺はこっちを見てくるよ。キールとルーチェはそっちに行きな」
テオが即決すると、キールが眉をひそめて尋ねる。
「一人で大丈夫なの?」
「まあ、俺は《危機感知》持ってるしな。危なそうならすぐに引き返して合流するよ」
軽く手を振るテオに、キールは一瞬考え込んだ後、頷いた。
「……分かった。気をつけて」
「おう」
そうして三人は、二手に分かれて坑道の奥へと歩を進めていった。
テオがゆっくりと歩を進めると、坑道の先に縦穴が見えてきた。
壁際に身を寄せ、物音を立てないように屈んで進むと、その下には数人の男たちがたむろしているのが見える。
「《奈落の市》まで残り四日。いやぁ……いよいよだな!」
「商品も全部揃えたし、あとは売るまで余計な傷をつけないように見張るだけだ」
「とはいえ、ガキ共はほんと頭が悪ぃ。毎日毎日、“家に帰せ”って騒ぎやがる」
「薬の量、増やした方がよくねぇか?」
「バカ言え。使いすぎりゃ商品にならねぇだろ」
「見せしめに、あの獣人のガキを躾けてんだ。そろそろ学習して大人しくなりゃいいんだがな」
(……獣人の子供? 囚われているのは人間族だけじゃなかったのか)
テオはそっと縦穴を覗き込んだ。部屋の入口は一つ。
(昨日も感じたけど……ほんと蟻の巣みたいな構造だな)
十分な情報を得たと判断し、テオは静かに後退を始める。
だがその時──
「そういや、廃坑に妙な冒険者が来てるって話、聞いたか?」
「真っ白な服着た女のガキだろ? Dランクの冒険者だってよ」
「へぇ……冒険者ねぇ……」
会話に割り込むように、派手な装飾品を身につけた商人風の男が部屋へ入ってきた。
昨日、精霊獣について口にしていた男だ。
「お前ら、休憩は終わりだ。仕事に戻れ」
「「へーい」」
男たちはだらしなく返事をし、ぞろぞろと部屋を出ていった。
(あ、縦穴……)
ルーチェが気づいて、キールの袖をツンツンと引き、下を指さす。キールもうなずき、二人は身を低くして、ゆっくりと歩みを進めた。
下に広がっていたのは、昨日見た部屋よりも広い空間だった。入口へと続く細い通路の両脇には、鉄製の檻がずらりと並んでいる。
その中に閉じ込められていたのは──小型の魔物たちだった。
「ま、魔物……!?」
ルーチェは思わず声を漏らした。
魔物たちは紋様の刻まれた輪を体に付けられ、ぐったりと項垂れている。まるで生命力を吸い取られたかのように。
「……ひどい」
「これは……精霊獣だけでなく、魔物まで……取引の対象に……?」
二人は言葉を失う。
視線をさらに奥へと移すと、一際大きな檻が目に入った。まるで一つの部屋のような大きさの檻だ。
その中に──真っ白なライオンが、重々しい枷をはめられて横たわっていた。
「キールさん、まさか……」
「ええ。あの神聖な魔力の気配……恐らく、あれが話に出ていた“精霊獣”でしょう」
キールは息を呑みつつ、地図を取り出して部屋の構造や内部の様子を書き留めていく。
(大きなライオンさん……でも、すごくつらそう……)
ルーチェは枷に視線を留めた。他の魔物よりも複雑で禍々しい紋様が刻まれている。
(……きっと、あれが精霊獣さんの力を奪ってるんだ)
その時──ギィ、と扉が開き、一人の男が入ってきた。
「よぉ、元気か?」
ニタニタと笑いながら檻に近づく男。精霊獣は閉じていた目をゆっくりと開き、金の瞳で睨み返した。
「そんな怖い目すんなって。もうすぐお前はここから出られるんだぜ? 新しいご主人様のもとに、な」
男はケラケラと笑い、勝ち誇ったように続ける。
「せいぜいそれまで大人しくしてろよ。暴れたら、その立派な毛並みが台無しになっちまうからな!」
吐き捨てるように言うと、男は足音を響かせて部屋を後にした。
残された精霊獣は、ふっと視線を上げる。
(……っ!?)
金の瞳が、まっすぐルーチェを射抜いた。その視線に、ルーチェは思わず息を呑む。
(気づかれちゃった……戻らなきゃ……でも……)
瞳に吸い込まれるような感覚。恐怖ではなく、何か抗えない強い引力を感じていた。
「ルーチェさん……?」
キールの声にハッとして、ルーチェは慌てて身を引いた。
「ご、ごめんなさい……。精霊獣さんと、目が合っちゃって……」
キールもちらりと下を覗き込む。精霊獣はフンと鼻を鳴らし、再び伏せて目を閉じた。
(……ルーチェさんの存在を、あえて見逃した……?)
「……大丈夫です。今は戻りましょう」
キールの声に、ルーチェはこくりとうなずく。二人は音を立てぬよう、静かにその場を離れた。
ルーチェたちは廃坑を後にし、テオと合流して情報を共有した。
「だからルーチェ、戻るときは気をつけなね。襲われるのも厄介だけど、変に疑われて面倒なことになるのはもっと厄介だから」
テオが釘を刺す。
「分かりました。この後はどうしますか?」
「一度戻ろう。また明日、別の立ち入り禁止区画を調べよう。長居すると不審に思われる可能性がある」
「……分かりました」
ルーチェは二人を影に潜らせ、静かに坑道の外へと導いた。そして、彼女だけは討伐した魔物を袋に入れ、自分の手で運んでいた。
これはキールの提案だった。ルーチェの存在が既に注目されているなら、接触してくる者が現れるかもしれない。そのとき「討伐証拠を持っている」方が自然だ、と。
昨日のようにぷるるの《異空間収納》に隠すよりも、わざと見せた方が安全という判断だった。
(誰にも会わずに帰れればいいけど……)
そう思いながら外へ出たとき、前方から人影が近づいてきた。服装からして、管理所の職員らしい。
男はルーチェに目を留め、声をかけた。
「嬢ちゃん、討伐は終わったのかい?」
「え、あ……はい。今から戻るところです」
「そうかい。まだ若いのに感心だなぁ」
ルーチェは愛想笑いを浮かべて軽く会釈する。
だが、男の目は笑っていなかった。
「ところで──立ち入り禁止の区画には入ってねぇだろうな?」
ルーチェは一瞬、心臓が跳ねるのを感じた。
「入っちゃダメって言われてますから……。罰金取られるの、嫌ですし」
それは本音でもあった。
「ならいい。引き止めて悪かったな」
男はルーチェをじっと見やりながら、そのまま通り過ぎていった。
(やっぱり……私を警戒して見に来たんだ……)
胸の内で呟くと、リヒトの声が響く。
『その可能性が高いでしょう。服装は確かに管理所のもの。しかし、市の人間が借り受けているのか、それとも管理所ごと癒着しているのか……いずれにしても無関係ではありませんね』
(……明日はもっと警戒される、ってことか)
『はい。相応の備えをする必要があります』
ルーチェは小さくため息を吐き、袋を握り直した。
「明日どうしようか?」
宿屋に戻ったキールが、地図とにらめっこしながらテオに尋ねる。
「どうしようって?」
テオがベッドに寝そべりながら聞き返した。
「ルーチェさんが注目されている以上、明日の調査に連れていくのは危険だ」
「けど、ルーチェがいないと調査できないじゃん」
「それはそうなんだけど……」
「大丈夫だよ。ルーチェだって冒険者だ。デカブツ共と渡り合える強さを持ってる。それに、守られてばかりじゃルーチェも納得しないでしょ?」
テオはキールを見て言った。
「……そっか、そうだよね。ごめん、忘れて」
そんなキールの言葉に、テオは笑った。
「心配なのは分かるけどさ。俺だって心配だし」
「テオ……」
二人は小さく笑い合った。張り詰めた一日の終わりに、少しだけ緩む空気が流れる。
「ま、明日のことは明日考えよう。今日も張り詰めっぱなしで疲れたしさ」
「そうだね。報告は済ませたし、これだけ書いたら僕も寝るよ」
「おー。おやすみー」
「うん、おやすみ」
こうして灯りが落とされ、静かな夜が訪れた。
***
次の日も、ルーチェたちは廃坑A区画へと足を踏み入れた。
ただし、昨日のように管理所の人間と鉢合わせするのは厄介だ。
そのためルーチェは一度、キールとテオを立ち入り禁止区域の奥へと送り届けると、自身は引き返し、依頼されていた魔物討伐に励むことにした。迎えに来るのは、しばらく時間を置いてからだ。
「てやぁっ!」
今回の標的は、天井に群れるコウモリ型の魔物だった。
ルーチェはシアとぷるるの助けを借りながら、風と水の魔法を駆使して討伐を進めていく。坑道を崩さぬよう注意を払いながらも、三十体近い魔物を仕留めることに成功した。
「ぷるるもシアもありがとね」
『あるじ、よろこぶ、うれしい~』
『まあ、私にかかれば当然ね』
その時、シアの耳がピクリと動いた。
『主様、足音よ。私達は戻るわ』
二匹は光となり、《魂の休息地》へと戻っていった。
ルーチェは短剣を手に取り、散らばる死骸を見渡す。
「討伐の証拠は羽だったっけ……」
切り取りにかかろうとしたその時、後ろから足音が近づいてきた。
振り返ると、そこには昨日とは違う男の姿があった。管理所の人間のようだ。
「毎日熱心だね、お嬢ちゃん」
「えっと、どうも……」
男は死骸とルーチェを見比べると、隣にしゃがみ込み、羽の付け根を指さす。
「……羽はこの辺りから、こう切るんだ。できるかい?」
言われた通りに切ってみせると、男はうなずいた。
「大丈夫そうだな。お嬢ちゃんは腕が立つようだが、最近は物騒だから気をつけるんだよ」
そう言い残し、男は坑道を後にした。
(昨日みたいに疑われてる感じじゃないね……)
『ええ、純粋に心配してくださっているようでしたね』
(よし、証拠を集めたら、キールさんたちを迎えに行こう)
『はい、そうしましょう』
──一方その頃。
外へ出た男は、坑道の入口を振り返る。
「あんな子供まで冒険者になる時代か……」
彼は胸元からペンダントを取り出した。そこには『エマ』と女の子の名が刻まれている。
(……あんな子まで行方不明にならないといいが)
小さく嘆息すると、男は管理所の方へと歩き去っていった。




